1. 番長方面
  2. Scenes from the Memories - 目次

Last Modified : 14 MARCH 2006


かなり前の出来事であるが、パソコンに新たなOSを入れようとしていたことがあった。私自身殆ど触れたことのなかったUnix系のOS。それはなかなか思ったように動いてくれず、そもそもどこをどのようにいじれば望みの設定になるのかが皆目見当が付かない、そんな状況だった。

困った私は当時の知り合いに助けを求めた。その系統のOSを使いこなしているその知り合いは、実に嬉しそうに手を貸してくれた。私の見ている前でキーを素早く叩き、次から次へとあちこちの設定ファイルを書き換えて、そのOSを立派に起動出来るようにしてくれた。「ね? 簡単でしょ?」私を振り返り、笑顔で彼はそう言った。

そのOSで悪戦苦闘した経験を元に、その日私は自分のサイトにそのOSの使い辛さを記した。Windowsのように取りあえずメニューを辿っていけば何とかなるのではなく、何処にあるどのファイルにどのような記述を加えなければならないか、知っていなければ使えないのは辛い、と。

すると次の日、私のサイトを見た前述の知り合いからメールが届いていた。「私の言いたいことは全く伝わらなかったようですね」……そう言って、一方的に絶縁を告げるものだった。それ以来、私は彼と一言も言葉を交わしていない。


初めてUltima Onlineを始める時、大抵の場合ヘイブンという町に降り立つことになる。だからヘイブンで過ごしていると、キャラクターの頭上にある名前の横に「[Young]」というアンカーが付加されたキャラをよく見かけることになる。UOでは始めてから暫くの間は「ヤング」という特別な状態になり、モンスターに襲われない、死んでも道具を失わない等の幾分有利な条件でゲームを進められのだ。

それはUOという独特なゲームとそのシステムに馴染む為の、手厚いおもてなしの期間である訳だが……かつてまだこの世界が安全ではなかった頃、情け容赦の無いPK……Player Killer達に初心者が騙され、殺されまくったりしたことへの対策でもある。

私もこのヘイブンに生まれ、その周辺で色んなことを学んでいく内にラベンダリスのスキルが一定数値を超えた為、晴れてヤング卒業と相成った。大抵はそうやってヤング期間を終えるのだが、以前出会った人には変り種がいた。

敵に襲われない事を利用して、ダンジョン等の強い敵がいる場所を歩いてくるとか、そんな中でヤングが切れてモンスターに惨殺されたりするというのはたまに聞く。だが彼は、スキルや装備をがっちり揃えたキャラがより強い敵との戦いと、その報酬となる素晴らしいアイテムを求めて狩りに行く特別な地、「Doom」まで行ってしまったというのだ。

多忙の為にあまりプレイ時間を取られなかった彼は、そのDoomでログイン・ログアウトを繰り返した。敵と戦わない(手を出したら一瞬で殺される)のでスキルも上がらず、そしてプレイ時間も短い為になかなかヤングが解けず、実に半年近くの間Doomでアイテムのおこぼれを拾ってお金を稼いでいたという。

猛者達が集い争う場所・Doom。そこから帰ってきた男に、「これからスキル上げなんですけど、弱い敵がいる狩場は何処ですかね」という風に尋ねられるとは……始めて1、2ヶ月の頃を思い出し、答えながら、つくづくこのゲームは色々なやり方があるものだと改めて感じ入った私である。


このように、慣れたプレイヤーがヤングを相手に、基本的な操作方法等を教える光景をヘイブンではたまに見られる。だが「カウンセラー」や「コンパニオン」といったUO内のボランティアならともかく、普通のプレイヤーは「教える」ことに不慣れである場合が多い。そしてそれ故、教え方を誤っていることも往々にしてある。

以前私がヘイブンの魔法屋を出たときに見掛けた光景もそれだった。魔法屋の前で、1人のヤングに講釈を垂れる者がいた。その言葉に興味を持ち、私はその場に椅子を置いて座ると聞き耳を立てた。彼からヤングへ矢継ぎ早に繰り出されるのは、揃えるべき装備に必要なパラメータ、そして優れた剣士としてのガチガチのスキル構成だ。

(……ちょいと待て。いつの間に剣士になることになったんだ、このヤングは? アンタ勝手に決めたのか、その道を?)

相づちも返す暇もなく押し寄せる言葉に対して、そのヤングは殆ど黙って立っていた。それは溢れ返るゲームの専門用語の数々を理解できず、唖然としているように私には見えた。

あれもこれもと押し付けるように、更に続く一方的な説明に、私はとうとう我慢ならなくなってしまった。

「そこまで言う必要はないんじゃあないですか」

椅子から立ち、そう言いながら一歩踏み出すと、驚くほどあっさりとその「先生」は身を翻してその場を去っていった。残されたのは1人のヤングである。結局私と、もう1人の成り行きを見ていた方が、ヤングに改めて声を掛けることになったのだった。


「ね? 簡単でしょ?」

それを聞いた私は実際のところ、心の中で苦笑していたのだ。そりゃ貴方には簡単だろう。けれど、今、私は何も説明を受けていないのだ。私は今、正しく動作するようになったパソコンの前で、何故それが動くのか理解していないのだ。

貴方は何か、「教えた」つもりだったのか? ……私はあのメールを読んだ時、そう思っていたのだ。


幾つかの本当に基本的な事柄……この魔法屋の南側に銀行があって、そこに荷物を保管できるとか……それだけをそのヤングに伝えて、3人は別れの挨拶をした。だが数歩歩いたそのヤングはそこでぴたりと足を止める。「あれ?」と戸惑う彼に私は「どうしました?」と声を掛けた。彼の返事は「重すぎて動けない」だった。

原因は先程の「先生」だ。色々教え込みながら、彼はそのヤングに多くのアイテムやお金を(恐らく善意のつもりで)渡していたのだ。だが作られたばかりのキャラクターは非常に貧弱であり、軽い重量のアイテムしか持つことは出来ないのだ。

本当にあの人は、この人のことを考えていなかったんだなぁ。そう私は苦笑した。そして言ったのだ。「じゃあ銀行まで、幾らか私が持っていきましょう」

……反省している、この言葉は間違いだ。

もし私がこのヤングを困らせようとするならば、荷物を受け取っておいてから彼を放ってどこかに行ってしまえばよい。安易なアイテムのやり取りは「持ち逃げ」の害を被ることになる。Ultima Onlineに限らず、これはMMORPGのプレイヤーが気を付けるべきことなのだ。だからそれを、このヤングには伝えるべきであったのだ。

ほんの僅かでも、どうってことのないことであっても、人に教え、導くというのは、なかなか難しいものである。

  • 初出 : 2006/02/08
  • 改定 : 2006/03/14

Navigation