Story Tellers from the Coming Generation! Interactive fighting novel JOJO-CON

双方向対戦小説ジョジョ魂

ROUND 1

1. 少年の誓い

あの出来事のあと、「ぼくのパパ」が帰ってこなくなって家賃が払えなくなったために、ぼくとママはあの家を出ることになった。ずっと住んでいた家を離れるのはとても寂しかったけど……だけど、屋根裏部屋とか、風呂場とか、それこそ家中に「あいつ」の臭いが染みついているような気持ちの悪さも感じていたので……だから、ほんの少しだけ、嬉しくもあったんだ。

家を出た時のママの表情を思い出すと、今でも胸が重くなって、息が詰まる。その時、家を振り返りながら涙を流すママの手を握って、ぼくは改めて誓ったんだ。ママはぼくがきっと守るって。

ぼくとママは、少し離れたアパートに住むことになった。キッチンの他に部屋が2つ。これまで住んでいた家と比べると、とても狭くて不便になった。ゴミはすぐたまるから、ゴミの日には忘れずに捨てなくてはいけないし、ママとの距離が近すぎて一人きりになりにくいのも、不便に感じることがある(でもそれは、多分ママも同じなんだろう)。


少し横道に逸れる話だけど、トニオさんのお店で引っ越しの話をした時に億泰さんが、

「なんだったらウチに来たらどうだ? 部屋はいっぱい空いてるしよぉ~」

と誘ってくれたのはとても嬉しかった。でも、その家を見てすぐに断った。あんなボロボロのオバケ屋敷にママを住ませる訳にはいかない。窓ガラスも満足に付いていない、「立(入)禁止」の看板が付いた家に、どうして億泰さんは平気で住んでいられるのだろう。ぼくには理解できない。


それはともかく……ママは今、近所のスーパーに勤めている。パパの収入がないのだから仕方がないのだけど、仕事に慣れるまでは毎日ヘトヘトになって帰ってきて、とても辛そうだった。だからぼくは、家の仕事でぼくにも出来ることを、できるだけ進んでやるようにした。ゴミ捨ても、皿洗いも、お風呂掃除もやるようになった。初めは面倒くさくて、すぐに投げ出しそうになってしまったけど、慣れてしまったあとは自然にこなせるようになった。この間なんかお風呂の掃除に熱中するあまりに、見たかったテレビ番組を見逃してしまったりしたくらいだ。

最近はママも、だいぶ元気になってきた。ママの笑顔を見ると、ぼくもとても楽しい気分になる。それでもぼくが寝たあとで、ママの泣いている声が隣の部屋から聞こえる夜がある。そんな時はママに言いたくなる……ママが好きだった「あいつ」は、パパを殺した殺人鬼なんだって。だから「あいつ」がいなくなったからって、ママが泣く必要はないんだよって。

そんなことをぼくがママに言えるワケがないし、ママがぼくに話をしてくれることもない。ママが一人で泣いている。それが分かっててどうにもできないのが、今、とても悔しい。


2. 出会いの森

日曜日、ぼくは友達の家に遊びに行くために自転車を走らせていた。その友達の家は農家で、町や学校からは遠く離れたところにある。どのくらい遠いかというと、だいたい自転車で50分近くかかってしまうくらい。バスの路線から外れたところにあるので、車やバイクに乗れないぼくたちには自転車で行くしか方法がない。これをママに言ったら、まず「そんなに遠くまで行くの!?」ととても驚いて、そして次に「大丈夫なの?」と心配そうな顔をしてくれた。

確かに最初はどこまで行くのか分からないこともあって、自転車をこぎながらうんざりとなった。でも、その後何回かその家までは行っていて、ぼくはもうそんなに遠いとは感じなくなっていた。町から離れるに連れて空気が変わるのを感じて、なんだか健康になるんじゃないか、なんて思ったり(もちろん、そんなことはないと分かっているけど)。小高い丘をいくつも越えて、暗い森の脇を走っていくのはちょっとした冒険気分にもなれた。以前、道を横断するヘビに出くわした時なんかは、一緒に行った友達と大騒ぎしたりした。


だいたい、30分くらい走ってきた時だった。今回はぼく一人で行くことになっていて、その時も道の右側を流れる小川を眺めながら、ただ黙々と自転車をこいでいた。

「おーい、そこのボクー!」

どこからか、女の人の声がしたような気がした。小川を見ていた顔を上げて、ペダルの上の足も止めて自転車を惰性で走らせながら、キョロキョロと左右を探してみる。けれど、人の姿は見当たらない。左側は草が長く伸びている丘の斜面、右側は小川の少し向こうに高い木がいっぱい並んだ薄暗い森が広がっている。

