大野田小学校改築事業の問題点

市立大野田(おおのでん)小学校改築事業については、すでに実施設計も完成し(2003年7月現在)、施工業者の選定(一般競争入札)の段階とされています。(市の工事発注予定表 重い)    
巨費を投じる事業ですが、その割に過去の市議会議事録を見ても、必ずしも十分な議論が行われたとは言えないようです。そこで私なりに次の4項目について問題点の検証を試み、いくつかの提案もしてみたいと思います。

[1] 旧校舎のどこに問題があり、新校舎建設にどう生かすのか
[2] 基本計画決定までのプロセスに問題はないか
[3] 新校舎建設費は適正か・コストダウンは不可能か
[4] ハード面・ソフト面で様々な問題が残っている


[1] 旧校舎のどこに問題があり、新校舎建設にどう生かすのか

(1) 耐震診断結果を見る
1972年(S47年)に建設された大野田小学校の旧校舎は、2000年(H12年)の耐震診断で問題ありとされ、その後の健全度・耐力度調査などを踏まえて改築が決定したものです。次の耐震診断結果(表1)を一見して分かるのは、大野田小の場合、X方向(校舎の長辺方向)のIs値が低いこと、それにコンクリート強度が低いことです。

                                                                      (表1)


 
Is値というのは、建物の耐震性能を概略評価するための計算式から導かれる数字で、0.6以上が望ましいとされています。窓が大きく壁が少ない場合やコンクリートに亀裂が入っている場合、梁のたわみが大きい場合などに数字が小さくなるようです。
  大野田小の場合、校舎長辺方向の教室の窓が大きい割に壁が少なかったことと、コンクリートの品質に問題があって、このような結果になったのではないかと推測されます。
  一般にコンクリートの強度は、旧校舎建設当時の技術水準でも、施工後4週で210kg/cu程度はごく普通に発現したということであり、強度は年月を経てもそんなに低下しないとされています。
  従って大野田小学校の場合はたしかにコンクリート強度に問題があったといってよいと思われます。以下では特にコンクリートに問題を絞って論じます。


(2) 近年コンクリートの品質には問題が続出している
  最近新幹線の高架部分やトンネル、高速道路、橋梁、公団マンションをはじめ、あらゆる構造物でコンクリートの強度不足や剥落、塩害など問題が続出しています。原因はどこにあるのでしょうか。
  まず材料(セメント・粗骨材・細骨材)の品質低下があります。例えば粗骨材として最も適している川砂利は殆ど採取が禁止され、山から岩石を爆破した砕石を運んできて使っています。砕石はそのままでは角が尖っていて施工性が劣ります。同様に川砂も取り尽くし、性能の劣る山砂、更に西日本では海砂が主流となり、特に海砂は塩害の原因になります。セメントの問題では、長年軽視されていた「アルカリ骨材反応」の重大性が深刻に認識されるようになり、土木構造物などで早急な対策を迫られています。
  工事施工面では、 十分固化するまでの管理の悪さなど、ずさん或いは未熟な施工管理の他、施工時に生コンに水増しするなどの悪質な手抜き工事も発生しています。信じがたいことに、道路公団の工事でも水を加えていたことが最近報じられました(サンデー毎日2003/7/6号)
  さらに施工に特に問題がなくても、コンクリートにはひびわれや中性化(炭酸ガスを吸収して表面から徐々にアルカリ性が失われ、鉄筋にサビ発生-膨張-コンクリートのひび割れが進む現象)がつきものなので、メンテナンスが欠かせません。


