Story Tellers from the Coming Generation! Interactive fighting novel JOJO-CON

森本さんの「川尻早人」
VS
REI-REIさんの「ラング・ラングラー」

双方向対戦小説ジョジョ魂


ROUND 2

ガチリ……何処かで、鍵の外れる音がした。

1. 頼れる少年

職員室の前を走り過ぎて、正面玄関にたどり着く。下駄箱の間を抜けると、ピッタリと閉ざされた扉に行く手を阻まれた。手をかけて最初は軽く、次に力を込めて引いてみても、扉は微動だにしない。

「開かないでしょう? ワタシもさっき試したけど、ダメだった……」

廊下に立つ美瑛が、そわそわと辺りを見回しながら早人に言った。シャツの胸の部分を左手で握りしめるその様子を見て、早人は怯えきった子犬の姿を連想した。

「クソッ、誰が一体こんなことを……」

最後にもう一度引いて開かないことを確かめてから、早人は美瑛の元に戻ってきた。美瑛の右手を握って、すぐにまた駆け出す。早人の向かう先が右の棟であるのを見て、美瑛の顔が青くなった。

「ま、待って川尻クン! ワ、ワタシはこっちから来たのよ! アイツがいるかもしれない……ッ!!」

それを聞いて慌てた早人は、つんのめるようにしてその足を止める。息を止め、廊下の曲がり角にそっと身を寄せる。音を立てないようにゆっくりと顔を出し、右の棟を伸びる廊下を覗き込む。そしてホッと胸にためた空気を吐き出した。

「……大丈夫です。誰もいません」
「本当に? 隠れてない? 廊下の右側に部屋が並んでるんだけど」

美瑛が早人の上から顔を覗かせ、そして同様に廊下の先を探る。ふと感じた自分の頭の上にある重さが美瑛の胸であることに気付いた早人は、カッと頬を赤くした。

「……ワリといないっぽいわね」
「だ、だいたい僕らが隠れるのは分かるけど、相手が隠れる理由がない……ですよ」
「そ、そう言えばそうか」

早人が足を前に進める。手を繋いだまま、美瑛もそれに続いた。小走りで右の棟を進んでいく。

「とにかく探さなきゃ……出口を」


(ワタシは何をしてるんだろうか)

右の棟一階、中程にある家庭科室。窓一面を木の板で覆われた薄暗い教室の中で、早人が一人キビキビと動いている。演習用の大きなテーブルの引き出しを開けては中を覗き込み、ときおり手を突っ込んで何かを取りだしては、すぐさま次の机へと移っていく。美瑛はその様子を入り口で立ったまま、ぼうっと眺めていた。

(見張り……川尻クンに頼まれて……)

廊下の先、そして振り返り後ろに目を向ける。特に変わった様子はない。自分が見てしまった「殺人スタンド使い」の姿を思い浮かべて、美瑛は唾を飲み込んだ。

自分はこれまで三人のスタンド使いにあったことがある。日本人もいたし、海外で会った外国人のスタンド使いもいたが、彼らは決して人殺しをするような人間ではなかった。そして自分自身の能力も、人殺しを出来るような能力ではない(間接的に使えるかもしれないが、そんなことは考えもしなかった)。

(「頼まれて」って……ワタシは何をやってんだ?)

再び早人に目を向けると、早人の手はテーブルから壁際の棚に移っていた。扉を開け、引き出しを開け、そして次の棚へと手を伸ばすその手際の良さは、とても小学生とは思えない。

(その「小学生」に何をやらせてるんだ、ワタシは? 27にもなる大人が、何ボーッとツッ立ってんだ?)

そこに先程目撃した「殺人の映像」が浮かび上がる。空中に浮かび上がる男。そいつに手を触れたもう一人の男も宙に浮く。スタンドの手首から放たれた何かによって撃ち抜かれる男。流れ出す血も宙に漂い……そして血液は爆発する。

(でも……あぁ、考えられない……逃げないと……イヤだ……どうしたらいい……?)

