Direct and noninvasive observation of two-dimensional nucleation behavior of protein crystals by advanced optical microscopy; 高分解光学顕微法によるタンパク質結晶表面上での2次元核形成過程の直接・非浸襲その場観察

 本ページでは,リゾチーム結晶表面上での「2次元核形成過程」について紹介させていただきます(A.E.S. Van Driessche, et al., Crystal Growth and Design , 7, 1980-1987 (2007)).レーザー共焦点微分干渉顕微法を用いて完全に「非接触・非浸襲」に直接観察していることが重要な点です.スペイン・グラナダ大学のガルシア・ルイス研から東北大学学際センターの私のところへ合計9ヶ月間ほど来てくれたアレキサンダー・ファンドリーシュ君が行ってくれた仕事です.「不純物」が結晶表面に吸着することで同じ場所で繰り返し2次元核形成が起こったり(repeated nucleation),低過飽和度領域で「不均一」2D核形成が起こることなどを明らかにしています.美しいムービーを楽しんでください.

1)2次元核形成についてのこれまでの研究2)リゾチーム正方晶系結晶の成長における2次元核成長が占める割合3)高過飽和度下での均一核形成と低過飽和度下での不均一核形成4)2次元核形成に見られるその他の特徴的な現象,について


1)2次元核形成についてのこれまでの研究
 2次元核形成は結晶の成長において,中・高過飽和度下で重要な役割を果たします.特に,無機結晶にくらべて最初の3次元核形成において高い過飽和度を必要とするタンパク質結晶の場合には,引き続く2次元核形成を理解することは重要になります.
 原子間力顕微鏡(AFM)による観察:2次元核形成過程の直接観察は,これまで主にAFMを用いて行われてきました(カタラーゼ: A. Malkin, et al., J. Phys. Chem., 199 (1996) 11736; A. Malkin, et al., J. Cryst. Growth, 196 (1999), 471,ソーマチン: A. Land, et al., J. Cryst. Growth, 66 (1996) 893).しかし,AFMの場合にはカンチレバーで結晶表面を操作するため, 結晶表面での溶質濃度分布を擾乱してしまいます(A.E.S. Van Driessche, et al., Crystal Growth & Design, 8 , 4316-4323 (2008); A. Land, et al., J. Cryst. Growth, 66 (1996) 893; O. Gliko, et al., J. Am. Chem. Soc, 127 (2005) 3433).また,AFMでは結晶表面の一部分の視野しか一度には観察することが出来ません.そのため,系に対し非接触でかつ結晶面全面をその場観察する手法,が必要となります.

リゾチーム正方晶系結晶の{110}面(a-c)および{101}面(d)上での2次元核形成挙動のその場観察結果.{110}面(a-c)では5.6nm高さの,そして{101}面(d)では3.4nm高さの単位ステップが観察されている.0s (a), 390s (b), 780s (c).図中の矢印は前のフレーム観察後に新たに生成した2次元アイランドを示している.

 光学顕微鏡による観察:そのような手法としては,光学顕微法が挙げられます.これまで光学顕微法を用いて2次元核形成について多くの研究がなされてきました.
タンパク質結晶: K. Kurihara, et al., J. Cryst. Growth   1996, 166 , 904-908. E. Kashimoto, et al., J. Cryst. Growth 1998 , 186 , 461-470. Y. Suzuki, et al., J. Cryst. Growth 2000 , 208 , 638-644. Y. Nagatoshi, et al., J. Cryst. Growth 2003 , 254 , 188-195. T. Asai, et al., Cell. Mol. Biol. 2004 , 50 , 329-334. Y. Suzuki, et al., J. Phys. Chem. B 2005 , 109 , 3222-3226.
無機結晶:A. Malkin, et al., J. Cryst. Growth 1989 , 97 , 765-769. N. Kanzaki, et al., J. Phys. Chem. B 2001 , 105 , 1991-1994.).
しかしこれらは結晶の「面成長速度」を測定し,その過飽和度依存性を多核タイプの2次元核成長(birth and spread model)速度式で整理することで,2次元核形成速度やステップレッジエネルギーなどを「間接的」に決定しようとするものでした.そのため,「平均的な情報」しか得ることが出来ませんでした.
 高分解光学顕微法による観察:そこで,非接触・非破壊でかつ直接ステップをその場観察することが重要となります.そのような観察を実現するための方法としては,位相差顕微法,位相シフト干渉法などもありますが,本研究ではレーザー共焦点微分干渉顕微法を用いました.その一例を右図に示します(ムービーを見る: 3.4MB).次から次へと結晶表面上に2次元核が生成し,2次元アイランドが横方向に成長する事で,層状成長が進んでゆく様子が分かります.2次元核成長とはこのようであろうと,教科書などでよくポンチ絵が示されていますが,正にそのイメージ通りです.