(3) 誰が「センチュリー・スクール」を作るのか
  千川小学校もそうでしたが、大野田小学校も「センチュリー・スクール(百年校舎)」を謳い文句にしています。少なくとも100年はもつ学校にするという意味でしょう。ではこれをどう実現するするのでしょうか。
  設計概要に書いていることや、説明会での話などから総合的に判断する限り、設計者の考える「センチュリー・スクール」とは、高強度のコンクリートを使用する、また”被り”(コンクリートの表面から鉄筋までの距離)を厚くする。設備関係が時代遅れにならないように配管などの点検・交換が容易な設計とする等で、これはもっと前から研究され、事例も多い「センチュリー・マンション」の考え方そっくりです。ただ「センチュリー・マンション」の場合、一生で最大の買物をし、ずっと住み続けるわけですから、買う方も作る方も真剣そのものですが、「学校」の場合はどうでしょうか。市の担当部署の説明では、施工時も完成後も特段の監理は何もしないそうです。例えば工事監理記録、特にコンクリート圧縮強度試験結果なども法定の保有年数を超えれば破棄するし、引き継ぎもしない。何十年後かの”耐震診断”で問題が指摘されても、施工会社には何も請求するつもりはないし、法的に請求できない---要するに「百年持つような設計、施工をしてくれ、予算はそれなりに付ける」ということ以外に何もないようです。どうも私には「百年先には誰も生きてはいないんだから、知ったことではない」という本音が感じられます。
   
   先日の6月市議会(第2回定例会)で、私は市長に対し「過去をどう反省・検証し、今後にどう生かすのか」と質問しました。   市長の答弁は、要約すると「過去をあれこれ調べても原因を特定することなどとても出来ない。そんなことより危険にさらされている子どもたちのために、一刻も早く安全な建物を建てるのが先だ。というもので、具体的対策としては、「旧校舎を施工したゼネコン(中堅0社)は入札に参加させない」ということだけでした。
  もちろん早く安全な建物を建てることに異論はありません。しかし耐震診断からだけでもコンクリートに問題があることが分かりました。さらに設計図書なども揃っているわけですから、旧校舎の解体と並行して《問題点を検証し、これからに生かすためのワーキンググループ》を組織することは十分出来た筈だし、今からでも出来ます。専門家を呼んで意見を聞くのもいいでしょう。
 
やはり今の体制では100年先どごろか、10年後も責任の所在があやふやです。私は「センチュリースクール」を空念仏に終わらせないために、次のことを提案します。

ア)しっかり工事監理をすること、とりわけ問題が続出しているコンクリートについては目を光らせること。
イ)詳しくて分かりやすい監理記録を残し、記録やデータは法定年数を越えて100年間は保存・継承すること。
ウ)万一、数十年後の地震で損傷したり”耐震診断”で問題が生じた場合、施工会社に何らかの補償をさせることを入札条件に入れること。契約書にも明記すること。


最低これぐらいのことをしないと、「センチュリースクール」という看板は単なる「お題目」で終わってしまいます。

[2] 基本計画決定までのプロセスに問題はないか

(1)千川小学校新校舎建設のプロセス
武蔵野市内でここ十数年内に新築された校舎は、平成7年に完成した千川小学校しかありません。そこでこの時の計画から完成までのプロセスを見てみます。

A. H1年7月〜H2年11月 千川小学校新校舎基本構想検討委員会(委員数計11名 以下敬称略)
[委員内訳]
建築関係の専門家2名---長倉康彦(都立大教授;委員長)、長澤悟(日大助教授)
教育学の専門家2名---亀井浩明(帝京大教授;副委員長)、加藤幸次(上智大教授)
専門家(分野不明)1名---石坂信一(早大講師)
その他6名---千川小学校校長、助役、教育長、学校教育部長、指導室長、前指導室長

B. H3年8月〜H4年6月 千川小学校新校舎基本計画策定委員会(委員数計14名)
[委員内訳]
建築関係の専門家2名---長澤悟(同上)、岡田新一(設計者)
保護者・教職員の代表6名---千川小校長、教頭、教諭1名、PTA会長、地域代表2名
市役所・市教委6名---助役2名(委員長、副委員長)、教育長、建設部長、学校教育部長、生涯学習部長
基本設計・実施設計 岡田新一設計事務所
C. 平成5年9月着工、平成7年2月竣工。


