Last Modified : 21 MARCH 2005
それはUltima Onlineを始めて半月ほど経ったある日のこと。ラベンダリスは「ユー」の町で目を覚ました。ユーとは首都・ブリテインの北西にある沼に覆われた広い町で、前日の長い徒歩の旅の末に、ラベンダリスはそこまでやって来ていたのだった。
周辺を彷徨き、修道院らしき大きな建物の中に入ったラベンダリスは、奥にある部屋の中に数個のチェストを見つけた。チェストとは金属製の箱のことで、黒く光るそれはいかにも「宝箱」という見掛けをしている。袋や箱など、アイテムを収納できる性質を持ったアイテムは、それにマウスカーソルを当てると中に入っているアイテムの数とその重さを見ることが出来る。すっかり慣れたその操作でカーソルをチェストに合わせると、そこにかなりの量のアイテムが収納されているのが分かった。
(プレイヤーの誰かが、この中に何かを入れたのだろうか?)
NPCの建物に設置されている収納家具で、収納物があるのを見たのはそれが初めてだ。興味をそそられ、そのチェストの元まで移動すると、開けてみる為にそれをダブルクリックした。
ドッゴオオォォンンン!
突然の爆発音と共に画面は暗転。あまりにも予想外の出来事に、画面中央に表示された「You are dead.」の文字を私はただ呆然と見るしかなかった。
トランメルは他者に攻撃の出来ない世界。だがアイテムに罠が仕掛けられていた場合は、その限りではないということか。Ultima Online侮れぬ。
まだ外を歩くのは時期が早かったかと、その日のうちにスタートの町・ヘイブンへと戻った。偶然知り合いに出会ったので、ユーでの爆死事件を報告し、罠を解除する魔法・Magic Untrapのスクロールを書いてもらった。これを自分のスペルブックに入れることで、ラベンダリスはMagic Untrapの呪文を唱えられるようになるという訳だ。
翌日も結局ヘイブンを出ていったが、比較的馴染みのある「ベスパー」近辺の土地を歩くに留め、ユーの方には向かわなかった。この頃は徐々に行動範囲を広げるのが楽しく、この日はベスパーの南西にある小さな町「コーブ」へと辿り着くことが出来た。
探検を終え、最後は馴染みのあるヘイブンへと帰還し、宿屋の一室に入った。後はここでログアウトをするだけだ。
ふと、扉の横にあるチェストに気が付いた。ちょちょん、とダブルクリックをする。
ドッゴオオォォンンン!
そこは初心者の生まれる町、ヘイブン。プレイヤーキャラが安静な眠りにつく宿屋の中で、静寂を揺るがす轟音が鳴り響いた。
スタートの町の中で殺されるなんて、数あるロールプレイングゲームの中にも聞いたことがない! トランメルって全然安全じゃあないじゃないか! 二度の爆死は、Ultima Onlineに対する私の安心感を大きく揺るがした。
翌日、雑貨屋で箱を購入すると、ラベンダリスはヘイブンの郊外、誰も来ないような場所まで走っていった。そして地面にその箱を置くと、魔法・ Magic Trapを使って箱に罠を仕掛け、少し離れた位置から魔法・Telekinesisを使って箱を開ける訓練をした。テレキネシスは離れた場所から対象をダブルクリックする効果がある。それを使って箱を開け、わざと爆発させることでその威力を確認してみたのだ。その結果、未だ成長過程にあるラベンダリスにとって、箱のトラップは充分致命傷に至る威力を持っていることが確認できた。
だがそういった護身への努力は、結局意味の無かったことを後に知った。魔法や細工のスキルなどで罠を仕掛けても、トランメルではやはり他人には効果を発揮しないのだ。では何故あれらの罠で私は死んだのか。あの罠はプレイヤーキャラの仕掛けた物ではなかった。コンピュータによって自動的に仕掛けられた物だったのだ。修道院や宿屋の宝箱は、そこのNPCが所有する物。言うなれば、NPCが自分の所有物を守るために仕掛けた罠、ということなのだ。
その後このことにすっかり慣れた私は、もうそれらの罠に掛かることはなくなった。時折過去の笑い話として、会話の中に出てくるくらいである。
今から1ヶ月ほど前のこと。いつものようにヘイブンの宿屋前で魔法スクロールを書いていた私は、そこである方と話をしていた。その方はいつもそこに座っているラベンダリスを、NPCだと思っていたという衝撃的な告白をしてくれた。
その方は一度始めたUOを半年ほどで止めた方で、去年出た拡張パッケージ「武刀の天地」をきっかけにまた再開したのだという。「今は楽しめてますか?」と聞いてみたが、「また辞めそう」という答えが返ってきた。
その後も二人で会話を続けていると、突然横の宿屋の中で一発の爆音が轟いた。名前を表示させてみると、宿屋の中に1体の死体が出来上がっている。ははーんと私はほくそ笑んだ。
「って今 誰か宿屋の宝箱開けて爆死したな」
「うそ?」
「やったことありません?」
「ない」
「宿屋とかにある宝箱には 罠が掛かってるんですよ」
「死んだ?」
「ええ、一撃で死ねますよーあれは」
「マジ?」
彼は大層驚いた様子で、私の横から立ち上がると宿屋の中へと走り込んでいった。
この世界で彼が求めているものは何だろう。何があれば彼をこの世界に引き付けられるだろう。もし彼が家庭用ゲーム機のRPGにあるような、自らが世界を救うような、または感動を売りにしたようなストーリーを求めているのなら、それはこの世界に存在はしない。
しかしこうして私と彼が楽しく一時を過ごせるような、細かな作り込みなら幾つもある。そんな多くの構成要素がこの世界を作り上げていて、私達は更にそれらを個人個人のストーリーを構成する為のリソースにすることが出来るだろう。何か彼の関心を惹くものを、私の中から提供出来ないものだろうか……。彼が宿屋の中から戻ってくるまで、そんなことを考えていた。
この宿屋の罠を話題に出しては、「どれどれ」と試して死ぬ者を、私はこれまでに2名ほど生み出している。