……気のせいだったのかな、とまた自転車をこぎ始めたところに、よりハッキリとした声が右側の森の方から聞こえてきた。

「ボクーッ、ちょっと待ってーッ!」

慌てて自転車を止めて、舗装道路に足を付く。声の聞こえた方に視線を向けると、今いる道路の少し前方に小川にかけられた小さな橋があって、そこから細い道……舗装もされていない、車が一台通れるか通れないかくらいの道が、森に向かって伸びているのに気が付いた。森の入り口に、自転車が一台止まっている。

こんなところに道があるなんて、全然知らなかった。確かに目立たない橋と道だけど、舗装道路の左側のように草に覆われているわけでもない。今まで気が付かなかったのがおかしいくらいだ。本当にここに、こんな道があったのだろうか……。

当惑していると、森の中からその道に一人の女の人が姿を現した。どうやら、上下ともに黒い服装が森に溶け込んでいたために、ぼくが見逃していたようだ。腰まで伸びた髪をなびかせて、元気よく道を走ってくる。ぼくも橋の入り口まで自転車を走らせてから、そこでその女の人が来るのを待った。

「ふぅ~……ごめんねぇ、呼び止めて」

そう言って、長い髪を右手で後ろに払った女の人は、ぼくのママよりも少し若い感じの人だった。髪は7、8本に束ねられていて、それぞれの先が三角形に、まるで矢印のような形になっている変わった髪型だ。縦縞模様の付いた黒い半袖シャツとこれまた黒いパンツの間に白い肌とおへそが見えて、ぼくはちょっとドキッとした。

「一つ聞きたいコトがあるんだけれど、いいかな?」

腰に手を当て、少し屈むようにして覗き込んでくる黒い瞳に、ぼくは頷いて答える。ありがとう、そう言って女の人は口をニッと横に伸ばした。そして後ろにある森の入り口を指差して、こう切り出した。

「神隠しのある廃校っていうのは、この向こうなのかな。知ってる?」

思いもかけない言葉が出てきて、ぼくは一瞬答えに困った。

「……え、なんですか? 神隠しの学校?」
「あら、知らないかな? ボクみたいな子供の方がワリと知ってるかと思ったんだけど」

そう言いながら、女の人は背負った小さめのバックパックに手を伸ばした。話が長くなりそうなので自転車を降りてそこに留めると、振り返ったぼくの顔の前に小さな画面が現れた。それはかなり小さめのノートパソコンのものだった。

「実はねぇ、ウェッブでこういう話を見掛けてねぇ……」
「『ウェッブ』?」
「いわゆるホームページというヤツね」
「あぁ、ホームページですか」

などと返しつつ、ぼくは実のところ、そのノートパソコンに目を奪われていた。元々、こういう機械関係は大好きだった。以前の家にいた時はパソコンもあったし、ビデオカメラや編集機材も(そんなに高いものではないけど)持っていた。でも、それらは引っ越しの際に売って処分してしまった。お金が必要なのは分かっていたし、ぼく自身も以前ほどの強い興味は抱かなくなっていた。そもそも今のアパートの中には、それらを入れるスペースの余裕もない。

とはいえ興味が全く無くなったわけではなく、例えば友人の家にあるパソコンは遊びに行く目的の一つだったし、学校帰りに本屋でパソコン雑誌を立ち読みするのは、その本の発売日の日課だった。だから一目で分かったのだ、そのノートパソコンがついこの間発売されたはずの、最新型であることが。

「……それで、ここの記事にあったワケよ、『神隠しのある廃校』が」

半分うわの空で聞いていたが、ようするに「日本の、怪奇現象の起こる噂がある場所」を紹介しているホームページで、杜王町の外れ、その森の奥にいわく付きの廃校があるという話が紹介されていたとのことだった。

でも、ぼくにだって分かる。いくらなんでも、森の中に学校があるなんておかしな話だということは。

「でも、ワリと細かい地図まであるし。……そう、それそれ。」

タッチパッドをなぞって画面をスクロールさせると、その廃校があるという位置を示した地図が表示された。確かに大体この辺のようだ。……ところで、いつの間にかノートパソコンがぼくの手の中にあるんだけど。……ま、まぁ、楽しいからいいか。

「杜王町に泊まったのも何かの縁ってコトで、いっちょ確かめてみるかなーと思って自転車借りて来てみたんだけど。ニッヒッヒ」

口を横に伸ばして、女の人は悪戯っぽく笑った。そして立ち上がって……いつの間にか、二人座り込んで話をしていた……森の方を見やる。矢印型の髪が、ざぁっと風になびいた。

「でも、ボクみたいな子が知らないとなると、やっぱり期待薄かなぁ。建物だけでもあれば、写真撮って記事にしようと思ったんだけど」

こちらの方に振り返ったと思ったら、突然フラッシュが光ってぼくの目を眩ませた。いつの間にか手にしたカメラで、ぼくを撮ったらしい。あ、あれは確か先月発売されたばかりのデジタルカメラ……!

