Story Tellers from the Coming Generation! Interactive fighting novel JOJO-CON

双方向対戦小説ジョジョ魂


【シークレット解除】

ROUND 1

7. 美瑛の能力

「……私もスタンド使いってコトよ」
「うわっ!?」

突然後ろからした声に、ぼくは驚いて飛び上がった。後ろ、職員室の方を見ると……美瑛さんがいた。

「えっ?」

首を前に戻す……美瑛さんがいる。後ろに振り向く……美瑛さんがいる。心臓がドキドキするのを感じながら後ろに下がると……二人の美瑛さんが視界に入った。

「こッ、これは……ッ!!」
「そう、これが……」
「ワタシのスタンド能力……」

美瑛さんが二人いる……ぼくにもハッキリと分かるスタンド能力!

「見えるんですね……ぼくにも」
「そうよ、実体化してるからね」
「『二人になる』……それが目的の能力だから、本当に二人いないと意味がないのよ」
「さっき、職員室を見てまわったときに、川尻クンにバレないように二人になって……」
「ワタシは向こう側の棟に行ってきたワケ」

右と左の美瑛さんが、同じ顔、同じ声で交互に話す。不思議な光景だけど……ぼくは「話に聞いていた」、「その効果も見えていた」、でも「姿を見ることが出来なかった」スタンドを見られて、少し興奮していた。

「ど、どっちがスタンドなんですか? ぼくと一緒にいたのが本物ですよね、やっぱり」
「いや、違うわ」

右の、今まで一緒にいた美瑛さんが言う。

「どっちも本体、どっちもスタンドよ」

左の、後ろから現れた美瑛さんが言う。

「……『どっちも』? そ、それってどういう……」

左の美瑛さんが手を伸ばして、ぼくの言葉を遮った。

「今はそんなこと言ってる場合じゃないわ!」
「……どうしたの? アンタちょっと顔色悪いわね」
「ふふっ、悪くもなるわ」

左の美瑛さんが変な笑い方をした。左右の美瑛さんが会話をしている……その様子を見ると、テレパシーみたいので通じ合っているっていう訳ではないみたいだ。まさか美瑛さんは本当は双子で、二人でぼくを騙しているってことはない……よね?

「本当に変ね。……まさか、あっちのスタンド使いを見たッ?」
「それだけなら、まだいいんだけど……」

話しながら、二人が歩み寄っていく。右の美瑛さんが右手を、左の美瑛さんが左手を伸ばして、手を合わせた……と思ったら、そのまま二人の腕がめり込むように重なり合っていく!

バチンッ

テレビで見たスタンガンのような音がしたと思ったら、次の瞬間には二人の美瑛さんは一人になっていた。その美瑛さんが顔に手を当てて俯く。

「本当……どうしたらいい……?」
「美瑛さん……?」
「そうだ、川尻クンッ!」
「は、はいッ?」

美瑛さんが顔をずいっとぼくに寄せてきた。

「ボクはどうなの?」


Story Tellers from the Coming Generation! Interactive fighting novel JOJO-CON

森本さんの「川尻早人」
VS
REI-REIさんの「ラング・ラングラー」

双方向対戦小説ジョジョ魂


ROUND 3


1. 暗転

不意に部屋の中が暗くなったのに気が付いて、ラング・ラングラーは伸ばしかけた手を止めて窓の方に目を向けた。窓の向こうから入る陽が弱く、立ち並ぶ本棚が図書室により深い闇を作り出している。

「急に曇ったな……雨でも降るのか?」

―― 雨? 雨なんて、降ったことがあったか?

―― いや、それはあるだろう。廊下を歩いていて、打ち付けられた板の向こうに雨音を聞いたのを覚えている。……しかし、寝泊まりしているこの図書室で聞いたことはあったか? 窓の向こう、中庭に降り注ぐ雨を、オレは見たことがあったか? 雨が窓に当たる激しい音で、寝苦しい夜を過ごしたことがあったか? ……思い出せない。

「……きっとその記憶も、ヤツらが持っている筈だ」

ラングは黒板に向き直り、そこに備え付けられたチョーク入れに手を伸ばした。引き出しを開ける。そこにはチョークは一本も無かったが、代わりにネジや金属片が数個入っていた。舌打ちしながら、ラングはそれらを取り出す。

「これしか残ってない! ……そういやぁ、先に入ってきた男二人に使っちまったのか。今日はヤケに獲物がやってきたからな、フフフ」

ボヤキながら、手にしたそれをポケットにしまい込む。そこには他にも何か入っているのか、チャリチャリと音を立てていた。

「おかげで色々手に入った……フフフフ……あとは記憶さえ手に入れれば……む、そうだ」

ラングは後ろを向いて、本来は図書の貸し出し手続きをするのに使われたであろう長い机にしゃがみ込んだ。机の陰に手を入れて、その奥から手に収まるくらいの透明なビンを取り出す。蓋がされたそれの中には、時折光を反射する砂のような物が入っていた。

「これを使ってやろう。ククク……見物だな……クク、ウククク…………」

残忍な笑みを浮かべながら、ラングはさらに机の陰に手を伸ばした。その目に再び、狂気の炎が燃え上がる。

「ククク、こっちはなんだったかな……よく覚えていないな。そしてこれは? ハハ、ヒハハハ……」


左の棟。肩を押さえて小さく呻く美瑛を気遣いながら、しかし早人は別のことを考えていた。

―― 結局、この校舎から出られるところは見つかっていない……一体この校舎はなんなのだろう。あのスタンド使いが住居にしている? そんな感じではなかった。以前、「鉄塔に住む人」に仗助さんが会わせてくれたけれど、あの鉄塔には生活感があった。あの鉄塔には、人の暖かみがあったんだ。それがこの校舎には感じられない。何か冷ややかな……なんというか、圧迫感がある……。閉じ込められたからだろうか……?