思考が乱れた美瑛は、思わず両手で自分の足を握りしめる。そうしないと足から力が抜けて、その場に崩れ落ちてしまいそうだった。

「掃除道具があったよ、美瑛さん! このモップとホウキ、一応武器になるんじゃないかな? それと針と糸とかもあったから、とりあえず持ってきたけど」

モップとホウキを抱えて早人が走り寄るが、俯いた美瑛の反応はない。訝って美瑛の手を握りながら早人がもう一度呼びかけると、美瑛は我に返った。自分を見つめる早人の瞳を見ていると、美瑛は心を惑わす恐れが幾分和らぐのを感じた。ふぅ、と一つため息を付く。それでまた少し、落ち着いた。

「……ありがとう。頼もしいわ、川尻クン」

太股から手を放してモップを受け取った美瑛は、軽い笑みを早人に返した。聞き取れなかったのか、早人は首を傾げるが、言葉を繋げずに美瑛は背を向ける。

「次、行こう。次はワタシも探すわ」
「え、でも……」
「手分けした方が早いでしょ、急がなくちゃあね」

ホウキを持った早人とともに、家庭科室を出る。

(川尻クンはアイツを見てないから、アイツの恐さがよく分かんないだ。別にワタシが特別恐がりってワケじゃねーのよ、きっと。そう、きっとそう……)

そう考えながら、美瑛はグッとモップを握りしめた。


2. 惑う男

左の棟と正面の棟が接続する曲がり角まで走ってきて、ラング・ラングラーは四つん這い状態から立ち上がった。その場に立って廊下を見回し、首を傾げて耳を澄ます。

「何処へ行った……? 確かこっちに向かってたんだが……」

―― 先程見たのは、女とガキだった。対面の棟から遠ざかるように走っていたということは、オレの殺しを見たのかもしれない。まぁ、この校舎から出られるはずはないから、逃げられる心配はないのだ。オレはヤツらの「狩り」を楽しめばいい。あまりノンビリとはしていられないか……いつまでオレの『記憶』が保たれるか、分かったものではない。

「上か、それとも向こうか……」

―― 上ではないな……逃げるならまずは玄関を目指すはずだ。玄関が閉ざされているのを見て、それから右の棟というところか。普通の人間なら、逃げるのに二階へ行こうとは考えない。一階なら窓なりなんなりから脱出できるだろうからな。もっとも、奴等が動揺して思考が混乱していたら、何をやらかすか分からないが。

廊下の壁際に寄り、中庭側に付いている窓から顔を半分覗かせる。そこから見える校舎の窓に、人影を探した。対面の棟、一階……二階……三階……。次に右側の棟へ。三階……二階……一階……女と少年の姿は見えない。二分ほどそのまま観察をしていたが、動くものを見つけることは出来なかった。

―― 恐らく二人は何処かの教室の中にいるのか、それともこちらを警戒して、姿を見せないように移動しているのか、そのどちらかだろう。

そう考えていたラングに合わせるように、右の棟二階の中央付近にある窓で、頭らしきものが二人分、チラリと揺れた。

ニヤリと口を歪めて床を蹴ると、ラングは廊下の天井まで飛んで体勢を変え、そのまま逆さまになって天井に張り付いた。既に『ジャンピン・ジャック・フラッシュ』の能力は発現済みで、重力に引かれて落ちることはない。そのまま廊下の天井を舐めるように、正面の棟を飛んでいく。

天井に設置されている古びた蛍光灯を左手で触れながら、保健室と職員室の前を一気に通り過ぎる。正面玄関の先、廊下の突き当たり近くまで辿り着いたところで両手を天井に付け、反動を付けて右方向へ進路を変更、右の棟へ滑り込む。

その時、廊下を腰を屈めて歩む一人の女と上下ですれ違った。

「……えッ?」
「……何ッ?」

後ろを振り向き、天井を見上げる美瑛。

後ろを振り向き、見上げるような体勢で廊下を見下ろすラング。

「……ヒギッ!」

驚愕に顔を歪め、喉が詰まったような叫びを発する美瑛。弾かれたように立ち上がって走り出す。そしてモップを振りつつ、玄関の横にある階段を勢いよく駆け上がっていく。

「こ、こんなところにいるだと!? さ、さっきは……(右の棟の二階に)!」

予期しない遭遇に反応の遅れたラングは、慌てて身体を反転させて天井を蹴る。スピードのある下降。身体が廊下に迫ったところで自身の無重力を解除、右足で着地してそのままの勢いで疾走に移った。女の後を追い、二段飛びで階段を上る。2、4、6……頭上に階段を上る音を聞いた。

(この足音……二階で止まってはいない!)

足を付く度にカウントアップ……8、そして9で折り返す。左手で手すりを掴んで180度旋回、二階へ向かって階段を駆ける。

(2、4……まだ覚えているぞ。最初は9段、そして折り返した後は……8、10!)