「そ、そのデジカメ……!」
「ん? 使ってみる?」
「え、いや、その……」
「そうだ。あの入り口をバックにワタシを撮ってくれない? 記事に使えるし」

女の人がデジカメをぼくの手に乗せた。それは思っていたよりも少し軽い。ボディのヒンヤリとした冷たさと、女の人の体温で生暖かくなった部分を、手の中に感じた。

「は、はい! ありがとうございます!!」
「何よ、そのお礼は。ニッヒッヒ」


「さてと、じゃあそろそろ行ってみようかなっと」

ノートパソコンをバックパックにしまいながら、女の人が言った。

「廃校ですか?」
「ま、なきゃないで散歩と思えばワリとオッケーってコトで。長話しちゃったわね、ゴメンね」
「いえ、そんなことは……」

別れにふと寂しさ(と、もったいなさ)を覚えたぼくの目は、女の人が手にしたそれに釘付けになった。

「メール、チェックしておくかな……」

そ、それは先々月発売された手のひらサイズのPDA……!

「あ、あの! ぼくも付いていっていいですか?」

少し目を大きくして、驚いたような表情で女の人がぼくを見た。まずいことを言ってしまったかと、思わず目を逸らす。

「それは別にいいけど……どっか行くんじゃなかったの?」
「だ、大丈夫です。少しくらい遅れても、連絡しておけば……」

言いながら、背中のカバンから携帯電話を取り出してみせる。女の人に会話を聞かれるのがなんとなく恥ずかしく感じて、メール作成の操作をする。

「それなら、ここで電話しておいた方がいいわよ。森にちょっと入っただけで、圏外になっちゃったから」
「そ、そうします」

1、2時間遅れることを適当に打って、メールを送る。携帯をしまって、女の人に向き直る。

「じゅ、準備オッケーです」
「そっ! それじゃ行こうか。じゃあ、ボクはこれからカメラマンってコトで」

森の入り口の方へ足を踏み出しながら、女の人はさっきのデジカメをぼくの方へ無造作に放り投げた。慌てて両手を伸ばし、それをキャッチする。

「あっ、とっ、とと……わ、分かりました。えーっと……」

女の人に続きながら、なんと呼びかければいいのか困っていると、女の人が首を回して肩越しに話してくれた。

「ワタシの名前は『美馬牛 美瑛(びばうし びえい)』。外国の人には『ビビ』って呼んでもらってるんだけど、ボクなら『美瑛』でいいわ。えーっと?」
「ぼ、ぼくは川尻 早人です!」
「そう、川尻クンよろしくね。取りあえず、このPDA触る?」
「ありがとうございます!」
「ニッヒッヒ」

そうしてぼくと美瑛さんは、森の中へと入っていったのだった。


3. 不可解な覚醒

オレがそこで寝ていた理由を、オレは覚えていない。

目を覚ました時、オレの目に入ってきたのは薄暗い部屋の中に並んだ机や椅子で、目だけを動かして周囲を観察し、そこが木造の教室であるらしいと判断した。そして机が全てこちらを向いて配置されていること、オレはそれらを見下ろす位置にいることから、オレの寝ているのはおそらく教卓の上であろうと推察した。身体を起こし、左から背後へぐるりと首を回して、最後に見下ろして、その推察が正しいことを確認した。

取りあえず教卓の上から降りて、オレはその教室らしい部屋をより詳しく観察した。まず目を惹いたのは、右側の窓だ。それはガラスがはめ込まれていない代わりに外側から打ち付けられた板が覆っていて、外の様子が全く窺えない状態になっていた。針のように僅かに漏れ入ってくる光があるが、それがおそらく日の光であろうことは、左側の扉の向こうに見えた廊下の窓で確認できた。

次に気が付いたのは、この部屋が作られたのは相当昔であるということだ。部屋自体が木造で、並んでいる机や椅子、オレが横になっていた教卓も全て木で出来た物だった。そしてそれらは、傷が多く付いていて使われた形跡こそあれ、埃に覆われて長い間使われた様子はなかった。オレは教卓に触れていた右半身が埃まみれになっているのに気が付いて、左手でそれを払い落とした。そして少なくともオレだけは、この教室の中で「新しい物」であると認識した。でなければ、オレにもこの床や机と同様に、埃が積もっているはずだからだ。

教室を歩き回りながら見つけたのだが、床に付いた足跡がオレの作っているそれ以外に一つも見当たらないというのは奇妙だった。オレはどうやってこの埃まみれの教室に入ってきて、教卓の上に寝たというのだろうか。いや、それ以前に、オレはこの教室に自らやってきたのだろうか。立ち止まり、視線を落として、記憶を辿ってみる。