「こっちに来ないわね」

美瑛が後ろを振り向きながら言った。

「あのスタンド使いですか?」
「それもあるけど……あっちのワタシが、ね」
「そういえば。ま、まさか……」
「別に殺られちゃいないわよ」

血の気が引いた顔に微かな笑みを浮かべて、美瑛が答える。早人が首を傾げて、その先を促した。

「アッチが死んだら、ワタシも死ぬわ。死んだことはないけれど……そういう奇妙な実感はあるわね」
「そういうものなんですか?」
「身体は二つになっても魂は一つ……ってことだと思ってる。……こんな話は聞いたことない?」

そうして美瑛が話し出したのは、確かに以前何か本で「実話」として読んだことのあるエピソードだった。

―― あるところで生まれた双子の兄弟(姉妹)は、顔も性格もそっくりだった。同じように育てられる彼らは同じように育ち、自然に彼らが辿る人生もとても似通ったものとなっていく。それは彼らが大人になって離れ離れになった後でも、奇妙な程に符合した。同じような時期に同じような相手と結婚して、同じような場所で生活する。同じような幸福を、二人は同じく味わうのだった。

―― しかし唐突に、彼らの人生は終わりを告げる。彼らは突然の同じ発作で、同じ時間に、同じく死んだのだ。

「……ワタシはその人達が、ワタシと同じ『ダブル・スタンダード』の能力を持っていたんじゃないかって思っているのよ。つまり、生まれる前から……胎児の時に二人になったまま……彼ら自身その能力に気付かずに、生きていたんじゃないかって」

早人が困惑した表情で何も言えずにいるのを見て、美瑛が苦笑した。

「っつっても、川尻クンにはリアクションの取りようがないわね。ごめんなさい」
「あ、い、いえ……それより、あっちの美瑛さんが無事なら、早く合流した方がいいんじゃないですか? 一人じゃあ危ないし、アイツとも戦えない……」
「た、戦うッ? 冗談でしょうッ!?」

美瑛がその目をギョッと見開いて、早人に訴える。

「でも……」
「ワタシの護身術は一発芸ッ! もう通じるとは思えないわッ!」
「でもこのまま逃げ回りながらじゃあ、出口をゆっくりと探せない! それにアイツは、僕等が『逃げることしか考えてない』って、思ってるんじゃないかと思う! だからそこに油断がきっとあるッ!」

早人の気迫に押されて、美瑛が思わず一歩後ずさる。そしてぽつりと、呟くように言った。

「……川尻クン、ホントに小学六年生?」

聞こえてなかったのか単に無視したのか、早人が中庭へ通じる扉に手をかけた。力量に用心しながら横方向へ力を込めると、その扉は静かにゆっくりとスライドした。雑草の臭いが微かに漂う。

「ま、まさか中庭を通っていくの!?」
「だって、あっちの美瑛さんが右の棟へ行ったなら、中庭を突っ切るのが早いですよ」
「でも、アチコチの廊下から丸見えになるわ」
「廊下でアイツに出会ってしまうより、逃げ場は広いです」
「…………む、んん……」

先に降り立った早人に続いて、美瑛が諦めたように中庭へと足を進めた。その時、突然辺りが暗くなる。早人と美瑛が見上げた空は、その一面が雲に覆われていた。


「そういえば……」

音楽室からそっと姿を現した美瑛が、尻の左ポケットに手を入れてまさぐった。それを取り出して、顔の前にかざしてじっと見つめる。それの表面で反射した光が、美瑛の目を輝かせた。

「やっぱり映ってる……このディスクに、アイツの姿が……!」

思い出す……今、まさに早人が殺されようとしていた様を。その時の男の言葉を。

―― 「さっさと始末して、オレの『……』をもらうとするぜ」

(なんて言ってた? ひょっとして、これのことだった?)

考え込む美瑛に、廊下の窓から見下ろせる中庭の様子が目に入った。ビクンと身体を震わせる。早人と美瑛が、そこに姿を現したのだ。

「あ、あんな所に!?」

手にしたそれを左のポケットに戻しながら、美瑛は慌てて廊下を駆けてゆく。

……そして、空に暗い雲が立ちこめた。

2. 炎

ガシャアアァンッ

「ヒッ!」
「うぅっ、ど、何処だ!?」

中庭を三分の二ほど先に進んだところで、いきなりガラスの破砕音が周囲に響いた。身をすくめる早人と美瑛は、続いてガラスや窓枠が地面に落ちる音を聞いてその方向へ視線を飛ばす。顔を左へ……つまり対面の棟へ……その地面に窓の残骸を見つけ、そこから目線を上へ。二階の窓、その男はそこにいた。

「ハハハッ! 何処へ行こうってんだッ、坊ちゃんアンド嬢ちゃん! いやいや、嬢ちゃんって歳じゃあなかったか! 失礼レディー! フハハハハハッ!!」
「い、一体何を……言いたいの……」
「行きましょう、美瑛さんッ!」

美瑛の手を握って早人が走り出すと、笑っていたラングの表情が一転した。

「ナメたことをしてくれたなッ! オレに狩られる獲物がアアァァーーッ!!」

叫びながら、右手を前に突き出す。手首にある『ジャンピン・ジャック・フラッシュ』の回転機構にヒモで繋がって、人ほどの大きさの物体が浮いていた。中庭へと突き出されたそれを見て、早人達の息が止まる。……それは、ボロボロになった人間の死体だった。そしてそれが、ラングの手首を中心にゆっくりと回り始める。死体の表面から何かの雫が飛ぶ。

「さっき殺した野郎だが……折角だから火葬までしてやろう。自分のライターでやってもらえれば本望だろうなッ、ハハハハハッ!!」

回転の速度が上がっていく。そこにラングの左手が近づけられた。握られたライターから火花が飛ぶと、ゴッと激しい音を立てて一瞬で死体全体に火が回る……服に染み込んだ薬品に引火したのだ。巨大な火球となったそれは、今や凄まじい勢いで回転する。

