靖国問題について――靖国神社は、日本人の伝統的な祖霊信仰に従って政治問題に柔軟に対処すべきだ

2010年9月10日 (金)

一読者様の靖国問題についてのご意見を参考に私見を申し述べさせていただきます。
一読者様は、麻生元総理の著書『とてつもない国』から、麻生元総理の靖国問題の処理方法を紹介しています。

 「つまり、もともとは国家がなすべき戦死者の慰霊という仕事を、戦後日本は靖国神社という一宗教法人に、いわば丸投げしてしまった。宗教法人とはすなわち民間団体だから、今でいうところの「民営化」をした。それが現在の混乱した状況を招いている。」従って、この問題を抜本的に解決するためには、「靖国神社と全国五十二の護国神社を一体とした非宗教法人化と国家護持」が必要だ。

 これに対する一読者様のご意見は、
「基本的にはそういう形にならざるを得ないのだろうと思わされます(もちろん検討の余地はあるでしょうが)。ただ、細かな点については、疑問に思える部分もあります。例えば、『宗教法人から特殊法人へという変化に実質をもたせるためには、祭式を非宗教的・伝統的なものにする必要がある』という点ですが、祭式からの神道色の完全な排除は現実的ではないだけでなく、妥当でもないような気がします。

確かに、「国家管理の神社=国家神道」などと考える短絡的な向きには効果があるでしょうが、そもそも最高裁が採用する政教分離原則に関する審査基準である「目的効果基準」は、1970年代のアメリカで確立された判例理論であり、それをそのまま日本に導入するのは不都合ではないかと、私は以前から考えていました。
例えば、地鎮祭自体はOKだが玉串料はOUTなどという判断は、判決文を読んでも意味がよく分かりません。

(参考)その目的効果基準とは
1.信教の自由は、何人に対してもこれを保障する。いかなる宗教団体も、国から特権を受け、又は政治上の権力を行使してはならない。
2.何人も、宗教上の行為、祝典、儀式又は行事に参加することを強制されない。
3.国及びその機関は、宗教教育その他いかなる宗教的活動もしてはならない。

 個人的には、多神教の国である日本の現実に鑑みて、政教分離原則の実質化または日本化を研究してみる必要があるのではないかと思っています。

 いずれにせよ、麻生氏の基本的なスタンスは、『「靖国を可能な限り政治から遠ざけ」て天皇陛下がご親拝できる環境を整える』というもので、伝統的な保守系政治家の正統的な立場と言っていいでしょう。天皇陛下がご親拝しなくなったのはA級戦犯を合祀したからだという俗説がありますが、本質的な理由は『靖国の政治化』にあることは間違いないことですから。」

 以上の意見に私も賛成です。特に「多神教の国である日本の現実に鑑みて、政教分離原則の実質化または日本化を研究してみる必要があるのではないかと思っています。」という見解には賛同します。

 ここで一読者様は、このA級戦犯合祀について、「天皇陛下がご親拝しなくなったのはA級戦犯を合祀したからだという俗説がありますが、本質的な理由は『靖国の政治化』にあることは間違いないことですから。」と言っています。私もその通りだとは思いますが、富田メモの昭和天皇の言葉(1988年頃)に「A級が合祀されその上、松岡や白取(鳥)までもが」とあるように、昭和天皇が「戦争指導者の責任」ということを強く意識していたことも事実ではないかと思います。

 もちろん、この言葉は、1975年の三木首相の靖国参拝の私的参拝、1978年A級戦犯合祀、1985年の中曽根首相の公式参拝という流れの中で、中国が中曽根首相の公式参拝に抗議するようになって後の1988年頃の言葉です。昭和天皇のご親拝はこれ以前1975年までは断続的に行われてきましたが、それ以降、国内における政治問題化を考慮したのかなされていません。それは「内閣の助言」によったとの意見もあります。

 靖国神社へのA級戦犯合祀は、1970年(昭和45年)に靖国神社の崇敬者総代会で決定されていますが、宮司であった筑波藤麿は、慎重にA級戦犯を合祀することを見合わせました。しかし、次に宮司となった松平永芳(元海軍少佐・一等陸佐)が1978年に「易々と」(昭和天皇の言葉)合祀したため、翌1979年4月19日に新聞報道され一般に知られるところとなり、国内的に政治問題化することになりました。そのため、昭和天皇はご親拝を控えられるようになり、さらに、これが中曽根首相の公式参拝以降外交問題となって、問題がさらにこじれたことを嘆いておられました。

 以前私は、この靖国問題の解決策として、次の様な私見を申し上げました。(『自民党「保守の思想」、鳩山首相「友愛思想」は、歴史認識問題にどう関わるか』参照

 「問題は、A級戦犯の合祀であって、私は、本当は、これは靖国神社の方でそうした政治的事情を考慮すべきだと思います。というのは、これを総理大臣が指図することは憲法上できないわけですから、そうしない限り、首相や閣僚が靖国神社に参拝して戦死者の慰霊をすることが、政治的理由でできなくなってしまうからです。本来は、日本政府が村山談話を踏襲することを表明している以上、戦死者の慰霊を日本がどのように行うかは、あくまで日本の内政問題であって、他国の干渉すべきことではないと思うのですが、そうならないのは、これらの国のお国柄というほかありません。」

