1. 番長方面
  2. Scenes from the Memories - 目次

Last Modified : 31 OCTOBER 2005


去年の初春のある日、私は沼に覆われたユーの町を歩き回っていた。1軒のNPCの民家に入って、本棚にあった1冊の本を何気なく開く。するとそこには、とあるプレイヤーの書いたメモが残されていた。まず1ページ目に「結婚しました すっごい幸せかも♪」という記述があり、ページをめくったそこには別の人が「おめでとう」と祝いの言葉を書き記していた。以降は空白である。

ユーは広い。ブリタニアは更に広い。Ultima Onlineの世界は本当に広く、その中にばら撒かれている「資源」「アイテム」は途方も無い量に上る。そんな中でこの人気の無い、何のアイテムやサービスを得られることの無い田舎の民家で、その日私は2人のプレイヤーが残した過去の「記録」に出会うことが出来た。本の続きに「ワタシからもおめでとう」と書き加え、日付とラベンダリスの署名を入れてそこを立ち去った。


UOにおける素晴らしい資源の一つに「本」がある。町の道具屋でごく普通に売られているそれは、買った時点では中に何も書かれていないまっさらな状態だ。本には3種類ほどあり、その違いは見た目と中身のページ数である。

最初のページには本のタイトルと著者名を記すことができる。本を初めて開いた時に開いた当人の名が著者として自動的に書き込まれが、本の題名や著者の欄は後から如何様にも書き直すことが可能だ。そしてそれ以降のページは好きなように書くことができる。「好きなように」と言っても、書き込めるのはキーボードから打ち込める文字だけだ。フリーハンドで絵を描いたりすることは出来ない。しかし過去にアスキーアートを駆使して漫画を描き、売っていた人がいると聞いたことがある。

ある日ヘイブンの銀行に立ち寄ると、そこで自作の詩集を配っている人がいた。ラベンダリスも持っているスキル・書写(inscription)。主にスクロールに魔法を書き写す為のスキルだが、それを使うことで本の内容を別の本に書き写すことが出来る。流石に同じ内容を、一つ一つキーで打ってはいられない。この詩集や前述の漫画等は、このスキルを使って複製した物を配っているのだろう。 本というアイテムの存在、そしてこのスキルの存在は、UO内における出版活動を可能にしたのだ。

ここに居合わせたのも何かの縁。そう考えて、私が作ったパイと交換で彼からその1冊を受け取った。その中にはサイトのアドレスが記載されていたので、彼と話しながら別のPCでアクセスしてみると、そこには思っていた以上に本格的な詩のサイトが表示された。彼にとって詩とは決してUO内での遊びではなく、Webで行っている活動と同様のことをUOの中でもやっているのだった。その驚きをすぐにその場で伝えると、彼も喜んでくれたようだった。

それから数ヶ月経ったクリスマス・イヴ。知り合いのギルドが開いたパーティに、私も参加することが出来た。各自持ち寄ったプレゼントをさいころを使ってランダムに配布したのだが、ある人が持ってきたプレゼントの中に、かの詩人の詩集セットが合って驚いた。私があの日貰ったのは1冊。だかこのセットでは5冊も合った。「あの人の詩が好きなんですよ」と、持ってきた知人がそう言った。この世界は広いようで狭いのか。奇妙な繋がりがあるものだと、この巡り合わせを楽しく思った。

自宅に設置した本棚には、この詩集と一緒に数冊の本が納められている。その幾つかは知り合いが家に置いていった本である。私の誕生日を祝うメッセージや新年の挨拶が書かれたそれは、実際のところ、どうということは無い短い文章なのだが……だがそういった物を贈り物にそっと添えることが出来るというその「作り」、その「世界のルール」こそが、UOのさり気ない素晴らしさであるとも思うのだ。


先日久し振りにユーを訪れた折、あの民家の本を探してみた。数ヶ月前からユーは強力なモンスターが闊歩する危険地帯となっており、民家の場所を随分思い違いしていたこともあって、あの民家を見つけ出すのに随分と苦労した。追って来た厄介なモンスターが民家の外でラベンダリスをじりじりと待ち伏せるのを横目に見ながら、本棚にあったあの本を開いてみた。1年ほど経っても、1ページ目の「すっごい幸せかも♪」という言葉と、3ページ目に書き込んだ私の「ワタシからもおめでとう」という言葉は残っていた。

そして私を楽しませたのは、更に4ページ目以降にも「おめでとう」という言葉が数ページに渡って続いていたことだった。1年近くの間に、この田舎の民家には何人かの人がやって来ていて、そしてこの本を手に取った。そう、この本はずっとこの世界のここに在り、それを記録していたのだ。

祝いのメッセージの続きとして「もう一度、おめでとう」と最後に加えて、ラベンダリスはその場を去った。

  • 初出 : 2005/04/05
  • 改定 : 2005/10/31

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