Last Modified : 4 AUGUST 2004
From Dulcinea's diary Part.4 "March for the Dulcet Wind".
チョコボに乗ってウィンダスからジュノへ移動するも、ジュノの競売所でもキングトリュフは売り切れていた。取引履歴を確認しても、それ程多くの数は出回っていないことが見て取れる。これは王国風オムレツを作るのは困難な情勢になってきたことを、どうやら自覚しなければならないようだ。
オムレツに強い未練を覚えつつ、取りあえず別の料理も用意しておくべきだろうと判断した。またレシピを見て悩んだ末に、「ヒラメのムニエル」を用意しておくことにした。「しておくことに」なんて軽く言っているが、今のドルシネアにはかなり難易度の高いレシピである筈。ムニエルの代わりどころか、結構な挑戦に違いない。競売で素材の「ブラックソール」を購入。ソールはsole、ヒラメのことだ。
ジュノの寝バザーを覗いて廻りキングトリュフを探してみるが、やはり売りに出されていない。仕方なく、ロランベリー耕地に出て呪符デジョンを使った。
……現実時間で午前9時、ホームポイントのサンドリアに到着。元々ジュノからデジョンでウィンダスに戻るつもりであったが、途中でホームポイントがサンドリアのままであることに気が付いた。ジュノからまたチョコボに乗って帰るのかとミスを悔やんでいたのだが、まさかサンドリアまで来ることになるとは。最後のログイン、ここまで大事にするつもりは無かったのだけれどなぁ。
各地の物産店とレンブロワ食料品店で食材を購入。競売所を確認してみるも、やはりキングトリュフは出品されていなかった。こうなったら最後の手段だ。キングトリュフの入手方法として、ジャグナー森林でのチョコボ掘りがあるらしい。どうせチョコボでウィンダスまで帰らなければならないのだ。それに賭けてみるのも良いだろう。チョコボ掘りに必要なギサールの野菜を買い込み、チョコボを借りてサンドリアを出発した。
ラテーヌからジャグナーに入る。チョコボ掘りを行うとはいえ、あくまで主目的はウィンダスへの帰還。チョコボに乗っていられる時間は有限だ、急がなければならない。ジュノ方面に向かう道を走りながら、所々で立ち止まってチョコボ掘りを行った。
チョコボはトリュフどころか、むしろ何も見つけられないことの方が多い。ようやく何かを掘り出したかと思うと、ミミズやら原木やら。さっぱり価値のない物ばかりだ。そもそもトリュフはその高価さが示すように、そうそう掘り当てられないお宝なのだ。今日初めてジャグナーでチョコボ掘りを行うドルシネアが見つけようなんて、本来とんでもなく虫のいい話なのだ。
ジャグナーの出口までやって来た。この先はエリア切替えでバタリア丘陵となる。そしてチョコボに与えるギサールの野菜も、とうとう最後の一束となった。それを与えてご機嫌を取り、チョコボに地面を掘らせると、クチバシに何かをくわえてよこした。それは、一粒の「どんぐり」だった。
自然と笑みがこぼれる。そうだな……確かに私にとってどんぐりは、キングトリュフと同じ位に宝物に違いない。手綱を握り、どんぐりを鞄にしまってチョコボに先を促す。有り難う、そしてさようなら、ジャグナー。
画面暗転、エリア切替え。
ウィンダスの調理ギルドにて、NPCのサポートを受けてヒラメのムニエル作りに挑戦。……無事に成功! もう一つ、ムニエルに失敗したときに作るつもりであった「サーモンのクルート」も折角なので作ってみる。こちらも成功。前者の説明書きは「ヒラメに小麦粉をまぶし、バター焼きした料理。」とあり、後者には「シュヴァルサーモンのパイ皮包み。」と記されていた。それにしても、ヒラメのムニエルが何故これ程難しいレシピなのだろう。ムニエル程度なら中学生の時に家庭科の実習で作ったものだが……ヒラメの取り扱いが、それ程難しいのだろうか。
