1. 番長方面
  2. Scenes from the Memories - 目次

Last Modified : 11 MARCH 2005


ある日私はブリタニアを離れ、「ロストランド」という未開の地にいた。ロストランドはUltima Online最初の拡張で生まれた冒険の舞台である。そして私はその時、2人目のキャラクター、ビバウシ・ビエイ(Bibaushi Biei)の幽霊として、白黒の世界をひたすら南に走り続けていた。

(畜生ー! ヒーラーッ! ヒーラァーッ!)

そのとき私は、自身の定めた「ゲーム」の正に真っ只中にいた。


世界にはプレイヤーキャラ(PC)の他にコンピュータが動かすNPCがいて、モンスター以外のNPCは主に町か家でその役割を遂行している。店で物を売ったり、街頭でニュースを伝えたり、PCを鍛錬してスキルを上げてくれたりする。雇われの売り子であるベンダーは各プレイヤーの家で与えられた商品を売っているし、船には船頭のNPCが付いていて、PCの命令に合わせて船を操作してくれる。もしモンスターが町の中に進入してきたら、「guard!」と一声叫べば衛兵が瞬間移動してきて、一撃の元にモンスターを始末してくれる。

そんなNPC達とは別に、町や家以外のフィールド上を歩き回っているNPCが何人もいる。「ワンダリングヒーラー」と呼ばれる彼らは、死んで幽霊となったPCを無償で生き返らせてくれる救済者だ。同様の能力を持つ「ヒーラー」は大抵の町にもいるが、死んでしまった場合町まで帰るのはとても困難だ。何しろ幽霊の状態では、魔法などのいかなる瞬間移動の手段も用いることが出来ないし、ペットに騎乗することも出来ない(まぁ、大抵主人と共にペットも殺されるのだが)。他の冒険者がいれば蘇生してくれるかもしれないが、もし孤独に死んでしまった場合、頼りになるのは周辺をうろつくワンダリングヒーラーということになる。

トランメルのブリタニア、その地上で死んだのならワンダリングヒーラーに出会える確率は高い。ダンジョン内だとヒーラーはいないので、奥地で死ぬとやっかいだ。ブリタニア以外の地域もヒーラーは町以外いなかったりするので相当厳しい。

何故これほど蘇生にこだわるのか。それは死んでしまった場合、自分の所持品は基本的に死体に残るからである。死体に残ったアイテムは、生き返ってから死体まで取りに戻らなければならない。そしてその死体は、死んでから10数分でアイテム諸共、この世界から消え去ってしまうのだ。


なんとかビエイはロストランド南西にある町・デルシアに帰ってきた。元々この町から北へ探索に出た。そしてそこで見つけた「テラサンキープ」という要塞で、蛇人間に殺されたのである。相当な距離を走って戻ってきた。かなりの時間を掛けてしまった。死体はとうの昔に「骨」になってしまっただろう。骨の次が「消失」だ。今まで何回も荷物の回収をやってきたが、今回はヤバイ、相当にヤバイ。

町のヒーラーに蘇生してもらい、銀行に走る。銀行から取り出したのは、通称「回収パック」と呼んでいる鞄だ。この中に身に付ける防具一式と回復用の包帯、そしてお金を入れてある。何度も回収作業をやるにつれ、その作業に必要なアイテムが分かった。一々買い集めていたら貴重な時間を消費するので、こんな時の為に揃えてあるのだ。

蘇生直後は体力が最低値になっている。自分に包帯を巻きながら防具を装備して、今度は厩舎へと走る。厩舎にいる調教師のNPCから馬を買うのだ。死亡現場に急行し、そしてまだ近場に敵がうろついているそこに飛び込んでアイテムを回収、急速離脱……それをするには騎乗動物が不可欠である。回収パックに入れてあるお金はその馬の購入資金なのだ。

馬を買ったビエイはすぐさま騎乗し、テラサンキープを目指して北へ馬を走らせる。急げ! 急げ!


幽霊で辿った道を馬で戻りながら……だが徐々に気持ちが萎えてくる。くそう、死んでからもう10分は軽く過ぎている筈。間に合うどころか、もう死体は消えてしまっているんじゃあないか? まぁ、私の使っている装備は大したもんじゃあない。レアなアイテムは一つも無い。何処かの家のベンダーで買った物ばかりで、すぐにまた買い揃えられる程度の物だ。無くなったって、それ程痛いものではないし……。ダブルスタンダード(愛馬の名前)の幽霊さえ連れて戻られれば、いいんじゃないかなぁ……。

……。

……いやでも、先日10,000gp近く払って買ったばかりの防具だったな、そういえば。まだあまり使ってないからちょいと勿体無い。そもそも何より、諦めるのはイカン! まだ結果も見ていないのに、回収を放棄するのは敗北ではないか! そうだ! 死んだ時点で敗北してるってのに! 回収ってのはその敗北に対する名誉挽回のたった一つの機会ではなかったか!? それすら放棄したんじゃあ、そりゃもう完全なる敗北ではないか! 堕落してるんじゃあないッ! 自分に定めた「ゲーム」を忘れたか? 恥を知れ自分!

テンションを盛り返し、再び馬の脚を急がせる。1秒でも早く戻らなくては! 最後の最後まで諦めない! この目で結果を確かめるまでは!

その時、不意にペースが鈍った。馬の足が乱れ、スピードが落ちていく。

(何だ? どうした?)

マウスをぐいぐいと動かして必死に先へ急がせるが、スピードが上がったり下がったりでどうにもおぼつかない。困惑しているところに、画面左下に表示されている文字が目に入った。

『動物はとても疲れています。』
『動物はとても疲れています。』

(……なっ……バッ……「バテている」ッ!?)

PCには「スタミナ」というステータスが有り、長時間走ったりダメージを受けると減少する。これが大きく減ると、走れなくなったり攻撃速度が落ちたりする。スタミナの低い魔法使いのメインキャラ・ラベンダリスは、それ故長距離を走れない。そしてPCと同様に、モンスターや動物達にも固体別にステータスが設定されている。ペット達も走ったりすることでスタミナが減り、そういった経験でそれらのステータスが成長するのだ。

(買ったばかりだから? 育ってないからもうバテてるのか!? ウチのダブルスタンダードはこの程度じゃあバテはしない……コイツ貧弱だってのかーッ!?)

よろよろと走る馬のスピードを下げてやると、少しではあるがスタミナが回復するようで、また少しの間走れるようになる。だがやはりちょいと経つと足が鈍り、『動物はとても疲れています。』の表示が出てしまう。

(く、くそッ! スタミナ回復用のニンジンも買うべきだったかッ!? おい頑張れ! 頑張ってくれ! 死体が! 荷物が消える! 消えちゃうんだよぉーッ!!)

死体と馬の幽霊が待つテラサンキープまで、へばった馬のよたよた走りはそれから暫く続いた。

  • 初出 : 2005/02/08

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