そして,リゾチーム正方晶系結晶を用いて,下記の4点を明らかにすることを試みました.
1)リゾチームの結晶成長に2次元核成長が果たす役割(人為的に手が加わらないほとんどのケースでは,リゾチーム正方晶系結晶は渦巻成長ではなく2次元核成長で成長します.)
2)高過飽和度下での不均一核形成と低過飽和度下での不純物による不均一核形成.
3)2次元核形成に見られるその他の特徴的な現象.

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2)リゾチーム正方晶結晶の成長における2次元核成長が占める割合
 リゾチーム正方晶系結晶が渦巻成長および2次元核成長の両方の機構で成長することは,良く知られていますが,どちらの成長機構が支配的であるかを明らかにするため,生化学工業製のリゾチーム(純度98.5%)を用いて観察セル中で結晶を自発核形成・成長させ,生成した多数の結晶についてその表面を経時的に観察しました.その結果を下図に示します.リゾチーム正方晶の場合には,我々が調べた条件下では,自発的に核形成・成長した結晶は圧倒的に2次元核成長機構で成長していることがお分かりいただけると思います.また, 結晶表面に微結晶が付着したり,隣の結晶と接触するなど,成長過程に何らかの障害があった結晶の場合には(Disturbed crystals),そうでない結晶(Undisturbed crystals)に比べて圧倒的に渦巻成長が誘発されることがお分かりいただけると思います.障害によってもたらされる歪みを,転位を発生させることで解消しようとしている結果です.ただし,2次元核成長表面が支配的である,と言う結果はあくまでリゾチーム正方晶に当てはまります.同じリゾチーム結晶であっても単斜晶系結晶の場合にはうずまき成長表面が主で,それ以外の表面を私は見たことがありません.

リゾチーム正方晶系結晶の{110}面および{101}面における,2次元核成長表面と渦巻成長表面の割合.(a)それぞれの成長表面の割合の経時変化.(b)成長開始22日後のそれぞれの成長表面を有する結晶の個数."Disturbed crystals"というのは,結晶表面に微結晶が付着したり,隣の結晶と接触するなど,成長過程に何らかの障害があった結晶をさす.一方,"Undisturbed crystals"は,そのような障害を経験しなかった結晶を示す.

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3)高過飽和度下での均一核形成と低過飽和度下での不均一核形成 
 次に,1)で示した様な描像を直接観察することで,2次元核形成速度を直接計測しました.これも個々の2次元アイランドを可視化できることが大きなポイントです.その結果を下図に示します.
  リゾチーム正方晶気結晶の{110}面上では,単位ステップは2分子高さ(5.6 nm) であることがこれまでに分かっていますので,2分子高さで円形の2次元核を想定すると,古典核形成理論より,2次元アイランドの自由エネルギーは式(1)で表されますので,2次元核形成速度Jは最終的に(2)式で与えられます.また,{101}面上では単位ステップは1分子高さ(2.8 nm)であることが知られてますので,2次元核形成速度Jは(3)式で得られます.ここで,r [m]: 2次元アイランドの半径,Δμ [J]: 結晶中と溶液中との自由エネルギー差,κ [J/m]: ステップのレッジエネルギー,ω [1/s]: 臨界核への溶質分子の不着頻度,Γ: ゼルドビッチ因子,Z [1/m^2]: 結晶表面上での溶質分子の2次元濃度,T: 絶対温度,C: リゾチーム濃度,Ce: リゾチーム結晶の溶解度.古典核形成理論についてはここではこれ以上の説明はしません.疑問がある方は,適当な教科書で勉強してください.

(1) (2) (3)

 さて,下図をご覧いただくと,高過飽和度下(横軸の左側)ではオレンジ色の直線で示した様に,試料の純度によらず,全てのプロットが1つの直線で表されることがわかります.この直線は{110}面の(2)式に相当し,高過飽和度下では均一核形成(HON: homogeneous nucleation)が主に進行することがわかります.この描像は青色の直線({101}面なので(3)式)でも同じです.一方,低過飽和度下(横軸の右側)の{110}面では,プロットは傾きがより小さな直線(オレンジ色の一点破線)で表されることがわかります.また,この直線を構成するプロットは,不純物が意図的に加えられているときに限られることがお分かりいただけると思います.このことより,不純物は低過飽和度下では不均一核形成(HEN: heterogeneous nucleation)を顕著に誘起することがわかります.また,純度が99.99%の試料のみを使用した場合(図中の黒星印と白抜き星印)でも,低過飽和度下では不均一核形成(オレンジ色破線)が見られますが,その傾きは不純物が存在する時のオレンジ色一点破線よりも大きい,すなわち高純度試料では不均一核形成はよりおこりにくいことがわかります.
 本ページでは詳細は省略しますが,直線の傾きより得られた均一核形成におけるステップレッジエネルギーは,過去の研究で得られた値と,誤差の範囲内で良い一致を示しました.ただ,本研究では,2次元アイランドの出現を直接観察し,2次元核形成速度を直接求めていますので,本研究で得られた値はこれまでで最も正確な値と言えます.詳細が知りたい方は論文をあたってください(A.E.S. Van Driessche, et al., Crystal Growth and Design , 7, 1980-1987 (2007)).

