Last Modified : 11 MARCH 2005
ラベンダリスでログインした私は、いつものようにヘイブンの宿屋前にある倒木に腰を下ろして、巻物に魔法を書き写していた。倒木は2人並んで座ることの出来る長さなのだが、ちょいと前から空いているラベンダリスの隣に自分で作った食べ物を置くようにしている。大抵はお寿司だ。
お寿司は徳之諸島まで行かないと売られていない食べ物で、そもそも食事をする習慣のあるプレイヤーはあまりいない為、お寿司を見たことが無い人も結構いる。お寿司を置くことで、自分が調理をしていることをアピールしつつ、興味を持った人が近づいてきてくれることを狙っているのだ。よくよく考えてみると、文字通り餌で釣っているようなものだ。ワリと失礼か?
その日の来訪者は特別変わった人だった。ラベンダリスの横に座ったかと思うと、いきなり自分自身に攻撃魔法を連射し始めたのだ。驚いて「と、突然何を?」と聞くと、「鮨が喰いたいから腹減らしてんだよ」という。ハラハラしながら見守っていると、遂には毒で死に至った。まさか死ぬまでやるとは思わなかった……。
蘇生されて戻ってきた彼がぼやいて言った。
「まだ喰えないなあ」「保険払ったのになあ」
Ultima Onlineでは、アイテムに「保険」を掛けることが出来る。それを掛けたアイテムは、死んでも死体に残らない。死んだ瞬間に保険料が自動的に引き落とされる代わりに、蘇生した時にはアイテムが既に手元に戻っているという寸法だ。保険料自体はそれ程莫大な額でもない。保険さえ掛けていれば、大した代償も無しにそのアイテムを失わないで済む。まぁ、幾つものアイテムに保険を掛けて何度も何度も死んでいれば、流石に出費もかさむ訳だが、それは懲りない本人の自業自得だろう。
私は保険を使わないことにしている。無くさないというのは不自然で、都合が良すぎると思うからだ。死んだらアイテムを失うかもしれない。それが「ゲーム」として自分自身に設定した、敗北のリスクである。
そしてアイテムを失わないということは、それ以上新しい物を必要としないということになる。それはUOの魅力の一つである生産職のキャラクターの存在価値を、大きく落とすことに繋がると考えるのだ。
誰かが作った物を使い倒す。壊れたり無くしたりしたら、また作ってもらった物を買って使う。使う者が生産者を頼らなければ、生産者は誰の為に作るというのか。モンスター=コンピュータが出すレアなアイテムよりも、私は生産者の作るアイテムを使うことで、彼らと結び付いていきたいと思うのだ。
だが現在のUOは、コンピュータとプレイヤーの結び付きばかりが強くなっている。強力な、そして特別なアイテムはモンスターが落とす。それを求める冒険者は皆モンスターを狩りに行く。そうやって手に入れたアイテムには保険を掛けて、決して失わないようにする。一方で生産キャラはというと、NPCの出す注文を受けてNPCの為に生産をし、その報酬としてNPCから特別なアイテムを得る。
プレイヤー間の需要と供給が全く無くなった訳ではないのだが、モンスター産のアイテムが次々に追加されているのを見ると、ゲームがどんどん即物的な方向に向かっているなぁと私は思う。
即物的……まぁそういってもMMORPGのアイテムは、そのゲームを止めてしまえば何一つ、プレイヤーの手元には残らないのであるが。
「狩りにでも行かないと、なかなかおなかは減りませんね」
「狩りなんて、生まれてこのかたしたこたーねえなあ」「人間狩りならしたりされたりしとるが」
そんな物騒なことを言う彼は、他人に危害を加えることの出来る世界「フェルッカ」で泥棒を営んでいるのだという。安全な世界「トランメル」で安穏とした生活を送っている私は、そういった方と会うのは初めてだ。ちょいと緊張する。
「まあ、欲しいものは何でも奪う」「レッドリボン軍みたいなもんだな」
「うへえ〜」
「ねえさんもなかなか」「金持ちぽいじゃないかい」
そう言って彼は、私の持っている杖を指した。その杖はいつかモンスターから手に入れた物で、私が身に付けている帽子やマントと同じ紫色をしているので持ち歩いている。以前に知り合いにも言われたのだが、その杖はプレイヤーキャラが生産で作り上げることの出来ない物らしい。
「そのCrook、レアだろ」
「あ、これってやっぱり結構いいものなんですか?」
「オンリー天然だからな」
「へええ」
作り出すことの出来ない物故、それなりの値が付くらしい。まぁ、私にはそこら辺興味はないのだが、いい物と言われて悪い気はしない。「保険かけろ、保険」と彼が言ったが、それに私は首を振った。
「保険はかけない主義なんですよ」
「主義か」
「はいー」
「いけてるな」
「無くなるからいいと思っています」
「まぁ、保険濁の俺が四の五のいえねーな」「ふぇふぇ」
「ニヒヒ」
なんとか空腹になった彼は、私のお寿司を食べてくれた。保険払ってまでお寿司食べてくれてありがとう、と礼を言うと、「金なんてつかう為にあんだよ」と彼は言った。その言葉に私は好感を持った。
「さて、悪い事してくる」
そう言って彼は走っていった。
「アハハ」「がんばってと言って、いいものやら」
苦笑しつつ、私は彼を見送った。
そしてこれでいい。これでもう私はこの杖を失うことは無い。たとえラベンダリスの手を離れてしまっても、たとえ私がUOを止めてデータが消えてしまっても、「泥棒にお墨付きを貰った杖」として、私の中で彼の記憶という保険が掛けられたのだから。