Making of TOPCAT - Chapter.1
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- 第1章 行き着く先 -

まずは何故、自作に走ったか。かれこれ1年と4ヶ月、FMVを使ってきた。「My DESKPOWER」を見ていただけると分かるように、色んなパーツを付け足したり交換してきて、もう手を出す部分が無くなってしまった。出すお金も無くなっていたが(汗)

もちろん、ゲタを使ったCPUの交換とか、マザーボードを入れ替えるなどの手は残されているのだけれども、そこまでFMVに固執する事も無いだろうと思った。FMVのマザーボードがシステム全体のパフォーマンスに影響しているという情報を「上田新聞」をはじめとしてあちこちで見かけたし、FMV用のマザーボードはやはり高価で拡張性も高いとは言い難い(注1)

ビデオボードやサウンドカードなど、次期マシンに流用できるパーツは多くあるので、やはり”脱FMV”として自作機に走る頃合いだろう。そんな風に思ったのが、97年7月初旬だった。


まぁ、パソコン通信とかインターネット接続とかしている分には、これ以上パワーアップする必要は全く感じないのだけれども。Pentium 166MHzで不満に感じる部分は無いし、MMXテクノロジー?何それ?って思う。

んが、今年に入ってからパソコンでゲームという1大目的が出来てしまった。SEGASATURNやPLAYSTATIONでは絵が綺麗に見えなくてゲームをやる気が起きないし、興味は海外の3Dゲームへといってしまった。なんか日本のゲームって煩悩系が多いし(笑) で、ゲームをやるとなると、必要となるパソコンのスペックはぐんと上がる。それも、3Dのゲームで〜とか、出来る限り綺麗な画面で〜とか、出来る限り滑らかな動きで〜とか追求していくと、3D専用カード「Monster 3D」をもってしても、Pentium 166MHzではパワー不足なのは明らかだった。MMXもあるに越したことはない。


97年7月と言えば、ちょうどintelやAMDなどのCPU価格が引き下げられた頃で、私はというとグングン下がっていく価格を毎日チェックしながら、貧乏に悶え苦しんでいた(笑) ちなみに購入するCPUは、MMX Pentium (P55C) に決定していた。3Dゲームをやる以上、浮動小数点演算で劣る互換CPUは候補に挙がる事は無かった(注2)。…安くていいなぁとは思っていたけれど(^_^;

価格をチェックしたところでお金は貯まらない。必死で耐えて8月。Windows98が98年春に出る事が決まっていた。AGPのビデオカードや Pentium IIへの移行をそれにあわせて行いたい。となると、いい加減 MMX Pentium への移行をやっとかないともったいないのではないか?とか思うようになった。だいたい、早く買えば買うほど、長い期間いい環境で遊べるワケだ。そういえばスピーカーを買い替えた時、ぐんと良くなった音を聞いてそれまで凄く損していたような気分になったよなぁ? そう、それは損していたんだよ! そして今も損してるんじゃないのか?(←すっかり番長モードに入っている)


な〜んて気分になって過ごしていたところ、友人が「Digital Mavicaを買った」とか言ったり、別の友人が「MOを買った」とか言ってきた。

「あ、オレも買っていいんだ」

…今考えると、「それはどうか?」という理由で足枷が外れた私は、サクッとマザーボード、ケース、FDD、モデムを買いに行くのだった(CPUはその1週間後に追加購入)(注3)
 
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