オレがここにいる理由を、オレは覚えていない。


その教室を出て探索し、ここがもう使われていない古い学校であることが分かった。オレが最初に寝ていたのは三階にある一室で、扉の上にある木製のプレートに書いてあった「3-2」という文字から、おそらく「3年2組」なのだろうと考えた。その階には「3-1」から「3-5」まで部屋が並んでいて、「3-1」と「3-5」の先に上と下に行く階段があった。しかし、その上へ行く階段の先にあった扉は、鍵が掛かっているのかビクともしなかった。

校舎の構造は、三階建ての校舎が中庭を四角く囲んだ形のようだ。中庭側の窓にはガラスがはめ込まれているだけで、ちゃんとその向こうを覗くことができる。どの窓もガラスが割れたり白くくすんでいたりして、長い年月を感じさせる有様だ。その窓から見える校舎の外側は、その上に広がる空だけだ。周りがどうなっているのか、判断できる物は何も見えなかった。

階段を下りると二階には「2-1」から「2-5」があったので、一階は一年生の教室なのだろうとオレは推測した。しかし、「1-1」があると思っていた位置には木製のロッカー(下駄箱)が並ぶ玄関があって、他には職員用と思われる部屋や保健室らしい部屋などがいくつか続いていた。この棟に限らず、全ての部屋の窓はどれも固く閉ざされ、その上で外から板がビッシリと打ち付けられていた。外を伺い知ることはできない。

玄関のある棟を「正面」とすると、右側と左側の棟へは一階からしか行けない作りになっていた。二階と三階の突き当たりからは、上下の移動しかできないというわけだ。左右の棟は少し短く、正面と対面の棟が長い辺となる長方形の校舎ということになる。

右の棟は美術室のような部屋、化学の実験室と思われる部屋、古い機材の放送室など、バラエティに富んだ部屋があった。左の棟は一階が通路だけで、部屋があると思われるところには扉が一切付いていない。そして二階へと向かう階段は、上った先の折り返しのところで机や椅子が隙間無く積まれていて、先に上ることはできない状態だった。何故わざわざこのような塞ぎ方をするのか……極めて不可解だ。

対面の棟は一階が一年生の教室なんだろう、「1-1」から「1-5」まで並んでいる。二階には一つだけ入り口があり、そこは図書室と思われる非常に大きな部屋があった。一教室分のスペースに本を読める大きめの机や椅子がいくつか並べてあり、その奥はズラリと本棚だ。ただ、4教室分の広さには見えない。……奥の壁の向こうに、何かあるのだろうか。三階への階段があるだろうところには、扉がどっしりと構えていた。上には上れない。

ちなみに中庭へは、左右の棟の一階にある扉から入ることができたのだが、雑草が長く伸びているだけで特に興味を惹く物は発見できなかった。

部屋の名前をハッキリと確定できないのは、扉の上にあるプレートに漢字と思われる文字が書かれてあるからだ。漢字を読めないアメリカ人のオレにはどうしようもない。漢字ということは、ここは中国ということになるのだろうか。アメリカにいたはずのオレがいつ、どうやって中国(とは断言できないが)にやってきたのか……全く思い出せない。


これ以外に行ける場所はないようだった。どこからも外へ出ることはできない。そしてこの探索の間、他の誰にも出会うことはなかった。校舎という閉鎖空間に、存在するのはオレ一人。いろいろな問題や疑問があるとはいえ、一応自分の置かれた環境は把握できた。

では次にオレ自身の問題だ。何よりも、記憶の欠落が多すぎる。何も思い出せない訳じゃない、故郷の景色や友人の顔は思い出せる。まぁ、友人の中で名前が思い出せないヤツもいるが、そいつはオレにとって重要でないヤツであるということだろう。それはともかく、この学校に通っていた覚えはない。ここではなく、アメリカの大学に行っていたのだ。これは自信がある。しかし、その後辺りからの記憶が定かではない。大学の後に行った先は……分からない。記憶が形にまとまらない感覚があるだけだ。

……取りあえず、名前は覚えている。ラング・ラングラー、それがオレの名だ。

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森本さんの「川尻早人」
VS
REI-REIさんの「ラング・ラングラー」

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4. 疑惑の孤独

「3年2組」で目を覚ましてから、2か月ほどが経過したはずだ。だが、確証はない。何回夜が来て何回朝が来たかも覚えていられなかったし、記録することも叶わなかったからだ。……この廃校は「ただの廃校」ではない。いや、むしろ「廃校ではない別の何か」というべきか。姿こそ見せないが、ここには明らかにオレ以外の誰かが存在する。