「……ヤ、ヤバ過ぎるわ、川尻クン……」
「う、うあぁ……ッ!」

呆然とする二人の目の前で、ラングが二階の窓から宙へ飛び出した。右手を大きく振りかぶる。それを見て我に返った早人が、美瑛の手を引いて駆け出した。

「人間魚雷だッ! 食らえエエエェェェーーーーーーッ!!」

ドゴオゥッ

振り下ろしたラングの右腕から、炎に包まれた死体が撃ち出された。回転の勢いの付いたそれは弧を描いて、逃げる二人へと向かっていく。

「きゃああぁぁっ!」
「うわああぁぁーーっ!!」

慌てて立ち止まってうずくまる二人の目前を掠めるように「魚雷」が飛びすぎて、その先の壁に激突、壁に大きな穴を開けるほどの激しい爆発を起こす。小さな肉片や骨の欠片が早人と美瑛に殺到し、二人は付けられた傷に悲鳴を上げた。

「おお、スゴイな……あの死体に適当に飲ませた薬品は、相当いい具合の調合だったらしい。ハハハハハッ!!」

全身に数カ所の細かな傷を付けて、息を荒げる早人と美瑛。たった今開いた穴からもう一人の美瑛が姿を現し、中庭に入ってきて二人に駆け寄った。

「川尻クン、ちょっと無事!? アンタもしっかり!」

声を掛けながら、うずくまる美瑛に肩をぶつける。バチンッと音を立てて、二人の美瑛は一人に戻った。そして慌てて立ち上がり、早人の腕を掴んで立ち上がらせる。右肩の傷の痛みに、美瑛の顔が歪んだ。

「ウッ……ク……に、逃げるのよ、川尻クン! 取りあえずあそこへ!!」
「あ、あそこ?」

「魚雷」で開いた穴をくぐって、早人と美瑛の二人は正面の棟へ入っていく。

「フハハハ、なかなか使えたな。ならば……」

二人を悠然と見送った後で、ラングは自らが破った窓から図書室へと戻っていった。

3. 扉の向こうへ

ぽたり……ぽたり……

両肩から滴る血を転々と残しながら、美瑛が早人と共に階段を上っていく。

「これよ……ウッ……川尻クンのカバンから出てきた……」

血にまみれた右手で、ポケットからディスクをチラリと覗かせる。

「僕のカバンからそれが……?」
「ボクの持ち物じゃあないでしょう?」
「ええ……なんなんですか、それは?」

ディスクをポケットにしまいながら、美瑛が答える。

「よくは分からないけど、きっとアイツが探している物だわ」
「…………」
「だからこれをアイツに渡せば……」
「僕らを見逃してくれる……」
「と、思う?」

早人は首を振る。

「……思いません」
「だからこうやって逃げるワケよ……」

廊下に辿り着いた二人は、更に先へと階段を行く。

「さっき、何故かアイツはワタシを追ってこなかった……」
「ボクが見つけられたのも、アイツがあそこの廊下にいたからだった」
「そうよ、この扉の前まで来ておいて……ハァ、ハァ……」

正面の棟、三階。更にその上へ向かう階段を上りきった二人は、古びた黒い扉を前にした。その銀色のドアノブに、早人が手を伸ばす。

「でも、真っ暗だし、その先にあった扉は鍵が掛かってた。もしアイツが来たら、それこそ袋の鼠なのよ。とはいえ……」

美瑛が後ろを向いて、階段の下に目をやった。

「川尻クンが言うように、戦うんだったら、ここでやるのがいいかもね……」

ガチャリ……

「……明るいですよ、美瑛さん」
「え?」

早人の呼び掛けに、美瑛が正面に向き直る。そして早人が開いた扉の向こうを見て、困惑の表情を浮かべる。

「おかしいわ、さっきと違う! さっきは真っ暗だったのよ」

早人が扉の向こうへ歩を進める。階段がこれまでと同様に方向を変えて、上へと伸びている。そしてその先には美瑛の行った通り、確かに扉が存在した。しかし……

「扉も開いてます! そこから光が入ってきてて明るいんだ!」
「本当!?」

美瑛が急いで早人の元へやってくる。並んで見上げ、少し明るい声を上げた。

「ほ、本当だわ! じゃあ、まだ先へ逃げれるってコトね!」

二人は小走りで階段を上がり、その突き当たりで開いている扉を抜けた。その足が止まる。早人と美瑛はその場で呆気に取られて、息を呑んだ。

「ど、どういうコト……?」
「これって……」


ゴン ゴン ゴン

「さっきからなんか妙に可笑しくなったりムカついたりで……少し疲れたな」

ゴン ゴン ゴン ゴン

ラングが階段を上るのに合わせて、引きずられる物体がラングの後ろで音を立てる。それは、先程の物とは違う……美瑛と早人が最初に見た、人間の死体だった。足を持ったラングが階段を上ると、頭部が階段に当たって音を立てるのだ。服や皮膚がぐっしょりと濡れていて、上ってきた道のりに線を描いていた。

下に向けられたラングの目が、階段に続く血の後を追っている。そして辿り着いた三階の廊下に立って、無表情に階段の先……その扉を見上げた。

「やはりここか……だがオレも、そろそろ乗り越えるべき時だ……」

その場にしゃがみ込んで、床に横たわる死体に手を伸ばす。右手に持ったライターで火花を飛ばすと死体の服に火が付いて、一拍置いてすぐに炎が死体全体を覆った。

「ん? こっちは燃え方がちょっと悪いな。オマケにここじゃあブン回すスペースも無い……あまり期待はできないか? まあ、やってみるか。クク、フフククク」

『ジャンピン・ジャック・フラッシュ』の腕で死体の足を掴むと、頭の上で勢いよく回転させる。

「開けられないなら、ブチ壊すまでだッ!! オオオォッ!」

雄叫びと共に死体を扉に投げ付ける。命中と同時に轟音を立てて、扉と死体が砕け散った。

4. 血の赤

階段を上りきったラングが開け放たれた扉の向こうへ踏み出すと、屋上の十数メートル先に美瑛と早人が立っていた。早人の前に進み出て、美瑛が強い口調の英語でラングに問いかける。