(2)大野田小学校改築事業(新校舎建設)のプロセス
A. H13年7月〜H14年2月 千川小学校施設検証委員会(委員数計6名)
     H14年2月 報告書を教育長に提出。

[委員内訳]
建築関係の専門家2名---長澤悟(東洋大教授;委員長)、中村勉(中村勉総合計画事務所)
教育心理学の専門家1名---奈須正裕(立教大助教授;副委員長)
その他---千川小学校長、学校教育部長、建設部建設課長
A. H13年7月〜H14年2月 千川小学校施設検証委員会(委員数計6名)
H14年2月 報告書を教育長に提出。

B.H13年10月〜 H14年7月 大野田小学校改築基本計画検討委員会(委員数計8名)
    H14年7月 報告書を市長に提出。

[委員内訳]
建築関係の専門家2名---長澤悟(同上;委員長)、中村勉(同上;〜H14年2月)
許士豊史(建築設計者;(株)日本設計、H14年1月〜)
教育心理学の専門家1名---奈須正裕(立教大教授;副委員長)
その他---大野田小学校長、PTA会長、助役、教育長、教育部長

C.H13年10月〜H13年12月 設計者選定委員会(委員数計6名)
    H13年12月 設計者を(株)日本設計に決定

[委員内訳]

長澤 悟(委員長)、板橋助役、川邊教育長、永並総務部長、大箭建設部長、内田教育部長
D.  H15年7月着工〜 H17年3月末完成 (予定)B.H13年10月〜 H14年7月 大野田小学校改築基本計画検討委員会(委員数計8名)
H14年7月 報告書を市長に提出。


3) いくつかの疑問が浮上
  大野田小改築にあたって、スケジュールが押せ押せになっているのは、急に改築が決まったという事情があるので仕方がないとしても、着工に向けてのプロセスにはいくつかの疑問があります。

ア)「千川小学校施設検証委員会」が平成13年7月に、「大野田小学校改築基本計画検討委員会」と「設計者選定委員会」が続けて発足しています。本来、千川小学校の検証は大野田小学校の改築とは関係なく、建設後数年たった時点で行うべきであり、この時期に慌てて実施するというのは不可解です。

イ)
「千川小学校施設検証委員会」が作成した報告書は、主として肯定的な意見をもとに無難にまとめてあるという印象で、生の声が伝わってきません。オープンスペースのことなど、体験した先生などの本音はどうだったのでしょうか。千川小についてはいくつかの先進的な試みが評価されていますが、建設当時から、高すぎる建設費やランニングコストが批判されてもいます。


ウ)
「千川小学校新校舎基本構想検討委員会」において、長倉康彦委員長のもとで重要な役割を果たした長澤悟氏が、大野田小改築に関する3つの委員会全ての委員長に就任しています。これでは初めから大野田小学校は、千川小学校のやり方、設計方針を継承することが決まっていたと勘ぐられても仕方ありません。

エ)
「設計者選定委員会」でどのような議論があり、設計案が決まったのか、プロセスが全く分かりません。



(4) 開示請求とその結果

このような疑問が出てきたことから、情報公開条例に基づき、次のような開示請求をしました。


a) 「千川小学校施設検証委員会報告書」の為に収集した教職員の声
b) 「大野田小学校」改築に関する保護者や教職員へのアンケートの原本(生データ)
c) 「大野田小学校改築設計の入札に参加した5社の、テーマに対する提案・企画内容」
d) 「大野田小学校校舎改築設計者」選考過程がわかるもの


