Last Modified : 8 JANUARY 2004
From Dulcinea's diary Part.1 "The Mother Dulcet Wind".
「倉庫キャラ」という言葉がある。一人のキャラクターに付き持つことの出来るアイテム数が限られているゲームにおいて、持ちきれなくなったアイテムをそのキャラの代わりに持つためだけに作られるキャラクターのことをいう言葉だ。以前私も、PC版「Phantasy Star Online」をプレイしている時に複数の倉庫キャラを作ったことがある。PSOの場合、何体キャラクターを作ってもプレイ料金は変わらなかった。それを利用して、アイテムの種類別に倉庫キャラを作って、整理整頓まで行っていた。
FFXIの場合は、キャラクターを追加する毎に100円のプレイ料金追加が発生するので、そう何体も作ろうとは誰も思わないだろう。だが逆に、100円程度なら一体くらいは作っても痛くないとも思うだろう。それほどに、FFXIにおける所持可能なアイテムの数は少ない。複数ジョブを遊ぶことの出来るサポートジョブシステムだが、それぞれのジョブ用に装備を整えようとすると、あっという間に倉庫は満杯になる。私のように倉庫拡張クエストをクリアして、その容量を増やしていても、だ。
結局私も、倉庫キャラを作成していた。エルヴァーンの女性で、名前を「ヌナイ(Nunih)」という。
エルヴァーンは背が高く、強靱な肉体を持っている。戦士系のジョブが得意で、魔法は苦手とする。長い耳や男女共に端整な顔立ち、そして「エルヴァーン」という種族の名前から、いわゆる「エルフ」を連想してしまう。しかしエルヴァーンは、明らかに世間一般の「エルフ」とは異なる特徴を持つ種族だ。
さて、倉庫キャラとして生まれたヌナイ。ドルシネアから送られる荷物をポストから受け取っては、それらが必要になったときは競売所まで走っていき、宅配にアイテムを渡すという毎日を送っていた。装備は生まれたときのままの初期装備。バザーも開いていなければ、リンクシェルも持っていない。頭の上には、白い文字で名前が記されているだけだ。バザーアイコンも、リンクパールのアイコンもそこにはない。称号も、「モーグリのご主人様」のままだ。
しかし、PSOの倉庫キャラと決定的に違うところが、ヌナイにはあった。PSOの倉庫キャラは、他のプレイヤーキャラとほとんど出会うことはなかった。オンラインに行きロビーに出て、鍵付きの部屋を作って入れば、そこにいるのはコンピュータの操るNPCだけだ。そこにもう一人入ってくるのは、私のメインキャラだった。ロビーで他人のキャラに会うことはあったが、基本的に人のいないロビーに行っていたから、それはとても稀なことだった。
ヌナイは違う。ドルシネアでのプレイを終え、モグハウスへと走り、ログアウトする。ヌナイでログインし直して同じ出口からモグハウスを出ると、そこにあるのは先程ドルシネアが通った風景なのだ。ドルシネアとすれ違った冒険者がいて、会話の続きをしていたりする。駆け出すと、ドルシネアが見た空がやはりそこに広がっているのだ。あまつさえ、通りすがりの冒険者に「じっと見つめ」られたりもする。……明らかに、ヌナイがそこにいることを実感する。ドルシネアと同じ、確かに存在する一人の冒険者であるということを。
ある時、ドルシネアの代わりに競売へ出品した毒消しの代金がポストに届いた。ある程度の所持金が、ヌナイの手に入った。防具屋へと走った。低レベル冒険者の装備は、競売で揃えるよりも店売りの方が安いからだ。レベル1の、経験値のない冒険者にしては立派な装備を整える。武器も少しだけ強い物に買い替えた。ま、これまでの宅配業務のご褒美と言ったところか。
エルヴァーンの恵まれた能力を、発揮しよう。剣を持ち、盾も持った。もう「倉庫キャラ」じゃあない。
最初のドルシネアと同じように、東サルタバルタへと続く門をくぐり抜ける。ヌナイの冒険が、今ようやく始まった。
私はゲームのキャラクターと自分自身を同一化しないタイプのプレイヤーだ。キャラに対して自由に名前を付けられるゲームの場合、「スィクス」とかの自分を表す名前を付けることはない。大抵は「Dulcinea」の様に、過去に自分が創造したキャラクターの名前を付ける。ドルシネアの様にその過去のキャラクターを再現するようにキャラを作ったり、ヌナイの様に名前だけ借りてきて見た目はほとんど別に作ったり。そのようなパターンの違いはあるものの、新たなキャラをまっさらの形から作ることは、無いこともないが余りない。
そしてゲームをやっているときはイメージとして、そのキャラと私の二つの「魂」がそこに存在することになる。この感覚を言い表してみると、そのキャラの身体に私の魂が憑依しているような感じ、とでも言おうか。決してそのキャラの魂を追い出してもいないけれど、そのキャラの魂に成りきっている訳でもないのだ。成りきり……いわゆる「ロールプレイング」ではないのだ。
だから、そのキャラを通じてチャットをしているときは、そのキャラの身体を通じて私が会話しているのである。FFXIの場合、「ドルシネア」が相手と会話しているのではなく、ドルシネアの身体を借りて「私」が会話しているのである。だが相手からしてみれば、話している相手は「ドルシネア」であるという意識が強いと思う。だから、私が迂闊な喋り方をしてしまっては、私が迂闊なことを喋ってしまっては、ドルシネアに申し訳がないと思うのだ。私のせいで彼女のイメージが壊れると、マズイ。