「これはどういうコト? アンタはここで何をやってるのよッ!?」
「…………」

ラングが首を回して、無表情で屋上を眺める。

「それはオレが聞きたいが……」

その屋上は、広い空間だった。床は校舎と異なり、その一面をコンクリートに覆われ、白く広がっている。校舎の形状は中庭を囲む長方形であったが、その中庭が見下ろせる筈のところにすら床が広がり、ただひたすらに広大な長方形の空間となっているのだ。そしてその上には、青く澄み切った空があった。中庭に見た暗く澱んだ雲は、天空の何処にも存在しなかった。

「もうここが何処だとか……」

空を見上げ、微かな風を受けながらラングが言う。

「誰がオレを観ているのかとか、そんなコトはどうでもいい……」

二人に視線を戻して、キッパリと言い放つ。

「貴様等を殺す。そして『記憶』を取り戻してここを出る。それがオレの、今の人生の目的だ」
「クッ……ちょ、ちょっと待ってよ! アンタの求める物って……」

早人を後ろへ押しやり、自分は左前方へと歩を進めながら、美瑛がラングへ呼び掛け続ける。しかし……

「『ジャンピン・ジャック・フラッシュ』!!」

ドンッ!

スタンドのビジョンがラングの背後に現れ出た。それを見て呻いた美瑛が、ラングに向けて走り出す。邪悪な笑みを浮かべて、ラングが美瑛に向き直る。

「やるしかないチクショウッ!」
「女ッ! やってみろオオォッ!」

プシッ!

ラングが吐き飛ばした唾を、美瑛は手に持ったバックパックで受け止めた。そしてそのままラングに向かって疾走する。ラングの腕が美瑛に向けられる。美瑛はその身を緊張させて、歯を強く食いしばった。

「……だが、お前を殺るのは後回しだ」
「!?」

ラングの狙いが自分から外れるのを見て、美瑛は一瞬困惑し、そして次に戦慄した。その腕の先にいるのは早人!

「お前の能力など警戒するほどのものでもない。数少ない弾丸だ、遠くのヤツを殺るのに使うさ」

「!! くッ……!」

美瑛はこの状況を考えもしていなかった。ラングは自分に向かってくる敵を、当然相手にするものだと考えていた。そのためにわざわざ自らが突っ込んでいったのだ。しかし、早人を守るためのその行動が、絶対的な危機を生んでしまった。……自分は戦いにおいて素人であるということを、美瑛は今、痛感していた。

ドン ドン ドン ドン ドンッ

早人が自分への攻撃に気付いたのは、「弾丸」が放たれた瞬間のことだった。隠れる場所もなく、既に避けることもできない状況。迫る「弾丸」。立ちすくんだ早人の前に、美瑛がその身を投げ出した。

「び……ッ」

ドス ドス ドス ドス ドス

早人の目からは美瑛の後ろ姿しか見えなかったが、美瑛の身体が跳ねるのに合わせて「弾丸」の突き刺さる音が、早人には聞こえたような気がした。

「美瑛さあああぁぁぁーーーーんッ!」

美瑛の全身から力が抜け、ゆらりとその場に倒れ込む……しかし、美瑛の身体は屋上の床に接することはなかった。足が床を離れて宙を漂う。美瑛の手から離れたバックパックも、その場に浮いたまま残る。そこへ早人が駆け寄った。

「びッ、美瑛さんッ! そ、そんなあぁ……ッ」
「う……うげッ、ゴフッ……」

絶命こそしていなかったが、美瑛の目は光を失い、何も見てはいなかった。その出血量は死んでもおかしくないほどに早人には見え、そしてそれは今も流れ出て、宙へと広がり続けている。その血を掻き集めるように手を動かすが、それは虚しく手を血で染めるだけだった。自らの赤く濡れた震える手、そして宙を漂う血と美瑛を呆然と見て、早人が呟く。

「む、無重力に……」

美瑛の言った話が頭をよぎった。

(スプレー野郎……二人とも宙に浮いてから血がバーッと出て干からびた)
(血が沸騰してしまうらしいわ)
「そ、そんな……こ、このままじゃ……(美瑛さんが死んでしまうッ)」

様子を見ていたラングは、忌々しげに舌打ちした。

「クソッ! 今ので弾切れだってのに! あのガキを殺りに行かなきゃならねぇじゃねぇか」

そして早人へと足を向ける。その時、前に進みかけたラングの顔の前を、白く細い物が上から下に通り過ぎた。ラングがそれに対して考える暇も与えずに、その物体がラングの首に強く絡み付く。

ギリギリギリイィッ

「オ、オグギ……ッ、グッ……な、何だッ……ガガッ……」

突然、喉を締め付けられて苦しみに喘ぐラングの背後から、低く怒りに満ちた女の声が発せられた。

「アッチのワタシによくも酷いコトをしてくれたわねエェ……ッ!!」

それは、階段から密かに近付いていたもう一人の美瑛だった。ラングの首を絞めるヒモを力を込めて引っ張りつつ、ラングに対して呪いの言葉を吐き続ける。

「許さない……殺してやる、殺してやるわ……ッ!!」
「グガッ……エグッ……グ、グゾゥッ、既に二人になっで、いだのがバッ!!」

ドボッ ズムッ ガンッ

ラングの拳や肘打ちが、背後の美瑛を打ち付ける。それを身体や頭部に食らいながらも、美瑛の力は一層強くなっていく。早人がその攻防を、もう一人の美瑛の側で見守っていた。