[開示結果と考察]
a)
について  
   3回開かれた「検証委員会」の会議それぞれの要約が公開されました。しかし教頭以外の普通の教職員の氏名は全部黒塗りされています。また発言者の氏名と発言内容が空白の部分が沢山ありました。それでも「報告書」と違い現場を預かる方々の悩み、建物を活用するための工夫や試行錯誤が語られています。例えば「屋上のプールは風が吹くと寒くて困る」とか「AV機器は高級すぎて普通のテレビ番組を録画するのも容易でない」「地下に貯水タンクがあるため地下室の結露がひどい」などです。オープンスペースについても「学年合同の活動がやりやすい」「小集団の学習で利用しやすい」「教師が陥りやすい閉鎖性をなくする」などという肯定的な評価の反面、「別のクラスがオープンスペースで何かやっていると、うるさくて授業にならない」「視線が気になるため、発表物を並べたり席全体を移動したりしているクラスもある」などの意見も載っています。
   それにしても空白の部分が気になります。


※よく考えてみると、開示請求の文言を「教職員の声」としたため、教職員以外の委員の発言を全て空白にしたということが推測されます。請求を厳密に捕らえ正確を期してくれた結果でしょうか、それとも何かと理由をつけて、極力開示部分を減らすという努力の現れでしょうか(7/29追加)。


b)
について
   「大野田小改築基本計画検討委員会報告書」では、アンケートの結果を「センチュリー・スクール」「エコ・スクール」「セイフティー・スクール」など、委員会の意図に沿う形で分類・集計してあり、フィルターを通したような感じで、やはり肉声が伝わってきませんでしたが、生データ(コピー)にあたるとずっと生き生きしています。また「報告書」よりも市の姿勢に批判的なトーンのものが多いと感じます。一つずつ紹介することは出来ませんが、「デザインに凝る必要はない」「普通の校舎で良い」というものが多く目に付きました。


c)とd)
について  
   c)
は非公開とされました。理由は「当事者の社会的地位が損なわれるから」「事業の適正な遂行に支障を及ぼすおそれがあるため」などです。d)については、不採用になった設計者の法人名と,選定評価表に記載された各委員の氏名を黒塗りの上、講評の要旨が公開されました。講評要旨は各案10行足らずの短いもので、一応もっともらしいことが書いてあります。また1位は2社同点だったということで、最終的に日本設計に決まった理由は、「自社で具体的な事例研究をしている」ということなどの他には、「事業案の妥当性において評価が高かったから」「取り組み意欲で評価が高かったから」などという抽象的なもので、何のことか分かりません。
   全体として開示請求が非公開、あるいは固有名詞を黒塗りされたり、要旨のみとされたことには全く納得できません。自信を持って提出したに違いない設計案が不採用になったことに「不満」はあっても、「不名誉だから名前は出してくれるな」という設計者が一体どれだけいるでしょうか。仮にいたとしても、巨額の公金を使う事業に対する、市民の知る権利が優先することは明白だと確信しています。
   武蔵野市でもやっとインターネットで工事の入札結果が公表されるようにましたが、設計などの委託業務についてもHPで公表し、不採用になった設計者名も含めて公開している自治体が簡単に見つかります(例  杉並区世田谷区)。今回の場合、「最低価格を争うものではなく、プロポーザル(提案内容)を審査するものだから公表にはなじまない」という役人らしい反論が聞こえてきそうですが、この審査で設計者が決まれば、価格争いをすることなく自動的に基本設計・実施設計の設計者も決まることになるわけで、なおのこと、市民に対して設計案最終決定までのプロセスを説明する責任があるというものです。
   そもそも「設計者選定委員会」の構成が、おなじみの委員長と市のお役人ばかりということでいいのでしょうか。大野田小学校の教職員、保護者、地域、そして勿論一般市民、などの代表は一人も入っていません。「えらい先生と役人が決める(それには当然市長の意向が反映されているでしょう)」というやり方自体に声を上げる時が来ていると思います。すでに学校の生徒や市民など、大勢がアイデアを出し合って設計が出来た学校(岐阜県多治見市)や児童館 (愛知県豊明市)があります。
   今回の開示請求を通じて、武蔵野市、特に教育委員会の情報公開の姿勢に非常に後ろ向きのものを感じました。「聞かないと何も答えない、聞いても殆ど答えない」というものです。何をそんなに隠したいのでしょうか。土屋市長は「自治体の情報公開度全国で2位」などと選挙中さかんに発言し選挙ビラにも書いてありますが、実態はその逆で、情報公開には相変わらず不熱心だと感じました(「情報公開度2位」というのは、東洋経済新報社の調査によるもので、その前段に「ホームページから見た」という文句が付いていますが、ビラなどでは意識的にこれが抜かれています)。



