1. 番長方面
  2. Scenes from the Memories - 目次

Last Modified : 14 DECEMBER 2005


ある日、いつものようにヘイブンの宿屋前に座っていた私のキャラクター・ラベンダリスを、町の中央部から走って来た3人の、赤・青・黄と色違いの同じ衣装に身を包んだキャラ達が取り囲んだ。そしてタイミングを合わせた掛け声を連呼しつつ、彼ら「バシネッツ」は半ば対処に困っている私に対して一つの勧誘をしてきた。それは「バッグボール」という、ゲーム内ゲームへの参加を促すものだった。

キャラクターの能力を超えた重さのアイテムは、持つことは出来ても鞄(インベントリ)の中に収納できず、キャラの脇に落ちてしまう。それがUltima Onlineの世界の法則だ。重いアイテムは持ったまま歩くことは出来ないし、必ず自キャラの周りの何処かに置かなくてはならないが、一旦持ち上げた後で「周りになら何処にでも」置くことが出来る。アイテムを後ろから先へ移動させた後で自分が更にその先へ移動すれば、そのアイテムをまた「後ろから先へ移動」させることが出来るのだ。これは俗に「ドリブル」と呼ばれ、重い鉱石などを炉まで運ぶ等の手段に用いられた。だがこのドリブルの最中、地面に置かれたアイテムを横から奪っていく略奪行為も生まれたのだ。

世界の法則を利用したこれらの行為が、「バッグボール」という「球技」の元となった。袋や箱にアイテムを詰め込んでわざと重たいアイテムを作り、これをボールに見立てて各陣のゴールへドリブルで運んで行くというルールが策定されたのだ。「自キャラの周りの何処かに置かなくてはならない」という法則は、何処に置くかを読み合う駆け引きを生んだ。置いたアイテムを別の者が拾う「略奪行為」は、チームメイトにボールを渡す「パス」と敵からボールを奪う「パスカット」というテクニックになった。

プレイヤーがUOというゲームの中で作り出したそのゲームは、後に運営会社により正式にサポートされることとなった。フェルッカのブリテイン西部郊外にはバッグボール用の公式コートが設置され、この球技が誕生して5年程経つ今もそこで毎日プレイされている。


勧誘を受けてから数日後、私は試しにプレイ風景の見学に行くことにした。コートのある場所は強力なNPCの衛兵に守られているガード圏内だが、対人攻撃の可能なフェルッカには殆ど行ったことがない。結構不安だったが、バッグボールへの興味が勝った。毎日の集まりは22時からだという話だった。それより少し早い時間に、あらかじめ記録しておいたその場所へ移動魔法を使って飛んだ。

誰かが攻撃して来るんじゃあないかとビクビクしながら、まだ誰もいないそのコートの周りを見て廻る。台に置かれたルールブック、ランタンを積み重ねて作られた得点ランプ、赤と青に染められたゴール代わりのテーブルや模様の入った芝生などなど、なかなか立派な施設だ。だがそれらを構成するパーツは基本的に特別用意されたものではなく、この世界に元から用意されたとても自然な物たちだ。改めてこのゲームは「要素」の用意された、「何かを作り出すことの出来る世界」なのだと実感する。

22時に近づくに連れて、1人また1人とキャラクターが姿を現した。挨拶を交わし、見学に来た旨を伝える。勧誘の件を話すと彼らは笑っていた。「バシネッツ」の姿は見えないが、彼らは知り合いではないのだろうか。

ゲームに必要な人数が揃い、会話が一段落すると彼らは早速バッグボールを始めた。3対3に分かれ、コートに並ぶ。得点ランプの傍らにスコアラー役の人が立つとゲーム開始だ。愛用の椅子を置いてそこに座り、私はその様子をコートの外から眺めることとした。

それ程広いとは言えないコートの中を、6人ものキャラクターが右へ左へと走り回る。その間を移動していく、ボール代わりの四角いコンテナ。それがゴールとなるテーブルの上に置かれると1点加算、得点ランプが1つボッと音を立てて灯る。「ナイス」「うーむ」等と声を漏らしながらコートを戻るバッグボーラー達。中央へとコンテナを戻して整列。攻撃側がぺこりと一礼すると、それを合図にゲーム再開だ。

正直なところ、最初はあまり面白く見えなかった。キャラ達がわらわらと動く割に、コンテナはいとも簡単にゴールまで運ばれていたからだ。だが暫く眺めている内に、そこにある「目に見えない駆け引き」が徐々に分かり始めた。それは選手達の立場に立って考えると見えてくるのだ。

守り側に立ってみると、ボールを何処でカットするかという思考になる。ボールを持っている者はその周りにしかボールを置けない。置いた瞬間かっさらうのだ、何処に置くかを読めば良い。さあ、目の前に来た。ここか? 違った! 今、横を抜かれた筈だ。

攻める側に立ってみる。何処に一旦ボールを置くかだ。前の方に置かないと先へ進めないが、当然奪われる確率は高くなる。そしてチームの仲間の位置も重要だ。自分が運べないなら仲間に渡せば良いのだから。ボールを持っていない時は、仲間とゴールの間に立てば良い。パスを受け取ってそのままゴールを決められるだろう。勿論守備側はそれを妨害してくる。フェルッカの世界法則では他のキャラを容易にすり抜けられないから、素早く良い位置に付くことが重要だ。