「ウ、ウゲゲェッ……カカッ……い、息がハッ……できなクッ……」

ラングの顔から血の気が引いて、徐々に身体から力が抜けていく。抵抗していた腕が、だらりと垂れ下がった。

「息がッ…………息ができな……できなく、て……ありが、とう……」
「…………えっ?」

ラングの言葉の真意を掴めずに思わず聞き返した美瑛は、その次の瞬間に顔色を変え、突然呻き声を上げた。

「ウグッ!? ウガアッ、アアァ……ッ!!」

ラングの首を絞めるヒモから手を放し、自分の喉に手を当てると二、三歩よろけてうずくまる。早人が見つめる先で、美瑛がどっと血を吐いた。

「なッ? び、美瑛さんッ!?」

ラングはその場を離れてしばらく咳き込んでいたが、それが治まると先程まで自分の居た場所を避けるように遠回りをして、うずくまる美瑛に寄って行った。そしておもむろに蹴りを放つ。それを腹部にまともに食らった美瑛は、血と共に胃の中の物を吐き出した。

「いや全く、お前がオレの呼吸を止めてくれたおかげでこれが使えたぜ。」

手にしたビンを前にかざして、ラングが言う。

「粉々に砕いたガラスの欠片だ……それを無重力にしてばらまいた。お前はそれを呼吸で飲み込んだという訳だ。フハハッ、フハハハハッ!」

笑いながら、美瑛を何度も蹴り飛ばす。それを為すすべもなく受け続ける美瑛。する内に、二人の美瑛に変化が現れた。

「……ハッ! び、美瑛さんが……消える……ッ!?」
「な、なんだこれはッ!?」

早人の前に浮く美瑛、その左半身の色がすぅっと薄まり、消えていく。そしてラングの蹴りを受けて倒れている美瑛は、その右半身が消えていく。早人が、美瑛に聞いた言葉を反芻した。

「『どっちも本体、どっちもスタンド』って、まさか……」
「なるほど、これがお前のスタンド能力の仕組みか」

早人には見えない物が、ラングには見えていた。目の前に倒れている美瑛、その左半身は人間体。しかし、それに対称に位置するように、白いロボットの骨組みのようなスタンド体の右半身があった。それこそスタンド『ダブル・スタンダード』が、人間の擬態を解いた真の姿だった。

目の前に浮く、右半身だけとなった美瑛に死を見た早人であったが、よく見るとまだ口がピクピクと動いている。時折呻き声が聞こえて、そのような状態でも生きていることが分かった。しかし二人の美瑛の無惨な状態に、早人は絶望と後悔の念に包まれた。

「ぼ、僕が……戦うなんて言ったから、こんなことに……」
(もうダメだ……美瑛さんが死んで、僕もアイツに殺される……っ!!)

ボロボロと涙を流しながら、自分の目前に浮く美瑛に視線を向ける。

そこで、その物体が目に入った。……それは美瑛のポケットからチラリと覗く、銀色に輝くディスクだった。

それを取り出し、観察し、二人の美瑛とラングに何度か視線を往復させる。そして顔をきっと引き締め、早人がラングに向かって叫んだ。

5. 心中劇

「無重力を解除するんだーーッ! 美瑛さんを助けろーーーッ!! でないと……」

突然叫びだした早人に、驚いたラングが目を向ける。自分に向かって早人が何事かを叫び続けているが、日本語のそれはラングに理解できない。思わずラングは苦笑した。

「なんだありゃ。命乞いでもしているのか? それとも気でも違ったか、ククク」

その時、早人がそのカバンから少しだけ覗かせている物に、ラングは気が付いた。銀色の光を、目を見開いて凝視する。ラングはそれに、見覚えがあった。

「そ、それは……ディスクかッ!? ディスクだなッ? オレの……それはオレの物だッ!!」

走り出そうとしたラングのズボンの裾を、床に倒れた美瑛が掴んで止めた。

「ゲフッ……クク……あぐっ……ククク、クククク……ごほっ……」

喉をズタズタにされた美瑛は、苦しみながら、しかし笑っていた。それを訝しんで、ラングが苛立たしげに声を荒げる。

「なんだ、何を笑っている!?」

喋ろうとして喉の痛みに顔をしかめた美瑛は、喘ぎながらバックパックからPDAを取り出した。震えるスタンドの右手でペンを握って、画面上にアルファベットを書いていく。そしてそれを、ラングに向けて突き出した。

《日本語が分からないバカ野郎に、あの子の言葉を通訳してやる》

顔を引きつらせたラングに構わずに続きを書いて、再びラングに見せつける。

《彼の持っているディスクは、ワタシのポケットにあった物だ》
《見ての通り、ワタシは今、半分になっている》
《と、いうコトは、ワタシの持ち物はどうなっていると思う?》
《着ている服もこの通り、半分だ》

「ま、まさか……」

《そしてワタシをこのまま助けないと、一人に戻らないまま、ワタシは死ぬ》
《CDは半分では聴けないけれど》
《あのディスクは、果たして半分で使えるのかな?》

「な、なんだとぉーーーッ! キサマ、オレを脅すのかッ!?」

《あの子が言ってるんだっつーの》

血走った目で、ラングが早人を睨みつける。しかし早人は臆することなく、まだ叫び続けていた。再び突きつけられたPDAの画面を、ラングが覗き込む。

《無重力を解除しないと、アッチのワタシは死ぬのでしょう? アンタの能力で》
《解除しろと、あの子は言ってるけれど》
《ワタシはもうどうでもいいわ》
《このまま死んでアンタを不幸にしてやるのも、ワリと良い考え》