2日目の朝に、腹が減っていることに気が付いた。1日目の探索において食い物を見つけることはなかったが、だからといって諦めていい事柄ではないことは流石に覚えていた。食い物を求めて校舎を念入りに探し回ると……音楽室の壊れたピアノの上に、バターロールと湯気の立つスープが置いてあった。埃まみれのピアノの上に、だ。音楽室の床は、昨日オレが付けた足跡以外に変化は見られなかった。

何が入っているか分かったものではないそんな物に、手を付ける気にはなれなかった。しかし4日目の夕方に空腹に耐えかねて、ついに口に運んでしまった。そして温かいうちに食っておくべきだったと、ひどく後悔した。


その後もオレの腹が潰れて耐えられなくなりそうになると、校舎の何処かに食い物は現れた。ある時は、どこからやってきたのかイノシシにパンがくくりつけられていて、空きっ腹を抱えて追いかけ回す羽目になった。教室の隅に追いつめて椅子で散々ぶちのめしてやった後で、パンと一緒に食ってやった。もっとも、この校舎の中には火のつくような物はなかったので、生で食うしかなかったのだが。

そもそも「廃れた」学校という印象も、今となっては持てなかった。水道の蛇口を捻れば透き通った水が飲めるし(嫌らしいことに、時々出なくなる)、教室で壁に付いているスイッチを押すと、照明が灯ったりする時もある。そんな夜は図書室から本を持ち込んで、数少ない娯楽を楽しんだ。月明かりで読むのも、まぁ悪くはないのだが。図書室の本はその多くが漢字で書かれていたが、英語の本もそれなりにあった。本に目を通す夜は、孤独を忘れることができた。……孤独? オレは本当に孤独なのだろうか。


幾つかの教室に残っていたカーテンを図書室に持ち込んで、それにくるまって休むことにしている。寝ていると、時々天井の上で物音が聞こえる。足音のようなもの、ヒソヒソと囁く声のようなもの、何か機械が動くようなもの……様々だ。オレが音に気が付いて耳を傾けると、それはピタリと止まってしまう。……相変わらず、上へ行く扉はビクともしなかった。

教室に黒板はあっても、チョークが一本も残っていなかった。そこで指で埃をなぞって取ることで字を書いた。今日が何日目であるとか、本にある数式を解くとかに使った。ところがこれらの字は、次の日になると消えていた。また埃が付いてしまっているのだ。黒板一面に、均等な厚さに。黒板だけではない。壁も、ガラスも、窓の桟でさえ、次の日には元通りになっていた。オレはオレがそこに書いたという記憶にすら、自信が持てなくなっていった。

もっとも、元に戻らないものも中にはあった。割れたガラスで指を切り、適当な本に自分の血で文字を書いたときは、次の日にはそのページが破り取られてしまっていた。壁や黒板に、引っこ抜いた釘を使って傷を付けると、オレが気付かぬうちに傷が増えていて、何を書いたか分からなくなっていた。それはオレが自分自身の腕に傷を入れても、同じだった。


もちろん、外に出ようともがいたこともある。ある風の強い夜に、「2年5組」の窓から月明かりが差していることに気付いた。外から打ち付けられた板が、風で取れそうになっているのだ。手を伸ばし、その板を外側へ強く押す。さらに椅子をぶち壊して棒を作り、そいつで押していると、バキッと音を立ててその板が落ちていった。

腕が通るくらいの隙間ができ、そこから外の風が勢いよく入ってきた。ぷぅんと匂う草の香りと激しくざわめく木々の音に胸が躍り、オレは思わずそこから右手を外に突き出した。その時だ……月明かりを反射したそれは、20センチくらいの刃を持ったハサミだった。それが上から、そしてオレの手を掠めて下へと落ちていくのを、確かに見た。

右手を引っ込めて顔の前にかざすと、指が一本足りなかった。小指が無くなっていたのだ。『罠』……机を蹴り飛ばし、その教室を逃げ出して、叫びながらオレはそんなことを考えていた。


5. 忘却への目覚め

またしばらく経ち、暖かな日の夕方にそれは起こった。この「校舎の姿を借りた何か」に、オレ以外の人間を見たのだ。

図書室で本を読んでいると、人の声が聞こえたような気がした。動きを止め、耳に神経を集中していると、それはいつのも天井からではなく、廊下の方から聞こえてくることに気が付いた。さらに図書室の入り口で聞き耳を立てて、それが階下で発している声であることが分かった。

こちらの姿を見せるつもりはなかった。どんなヤツか分からなかったし、もしかしたらオレをここに閉じ込めているヤツであるかもしれないからだ。とりあえず物陰から観察するために階下へ降りようと、図書室を出て階段へ向かった。