(5) 一般質問でのやりとり
 2003年6月市議会(第2回定例会)で一般質問の機会を与えられたので、大野田小学校改築事業のプロセスについて、市長・教育長に概ね次のようなことを訊ねました。箇条書きにしてみますと、
[質問]
a) 「千川小学校施設検証委員会」では、一般の保護者、教師等のアンケートなどは実施されていない。なぜか。
b) 大野田小学校の改築基本計画の委員会のメンバーに校長、PTA会長を除き、保護者や教師が入っていないのはなぜか。
c) 委員会の人選は市長の権限であるが、大野田小関係の3つの委員会全てで委員長には長澤悟氏が就任しているのはなぜか。
d) 「千川小検証委員会」「改築基本計画検討委員会(途中まで)」の委員である中村勉氏は実績のある有名建築家であるが、長澤氏との共著を出版もしていて、長澤氏とは親しい間柄だと推測できる。メンバーには他に建築関係の専門家はおらず、建築について違う角度からの意見、批判的な意見は元々出ない仕組みだったのでは。

[答]
a) 時間的な制約などで、父母や教職員へのアンケート調査という方法はとらなかった。「報告書」には載せていないが、千川小の新旧の教頭や教職員から意見は十分に伺っている。(川邊教育長)
b) PTA会長、校長、教頭は毎回オブザーバーとして参加している。PTAや保護者には説明会を3回実施し、意見も聞いた。これから実施設計についても説明会を開く。(教育長)
c) 長澤氏1人で関与したわけではない。大勢の方々が関係している。(土屋市長)
長澤氏に千川小学校以来ずっと委託しっ放しで、今回まで十何年にわたってお願いしている、というわけではない。約十年間に2回目。(教育長)
d) 報告書の中でもかなり厳しい意見交換をしている。(教育長)

[検証]
a),b) 多くの意見を聞いたと言うことですが、殆どが教育長の頭の中にあるだけであり、文書等で公開されていないので市民は知ることができません。また4回目の「説明会」に参加しましたが(こちらにその時のレポート)、さまざまな意見を積極的に取り入れようという姿勢は感じられませんでした。

c),d) はとても納得できる説明ではありません。長澤氏は他の委員とは重みが違います。また武蔵野市ではこの十数年で小中学校の校舎建設といえば千川小と大野田小しかありません。長澤氏には、最近市のシックスクール対策の専門委員をも委託したといいうことで、医学や化学の専門家以外に委託するのは異例です。勿論、長澤氏は教育施設の計画・設計では、何度も日本建築学会賞を受賞されたことのある方で、この分野の第一人者です。最近では文部科学省の池田小学校のような事件の再発防止のためにつくられた委員会の主査として答申をとりまとめてもおられます。また「教育環境研究所」の所長として、教育施設の家具計画のコンサルティングなども手がけておられ、多くの実績があります。
  立派な先生に主導してもらうというやり方を取れば、間違いはないかもしれませんが、保護者や市民の声は反映しにくく、次で見るコスト面でも疑問が生じます。

[3] 新校舎建設費は適正か・コストダウンは不可能か

  文部科学省などでは、標準的な平米単価を基に補助金の額を算出したりしているようですが、その数字は掴んでいません。しかしいろいろなデータが出てきました。

(1) 千川小学校建設の際、市から提出された参考データ
   H7年(1995年)の3月市議会に市側から提出された資料があります(表2)。これを見る限り、千川小の建設費は特に高いとは思えず、このデータが千川小建設予算承認に大いに役立ったことは想像に難くありません。しかし、この表にある平米単価を本当に「平均的な相場」と考えてよいのでしょうか。