一度モグハウスに戻り、荷物の整理をする。聞き慣れたモグハウスのBGMが、今は少し寂しく聞こえる。ドルシネアはともかく、私は今度こそ戻って来ることはないだろう。モーグリに最後の挨拶をして、扉をくぐった。
ウィンダス・水の区を移動して、西サルタバルタに通ずる門へ。そこを守るガードのNPCに補給物資を貰って、外に出る。サルタバルタは夕暮れだった。
配達を終えた後、斜面を駆け上がり丘の頂点にあるTwincle Treeの元へ。そこで取りあえずサーモンのクルートを食べ、残り物のグレープジュースを飲む。そばを通りかかった冒険者に、回復魔法・ケアルを施す。
「thanks」
「np good luck」
すっかり慣れた、いつものやり取りだ。
誰も来ない静かな丘に、ドル猫と二人。その背中に色んな言葉を投げかける。楽しいこともそうでないことも、色々あった。それ程広い範囲ではないけれど色んな場所に行って、色んな物を見てきた。思い出深い場所が、この世界のあちこちにある。毎日釣りをしたマウラやセルビナ。採掘に明け暮れたユグホトの岩屋。往復が楽しかったブブリム半島。このドルシネアの背中と共に、走り回ったものだった。あぁ! そういえば最後に飛空挺に乗るのを忘れていた。……まぁ、いいか。飛空挺にはあいにく良い思い出は、何もない。
ヴァナ・ディール時間の24時を回り、Twincle Treeの周りに星が降り始めた。立ってグルグルとカメラを回し、その星々を追い掛ける。
明るくなってよく見えるようになったので、ドルシネアを大きく映して画面写真撮影のシャッターを切る。カメラを動かし、色んな角度からドルシネアを捉えておく。
暫く続けていると、撮影可能枚数の上限である99枚に達してしまう。別のPCからFFXIプレイ中のPCにアクセスし、画面写真が格納されているフォルダからファイルを移動してまた撮影出来るようにして、再び写真を取り始める。
また写真が一杯になり、同じようにファイルを移動して写し続ける。この時だけで、一体何百枚の写真を撮っただろう……。
そうこうしているうちに、ドルシネアのお腹が減った。星降る丘に来たときに食事を取ったのだから、現実時間で一時間以上この場所に居たことになる。それでは、そろそろ行くとしよう。今度は陽が落ちる前に、あの場所で終えたいとも思うし。
そうして私とドルシネアは、星降る丘を後にした。
西サルタバルタから東サルタバルタに移動。道を走っていて視界にあの木が目に入ると、私はそこまでの時間が惜しくなり、ドルシネアの歩調を緩ませた。そうしてゆっくりと歩いて辿り着いたのは母なる大樹、Nmさんと別れたあの場所だった。
Nmさん、申し訳ない。少々遅くなったけれど、今度こそここで、お終いにしよう。
暫しその場でしゃがみ込み、また少しドルシネアとの別れを惜しむ。しゃがんだ状態で撮った後は、また立ち上がって写真に収める。そんなことをしていたら、とうとう陽が落ちてきてしまった。あぁ、折角青空の下で去るつもりだったのに。
その時、ドルシネアに手を振る者がいた。と同時に、ログウィンドウに久し振りに見る色の文字が。それはTellによる呼び掛けだった。なんと半月ほど前に知り合った戦士ヒュームのRiさんが、サブキャラで偶然そばを通り掛かったのだ。私は最後のログインの際に、ステータスを「姿を隠す」にしてログインしていることを誰にも知られないようにしていた。まさか最後の最後に、直接知り合いに出会うとは!