だがそこで、階段を途中まで上ってきていたリュックを背負う男と鉢合わせになった。聞こえていたのは階下にもう一人いた女の声で、この東洋人の初老の男は無言でここまで来ていたのだった。オレの姿を見て、その男の顔が驚愕に強張るのが見える(オレの服装は自分でも思うが、とても奇妙なものだった)。思わず手を伸ばして、話しかけてしまった。

「おい、おまえ」

その男に、オレの英語の呼び掛けが通じていたかどうかは定かではない。ともかくオレの声を聞いた男は、踵を返して階段を走り戻っていった。しくじった。有害な人間でないのなら、言葉は通じなくともいろいろ得るところはあるはずだ。そもそもどこからこの校舎に入ってきたのか、聞き出すこともできるだろう。

「待てよ、おい!」

男を追って階段を下りる。一階に男と一緒にいる女の姿も見えた。二人が悲鳴を上げて右側の棟へと走っていく。後を追おうと足を速めたが、慌てるあまりに階段を踏み外した。バランスを崩して一階の床に倒れ込む。頭を強く打ち付けて意識が飛びそうになったその時、それは現れた。

ズルリ、ズル、ズル

オレの顔面、目と鼻の間。そこからCDのような物体が一枚、ゆっくりと出てくるのだ。そしてそれは、今にもディスク全体がオレの顔から抜け出ていきそうな勢いだ。何かヤバイ! それが抜け落ちてしまうことは、オレ自身にとってきっと致命的な影響を及ぼす! 何故かそう感じたオレは、咄嗟に両手でそれを掴んで、自分の顔の中へと押し戻した。

その刹那、ディスクの表面に見た影。そう、もう一人のオレである存在を、その時思い出した。沸き上がる力、血が沸騰するような高揚感。そして理解した。オレのこの服装の意味を。手足の指が吸盤のように変形している意味を。ポケットの中に入っていたボルトやナットの使い道を。

靴を脱ぎ捨て、四つん這いになって右の棟の廊下を走る。「もう一つの腕」に「弾」を装填しながら、前方を逃げていく二人を見てオレは思う。人の話も聞かないで悲鳴を上げて逃げるとは、いい年をしたオヤジのやることか。人をバカにするのも程があるぜ。プレゼントをやろう……そのためにオレは今、そいつの名前を呼ぶだろう。

「『ジャンピン・ジャック・フラッシュ』!」


その後、オレが欲しているものがあると、どこからか迷い込んでくる人間がいた。そいつらを殺して荷物を漁ると、その欲するものが手に入った。残っていた足跡からそいつらが正面玄関から入ってきたことが分かったが、オレが行くときには当然のように玄関は閉ざされていた。

要するにこいつ等は、以前現れたイノシシと同じなのだ。ここにオレを閉じ込める何者かによって放された、オレに狩られるべき標的なのだ。そして校舎というオレの宇宙に入った者達を、『ジャンピン・ジャック・フラッシュ』が逃がすことはない。


今、オレは「記憶」を欲している。日が経つに連れて昔の記憶だけではなく、つい最近の記憶までなくなるようになっていった。廊下を歩いていて、自分がどこに向かおうとしているのかを忘れている。本を読んでいて、1ぺージ前の内容を忘れている。症状はどんどんと悪くなっていった。記憶がプールされるべき部分が、オレの身体に存在しないかのようだった。

以前見たテレビ番組の内容は覚えている。脳にダメージを受け、記憶に著しく障害を持った人間のレポートだった。その人間は常時メモを取り続けることで「覚えて」いた。いうなればそのメモ帳は、「外部記憶装置」というところだろうか。しかし、オレにはその「外部記憶装置」を持つことができない。書いても消されてしまうのだから。

記憶が全てなくなり、空白となった人間は、どうやって生きるのだろう。……思い詰めて、オレは不安と恐怖、そして焦燥感に押し潰されそうになっていた。


6. 宇宙との遭遇

自己紹介なんかをしながら森の中を二人で歩いていると、件の廃校が唐突に姿を現した。黒く朽ちたその学校は、思っていたよりもずっと大きかった。そんなものが森の中に埋もれるようにあるのだから、いよいよ違和感を感じる。

「なんだろうね、これは……」

美瑛さんが呆れたようにそう言って、ため息を付いた。とりあえず学校の入り口をバックに美瑛さんを撮っていると、学校の脇に留めてある2台のバイクに気が付いた。

「先客がいるみたいですね」
「ふん……なんか秘密基地を横取りされたみたいで、いい気はしないわね」

玄関に入ると、壁にスプレーで何かの字が書いてあった。その塗料はまだ乾いていないようで、おそらくバイクの持ち主がつい先程書いたということなのだろう。美瑛さんが顔をしかめて言う。