二階の廊下を横目に、さらに三階まで一気に駆け上がる。廊下に躍り出て、ラングはそこに誰もいないのを確認した。ちらりと左に視線を飛ばす。三階からさらに上に伸びる階段……9段上ったその先に、古びた扉があった。校舎の構造から推測すると、その扉の向こうは屋上に続いているはずであったが、しかし何度も試してもそれが開いたことはなかった。

フンッと鼻を鳴らして、正面に向き直る。「3-1」「3-2」と書かれた木製のプレートが、先の教室に続いている。自分の足音以外の音は何一つ聞こえない。手をかけて、「3-1」の扉を横へスライドして開ける。扉が接地面で擦れて、ガリガリと音を立てた。その音が静かな教室内に響き渡る。

教室の中に、ゆっくりと歩を進めた。見たところ、女が隠れているような雰囲気はない。そもそも教室の中に人が隠れられるようなスペースはほとんどない。せいぜい、教卓の下がいいところだ。

(音はどうだ? 教卓の下で息を潜める、女の呼吸音が聞こえないか? ……いや、ちょっと待て)

そこでふとラングは足を止める。

―― さっき、この教室に入った時に、オレは扉を開けた。その時に扉はガリガリと、結構派手に音を出していた。女を追って階段を上がっている時に、オレは女の足音が聞こえるほどに気を付けていたのだ。ならば、女が教室に入る時に開ける扉の音も、聞こえるはずではないのか……?

教室を出て、ラングは廊下を先に進んで教室の扉を確認する。……「3-2」「3-3」の教室の扉は閉まっていた。

―― その向こう、「3-4」「3-5」まで行けるほどの距離は離れていなかったはず。そうすると、女が既に開いていた扉から教室に入っていった可能性も消える。この状態……つまり到達できる扉の全てが閉じているのであれば、開いていた扉から入っても……それを閉めたことになる。その時に扉が音を立てたはずなのだ。それがオレに聞こえない訳がない。

「あの女、いったい何処に……?」

ギギ……

その時、廊下に立ちすくむラングに、何かが軋むような音が微かに聞こえた。振り返る……今のは後ろから聞こえた。

「3-2」、「3-1」と廊下を戻っていく。教室側の壁に取り付けられている窓から中を注意深く覗き見ても、特に変化は見られない。

ギィ……

再び聞こえたその小さな音を、ラングは聞き逃さなかった。

(ま、まさか……ッ!)

思わず走る。そして廊下の突き当たりまでやってきたラングは、上へ行く階段の先で「閉ざされた扉」が僅かに開いて揺れているのを見た。

「お……おぉ……!」

歓喜の呻きとともに、ラングの顔に笑みが浮かんだ。

1、2、3……一段一段、ゆっくりと上っていく。……7、8、9。上りきり、扉の前に立つ。扉が数センチだけ開いているが、その向こうは暗く、様子を伺い知ることはできない。重たそうにそびえる黒い扉には不釣り合いな、銀色に光るドアノブが付いている。最初は赤く錆び付いたノブだったのだ。それを毎日のように手をかけて、開くかどうかを試している内に、ラングが綺麗に磨く形となってしまったのだ。

ノブに向けて右手を伸ばす。それはこれまでのような、「回らないことを確認するため」の動作ではない。「開けるため」の動作である……そのことにラングは久しぶりの高揚感を覚えた。

右手がノブにあと数センチまで近づく。しかし、ラングはそこで不意に右手を止め、そして数えた。1、2、3、4……四本。足りない……指が一本……思い出してきた。同じようなことがあったのだ……そう、確か……。

ブルブルと右手が震え、息が詰まる。8、7、6……階段を後ずさった。

―― この向こうは屋上のはずだ。屋上まで出れば、オレの能力で脱出できる。この校舎を脱出できるのだ!

「し、しかし、何かが……木の匂い……小指……ハァ、ハァッ!」

2……1……そしてついにラングの足は、三階の廊下に降り立った。

「ハァ……開けられない……な、何故だ……ハアァ……オレはどうして…………思い出せない……」

手で顔を覆い、廊下をおぼつかない足取りで歩いていく。棟の中程まで行って、唐突に振り向いた。

「『思い出せない』だと? そうだ、オレが求めていたのは『記憶』! ここを逃げ出しても記憶がなければ意味がないッ!!」

廊下を左右に見渡しながら、ラングが叫ぶ。

「思い出したぞ、女だッ! オレは女を捜していたッ! アイツかガキがオレの『記憶』を持っているはずだッ! 何処へ行った!? ……ハッ、まさかッ!!」

―― だから開いているのか、あの扉が? アレはあの女が開けて、そしてその向こうへ行ったのか? 確かにそれだったら、教室の扉が開いていない説明になる! だとしたら……あの女から記憶を手に入れるためには、やはりあの扉を越えなければならないのか……?