                                      (表2)1995.03.16 : 平成7年第1回定例会に出された資料

学校名 竣工時期 延床面積 工事費 平米単価
武蔵野市立千川小学校 1995 年 9,762 u 47.1 億円 48.3 万円/u
世田谷区立N(中町)小学校 1994 年 7,701 u 33.9 億円 44.1 万円/u
杉並区立M(桃井第五)小学校 1994 年 7,371 u 33.5 億円 44.5 万円/u
中央区立N(日本橋)小学校 1993 年 6,925 u 40.4 億円 58.4 万円/u

                            ※中央区立N(日本橋)小学校については、地下2階地上9階17、979u、図書館・社会教育会館を含む
                                      総工費105.1億円の複合施設の内、学校部分のみを算出




(2) 長澤氏の著書から
  千川小学校の建設コストについては全く別の見方があります。前述の長澤悟氏と中村勉氏が、たまたま共著としてH13年に出版した「スクール・リボリューション」(彰国社刊)という本の中で取り上げられた実例18の内、建設コストが明示されている小中学校9校の主なデータは次の通りです(表3)。コストにはかなり巾がありますが、千川小はずば抜けて高くなっています(千川小の床面積、平米単価には(1)と少し食い違いがあります)。

(表3) SCHOOL REVOLUTION (長澤悟・中村勉 編著 2001.7 彰国社刊) で取り上げられた実例18の内、建設コストが明示されている小中学校9校の主なデータ
学校名 所在地 基本設計 実施設計 計画学級数 竣工時期 延床面積 コスト その他
市立石嶺中学校 沖縄県那覇市 末吉栄三計画研究室 同左 21 1988 年 9,463 u 14.8 万円/u
村立浪合学校 長野県下伊那郡 湯澤建築設計研究所 同左 11 1988 年 5,121 u 15.8 万円/u コスト計算には保育園・プールを含まず
町立弘道小学校 兵庫県出石郡出石町 Team Zoo いるか設計集団+神戸大学重村研究室 同左 13 1991 年 4,846 u 20.9 万円/u 木造・一部RC造
町立灰塚小学校 広島県双三郡三良坂町 西宮善幸建築設計事務所 同左 6 1995 年 2,073 u 18.0 万円/u
市立東小学校 茨城県つくば市 藤本昌也+現代計画研究所 同左 20 1995 年 6,451 u 29.0 万円/u 一部木造
市立千川小学校 東京都武蔵野市 岡田新一設計事務所 同左 15 1995 年 10,091 u 45.0 万円/u
町立旭中学校 愛知県東加茂郡旭町 中村勉総合計画研究所 同左 6 1996 年 5,862 u 26.0 万円/u 一部木造
町立杜川小学校 福島県東白川郡棚倉町 日大工学部長澤研究室(基本計画) 近藤道男建築設計室 6 1998 年 4,928 u 23.0 万円/u 一部木造
村立アーバス利賀 富山県東砺波郡利賀村 藤野雅統/ファブリカ・アルティス 創建築事務所・ファブリカ・アルティスJV 10 1998 年 9,803 u 27.0 万円/u


本の中の両氏の対談で、千川小の高コストが話題にもなっています(P.75)。一部引用すると(以下敬称略)・・・

中村勉 ――「建設費がかなり高い気がしましたが。」

長澤悟―― 「長く使うために必要なお金をかけるというのが基本的な考え方でした。旧校舎は完成後すぐに日照や音の問題で建て替え要求が出された。時間に耐えられる建築にすることが関係者の大きなテーマでした。」

中村勉――「市内の他の学校はどうしていくのか気になります。今回は予算がついたからといっても、2度とできないというのではどうでしょうか。」

長澤悟――「次が問われると言うことはあるかもしれませんね。私の立場としては、計画的な提案に波及力を持たせるためには、コストや面積条件を間違えないことが大切と日頃やっています。」
――(以下略)――


