2003年9月市議会で行った一般質問 ”分かりやすい要約とコメント”

9月4日行った私の一般質問と市長・教育長の答弁を要約・再構成し、コメントを加えたものです。内容についての責任は全て私にあります。



[1] 大野田小学校と三鷹市立高山小学校の学校づくりの違いについて

[1]−1  2つの学校の設計者選び・設計費用について

大野田小学校と高山小学校の設計者選び・設計費用の次のような違いに着目しました。

・ 高山小の設計者選定方法−−三鷹市指名業者選定委員会が指名した12社で入札を実施し、最低価格の業者が落札。
・ 大野田小の設計者選定方法−−−武蔵野市指名業者選定委員会(委員長は市長)が指名した5社の企画提案を、設計者選定委員会が選考して決定(指名プロポーザル方式)。
・ 大野田小改築の設計料の予算4,655万円は、高山小改築設計料の2倍以上である。同じ面積と仮定しても1.84倍になる。

このようなことを明らかにした上で質問しました。以下は具体的なやりとりです。


Q1 )
大野田小改築の設計料の予算4,655万円は、どのような基準や裏づけで決定されたのか。
A1)
設計者選定の方法はおおむね4つ。(1:競争入札 2:コンペティション=設計競技、3:プロポーザル=大野田小学校で実施 4:特命=武蔵野市の場合ほとんどなし)ある。
一般論として設計入札は好ましくない。
理由は、値段だけで決めるのでは、設計者としての創造性とか責任感を放棄することにつながる。つまり、叩き合いになり、部分的に下請に出したりとか、業者に描かせたりとか、いろいろなことが起こってくる。また、つながりのある施工業者に対して、図面作成を手伝わせるなどということが暗に行われているとも言われている。そうなると本体の工事入札も不明朗になってくる。設計業者は、施主側に立って厳しく施工業者などに対して注文つけたりできることが一番望ましい。
設計金額というのは全体の施工額が、例えば30億円とか40億円とかとなった場合の、それの1〜3%、施工管理も入れてせいぜい7〜8%で、額は知れている。残りの施工額を抑制することを考えた方がよい。以上が設計について自分の考え方である。
設計費用の計算については東京都の積算方式に従って算定している。


Q1’)(再質問)
設計料の基準について、都の基準と述べられたのはどういうものか。
A1’)(再答弁)
設計者の選定にかかわる設計委託の単価については、単価表がある。またその方式等については、後刻必要があれば見せてもよい。


Q2)
プロポーザル方式を採用するのは、通常特殊な技術やノウハウが必要な事業の場合と聞くが、学校建築の設計者選考をプロポーザル方式で行った理由は何か。
A2)
旧校舎の耐震性に問題が出たので早く建て替えなければならならず、スピードが必要だったので、(日本で)ベスト5に入るようなう総合設計事務所に頼んだ。アトリエタイプのような小さいところよりも、構造も設備も全部自前で設計できるところがいいとも考えた。

Q2’)(再質問)
高山小もかなりのスピードでやっている。大野田小には仮校舎の建築があったが、それを差引いても、、高山小はワークショップをやり、市民参加をやって3000件の要望を盛り込んだにしては、大変スピーディーなやり方で、8カ月間で設計を終わらせている。スピードということだけでは、この大野田小学校と高山小学校の取り組みの違いは説明できないと思う。-と述べました。
A2’)
答弁なし。


Q3)
プロポーザル方式で設計者を決めた場合、随意契約となるとのことだが、通常随意契約は少額の契約の場合に限られるのではないか。今回4,500万円以上の契約を随意契約とした条例上の根拠はどこにあるのか。
A3)
随契の規定は地方自治法234条の第2項並びに地方自治法施行令の167条の第2項に規定されている。

[1]−1 についてのコメント

Q1’)については、翌日施設課に行きましたが東京都の積算資料(薄い小冊子)は見せることができないとのことで、担当者がチラッと表紙を見せてくれただけでした。難しい数式が並んでいると言うことで、素人が理解するのは無理な代物のようです。

Q2’)の再質問では時間がなくなったこともあり、議論を深められなかったことは残念です。

Q3)については、たしかに随意契約について、ここで規定されています。しかし入札が原則であり、随意契約は例外であるというのが趣旨です。今回の場合第167条の2の内に適用できそうな項目は見あたりませんが、強いて言えば3の「緊急の必要により競争入札に付することができないとき」ということなのでしょうか。


設計者についての市長の言うことにも一理あります。設計費用は安ければいいというものではありません。
ただ大手に任せれば早くでき、全て良しと断定するのには疑問があります。当然大手に頼めばそれなりの安心感があるでしょうが、実際には大手はチームに分かれて複数の仕事を進めているわけで、大人数が一気呵成に取りかかるわけではありません。またそんなやり方をしていい仕事が出来るものでもないでしょう。
逆に小さい設計業者でも、短期間でキチンと仕事できるところも少なくないのではないでしょうか。現に高山小を設計したサンコー建築事務所は有名とは言えず、規模も小さいと思われますが、決められた期間内で難しい注文をこなしています。