「ま、待てッ! 早まるなッ!」

《ここまでやらかしといて、よく言うわ》

「そうだ! お前が死んだら、オレはあのガキを殺すぞッ! それでもいいのかッ?」

それに美瑛が出した答えに、ラングが思わず絶句した。

《ワリとオッケー。心中してもらう》

「クッ……こ、このアマァァーーーーッ!!」

《ざまあみろ》

今書いた文字を、ペンでなぞって「Copy(複写)」アイコンを押す。そして美瑛は、画面をラングに向けて「Paste(貼り付け)」アイコンを連打した。

《ざまあみろざまあみろざまあみろざまあみろざまあみろざまあみろざまあみろざまあみろざまあみろざまあみろざまあみろ……》

「ク、クソッタレエエェェーーッ! 無重力解除だーーーッ!!」

どさっと音を立てて、早人の側に浮いていた美瑛が屋上の床に落ちた。ラングが自分の側にいる美瑛に向き直って、苦々しげに言う。

「む、無重力を解除してやったぞ! さっさと行って一人に戻れッ!」

しかし、美瑛は倒れたまま動かない。本体の左手からPDAが、スタンドの右手からペンが、音を立てて床に落ちた。

「……おい、お前……どうした……早く起きろって……」

早人が床に横たわる美瑛の右半身に触れる。しかし美瑛に反応はない。顔に触っても、目も口も、ピクリとも動かない。

「美瑛、さん……? そんな……まさか、死……び……美瑛さーーーーーんッ!!」

6. 空へ

「チ、チクショオオオオォォォォーーーーッ!!」
「うわああああぁぁぁぁーーーーーっ!!」

ラングと早人の叫びが、屋上に響いた。

「ハッ! イヤ待てッ、この女、まだ死んでないぞッ!」

足下に倒れ伏す美瑛を、ラングが観察して呟く。『ジャンピン・ジャック・フラッシュ』の手を伸ばして、美瑛の右半身に当たる白色のスタンド体に触れる。

「まだスタンドが消えていない! 死んだらスタンドも消える筈だ! あのガキには見えていないだろうが、スタンドが消えてないってことは、まだ生きているってことだ!!」

美瑛の身体を掴んで引きずって、早人の方へと歩いていく。

「意識を失ってもスタンドが出てるってことは、この状態でもくっつければ一人に戻るかもしれん! そしてディスクも……オレの記憶も……ッ!!」

先に目をやるラング。倒れている美瑛の側で泣いていた早人が、いきなり腕を振り上げた。

「こんな物のために美瑛さんが……チクショウ! もう、こんな物…………ッ!!」

それを見て、ラングの足が止まる。振り上げた手には、一枚の「完全な形」のディスクがあった。

「は……半分じゃねぇぞ……そんなバカな……まだこの女は分裂したままだぞ……」

振り返って、見つける。 床に落ちたPDA。それはさっき、美瑛がバックパックから出した物だった。……それは、「半分」だったか?

「……だ、騙し……オ、オレを騙しやがったのか……テメェラがアァーーッ!!」

美瑛を捨て、駆け出すラングの視線の先で、早人が腕を振り下ろした。

「こんな物ーーーーーッ!!」

ドヒュンッ!

投げられたディスクが、勢いよく回転して空を飛ぶ。それはちょうど吹いた風にも乗って、フリスビーのように屋上を水平に過ぎ、そして校舎の端へと……。

「ギャアアアァァァーーーッ!!」

絶叫と共に床を蹴って、ラングが飛んでディスクを追う。一気に急接近し、伸ばした右手がディスクまであと数センチというところまで達したところで、ディスクに続いてラングが校舎を飛び出した。

―― ディスクに伸びた右手……指が四本……風……草の匂い……闇に光る刃……

(何か来るッ!!)

恐怖に包まれ、身を縮こまらせてスタンドでガードを固めるラング。

……しかし、何も起きない。空中で四方八方に素早く目をやるが、何処からも、何もやってこない。そのままディスクに追いつき、四本の指で手に取ると、ラングはそのまま森の中へと飛び去っていった。

7. 風

一陣の風と共にラングが去るのを、早人は虚しく見送った。そしてラングが捨てていった美瑛の左半身にトボトボと歩み寄ると、またぽろぽろと涙を流し、それにすがって泣き始めた。

少しして、早人の嗚咽が唐突に止まる。ハッと顔を上げ、そしてすぐに美瑛の胸に耳を埋める。……鼓動が聞こえた。美瑛の右半身と左半身を、交互に見つめる。

(こんな状態なのに……美瑛さんはまだ生きている!)

立ち上がり、美瑛の右半身に駆け寄って、肩に担ぐ。そのまま左半身のところに戻り、それも逆の肩に担ぐ。そして早人は一歩一歩、歩き始めた。

屋上から階段を下り、薄暗い三階へ。窓から中庭を覗くと、黒い雲が「空」を覆い尽くしている。無表情で目を逸らし、再び階段を下りていく。二階へ、一階へ。階段の隣にある玄関の方が明るいのを見て、そちらに歩を進める。そこで早人は、正面玄関が開け放たれているのを見る。表情を変えず、美瑛の半身を二つ担いだまま、早人は校舎を出ていった。