(3) 都内小学校の新改築工事費を独自に調べてみると
  (1)と(2)を見る限り、平米単価には大きな開きがあるようで、「平均的な相場」がどこにあるのか分かりません。そこで東京都教育庁に当たって直接調べてみました(表4)。
この表の工事費には建築だけでなく、電気・空調・水道などの設備工事費も含まれています。体育館のみの新改築、土地買収費は除かれてます。

                                       (表4) 都内小学校の新改築工事費(H10年度〜H14年度)
年度 区分 学校数 延床面積 工事費 平米単価
H10年度 区部 1 校 9,023 u 25.19 億円 27.9 万円/u
市部 0 校 0 u 0.00 億円 ---
H11年度 区部 2 校 13,404 u 31.30 億円 23.4 万円/u
市部 1 校 346 u 0.66 億円 19.1 万円/u
H12年度 区部 4 校 18,523 u 43.80 億円 23.6 万円/u
市部 2 校 532 u 1.22 億円 22.9 万円/u
H13年度 区部 4 校 32,505 u 79.99 億円 24.6 万円/u
市部 4 校 10,730 u 21.10 億円 19.7 万円/u
H14年度 区部 4 校 24,435 u 56.71 億円 23.2 万円/u
市部 2 校 11,935 u 22.85 億円 19.1 万円/u
合 計 24 校 121,433 u 282.82 億円 23.3 万円/u


  この表でみると千川小の工事費は、都内小学校の相場の約2倍ということになります。



(4) 全国的にはどうなのか
  2000年(H12年)国土交通省「建築着工統計」をもとに、工事予定額を着工床面積で割った平均コストは、学校建築の場合   207,000円/uとなっています。(2003.6.5付日本経済新聞から



(5) 学校建築のコストについての結論
  結論として学校建築のコスト、即ち「平均的な相場」をどう考えればよいのでしょうか。私は国土交通省、東京都教育庁、それに長澤氏ご自身の著書のデータの3つの資料から矛盾なく得られる、20〜25万円/u程度として良いと思います。



(6) 千川小学校の建設費についての市長の抗弁を検証する

   [2]で見てきた通り、今回建設される大野田小の新校舎は、1995(H7)年に建設された千川小学校の設計理念を継承しています。その千川小学校については、(1)の表2のように48.3万円/u( (2)の表3では45.0万円/u) 総事業費48.3億円(市のデータによる)にも達する高額な建設費がたびたび批判されてきました。市長の説明は以下のようなもので、端的に言えば「相場より2割くらい高くついたが、付加価値があるから妥当だ」という認識のようです。

[市長の抗弁]
a) バブル期の資材調達だったから
b) センチュリースクールだから
c) エコスクールだから
d) 施設を外部に開放しているから


[検証]
a) について
  東京都のデータ、グラフ(表5)で分かるように、消費者物価・卸売り物価ともにバブル期の前後で極端な変動はありません。資材を調達したと考えられる1993〜94年頃、消費者地価は今より数パーセント安く、卸売り物価は7%前後高かったということになります。地価は高騰のピークから少し下がっていましたが、2000年に比べて3割以上割高でした。しかし用地を取得したわけでもないので、建設コストとは無関係です。

                                                                     ( 表5 )
                                                                   

b) について
  2000年8月19日付の朝日新聞によると、センチュリースクールと同様な考え方の100年マンションのコストは、従来工法に比べ5−10%ほどが高くなるとしています。主として建物の構造部分(柱・梁など)に普通の設計よりも配慮すること、高強度のコンクリートを用いること、設備配管の点検・交換をやり易くするするためなどのコストだと思われます。

c) について
  エコスクールの内容は、「屋上緑化」「太陽熱利用」「太陽光発電・風力発電」「深夜電力の利用」「大規模地下水槽など雨水利用システム」などとなっています。この内屋上緑化には3,800万、太陽熱利用に2,900万かかったことは分かっています(リンクPDFファイル)。全てトータルしても2〜3億円程度と考えられます。