さらにプロポーザル方式について、大きな問題が2つあります。

まず、プロポーザル方式で設計者を決めた場合随意契約となり、設計費用は「言い値」となってしまうのではないかということです。市長は「全体から見れば設計費は大したことはない」と言いますが、現に高山小と比べて2千万円近く高くついていることも「大したことはない」と言い切れるのでしょうか。

次に、プロポーザル方式だと業者選定の透明度が非常に低くなるという問題があります。今回の場合、プロポーザルを依頼する業者5社を決める武蔵野市の「指名業者選定委員会」の委員は、市長を委員長とする市役所の内々のメンバーであり、またプロポーザルの中身を検討して業者を選定した「設計者選定委員会」も内々のメンバーに長澤氏(東洋大教授;教育施設計画の専門家)だけが加わったものです。この委員会での審議経過は非公開でした。市役所の限られたメンバーだけで指名業者を決め、さらにプロポーザルの検討も非公開の中で行われるというのでは、市民は全く蚊帳の外で透明度がありません。開示請求の結果、大野田小のプロポーザルに応じた5社の企画提案のコピーを後日拝見しましたが、どれもそれなりにまとまっていて、これだけで優劣をつけるのは困難だと思いました。


個人が住宅を建てるとき、いいものをなるべく安く設計してもらいたいと考えるのは自然なことです。同じ考えは公共の建物には通用しないのでしょうか。値段だけで設計者を決めるのは考えものですが、プロポーザル方式がいいとも言えません。前述したように企画提案だけで選考するのは、主観が大きく影響するのでベストではありません。アイデアもコストも実行力も、全て勘案して選考するよい方法があれば教えてもらいたいものです。

設計には金をかけ、施工費を抑えればよいと市長は言われますが、設計で仕上材料などの仕様が決まると、費用を下げることは簡単ではありません。また大手設計者だと、どうしても「よいものを使いたい」となり、グレードも必要以上に高くなりがちと考えられます。例えば千川小学校は最高裁判所などを設計した有名な建築家が設計しましたが、平米あたりの施工単価は48.3万円/uで、これまでも高すぎると批判されてきました(ほぼ同じ性能を要求される今回の大野田小の施工単価は26.7万円/uと相場並よりやや高い程度の値段で落札されました。何が作用して単価が下がったのかは不明です)。

設計者の選定についての持論を展開する中で、一般論と断っておられますが、市長は建築業界の裏側の実態について随分詳しいのだなという素朴な感想も持ちました。

[1]−2 公共施設の市民参加の仕組みについて

大野田小と三鷹市立高山小では、設計案を煮詰め、確定するまでのプロセスにも大きな違いがありました。

・ 高山小---ワークショップ方式により、生徒、教職員、保護者、地域の人々から意見を吸い上げる仕組みを作り、3000件以上の要望をすくい上げ整理して、3つの基本設計素案をつくり、さらに説明会などを重ねて、最終的に一つのプランに絞り込んだ。

・ 大野田小---専門家や市の担当部署の部課長らによる改築基本計画検討委で計画の内容を固め、基本設計、実施設計は委員会の報告に沿って進められた。設計中と設計完了後、何度かアンケートや説明会を実施して、保護者、生徒、教師らから意見を聞いた。

このような実状を踏まえ、公共施設を作るにあたっての市民参加をどう考えるかのやりとりを以下に再構成しました。

Q1)
7月5日の学校説明会では多くの不満が出ていたが、市長は報告を受けているか。今後に向けて何か改善策を考えているか。現在は箱を設けているので、質問、意見、要望はこちらにという部長の発言をどう考えるか。
A1)
(教育長)PTA関係、保護者関係、地域関係の方々に対して、数多く説明会などの場をもうけてきた。7月5日にも熱心な御協議をちょうだいした。何点かの疑問について御説明をし、御理解を得た。
(市長)過去の経緯があるので、もうこの辺で目安箱的になっても、それはそれで時宜を得たものではないかと思う。


Q2)
学校建築では、三鷹市のような市民参加による学校作りがふさわしいと思うが、なぜ武蔵野市ではできないのか。理由を問う。
また今後施設建設について、ワークショップ方式を取り入れる意思はあるかどうか。
A2)
ワークショップという形をとったかどうかは別にして、十分、市民参加でやってきたつもりである。保護者の意見を聞くことは大事だが、子どもが卒業すると父母はもう保護者でなくなる。これから100年の校舎を決めようというとき、責任の主体はあくまで市長であり、教育委員会である。この点をはっきりしないで皆さん一緒にやりましょうというのは無責任である。市民参加の方式はいろいろあるわけで、武蔵野は武蔵野のやり方でやっていきたいと考える。