ラングの精神は、再び「扉の向こう」に対する希望と畏怖に包まれた。荒い呼吸で、廊下を右往左往する。

「ハァッ、ハァッ……お、落ち着け……そうだ、空を……いつものように……」

中庭を望む窓に歩み寄り、ガラスに張り付いて空を見上げる。

ゴオオオォォォ

青空に背景に白い雲が流れている。いつの頃からか、ラングにはそのような習慣が身に付いていた。校舎に一人佇む孤独に心が苛まれた時や、図書室の天井に聞こえる物音に言い知れない恐怖を覚えた時、空を流れる雲を見ていると不思議と心が平安に満たされた。

ゴオオオォォォ

乱れていた呼吸が、穏やかなものに戻っていく。暗闇に迷い込んだ思考が、暖かな日の光に照らされるのをラングは感じた。

―― そう……そうだ、オレが無理に行く必要はないのだ……。もし、屋上に行ったというのなら、またあの扉からでないと戻ってこられない。オレのような能力を持っていなければ、屋上から何処かに行ける訳がないのだ……もしかしたら教室にいるかもしれない。ならばここに……そう、廊下にいて、扉と教室の両方を監視していればいいのだ。そうだ、それが確実で安全だ……。

そうして窓に背を預け、三階の廊下にラングは待ち続けた。


「なんにも使えそうにもない物しか手に入らないけど……あれ?」

右の棟二階の窓から外を見た早人が、正面の棟にラングの姿を発見した。慌てて窓から身を隠す。

「なんであんな所に? ぼく達を探しているふうでもない……ハッ、まさか!」


何分経っただろうか。ふと、チカチカと瞬く光が視界の端に入った。目を向けると、それは窓の向こう……つまり中庭の方向から届いているものだ。窓に手を付くまで近づき、中庭を見下ろす。

チカッ!

また光った。中庭ではない、その向こう側……対面の棟の一階にある教室、つまり「1-1」の窓から発している。そしてその教室の中にいる人間の姿に、ラングは自分の目を疑った。

「お、女ッ!? バ、バカなッ! あの女があんなところに……ッ!」

「1-1」の窓際に、確かに自分が追っていた女が立っている。そして少し離れたところで、少年がカメラで女を写している。そのカメラのフラッシュが光っていたのだ。

ラングは扉のある階段の方を見て、再び対面の棟を見直す。間違いなく、女はそこにいた。

「い、いつの間に……最初からここにはいなかったのか? し、しかし……クソッ!」

吐き捨てて、ラングは廊下を左の棟方面へ走り出す。その姿が廊下の先の階段に消える頃には、既に「1-1」の二人の姿は消えていた。

……それから二十秒ほど経ってから……軋む音を廊下に響かせて、その扉は開いた。そこからそっと出て、階段を9段、音を立てずに下りてきた者は、矢印形の髪をなびかせ、モップを持った手を振りながら、そのまま階段を駆け下りていった。


3. キレる女

右の棟、正面側の階段を美瑛と早人が駆けていく。

「助かったわ……もうダメかと思ってた……ッ!」
「でも気が付いて良かった……デジカメのフラッシュにも気付いたし!」
「うまいコト引っかかったかな?」
「うん、きっと一年一組に行ってるはず……ッ!」

二階へ……そして三階まで階段を上りきる。走る速度を緩めながら三階の廊下を行く二人は、廊下の先……ちょうど中間あたりで白いモヤが掛っているのに気が付いた。近付くにつれて、焦げくささと酢のような臭いが微かに鼻につくようになる。そして、時折光を反射する小さな物体がそのモヤの中に浮かんでいるのを見て、二人は足を止めた。

そのモヤを構成しているのは、無数に浮かぶ透明の滴と粉々になったガラスの欠片だった。水滴が宙を漂って壁や床に触れると、ジッと小さな音を立てて煙が上がる。そうして木で出来た壁や床に、次々と黒い焦げ跡を付けていた。

「ちょ……ちょっと……マズくない、なんだか?」
「浮いている……宙に! ま、まさか……既にッ!?」
「ここって『化学室』よッ! この水滴って、まさかッ!?」

美瑛の手を取って、早人が踵を返す。

「美瑛さんッ、に、逃げよう! ここは……」

ドガシャアアァァンッ!