 ここでは、こうした外国からの干渉という問題は一先ず措いて、これを国内問題として考えて見ます。つまり、この問題を国内問題として考えて見た場合何も問題はないかということです。というのは、靖国神社の場合は、宗教的理由で合祀を拒む遺族がいたとしても、第二次大戦で戦死した全ての日本人を祀っています。そして、一度祀られた霊は分祀できないといっています。しかし、靖国神社や護国神社をつくった国家神道という考え方自体が「分祀」を前提にしていたのではないでしょうか。

 というのは、私たち日本人の素朴な死後の世界観は、仏教が教えるような地獄や極楽とかいうものではなくて、次のような神道的「山中他界観」ではないかと思われるからです。

 「神道では、死の直後の死者の霊を”死霊”と呼びます。この死霊は個性を持ち、死穢をもっています。子孫がこの死霊を祀ることによって、死霊はだんだん個性を失い、死穢がとれて浄化されていきます。一定の年月が過ぎて、完全に浄化された死霊は、”祖霊”となります。死霊の段階では山の低いところにいるのですが、これが昇華、浄化されて祖霊となるにしたがって、山も高いところに登っていくわけです。高山の上に昇るにつれて、死霊は少しづつ穢れや悲しみから超越して、清い和やかな神(祖霊)になります。民俗学者の柳田国男は、そのような祖霊の山上昇神説を展開しました。この祖霊がされに昇華されると、祖先神になります。それが氏神です。」(『仏教と神道』ひろ さちやp60)

 つまり、人は死んでもその霊は「墓の中で死んだまま」になっていたり、「十万億の仏土を隔てた西方浄土」に行くのではなくて、近くの山(つまり自然の中)にいて、年とともに穢れや悲しみから脱して、子孫を守る祖先神や地域の共同体を守る氏神になる(それを祀る場所が鎮守の森)という考え方です。例の「千の風にのって」の唄が多くの日本人に受け入れられたのも、こうした神道的な死後観が、日本人に心の中に無意識的に共有されていたからではないでしょうか。お盆の行事も仏教ではなくてこうした祖霊信仰が生んだものだといいます。

 つまり、靖国神社は、このように、もともとは故郷の神社などで祀られるべき霊を、国家の行った戦争による戦死者の霊を祀るために、わざわざ国が建てた神社に分祀することで出来たものなのです。それを今さら”分祀できない”と言うのは、それは神道を国教化しようとした明治の考え方の名残であって、実際にはそれは不可能だったのですから(参照)、私は、靖国神社が戦死者の霊を占有するようなことはできないと思います。従って、宗教上の理由から合祀を拒否する人の要望には応じるべきでしょう。

 もちろん、靖国神社は、明治維新以降の日本が近代国民国家として成長する過程で行った戦争における戦死者の霊を祀るために設置されたものです。つまり、その戦争は国家の責任で行ったものなのですから、その戦争で戦死した人の霊の慰霊は、当然国家の責任で行うべきです。ということは、その慰霊の方法は、どの宗教でも受け入れられるものでなければならないということです。

 この点、靖国神社は、宗教施設ではなく日本民族の習俗施設であるという解釈をしているようですが、そうであればなおさらのこと、特定の「教義」にこだわる必要はなく、柔軟に対処すべきではないかと思います。また、以上述べたように、戦死者の慰霊は基本的には国家の責任で行うべきことですので、政治的配慮を避けることはできない。であれば、A級戦犯の合祀ということは、外交上の問題だけでなく、国内においても戦争責任の問題はいまだ決着していないのですから、慎重に対処すべきではなかったかと思います。

 その配慮が靖国神社にあれば、天皇陛下の御親拝も可能であったし、首相外閣僚の靖国参拝もあれほど政治問題化することはなかったと思います。率直に言って、靖国神社のこの問題に対する対処の仕方を見ていると、いささかイデオロギッシュな感じがしますね。それは国家神道が、宗教と政治を一体化した「祭政一致」という考え方をしたことの名残だと思いますが、近代国家は政教分離が原則ですから、戦死者の慰霊施設である限り、靖国神社に非宗教化が求められるのは当然だと思います。

 その代案としては、アメリカのアーリントン墓地のような施設を作るとか、現在の千鳥ヶ淵墓園を拡充してそれに充てるとか、いろいろな策が検討されています。しかし、私は、日本人の伝統的な宗教混淆的宗教観のベースになっているのは、先ほど紹介したような祖霊信仰だと思いますので、靖国神社における戦死者の慰霊はそれに添った穏やかな形式を採用すべきだと思います。従って、合祀を望まないものを無理に合祀する必要はなく、政治的に問題があればA級戦犯の合祀も見合わせるべきなのです。

 こうした考えに同意せず、独自の祭政一致の国家観に立った歴史観を主張しようとするなら、戦死者の慰霊施設であることは断念し、独立した宗教施設かあるいは政治団体の道を選ぶべきだと思います。そうした硬直した教義性やイデオロギー性を超越した穏やかで柔軟な信仰態度こそが、神道の独自の持ち味なのではないかと、私は思うのですが・・・。