そういった内情が分かって来ると、彼らの挙動はまるで変わって見えた。正にそこでバスケットボールが行われているような、リアルな動きがそこに見えるのだ。そして私は確かに球技の観客となって、その時そこで胸を躍らせていた。


ゲームが終わった後、お寿司などを詰め込んできたお弁当を彼らに振舞った。そしてまだコートの中で練習する者たちを横目で見ながら、ゲームの感想を彼らに話した。会話の話題はバッグボールから徐々に離れ、やがてUOとも関係ない別のゲームのことや、ゲーム以外の内容に及んでいった。

ラベンダリスが調理のスキルを持っているといったことから、あるプレイヤーが自宅で初めてケーキのスポンジを作ったときのことを話し始めた。オーブンの温度が良く掴めずに、「燃やして」してしまったのだという。職場のオーブンなら温度計が付いているんだけれど。そんなことを言った彼は、菓子職人の見習いをしているとのことだった。

学歴が無いから、手に職を持つしかない……そう言う彼の言葉に、ふと似たようなことを言っていた友人のことや、全く違うであろう自分のこれまでの人生が胸に去来して、続けるべき言葉の選定に少し戸惑った。

「それにしても、形有るものを作り出せるというのには憧れます。私は作りながら壊すタイプの人間ですからね。知り合いに裁縫を趣味にしている人がいるんですが……」

そんな風に言葉を続けた。

暫しの後、別れの言葉を残してその場を去ることで、私の初めてのバッグボール観戦は終わりを告げた。


知り合いのサブキャラクターの名前が、とある洋楽バンドの名前に由来していた。どのようなジャンルでどんな感じの曲であるのか、お勧めのアルバムは何か。その辺を聞き出してみた。その頃手持ちのアルバムに飽きを感じていたので、もしかしたら新鮮さを感じられないかと考えたのだ。お勧めのアルバムは2つあったが、その内の1枚を中古CD屋で見つけ、試しに購入してみた。

それが、プログレッシブメタルバンド「Dream Theater」との出会いであり、手に取ったのは名盤の誉れ高い彼らの2ndアルバム、「Images And Words」だった。それを初めて聞いたときの衝撃は、もう新鮮さどころの話ではなかった。

Dream Theaterのアルバムを次々に集めていった私は、やがて彼らの一大コンセプトアルバム「Metropolis Pt2: Scenes From A Memory」を最も好むようになる。そしてこのアルバムと度々並び称されることから、別のバンド「Queensryche」の「Operation: Mindcrime」へと手を伸ばした。それをきっかけに幾つかのバンドのアルバムを試して渡り歩き、その後最も感銘を受けたバンド「Pain of Salvation」の楽曲に辿り着いた。

この音楽に辿り着いたのは、その友人とUOの中で出会っていたからこそだ。後にUOの中で、その感謝を言葉で彼に伝えた。そしてそれらの記憶をより強く記す為に、UOに関する自分の文章のタイトルに、それらの楽曲の名を用いた。これらの文章を読み返すとき、そしてそれらの曲を聴くとき、私は彼との出会いを思い出し、そして彼の存在を感じるだろう。

そして少し前からだが、私は現実の方でも簡単なお菓子作りを始めた。元々興味を持っていたが、バッグボールのコートでの彼との出会いがいいきっかけになった。ゲームの中ではボタンをクリックすればあっという間に出来る小麦粉の練り粉が、まな板の上でなかなか具合良く固まらなかった。中に詰めるあんこに比べ練り粉の量が多過ぎて、食べても食べてもあんこが出てこない。やれやれ、現実は難しいものだなと最初は苦笑した。

材料をきっちり計量し、時間を計り、そして何より回数を重ねることで、それら作業をうまくこなせるようになっていった。出来たお菓子もそれなりに美味しくなってきた。その後お菓子作りに留まらず、ご飯を炊くにも麺を茹でるにも、水の量や時間をきっちり計るようになった。やっていることはどうということでも無いかも知れないが、それまで気に止めなかったことに気を配るのはなかなか新鮮で楽しいものだと感じた。


MMORPGのプレイを止めた時、何も手元に残らない。そう言われることをよく目にする。以前プレイしていたゲームを通して私に残ったものはどれだけあるかと思い返すと、確かに両手にいっぱいという程でもない。まぁもっともMMORPGに限らず、昔からプレイしていたスタンドアロンのゲームでも似たようなものだと思うのだが。ゲームで直接何かが手に入っているとか、何かが残ると考えるのは……人と触れ合うMMORPGの特性ゆえかも知れないが……恐らく幻影を見ているのだと私は考える。

だが逆に言えば、残らないのは果たしてゲームのせいだろうか。ゲームを道具として考えると、手元に残す為の使い方も出来るのではないだろうか。RMT、リアルマネートレードで現実のお金をやり取りするのも、ある意味それの1つの用法だろう。まぁ、それはそれとして……ゲームを通して手元に残す、そんな使い方とは一体どのようなものだろうか。

先程私は「両手にいっぱいという程でもない」と記した。だがそれは「残っているものがある」ということも意味するのだ。

計量カップの目盛りを睨みながら、時に私は菓子職人見習いの彼のことを思い出す。彼との出会いは、彼の生は、その時ゲームの枠を越えて、私の生活の中に活きている。

  • 初出 : 2005/08/22
  • 改定 : 2005/11/06

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