d) について
  具体的には「地域防災の拠点システムとしている」「生涯学習に対応できるような地域開放も実施している」という理由を挙げています。後者には「自然体験園」として4,500万円が使われています。

e) 千川小の建設費についてまとめ
  これまでに述べた調べた、学校建築の「平均的な相場」、それに物価の変動も考慮して、千川小学校建設当時の標準的な単価を仮に26万円/uとしましょう(やや高すぎるかも知れませんが)。
そうすると千川小の総工費は10,091u X 26万円 =26.2億円となり、b)で3億、c)で3億、d)で1億を足しても33.2億円(33.9万円/u)です。46.5億−33.2億=13.3億円という差額はどこに消えたのでしょうか。ひとつには超豪華な内装・仕上材に使われたということはあるでしょう。しかしそれも2〜3億というようなことで、それから先は想像もつきません。



(7) 大野田小学校改築のコストはどう決まるのか
  今回、旧校舎を補強で済ます場合と比較するために出されたというごくラフな建設費、約43億円(35.3万円/u)という数字が一人歩きしていて、工事予定価格ももうこれで決まっているようにすら感じます。この金額は、歳入の予定や、予算全体の中でこの事業費が占める割合(千川小の場合総事業費を55億としたとき約8%・・・平成6年第4回定例会 市長の答弁)から、これくらいの金額ならさして問題なく出せるという、財政上の都合からきた金額ではないのでしょうか。勿論市の財政力からマクロ的な数字を抑えておく必要はありますが、それはアッパーリミット(上限価格)とするべきです。本来、予定価格は数字を細かく積み上げてを算出するものです。そしてそれが文部科学省の基準や一般的な世間相場と比べて高すぎると判断すれば、世間一般で行われているように設計変更したり材料を変えたりしてコストを抑えることを考えてほしいものです。
  「センチュリースクール」や「エコスクール」という付加価値がついているのだから、高くて当たり前だとか、千川小より少し安く収まればよいという考え方は間違いです。武蔵野市の場合、住民税や固定資産税収入が他市より恵まれているため、コストチェックが大変甘い(というよりコスト意識が殆どない)のでしょうか。
  私は一般質問で「映画のプロデューサーに当たる人を置くつもりはないか」と訊きましたが、その真意は、事業の内容がよく分かり、全体のコストについて強い発言力もつ人が、計画段階からコスト管理をして、適正価格でいい建物を作ることが望ましいと考えるからです。



(8) 学校格差を是正せよ
  先日第三小学校を見学する機会がありました。大野田小旧校舎と同じく昭和40年代の建築で、市内では標準的な校舎と言ってよいのかも知れませんが、千川小学校に比べると圧倒的な格差を感じました。何十年に1回しか回ってこない新築・改築に当たればラッキー、そうでなければ仕方がないというあり方には大いに疑問を感じます。同じように税金を納め、同じ時期に同じ市立の学校に通わせているのに、これほど学習環境・施設にアンバランスがあることは大変、不公平・不平等ではないでしょうか。新しい校舎はそんなに豪華にしなくてもよいから、いくらかでも古い学校に予算を回して、設備や什器備品の改善、充実に当てるべきではないでしょうか。

[4] ハード面・ソフト面で様々な問題が残っている

2003.7.5 に大野田小学校改築説明会が行われました。その時だけでもさまざまな質問・要望が出ました。ここでは項目だけを挙げます。(順不同)

1)シックスクール対策について
2)オープンスクール(廊下と教室の境がない教室)について
3)計画の進め方・設計者選定方法について(計画に対して保護者が意見を言う場が少なく、今までの進め方がオープンでないという問題提起)
4)4階の特別教室の非常階段について
5)校庭の芝生化はできないのか
6)建物の防犯面はどうなっているか

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