「こういうコトをするヤツらはみんな、くたばっちまえと思うわ。平気で人の持ち物……って、ここでは壁なんだけどさ。それを勝手に使うって無神経さが許せないのよ」

ぼくはバイクの持ち主に出会うのが怖かったんだけど、それでも美瑛さんは「せっかく来たのにもったいないでしょ」と言って、先に進む気がありありだ。美瑛さんに続いて玄関を抜け、木の板が軋む廊下に出る。右手に行く廊下はすぐに前に折れ、右の棟に繋がっている。左を行く廊下沿いには、部屋が並んでいるようだ。そして右の廊下にも、スプレーの文字があった。

「アイツらは右なのね。ならワタシらは左を行こうか」

写真を撮りながら、ぼくたちは廊下を先へ進んでいった。


職員室のあった廊下の突き当たりを右に曲がったところで、突然背中がずっしりと重くなった。ふーっふーっと生暖かい息をぼくの後頭部に吹きかけながら、何かがぼくの背中で動いている。後ろを振り向くと、視界の端に茶色い毛の固まりが見えた。悲鳴を上げたぼくを振り返って、美瑛さんが目をまんまるくする。

「川尻クン、なによそれ!」
「ななッ、なんかいますよね、何かッ!?」

駆け寄ってきた美瑛さんが、ぼくの背後に恐る恐る拳を振るう。ふっと軽くなり、何かが床に落ちた音がした。目をやる……毛むくじゃらの何かが廊下を駆けていく。そして職員室の中へ入っていった。

「な、なんです、今の?」
「…………猿だったわ」
「猿ぅ、ですか?」
「あっ、毛が付いてるわ」

美瑛さんがぼくの肩や首に手を当てて、猿の毛を払ってくれる。……美瑛さんのいい匂いがした。それはまるで……

「大丈夫? なんともない?」
「なんともないと思いますけど……」
「カバンを取ろうとしたのかね?」


左側の棟の突き当たりを曲がろうとしたときに、ぼくたちはその不思議な光景を目の当たりにすることになった。対面の棟の廊下に、扉が浮いていた。扉だけじゃなく、椅子や机がいくつも宙に浮いて、廊下の先が見えなくなっていた。

「び、美瑛さん……」
「何よこれ……」

さすがの美瑛さんもこれには呆然と立ちつくしていて、先に進もうとする気配はない。それが正解だと思う。仗助さんや康一さんに聞いているんだ……能力には『射程距離』があるって。そう、ぼくはこれがもしかしたら「スタンド」による現象じゃあないかと考えていた。でなければ、森の中にある学校の中でこんなことが起こるはずないじゃないか……! だとしたら、ここは早く逃げなければいけない。もしこのスタンドの使い手が、「あいつ」みたいな邪悪な人間だったとしたら……。

「戻りましょう、美瑛さん! ここは危険ですッ」

小声で言って、美瑛さんの手を引っ張った。

「え? き、危険?」
「射程距離なんですよ! 逃げましょう!」
「しゃ、射程、距離……?」

その時、漂う扉の向こうから、空中をゆっくりと流れてきた物があった。それはぼく達の数メートル手前まで来て、糸が切れたようにどさりと床の上に落ちた。それを見て、それが何かと分かる一拍の間をおいてから、ぼく達は恐怖に言葉を失った。それはカラカラに干からびた、ミイラのような人間だったのだ。その手には、くしゃくしゃに潰れたスプレー缶が握られていた。

美瑛さんの手を握り、無理矢理引っ張って左の棟を走って戻る。携帯電話を取り出してみたが、やはり圏外表示になっていた。

「ちくしょうッ! 仗助さん! 仗助さんを呼ばなきゃあッ! 悪いスタンドだ。人殺しのスタンド使いが、ここにいるッ!!」

正面の棟への曲がり角を目前に、美瑛さんが立ち止まった。少し険しい表情でぼくを見つめて、口を開く。

「……川尻クン、今なんて言った?」
「な、なんですか? 早く……」
「今、スタンドって言ったわね? スタンドを知っているの?」

その言葉に、ぼくは息を詰まらせた。

「そうなのね。じゃあ、ボクはスタンド使いなの?」
「な、なんで美瑛さんが……スタンドを……」
「簡単だわ」

美瑛さんが言った。

「……私もスタンド使いってコトよ」


7. 美瑛の能力

【 戦略上の理由により、「川尻早人」のプレイヤー以外に非公開 】


8. 脱獄

「川尻クン自身はスタンド使いじゃない……?」
「えぇ、知り合いには何人かいるんですけど……」
「そっか……」

曲がり角に立ったまま、ぼく達は話を続けていた。ぼくがスタンド使いではないことを聞くと、美瑛さんは残念そうに瞼を閉じた。心なしか、顔色が悪いように見える。

「ちょっと期待したんだけど……」
「期待……って何をですか?」
「さっき見せたでしょう? ワタシのスタンドは戦えるようなもんじゃないし、扉をぶち壊す力もない……」
「扉……?」