突然、廊下にガラスの破砕音が響き渡る。化学室とは逆の方向……二人が上がってきた階段のすぐそばにある窓が、校舎の内側にその破片を撒き散らしていた。そして砕けた窓の外から、腕が一本ズィッと生え、そして男……ラング・ラングラーが校舎内へとその身体を現した。

ふわりと水の中を歩くように廊下に降り立ったラングは、廊下に散らばったガラスの破片に視線を落とし、ニヤリと口の端を歪めると二人の方に顔を向けた。その表情に、二人は身体をすくませる。美瑛の口から、小さな悲鳴が漏れた。

「そっちに浮いているのは、窓のガラスじゃあないぜ……分からねえか? それ以前に英語も理解できねえか、お前らには……」

ラングの呟く言葉は、早人には理解できない。美瑛は理解していたが、ラングに対する恐怖のために、歯が当たってガチガチと音を立てないように耐えるので精一杯だった。二人に向かって、ラングが足を進めた。

「瓶の欠けらだ……そこの教室にあった薬品のな。ラベルにあった漢字は読めなかったが、化学式は分かった……。いい具合にブレンドしてやったんだぜ、もっと嬉しそうな顔をしろよ」

一歩一歩、ゆっくりとラングが二人との距離を縮めてくる。胸の前でシャツを掴み、身体を震わせる美瑛の前で、早人は一歩前に出てホウキをグッと前に構えた。鋭い視線でラングを睨みつける。

(……僕が……僕が美瑛さんを守る!)

もう一歩前に出た早人に美瑛が気付くが、止める言葉が喉から出ない。震える手もピクリとも動かせないまま、美瑛は早人の後ろ姿をただ見つめていた。

(殺される……殺されるわ、川尻クン……違うのよ……やめて……)

「なんだ、このガキ? プッ! やるつもりなのか?」
「う、うわああぁぁーーっ!」

吹き出したラングに、早人が悲鳴に似た気合いとともに突進してホウキを振り下ろす。それを難なく避けるラング。続けざまにホウキを振るう早人であったが、それはラングの身体をかすりもしなかった。完全に遊ばれている状態だ。

(これでいいんだ、これで……時間を稼ぐんだ……考える時間を)

―― 隣の教室に逃げ込んでも、事態は全く好転しない。それこそ完全に追いつめられるだけだ。窓から中庭に逃げる? ここは三階だ、下が雑草に覆われてるからと言ってもただでは済まない。後ろの薬品の中を思い切って突っ切るか? 薬品のダメージはそれほどでもないかもしれない。でもそれは、コイツに背を向けることとなる。美瑛さんは言っていた、コイツのスタンドは強力な飛び道具を使うって。薬品と飛び道具の同時攻撃……ヤバ過ぎる。どうする? どうしたらいい? どうやったら「美瑛さんを助けられる」?

ラングと果敢に戦う早人を見つめながら、美瑛は自らの混乱と戦っていた。

―― 違うんだ。そこで戦わなくちゃいけないのは、川尻クンじゃない。大人のワタシなんだ。でも敵いっこない……川尻クンは殺される。その次はワタシ……。違う、その順番も違う! 大人のワタシが……スタンド使いのワタシが先に……やっぱり死ぬのか? あぁ、なんだか気持ち悪くなってきた。

モップが廊下に音を立てて落ちる。その場に跪き、両手で顔を覆う。現状に、そして自分自身に絶望して、美瑛は眼前の映像をただ呆然と目に映すことしかできなかった。

―― ワタシは戦ってきたはずだ。フリーライターとして、一人きりで。人の二倍の仕事をこなして! ニューヨークで暴漢に襲われた時、スタンド能力で切り抜けた……でも、今そこにいるアイツはスタンド使い、話が違う。……川尻クンが戦っている。小学生のあの子が。ワタシはどうして戦えない? ワタシは、こんなにも無力だったのか? ワタシは……こんなはずじゃあ……。

「うげぇっ!」

ラングの腕が早人の首を掴んで吊り上げる。ギリギリと締め付けるラングの腕力の前に、早人は為すすべもなかった。既に呻き声をあげるすらもできない。右手からホウキが落ちる。涙に潤んだ瞳で、美瑛はその様を見つめていた。

「あんまりノンビリと遊んでいられないんでなぁ……さっさと始末して、オレの『記憶』をもらうとするぜ」

ラングの腕に、さらに力が込められる。目を剥き、ビクビクと痙攣する早人の身体。震える右手が、美瑛に弱々しく向けられた。

(川尻クンが、ワタシに助けを求めている……。何も出来ない……ゴメン、川尻クン……ワタシはアナタに何もしてやれない……ゴメン、助けを求められても……ッ!)