2次元核形成速度Jの測定結果.古典2次元核形成理論によると,上図のプロットは直線に従う.直線の傾きよりステップレッジエネルギーが求められる.高過飽和度下(横軸左側)では均一核形成(HON: homogeneous nucleation)が,そして低過飽和度下(横軸右側)では不均一核形成(HEN: heterogeneous nucleation)が観察される.

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4)2次元核形成に見られるその他の特徴的な減少
 リゾチーム結晶表面上での2次元核形成を観察し続けるうちに,3つの珍しい現象を目にすることが出来ましたので,紹介します.

繰り返し2次元核形成:図中の矢印で示した同じ箇所で繰り返し2次元核形成が起こっている.(d)に示した様に,2次元アイランドのステップ間隔はランダム.

 繰り返し2次元核形成: まず,右図をご覧ください(ビデオはこちら:2.1MB).図中の矢印で示したように,同一の箇所で2次元核形成が繰り返しおこっていることがお分かりいただけると思います.(d)で示した様に,これらの2次元アイランドのステップ間隔はランダムでした.このことが,2次元核形成が起こっていることの証拠となります.もし,方向の異なる2つのらせん転位(フランク・リード・ソース)によって2次元アイランドが発生したのであれば,そのステップ間隔は均一でなければなりません.すなわち,ステップ間隔がランダムであることは,確率的な現象,すなわち2次元核形成が,2次元アイランドの発生原因であることを示しています.また,3−5層程度の核形成がおこった後,繰り返し2次元核形成はストップしました.
 また,このような繰り返し2次元核形成は,系に意図的に不純物を加えた場合(上記3)参照)に,顕著に観察されました.このことより,現在我々は次の様に推測しています.
(1) 結晶のテラス上に不純物が吸着することで,不均一核形成をおこす.
(2) その結果不純物は結晶表面内に取り込まれるが,不純物はその周囲に歪み場を形成する為,引き続き不均一核形成を数回おこす.
(3) しかし,不純物が結晶内部深くに取り込まれると,不純物周囲の歪み場がもはや結晶表面には影響を及ぼさなくなる為,繰り返し2次元核形成が停止する.
 それでは,どのような種類の不純物がこのような繰り返し2次元核形成を引き起こしやすいのでしょうか?おそらくは,溶質であるリゾチーム分子と親和性の良い不純物であると考えられますが,詳細は今後の研究を待たねばなりません.

 

 マルチステップ(多段)の2次元核形成:この様子を左下図に示します(ビデオはこちら:?.?MB).多段のバンチングしたステップからなる2次元アイランドが,突如リゾチーム結晶表面上に出現する様子を示しています.このようなマルチステップの2次元核形成には,繰り返し2次元核形成の場合に中心的役割を果たした不純物は,何の効果も見せませんでした.それに対して,成長させた種結晶を別の観察用セルに移し替えたり観察用セル中で流れを与えたりすると,マルチステップ2次元アイランドが顕著に観察されました.このことより,結晶表面に微結晶や何らかのゴミなど,ある高さを有する物体が付着すると(図中白矢印),そこを起点としてマルチステップアイランドが形成されるものと予想される.

 

際限なく続く繰り返し2次元核形成:ごくまれに,同一の場所で果てしなく続く2次元核形成を観察することが出来ました.この様子を右上図に示します(ビデオはこちら:3.8MB)この場合も上記で説明した様にステップの間隔はランダムでした(上右図).そのため,フランク・リード・ソースが原因でこのような2次元アイランドが連続的に形成される可能性は否定されます.また,エッチングを試みても,アイランドの中心部分に,転位由来の底が尖ったディープなエッチピットは現れませんでした.このことも,転位が原因であることを否定します.現在のところ,このような2次元アイランドの形成メカニズムについては全く分かっておりません.ただ,全くの想像ですが,例えば「ひも状」のゴミが結晶に取り込まれたりしているのであれば,それが不均一2次元核形成の中心となり,右上図の様なアイランドを形成してもおかしくはなかろうと思っております.

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