数分後、中庭の「空」が突然ブラックアウトする。闇に包まれる校舎。「空」に文字が浮かんだ。

『プログラム 「ラング・ラングラー」 : 終了』
『バックアップ処理 : 開始』

暗い廊下を、何者かが歩いている。一番後ろを歩く者が、その手に神秘的な光を放つ物体を持っているため、それに照らされた三人の白衣姿が、闇に微かに浮かび上がっていた。

「……今回は、なかなか、面白かったな」

しわがれた声は、先頭を歩く背の低い老人の物だ。それに答えるのは、その斜め後方を歩く男の若い声……三十歳前後というところだろうか。少しハスキーな声が、廊下に響く。

「そうですね……まさかスタンド使いが現れようとは。幸運でした」
「データは、ちゃんと取って、あるだろうね」
「もちろんです」

二人の後に付いているのは、若い女だ。手に持つ物体の光を眼鏡が反射して、その奥の瞳を伺うことはできない。彼女は黙ったまま、前の二人に続いていた。

「ところで、あの囚人、の始末は……?」
「問題ありません」

男が即答した。

「ディスクを手にした時、ヤツは既に始末されています」
「んん、んん。なら、良いよ」
「報告します」

女が口を開いた。囁くような、そして落ち着いた口調だった。男が顔を向けて、先を促す。

「あの子供が森を抜けました」
「分かった。じゃあ、切り離してくれたまえ」
「分かりました」

女が、手にした立方体に手をかけて、それを捻った。

「キュービック…………U」


森を抜けた早人は、美瑛の半身をそれぞれ地面に横たえて、自分のカバンから携帯電話を取り出した。電波状態に問題が無いのを確かめて、急いでその電話番号を呼び出す。

「早く……早く出て……っ!」

ようやく呼び出し音が聞こえ始めた時、早人の背後を強い風が通り過ぎた。何気なく後ろを振り返った早人は、驚きに声を失った。

木が生い茂っている。今、歩いてきた道が無くなっていた。

『はい、もしもし……もしもし? こちら東方ッスけど~? ノックしてもしも~し?』

早人が携帯電話から呼ぶ声に反応できるまで、あと数秒の時間を要した。

8. 声

「ふーっ、ふーっ……ふぅーっ……」

薄暗い森の中、木にもたれてラングは息を整えていた。木の陰から探るように、周囲に目を配る。しばらくそれを続けてから、ホッと安堵のため息を付いて、ポケットからディスクを取り出した。葉の間から射し込む日の光がディスクを照らして、キラキラと魅力的に輝いた。ラングが満面に笑みを浮かべる。

「……オレの……オレの記憶が……」

おもむろに、ディスクを額に突き当てる。ゆっくりと、ディスクが額の中に埋もれていく。半分ほど入ったところで、ラングの脳裏に記憶の奔流が勢いよく雪崩れ込んだ。五感を襲う圧倒的な情報量に、ラングは思わず叫び声を上げた。

「ウ、ウワアアアァァァーーーッ!!」

―― ザザザッ……KSUTN……ザッ……両親の顔……QBWLZ……ガギゴッ……懐かしき実家……UFB……好きなコーヒーの味……CQYK……メッ……ATB……雑踏の音……ZBSYEJ……NBASL……マエッ……臭い便所の匂い……WLRNDJGO……バッ……

「ワアアァァーーーッ!!」

―― WXCPEMN……エニメ……ギッ……本に書かれた文章……SUAB……XTSZJDNG……レイス……OLMW……大学の講義……ジジッ……UINS……女教授の顔……血……BAC……TGXKO……オマ……エニ……

(……!? 何か……聞こえる……?)

―― RSACLE……レイスル……CTNMUHJST……裁判……GAMWAB……刑務所……オマエ……TGMAC……グリーンドルフィン……TMGACW……メイレイ……

(……記憶の……記憶の、向こう側にッ!)

―― LTGACNGA……オマエニ……CITGACTGACTG……メイレイスル……ACTGACTGACTGACTG……

「あ……あぁ……あ……」

―― ACTGACTGACT……コノディスクをイレタラ……GACTGACTGACTGA……10ビョウゴニ……キサマハ……CTGACTGACTG……ミズカラアタマヲ……ウチクダク……ACTGACTGACTGACTG……メイレイスル……ACTGACTGAC……9……TGACT……8……GACTGACTG……7……

焦点の合わない目を見開いたラングが、その腕をゆっくりと上へ。拳を握る。

―― TG……4……ACTGAC……3……TGACTGACTGACT……2……GACTGACTGACTGAC……1……TGACTGACTGACTGACTGACTGACTGACTGACTGAC……

ドグシャアアァァッ!!

血に染まったディスクが、ぼとりと草の上に落ちた。

9. 旅路

二ヶ月後

その喫茶店に入って、キョロキョロと辺りを見回していたスーツ姿のブロンドの女性は、窓際の席に手を振る女を見つけると、満面の笑みを浮かべて走り寄った。立ち上がって迎えた女と、抱き合って言葉を交わす。

「ハイ、ビビー! 久しぶりー!」
「元気そうね、ロザーナ。会えて嬉しいわ」
「ビビ、いつイギリスに?」
「昨日着いたのよ。今回は五日ほどこっちにいるつもり」

身体を離し、椅子に腰掛ける美瑛。ロザーナと呼ばれた女性は美瑛の向かいに座りながら、やってきた店員にミルクティーを注文した。腰を落ち着け、美瑛に向き直ると再び問い掛ける。

「今日は右? 左? それとも両方?」

「……左」

コーヒーカップを持った美瑛の右半身が、その擬態を解いてスタンドの姿を現し、すぐに元に戻る。スタンド能力を持たない者がそれを見ていたら、一瞬身体が左半分だけになった美瑛と宙に浮くカップを見ただろう。しかしロザーナは動じることなく、楽しげにそれを眺めていた。

「右の方は確か、今日は韓国だったかな。……アナタの『蛇口』の調子はどう?」

今度は美瑛がロザーナに尋ねる。ロザーナは胸ポケットから小銭入れを取り出すと、どこから出したのか、手の平ほどの大きさの「蛇口」の根元をそれに突き当てた。銀色に鈍く光る「蛇口」の栓をロザーナが捻ると、「蛇口」から次々とコインが落ちて、テーブルの上で音を立てる。

「悪くないみたい」

微笑みながらロザーナが「蛇口」を取り外す。……小銭入れに穴はない。そして「蛇口」は、ロザーナの右の手の平にずぶりと潜って消えてしまった。口を横に伸ばして、「ニヒヒ」と美瑛も笑う。

テーブルの上に散らばったコインを拾いながら腰を上げ、ロザーナが美瑛の前にあるノート型のパソコンを覗き込んだ。

「それなぁに、ビビ? 仕事中?」
「仕事もあるけど……今は人生相談ってヤツかな」
「人生相談?」

パソコンの画面にはメールが開かれていて、そこに表示されている日本語の文章にロザーナは細い眉を寄せる。ローマ字で書かれた部分がかろうじて読めたのか、彼女はメールの送信者の名前をたどたどしく呟いた。

「……シ・ノ・ブ……カ・ワ・ジ・リ……?」


三ヶ月後

杜王町も夏にもなると、朝早い時間でも自転車をこいでいれば結構汗が出る。じっとりと濡れたシャツが気持ち悪いけど、時折吹く風でヒンヤリとして気持ちいい。でも、風が背後を通りすぎると、あの日のことを思い出す。あの日……そう、あの廃校の一件のことを。