『ジャンピン・ジャック・フラッシュ』の腕が振り上げられるのを見て、美瑛はたまらず目を逸らした。

「……び、美瑛……さん…………グッ……に、逃げて…………」

早人が微かに、そう言った。

(…………『逃げて』?)

プッツーーン

美瑛の中で、何かが弾けた。俯いたまま、ゆっくり立ち上がる。その肩がブルブルと震えている。様子の変化に気が付いて、ラングが腕の力を緩めて美瑛に視線を移した。

「なんだ、あの女?」
「ブツブツ……大人だぞ…………ブツブツ……小学生が大人のワタシに……」
「び、美瑛……さん……?」
『逃げて』というのかッ、このクソガキッ!!

ドーーーーンッ

廊下を激しく蹴って、美瑛がラングと早人に向けて突進する。

「美瑛さん!?」
「な、なんだこの女? やろうってのか!?」

早人を投げ捨てる。そして自分に掛かる重力を無くして、ラング自身も美瑛に向かう。その背から、スタンド『ジャンピン・ジャック・フラッシュ』のビジョンが出現した。美瑛の疾走は緩まず、そのまま射程距離内に突入する。美瑛に向かって、スタンドの力強い拳が突き出された。

「『ジャンピン・ジャック・フラッシュ』ッ!」 ドンッ!
「『ダブル・スタンダード』ッ!!」 バチィッ!

『ジャンピン・ジャック・フラッシュ』の拳の一撃を、スタンガンが発するような音とともに美瑛が「左右に」回避した。

「……ッ!?」

繰り出した拳の左右に一人ずつ、「二人の美瑛」が存在する絵に、ラングの思考が一瞬停止した。向かって右にいる美瑛の右手が、『ジャンピン・ジャック・フラッシュ』の腕を掴む。そのままラングの横まで走り込み、掴んだ『ジャンピン・ジャック・フラッシュ』の右腕を下から回して、ラングの背中まで高く持ち上げる。ラングが右腕と肩に走る痛みに顔をしかめた瞬間、「左の美瑛」の肘がラングの左脇腹にめり込んだ。

「オゲッ!」

唾と空気を吐き出しつつ、それでも相手を視界に入れようと目を右に向けようとした時、「右の美瑛」の左手がラングの目を覆った。次の瞬間、「右の美瑛」の右膝がラングの腹にめり込む。『ジャンピン・ジャック・フラッシュ』の頭を左に向けると、「左の美瑛」の左手がその目を覆った。そして「左の美瑛」の右肘が背骨に叩き付けられる。

「ウ、グ……ガアァーーッ!」

動かせる腕を適当に振り回すが、視界を奪われた状態でのそれは、「右の美瑛」も「左の美瑛」も捉えられない。そして代わりに、脇への打撃と急所への蹴りが同時に帰ってきた。たまらず悶絶する。

「川尻クンッ!」
「やれッ!」
「だああぁぁーーーッ!!」

二人の美瑛がラングを放すのと同時に、早人のホウキによる一撃がラングの背中に突き込まれた。無重力状態にあるラングの身体は、その突きによって前方へ勢いよく流れていく。そしてその先には、化学薬品の濃霧が待ち構えていた。

「な、何イィッ! う、うおおあぁーーッ、無重力を解除しろ『ジャンピン・ジャック・フラッシュ』ーーーッ!!」

バチイィッ!

肩からぶつかり合うようにして、二人の美瑛が一人に戻る。そしてモップを拾い上げながら、早人に声をかけた。

「ハァッ、ハァッ……大丈夫、川尻クン!?」
「ゴホッ……は、はい。ちょっと苦しいけど……」
「よ、よしッ! 逃げるわよッ!」

手を取り合って、二人はその場を走り去った。


4. 能力全開

廊下にうつ伏せになったラングが、毒づきながら起き上がる。

「あ、あの女ッ! スタンド使いだったのかッ! クソッ!」

手の着いた位置のほんの十数センチ先から床が真っ黒に焦げ付いて、たなびく白煙が周囲に異臭を漂わせている。重力を取り戻した薬品が、そこに一瞬で降り注いだ結果だった。

「ギリギリだ、ヤバかった……」

立ち上がり、廊下を歩く。ゆっくりと……そして徐々にそのスピードを上げる。噛みしめた奥歯が、ギリギリと音を立てた。

「ガキ……女……ナメやがって……。許さねぇ、許さねぇぞ……ッ!」


階段を下りきった二人は、右の棟から対面の棟の廊下へと走り込んだ。廊下には無数の机や椅子が転がっていて、二人はそれを避けながら先へ進む。右手の窓は木の板で封じられているが、そこにこびり付いた血の跡が、少し前にここであった惨劇を美瑛の脳裏に蘇らせた。