だから、変な成りきりになるのではなく、とはいえドルシネアのイメージを壊すことの無いように……そんなことを配慮しながら、私はドルシネアの口を借りて喋るのである。そしてドルシネアやヌナイ……彼女たちの身体に無茶をさせないように、今日も冒険するのである。
サルタバルタの狩りは慣れている。まずはハチを標的にレベル上げ。弱い相手ならウサギにも手を出せる。特にヌナイは前衛ジョブに適したエルヴァーン、戦士ということもありがんがん連戦できる。あいにく、ドルシネアから送られた毒消しは競売に全て出品してしまっていたので、ピクミンは無視することとする。万が一にも、毒を食らってはならない。低レベル帯では毒の致死率がとても高いのだ。何しろドルシネアがそれを証明している。
戦闘をスムーズに進めるために、マクロを作成する。ドルシネアでは各ジョブ別に色々組んであるのだが、ヌナイではそれを使えない。戦闘を中断し、草原の端に立ちんぼになって、どんなものを組んでいたか思い出しながらマクロを編集……していたら、向こうからヤグードに追われる冒険者が! 慌てて追おうとするも、ドルシネアと違って今のヌナイはレベルが低い。助けるどころか死体が一つ増えることに気付き、ぐっとその場に踏みとどまる。……どうか、自分の力で生き残ってくれ……。そんなことが、マクロ作成中に二度も起こったりする。今日もサルタバルタは一部で修羅場。
スキル上げも意識して戦っていると、レベルと共にスキルもメキメキ上がる。片手剣と回避のスキルが、レベルに合わせていつもマックスに。ドルシネアの時は、スキルのことなんか考えてる余裕無かったよな。なんてさくさく行けるんだろう。やっぱり、最初の頃の何も知らない時間って、貴重だよな……とか思う。レベル4で同じ強さのトリに挑んで瀕死になって、ちょっと反省したりもする。
草原に立って、北を見る。丘が見える。今は見えないけれど、あの上には木が立っていて、その向こうに川があるのだ。草原はずーっと先まで続いていて、隣のエリアはタロンギという名の大峡谷。さらに先には真っ白なブブリム半島があり、横断してマウラから船に乗れるのだ。……でも、それを知っているのはあくまで私だ。このヌナイは、それを知らない。
ヌナイはエルヴァーンで、エルヴァーンの国・サンドリアは海の向こうにある筈だ。そこに生まれれば、ヌナイはもう少し楽な戦士生活を送れた筈。戦士用のアイテムも揃っているだろうし、サンドリア生まれのエルヴァーンにだけ配給される、性能の良い指輪も貰えた筈なのだ。しかし、私自身がまだサンドリアを見たくないから、彼女はウィンダスに生まれることとなった。タルタルとミスラ、異種族の国を故郷とすることになった。少し悪いことをしたかなと思う。
彼女にも、この草原の向こう側を見せてやりたいと思う。丘の向こうの川を、タロンギを。海も見せてやりたいし、その先の大陸へ行かせてやりたい。そして何より、私もまだ見たことのない彼女の種族の故郷の地へ……誇り高きエルヴァーンの国へと……。
思いを巡らせている私の目に、再びヤグに追われる冒険者の姿が飛び込んできた。ヌナイのレベルは既に4、弱いヤグなら相手が出来るようになっていた。なんとかなるだろう。なんだったら戦士のジョブアビリティ、マイティストライクを発動させてでも! 剣を抜いて、すれ違う冒険者とヤグを追う。
例によって、追いつけない。あぁ、レベルがもう一つだけ上がっていれば! 「挑発」を飛ばしてヤグをこちらに引きつけられるのに! ずんずん追いかける内に、逃亡者は森の区への門をくぐって姿を消した。どうやら逃げ切られたようだ。なにより。だが、もちろんヤグをこのまま放置しておけない。標的を失い門に立ち尽くすヤグは、やはり始末しておかなければならない。以前ドルシネアでもやったように、ヌナイでもヤグに戦いを挑んだ。
……なかなかの激戦だ。ギリギリの勝利というところか。双方の体力の減り具合を冷静に見比べる私だったが、ヤグが特殊行動を取った次の瞬間に目が点になった。「毒」を食らったのだ。ヤグが羽根を飛ばしてくる特殊攻撃は、これまでにも何度も食らっていた。そして、大した威力のない攻撃だなと思っていた。これをやって来たときは、むしろラッキーだとすら思っていた。通常攻撃の方が痛いからだ。だが毒!? ヤグが毒なんか持っているのか? これまでにこの攻撃で毒なんて食らったこと無いぞ!?
……ちなみに、もしかしたらこれまでにもこの毒は食らっていたのかもしれない。だが少なくともこの時は「こんなのは初めて」と思っていた。今でもその毒攻撃に関してはあまり経験がないと思っている。
戦闘の途中で、町を出てきた冒険者の姿がすぐそばに現れる。しかし、ヌナイとヤグの戦いを見るやいなや、慌てて彼等はウィンダスへと戻っていった。魔道士の装束を纏った冒険者には、ケアルを一発でいいから撃って欲しかった。しかし無情にも、彼女も引き返していくのだった。
なんとかヤグを倒したものの、毒は残った。HPが残り10を切る。ほんの少しだけ考えて、急いで門をくぐった。町の中の方が冒険者の数は多い筈だ。ブラックアウトした画面に、慌てて文章を打ち込む。「毒で死にそうです。どなたか出来ればケアル」……。門をくぐったヌナイがウィンダスの町に姿を現したとき、既に残りの体力は4となっていた。
今から救援を仰いだとしても、それを聞きつけた人がケアルを唱える時間もない……。ごめんっ! ヌナイ、本当にごめんっ! 思わず目を伏せる私の前で、ヌナイが呻いて崩れ落ちた。キャラクターが代わっても、毒の呪いは健在だった。