1. 番長方面
  2. Scenes from the Memories - 目次

Last Modified : 14 MARCH 2006


その昔、私がまだインターネットを利用する前、パソコン通信で活動していたときのことだ。親しい仲間内だけが発言を書き込めるそのスペースの中で、1人のメンバーがあるお気に入りのアニメのことに触れていた。私はそのアニメをあまり良く評価していなかったのだが、その印象をとある1つの言葉で表現した。

するとその言葉が相手の気分を害してしまい、「私の前でそういう風には言わないでください」と釘を刺されてしまった。これに対する私の、相手の機嫌を直そうとして書いた文章は、逆に火に油を注ぐ形となり、結局それ以来相手はそのスペースに姿を現さなくなった。

自分自身愚かな所があったと反省する出来事なのではあるが……だが1つ、今も引っかかっていることがある。内容を批判・否定する訳ではなく、ただ不快を理由に私の言葉を封じられたことだ。対象を批判するような発言はその愛好者の不快を生み、嫌われることが多い。だが対象を賞賛する発言にも、同様に対抗者の不快を生む可能性はある筈だ。不快を理由に言葉を封じるのが是であるのなら、最初の相手の『良い評価』の発言も「不快だから言うな」と言われたかも知れないのだ。

私が言われたあの言葉は、その言葉自身を封じる矛盾を孕んでいるのではないか。だとしたらそれは、正しくないのではないか。あれから10年以上経つ今も、私は何度も思い返している。


つい先日、ヘイブンの宿屋前でスクロールを書いていると、私の前に1人の黄色いローブ姿の男が立ち、「何をしてるんですか?」と話し掛けてきた。書写をしたり、のんびり人を眺めています。私がそんな風に答えると、相づちの後に彼はプレゼント用の箱を3つ、目の前の地面に並べた。

「好きな箱をどうぞ」

彼は唐突にそう言った。いきなりのことに少し戸惑いつつも、「じゃあ一番軽い北の緑のはどうでしょう」と一番右側にある箱を一度持ち上げ、またその場に置いた。

その時、1人のキャラクターが画面内に姿を現した。たたたと走ってきたそのキャラはラベンダリスの横まで来ると、言葉も無しに置いてある箱を次々と拾い集め、そしてあっという間に去っていった。

丁度メッセンジャーで話をしていた知り合いにこの出来事を伝えると、「酷いことをする人ですね」と箱を持っていった者に不快を感じていたようだった。だが実際にその場にいたローブの男はというと、「盗賊に会いましたな」と特に慌てた様子も、腹を立てた様子も無かった。そしてそれに対して私も、「ですなー」とのんきに返した。

「では」と花火を放つ杖を代わりに置いて、ローブの男は去っていった。どちらかと言うとこの男の方が分からない……私はそう思っていた。


実際、ラベンダリスの横に置かれているお寿司を無言で食べて去って行く者は多い。話をしている最中にそれをやられると、むしろ話し相手の方が「お礼くらい……」と不快を表し、「まあまあ」と私がなだめたりすることがあったりする。

他のゲームでもよくあるように、Ultima Onlineでもアイテムの取引を行う際にはそれ専用の「トレードウィンドウ」が表示される。アイテムを地面に置くことなく、取引き相手だけと確実にやり取りを行える機能だ。第三者による介入を排除したいのなら、それを使えば良い。

傍においてある物ならそのキャラの物だと分かる筈だ、何も言わずに持っていくというのはマナーが悪い、常識が無い。そう言う人もいる。だがその場合、「傍」とは実際にどの程度の距離までを指すのか。それはきっと人それぞれである。更にはかなり離れておいて、「ここにちょっと置いただけ、ほんの少しの間離れただけなのに持っていくなんて!」と言い出す者もきっと現れる。基準は、常識は、人によってバラバラだ。

感情とか感覚とかの、人それぞれの不明瞭な線引きは確かなものにはならない。ゲーム世界における全ての者にとって確実な基準、それは「出来るか出来ないか」だ。持っていかれたくないのなら、自分の鞄の中に入れておく。確実に渡したいのならトレードウィンドウを使う。そういうことだ。確実にお礼を言われたいのなら、お礼を言われるまでお寿司を鞄から出さない。そういうことなのだ。

私はお礼を求めない。そして誰かがそこからお寿司を黙って持っていく自由を認める。その代わり私は、お寿司を鞄から出してそこに置く自由を得るのだ。


ヘイブンで出会う知り合いの1人に、私が「変ラマ」と呼ぶ者がいる。いつもラマに変身して行動している怪しい奴だ。ハイド、ステルススキルを用いて神出鬼没な行動と可笑しな言動をする彼には、いつも随分楽しませてもらっている。

彼にも勿論、「Lavendalis」のように正しい名はあるが、それでは呼ばない。またキャラクターの詳細を表示する「ペーパードール」を出せば、変身前の人間の姿を見ることが出来るが、それも彼だけはなるべく見ないようにしている。いつもラマの姿なのだ。ならばラマとして付き合うのが面白いだろう。そう考える。

相手のそのままを認めるということは、自分のそのままを認めてもらうということに通ずると考える。「自分の為の相手」を求める、ということではなく。

以前プレイしていたFinal Fantasy XIでは、他人と長い時間組むパーティの中で、効率の良い狩りを進める為にきっちりとした装備と戦術をしなければならなかった。攻撃、防御力に劣る種族・タルタルでモンクをやっていた友人は、なかなかパーティに入れてもらえない苦労を味わい、時折それを嘆いていた。そこには「自分に都合の良い誰か」を求める空気があった。そして「誰かに都合の良い自分」にならなければならないプレッシャーがあった。

先日、いつもの場所とはちょいと離れた場所でとある人と話をしていると、2人の人物が近づいてきた。よく見るとその片方は、珍しく人間の姿に戻っていた「変ラマ」だ。彼はラベンダリスの後ろまでやってくると、ぺこぺこと何度もお辞儀を繰り返した。「どうしました?」と声をかけると彼は一言、「いつもご馳走様」と珍しく殊勝なことを言ってきた。

いつもと違って気持ち悪いぞ、と少し失礼なことを思いつつ、パートナーと去っていく彼の背に、とっさに思いついた言葉を返した。

「ラマが人間に」「化けてますな」
「あははw」

パートナーの方が笑ったこの時の言葉に、私は今も満足している。相手もそう言って欲しいだろうし、そう言う自分でありたいと思う。そうすればきっと、私は彼のそのままを認められるだろうし、彼に私のそのままも認めてもらえるだろう。

  • 初出 : 2006/01/12
  • 改定 : 2006/03/14

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