「美瑛さん……この赤いのって……」
「もちろん血よ……アイツの無重力攻撃を食らったら、こうなるってコトね。その辺に死体が転がっているカモ……」
「エッ……!!」

驚いて周りの床を見回した早人は、足下に倒れていた扉に左足を引っかけた。バランスを崩して、もんどり打って倒れる。その時、開いていた背中のカバンから銀色に光る円盤状の物が飛び出した。

「ちょっと大丈夫、川尻クン……何か落としたわよ」
「いたた……ん?」

頭を押さえながら起き上がろうとした早人の目に、床に落ちている手袋が目に入った。指を自分に向けたそれに、何気なく手を伸ばす。ディスクを拾って早人の前に立った美瑛が、顔をしかめて低い声で告げた。

「やめなさい、川尻クン」
「え? 何?」
「……『中身』があるわよ、その手袋」
「え……う、うわあぁっ!」

慌てて跳ね起きて後ずさる。モップで「手袋」を払い除けながら、美瑛が早人に歩み寄った。

「あんまりノンキこいてる場合じゃあないわよ……あとこれ、CD? ん? 何か表面に……」

ダン!

右の棟から飛来したラングが、壁に「垂直に着地」して顔を上げる。その目が早人と美瑛を捉えた。

「……いやがったな、クソどもッ!」
「うわぁっ!」
「も、もう来やがったわッ!」

グルグルグルグルグルグルグルグルグル

ボウリングの球を思わせるスタンドの機構が、ラングの手首で回転する。ラングはゆっくりと、その右手をかざした。それを見て美瑛が叫ぶ。

「ヤバイわッ、撃ってくる!」
「えっ!?」
「言ったでしょう、飛び道具よッ!」

早人と美瑛が周囲に逃げ場所を探す。しかしそこは廊下の真ん中で、逃げ込むべき教室の入り口までは距離があった。

「び、美瑛さんッ」
「どッ、どうしたら……」
「食らえッ!!」

ドンドンドンドンッ

ラングの手首からボルトやナットの「弾丸」が射出され、一直線に二人を襲う。美瑛が早人の手を引いてその場に屈んだ。

「これだッ!」

床に倒れた扉を垂直に立てて、二人掛かりで固定する。

バシバシバシッバシィッ

二人を狙った「弾丸」は、盾代わりの扉にめり込んで止まる。扉の陰から顔を出した早人は、ラングの左手から第二弾が放たれるのを見た。

「また来たッ!」
「ちゃんと扉の陰に隠れてッ!」

バシバシッバシガシャアアァァンッ

「うッ!!」

扉の上方にあるガラス窓が破られた音に、その破片が降り注ぐのを予期した早人と美瑛はその身を固くした。……しかし数秒経っても、ガラス片が身体を襲う気配がない。恐る恐る顔を上げた早人が見たのは、宙に浮かぶガラス片だった。そして美瑛は、自らが押さえる扉が不意に軽くなるのを感じる。

「と、扉が無重力に……」
「ハッ!」

早人が後ろを振り返って見上げる。自分たちの背後に、ガラスの欠片に混じって放たれた金属片が浮かんでいた。再び扉の向こうを見ると、ラングが再び腕を構えている。

「『ジャンピン・ジャック』……」
「こ、これは……」
「『フラッシュ』ッ!!」
「美瑛さん伏せてぇーーーッ!!」

「弾丸」が壊された窓を通って、早人と美瑛の後方へ抜けていく。そしてそこに浮かんでいた金属片に命中、弾けたそれぞれが別の「弾丸」や金属片に当たって、ビリヤードのように次々と角度を変える。

ギャンギャンギャンギャンッ

早人が覆い被さるようにして美瑛を伏せさせた瞬間、いくつもの「弾丸」が後ろから早人と美瑛を襲った。

ドガガガガアァッ

「うわああぁぁッ!」
「ウグッ!」

かろうじて外れた「弾丸」が扉に突き刺さる。その激しい音を、早人と美瑛は目を堅く閉じて耐えていた。……音が止む。

「……か……川尻クン、ありがとう。ウグッ! た、助かった、くぅッ……」
「え? ……ハッ! び、美瑛さんッ!」

金属片にえぐられた右肩と二の腕から血を流す美瑛を見て、早人の背に冷たい感覚が走った。

「右に……ウウッ、二発食らったわ……」
「そ、そんなッ!」
「川尻クンが避けさせてくれなかったら、頭に食らって脳ミソばらまいてた……だ、だから『ありがとう』、よ……」