「まだいらしたんですね」というRiさんに、「これが最後のログインです」と告げる。そして改めて、ドルシネアと向き合った。木を背に、ドルシネアに手を振らせる。それは最初で最後の、私に対する別れの挨拶だ。そして鞄の中からヒラメのムニエルを取り出して、それを口に運んだ。
食べたな……(食べた)。飲んだな……(飲んだ)。それならもう、お別れだ。やり残したことはもう、何もない。
ログアウトのコマンドを選択すると、ドルシネアは木の元にしゃがみ込んだ。30秒のカウントダウンが始まる。「それでは、お元気で」とRiさんに別れを伝える。そして向き直り、「お前も、元気で」とドルシネアに語り掛けた。
ドルシネアは、サルタバルタの夜闇の中に消えていった。
FFXIのタイトル画面。そこにはキャラクターを選んでログインする「キャラクター選択」、新たなキャラクターを作成する「新規作成」という機能の他に、現存するキャラクターをゲームサーバから消す「キャラクター削除」が存在する。
キャラクターを削除せずとも、FFXIの契約を解約すればその翌月一日からゲームはプレイ出来なくなる。実際、大晦日でプレイを終える筈だった私はキャラクターを削除する前に契約が切れ、FFXIのタイトル画面に到達出来なくなってしまった。このような場合、再契約無しで三ヶ月経過することで、サーバからデータは消去される。だから私が心残りを精算するために再度契約をしなければ、恐らくドルシネアのキャラクターデータはゲームサーバに三月まで残ったままであっただろう。
キャラクター選択画面では、青空の下のコンシュタット高地を思わせる緑の大地に、各キャラクターが並んで立っている。だが、今回選んだ「キャラクター削除」の選択画面では、その青空が寂寥感漂う夕日の赤い空になっていた。確実なる終わりを刻む為、私はここでドルシネアのデータを削除しなければならない。
「削除」を選んでもすぐには消されずに、本当に削除しても良いかを問うメッセージが何度も表示される。それはそうだろう。大切なキャラデータだ。プレイヤーがうっかりの操作ミスで消してしまったら、洒落にならない。それが何ヶ月、更には一年以上もプレイし続けたキャラであれば尚更だ。
ドルシネアのデータ削除画面を前にして、非常に辛い苦しさが私にのし掛かる。一年以上一緒に過ごしてきたドルシネア。ここでデータを削除することで、もう二度と会えなくなる。私の日常生活に入り込んでいた彼女に触れられなくなるという事実は、途轍もなく重いプレッシャーを私に与えていた。
だが決めたことだ。ずっと前から決めていたことだ。決めた終わりに到達したのだから、ここで終わらせなければならない。終わりのないのが『終わり』
。終わりなく続いてはならない。終わってこそ、新たな段階が始まるのだ。
意を決して最後のボタンを押そうとしたとき、「それ」に気が付いて衝撃を受け、思わずその確認メッセージを閉じてしまった。メッセージの向こうに立つドルシネア……その尻尾が揺れているのに気が付いたのだ。くそ……息づいているキャラクターを面と向かわせて削除させるなんて……開発者は鬼か……!?
深呼吸をして、心を落ち着かせる。そして考える。
……これから行うことは……サーバのデータを削除するということで、それは言うなればロックした扉の鍵を川に流すようなことに過ぎない。そうすることで、扉を開けて向こう側にいるドルシネアに会うことも、彼女と一緒に向こう側の世界に足を踏み入れることも出来なくなるが……それは向こう側の消滅を意味することではない。扉の向こうでドルシネアはあって、もう誰も見ることも触れることも出来ないヴァナ・ディールに、これまでのように生き続けるだろう。サルタバルタの草原を走り、釣竿を持ったりつるはしを持ったり銃を持ったりしながら、これからも調理を続けるだろう。インターフェースが無くなるということ。繋がりが無くなるということ。ただそれだけに過ぎないのだ。それが私のイメージ。それが私の解釈……。
改めて、その画面に相対する。存在の抹消、「Delete」ではなく……彼女の死、「Death」でもなく……そして、私は最後のボタンを押した。
Disconnect.