Q2’)(再質問)
建物のつくり方につて、武蔵野は武蔵野なりに市民参加でにやっているというが、大野田小学校の進め方を見ても、従来のやり方とほとんど変わらないという感想を覚える。
早い段階で、市民と役所側がアイデアを出し合うというやり方を今後何らかの形で取り入れてほしい。
A2’)(再答弁)
ワークショップも「緑」の関係など、以前からやっている。目新しいことではない。
ただ、不特定多数の一般市民と、法に基づいて責任ある地位が与えられている市長とか教育委員会とかという執行機関とでは、責任のとり方が全然違う。100年もつような公共的な建物をつくるときに、市民と同じ土俵でということは全く考えていない。責任を持つのは市長であり、市であり、最終的には執行機関である。同じ目線というわけにはいかない。


Q2’’)(再々質問)
市民では責任を持てないから市が責任を持つということであれば、30年前に建てた大野田小学校に問題があって、それを建て替えるということについて市はどういう責任をとったのか。どういう責任をとって改築をやろうとしているのか、その責任のあり方について問う。
A2’’)(再々答弁)
30年前に何らかの問題があったということははっきりしているが、原因は特定できない。当時は責任体制を持ってやったにしろ、当時の市長とか担当の部課長は今誰もいない。従ってだれも責任がとれない。現段階で引き継いだ立場の私が責任をとるとすれば、児童の安全ということと、今後、未来に向かって100年持つようなきっちりとした設計と責任施工をやっていくことが未来に向かって責任をとるということだろうと思う。


[1]−2 についてのコメント

市長の基本的な考え方がよく表れた答弁だったと思います。
市長の考えでは、武蔵野市には市長が君臨し、その下に各執行機関とその職員がいて、一般市民は一番下という階級構造になっているようです。市(つまり市長)は全ての責任を取ると共に全権限を持つ。このような構造の中では、市民参加と言ってもごく軽微なものに限られるのは当然です。
また大野田小改築について何度も説明会をやり、「御理解を得られた」といくら教育長が言っても、少なくとも私が見聞した7月5日の、設計も終わり殆ど全てが決まった後の説明会では、自分たちの主張を一方通行で述べるだけで、出席者には言いたいことを言わせるだけというものでした。言葉は丁寧ですが、子どもが卒業すればいなくなる保護者など眼中にないというのが役所側の各出席者の態度で、市長の考え方が管理職にもよく浸透していると改めて思いました。

最近図書館長や吉祥寺シアターの館長を公募する試みが一部で注目されていますが、市長は市議会でこんな発言をしています。(2003.06.13 : 平成15年第2回定例会)

(市の外郭団体の理事長やその他幹部職員を公募したらどうかという質問に対して)

図書館長を公募したから、したがって外郭団体の理事長やその他幹部職員も公募しろとは、余りに無責任な御意見かと存じます。そもそも図書館長は全体の組織の中の一環でありますし、しかも地方公務員法一般職として採用しているわけであります。したがって、地方公務員法の適用を受け、指揮命令監督、この場合には直接的には日常的な業務の中では教育委員会の指揮命令を受け、そして身分的には市の職員ですから市長の監督を受けるわけであります。したがって、これらの一連の地方公務員の体系の中に入っている一つのポストを公募するのと、財団法人なり社会福祉法人なり、あるいは特別法人なり、こういうところの法人で裁量権を大幅に持っているところの人事とはまるっきり性格が違うわけです。(中略) 財団法人とか社会福祉法人とか、あるいは特別法に基づく法人というのは、大幅な裁量権を与えられている。その裁量権を目的外に行使するとなると、莫大な損害を市に与える可能性があるから、だからこそ、外郭団体と言いますが、関連団体の人事というのは、その人物の信用力が第一なんです。そのことを抜きにしては考えられないわけであります。


つまり市の出資団体(外郭団体)などの役員は、重要な役職だから公募などできない(実際には元助役など市のOBが殆どの主要ポストを占めています)。図書館長などは軽い役職だから公募も可能ということなら、一般人は随分軽く見られたものです。

一方で「責任を持つのは市長であり、市であり、執行機関である」と言いながら、今回築後30年そこらで大野田小学校を取り壊し改築する羽目になったことについて、当時の市長以下の責任を追及するでもなく、原因を調べるでもなく、また自らに対して減給などの処分をするでもなくて、「100年持つような校舎を作る」と述べるだけで「責任を持つ」ということになるのでしょうか。

そして「100年持つ校舎を作る」というのは”大きな理念”(=キャッチフレーズ?)であり、別に100年もつようにこれといった手を打つ訳ではないことを、9月の文教委員会の質疑の中で市長はじめ市側は公言しました。

[2] 情報公開条例改正後の市の事業の透明性について

事務的な内容なので省略。


3)施設建設における市民参加について

[1]−2で議論されていて、独自の部分は少ないので省略。