ダンッ

壁を蹴って、ラングが廊下をゆっくりと飛ぶ。

「弾切れか……しかしオーケイ。手応えアリだ」

肩に手を当てて、美瑛が立ち上がる。

「逃げるわよ、川尻クン。ここから……」
「で、でも美瑛さんが」
「ワタシのコトならかまわないで。行くのよ」
「ハッ! び、美瑛さん、左肩からも血が……」
「早くッ!」

左手で右肩を押さえ、血の滴る右手で早人の手を引いて、美瑛が左の棟へと走り出す。ラングはその足音を、廊下に立つ扉の向こうに聞いた。落ちている机を蹴り飛ばして、飛行速度を上げる。

「逃がすかッ!」

身体を横にして、立ちふさがる扉と壁の間をすり抜ける。先を走る二人を捉えたラングの視界に、突然何かが飛び込んできた。

ズドガアァッ

力一杯振るわれたモップの柄が、ラングの顔面に叩き付けられる。扉の陰にいた、傷を負っていないもう一人の美瑛が、そのモップの先を握っていた。

「ゲベッ!」

軸となったモップを舐めるようにして、縦に回転しながらラングがあらぬ方向へ飛んでいく。打撃の衝撃に堪えきれず、美瑛はモップを床に落とした。そのモップが床に落ちて鳴る音と、ラングが天井にぶつかる音が、廊下に同時に響いた。

「イ……イヒヒ……も、もう……」

ラングを目で追いながら、美瑛が口元を引きつらせる。

「……もうワリと、いっぱいいっぱいだわ……」

そして、右の棟へ向かって走っていった。


どさっ

床に落ちて……ラングは身じろぎもしない。しばらくして、小さな声でブツブツと呟き始めた。

「この気持ち……前にもあったはずだ……思い出せないが、覚えている…………湧いてくるこの気持ち……」

トン、トン、トン、トン

右の拳を廊下に打ち付ける。

ドン、ドン、ドン、ドン

その力は徐々に強くなっていき、するうちに手から血が滲み出した。

ガンッ、ガンッ、ガンッ、ガンッ

「ナメやがって……ぶちまけてやる……あの女…………」

ドガッ、ドガッ、ドガッ、ドガッ、ドガッ

「ぶっ刺して、ぶっ刺して、ぶっ刺して、ぶっ刺して、ぶっ刺して! ぶちまけて、ぶちまけて、ぶちまけて、ぶちまけて、ぶちまけてやるッ! ぶちまけてやるぞッ!!」

勢いよく立ち上がる。

「ナメたマネしやがってッ! その腹からッ! 胸からッ! 何もかもぶちまけてやるッ!!」

右足を上げて、そしてまた元に戻して、ラングは左右を見回した。

「ど……どっちに行った……?(忘れちまった……)」


ゴオオオォォォ

何処からやってきたのか、中庭の雑草の中に一匹のリスがいた。そのリスが見上げる空に、白い雲がゆっくりと流れている。

ゴオオォォゴオォゴオォゴオオオォォォーーーーーー

雲の流れる速度がどんどんと速まり、渦を巻くように流れが変化する。

ピタリ

空一面で、雲の流れが静止した。

…………ゴオオオォォォ

またゆっくりと、流れ始めた。


ガチリ……そしてまた何処かで、鍵の外れる音がした。

To Be Continued !!

スタンド能力解説

スタンド名
ダブル・スタンダード
本体名
美馬牛 美瑛 (びばうし びえい)/ビビ
スタンド能力
二人になる

早人と美瑛、ワリと健闘……? でも与えたダメージ量は……キレさせただけかも。しかしラングもキレてて大丈夫か?

「ダブル・スタンダード」の「最後の謎」が分かった人は……ROUND3まで黙っておくように。番長と(一方的に)約束だ!

ROUND3ではシークレットを解除、ROUND1の「7. 美瑛の能力」を公開します。

森本さんとREI-REIさんは、自分のキャラクターにとっての『理想の決着』と『それを得るための手段』などをテキトーに書いて、マッチメーカーにお送り下さい!

e-mail : six-heavenscope@memoad.jp SIX丸藤