職員室の向こうを指差して美瑛さんが言う。その指先と声が、少し震えている。

「閉じ込められてるわ……玄関が閉め切られてる。全然開きそうになかった……」
「えっ……それってッ!」
「そして、スタンド使いも見た……能力の方も、なんとなく分かる」
「無重力にする、ですよね?」
「いや、むしろ『宇宙みたいな空間を作る』って感じ。あのスプレー野郎……二人とも宙に浮いてから血がバーッと出て干からびたのを、さっき生で……見たのよ。ああいうの、何かのテレビ番組で見たことがあるわ……真空になるとそうなるみたい。血が沸騰してしまうらしいわ」
「……真空……」

先程見たミイラのような死体を思い出して、ぼくは唾を飲み込んだ。血が沸騰……内側からカラカラになっていく感覚……内側から爆破されそうになった経験はあるけど、やっぱりあれとは違うんだろうな……。そんなことを考える、何故か妙に落ち着いている自分を奇妙に感じていると、背後から美瑛さんの低い声が聞こえた。

「かまわないわ。あのスプレー野郎が死ぬのは何とも思わない……」

振り向くと、美瑛さんが床に膝をついてぶつぶつと呟いていた。

「この先、生きていても……他人の物を勝手に使い続けるのだったら、それを阻止できたと考えればワリと問題はないわ……」
「び……美瑛さん……?」
「…………そう考えるのがいつものワタシ……」

「!」

俯いた美瑛さんは、シャツの胸元を握りしめて震えていた。これまでの威勢の良さからの大きな変わりように、ぼくは思わず手を伸ばす。肩に触れると、美瑛さんはびくりと身体をすくませた。

「ゴ、ゴメンね、川尻クン……大人なのにね……スタンド使いなのに……ワタシが守ってあげなきゃいけないのにね……」
「美瑛さん……」
「……ゴメンね、ワタシ……とても怖いわ」

頼りなく縮こまる美瑛さんに、心細さを感じたのは確かだ。でも、怯えてうなだれる美瑛さんを見ていて……その姿にぼくは、思わず呟いてしまったんだ。……「ママ」、と。

美瑛さんの腕を取る。しっかりと握って。ぼくを見る美瑛さんに、意識して力強く言った。自分も奮い立たせるために。

「美瑛さん立ってッ! 探すんだ、出口をッ! きっと校舎の何処かにあるッ!」
「川尻クン?」
「しっかり! きっとッ! きっとッ!!」

もう一度誓う。ぼくがきっと守るって。


今しがた殺してやったヤツらの身体や荷物を探っても、「それ」……すなわち、オレの欲している物は出てこなかった。そんなはずはない。今までは必ず手に入ったのだ。何処にある? オレの「記憶」は何処に……? もしかしたら、さっき扉の向こう……廊下に浮いている扉や机の向こうに聞こえたと思った人の声は、気のせいではなかったのか? 用意された「標的」はこの二人だけではない……?

「1年1組」の教室に入り、窓から中庭とその向こうを見渡す。はたして、廊下を走る人影が見えた。……あいつらが持っているのだな、「それ」を。

能力を解除すると、廊下で机や椅子が床に落ちる音がやかましく響いた。扉の金具を外して補給した「弾」は、ポケットの中に入れてある。床に伏せて四つん這いになり、オレは走り始めた。

……オレは「それ」を取り戻して、この「校舎」という「牢獄」を抜け出してみせる。思い出せない……オレの名前はなんだった……? まぁ、いい。名前もきっと、「それ」の中にあるだろう。


廊下を走る美瑛と早人。その早人が背負うカバンの中で、一枚のディスクが鈍く光り輝いた。

To Be Continued !!

ディスクが飛び出ました、この組み合わせを見たときは。

さて! 奇妙な廃校に閉じ込められたラング・ラングラーと、そこに迷い込んだ早人達。ラング・ラングラーは記憶を取り戻せるのか? 早人と美瑛は無事に脱出できるのか?

そして美瑛のスタンド能力とは? それを知るのは、そして使えるのは早人のプレイヤー、森本さんだけのSecret Option! でもその能力、本当に使えるの? MMには分かりませぬ! 森本さんには別途「7. 美瑛の能力」の部分をお送りします。

森本さんとREI-REIさんは、自分のキャラクターがラウンド2に向けて『何をしたいか?』、『何をしようとするのか』などをテキトーに書いて、マッチメーカーにお送り下さい!

e-mail : six-heavenscope@memoad.jp SIX丸藤