美瑛さんは、億泰さんの運転するバイクで駆けつけた仗助さんの能力で、危うく一命を取り留めた。もっとも、目を覚まして起きるなり、二人の美瑛さん(まだどちらも「半分」だったけど)が仗助さんの頭を指差して口を開きかけたものだから、僕と億泰さんが慌てて二人の口を塞がなければならなかった。「触るなエロガキ!」と億泰さんは殴られたけど、それはあんまりだと僕は思った。

その後、逃げたあのスタンド使いが町の周辺に現れるのではないかと、仗助さんを始めとする杜王町のスタンド使いの人たちは警戒していたんだけど、普通の事件こそあれ、アイツの仕業のものと思われる事件は起こらなかった。……アイツは、何処に行ったのだろう。

一週間ほど経った日に学校から家に帰ると、美瑛さんが家にいて、ウチのママと話が盛り上がっていた。僕のことを「命の恩人」と言って、そのお礼にやってきたのだそうだ。ママに対して本当のことが言える訳でもなく、「持病の心臓病の発作で血を吐いて倒れていたところに、通りかかった僕が美瑛さんを助けた」とか適当なことを言って説明したらしい。信じるママも人がいい。気を付けようと思う。

「お礼」として、美瑛さんはノートパソコンを置いていった。「新しいのを買ったから、もういらない」と言っていたけれど、それはかなり新しいモデルだった。その場でインターネットの設定を済ませた美瑛さんは、本を一冊、そこに置いた。それは美瑛さんが今度出す本で、感想をメールで送って欲しいとのことだった。仕事の一環なので通信費まで出してくれるという話で、僕とママは遠慮したのだけれど、結局(強引に)押し切られた。本は旅行関係のエッセイ?とかなんとか言っていた。

そうして美瑛さんは去っていったのだが、メールでの付き合いはその後も続いている。特にママは、最近では美瑛さんの記事の感想だけではなく、いろんな世間話や相談事も聞いてもらっているそうだ。海外のアチコチから送られてくる写真を見ては、ママはそこに行った気分に浸っている。以前、隣の部屋から聞こえてきたママの泣き声も、今はキーをぎこちなく叩く音に代わっていた。

でも、僕はそのパソコンを見ると、どうしてもあの時の美瑛さんを思い出してしまう。血だらけで意識を失った美瑛さんの姿を。そして、今でも身体が冷たくなって、ぶるっと震えてしまうんだ。

僕は美瑛さんを守れなかった。いや、守ることを忘れてしまった。

仗助さん達が杜王町を守ったように、僕ももっと、守れる力と心の強さが欲しい。

僕は、朝の新聞配達を始めた。何かを始めたかったから。ペダルをこぐ足に力を込めて、僕の一日は今日も始まる。


四ヶ月後

『やっとこのPDAを手に入れた。何処でコイツを知ったのかは覚えていないが、便利そうだ、欲しい、そういう記憶は残っていた』

『やはりコイツは便利だ。いくら記憶を書いても量が増えることもないし、書いた内容を検索するのも一瞬だ。紙にペンで書き記していたときは、すぐに手で持てない量になってしまうし、何処に何を書いたかを忘れるしで、ずいぶん苦労したものだ』

『操作の練習がてらに、紙に書き留めていたことを、コイツに写していこうと思う』

『記憶のディスクにあったあの命令。それが発動する一瞬前に、オレは自分の頭を殴ってディスクを排出させた。そしてなんとか、自殺命令から逃れられた』

『ディスクはあそこに埋めてきた。オレは自分の過去を捨てた』

『適当に金や住処、そして記憶をメモする紙とペンをを調達しつつ、オレは東京を目指した。ここは日本だった』

『このPDAを購入。英語版を見つけるのには苦労した』

『追っ手があるかもしれないという不安がつきまとう。考え過ぎだろうか。あのディスクで始末できていると思っててくれれば……』

『そろそろ、故郷(だと思う)のアメリカへ帰ろう』

『空港に忍び込んで、適当なヤツからチケットを入手した』

『念のため、オレの足跡は消しておかなければならない』


ラングはPDAの電源を消して、それをポケットにしまい込んだ。

ジャンボジェットの操縦席に、ラングはいた。そこに生きている人間は、既にラングただ一人である。ジェットの操縦士達やアテンダントの死体が、そこら中に転がっていた。足下に転がる女性の顔を見て、ラングは少し惜しいことをしたなと思った。

(このことは日記に書かないでおこう。そうすればすぐに忘れる……これはこれで、便利な身体になったものだ)

操縦機器もあらかた破壊されていたが、念のためにラングは操縦桿をデタラメに動かした。ジェットが徐々に、異常な角度に傾いていく。

操縦席を出るのとほぼ同時に機体が激しく揺れ、急激な降下を開始した。ラングは吸盤上になったその指で、壁にしっかりとしがみつく。

正面を向くと、乗客達が恐怖に悲鳴を上げ、老若男女、様々な言語の泣き叫ぶ声が、機内に溢れていた。激しい落下のために、人間や荷物が宙に浮く。天井や壁に身体を打ち付ける者、飛んできた荷物が顔面を強打して、悶絶する者。機内は混乱を極めていた。その様子にラングは、声を上げて笑う。

「アッハッハッハッハッハッ! 宇宙へようこそ!」

ドガアッ

スタンドで扉をこじ開ける。

「そしてさらばだ」

機外へ身を投げ出したラングをおいて、ジェットは彼の故郷の地へと、先に落ちていった。

END

あとがき

二回目のマッチメーク、これにて終了です。
早人の森本さん残念! REI-REIさんのラングの攻撃を凌ぎ切れませんでした。
そのラングは勢い余ってエライコトを……誰か彼を止めて~!

お二人のソースには、このキツイ組み合わせの対戦を助けていただきました。しかし、特にラウンド3はソースを生かせなった部分があって、PLのお二方には申し訳ないです。「うら話」の方でも謝らせていただく予定!(苦笑)

それではまた!

e-mail : six-heavenscope@memoad.jp SIX丸藤