第49日目 8月23日(木) 晴れ
5時30分起床。今朝は自然と朝寝坊になり、朝食ものんびりととっている。今日一日で帰れる距離だが、やはり帰宅は明日にする。只今7時30分、ゆっくり走り、今日は昼に食パンではなく自炊 をして、古河あたりまで行くつもりだ。何となく帰るのがおしい気もする。とても複雑な朝だ。今 日も暑くなりそうだ。
8時50分前橋駅で休憩をとり、17号線と別れ県道を進むことにした。疲れている僕の目に駅前の緑 の並木通りが実に映しく映った。
順調に飛ばし伊勢崎を経て、11時に太田市で昼食をとることにし た。コンビニエンスストアの片隅で、いつものようにまったく人目を気にせずにラーメンを作 り始めた。普段では駅の待合室で食パンにきゅうりをはさんで食ベたり、こうして人前でコンロ を出しラーメンを作ることなど、”恥ずかしい”とか”みっともない”と考えがちだが、旅に出て考 え方が随分と変わった。
青空の元で自炊したものを食ベることほど素晴らしいことはないと思う。 少なくとも今はそう確信している。12時20分、テント場を探すために古河に向かった。
館林を経て、―度埼玉県に入ったかと思うと、土手沿いの道に出て、橋が見えてきた。
期待と不安 で渡良瀬川を渡ると”茨城県古河市”という標識が現われ、遠くには微かではあるが茨城のシンボルともいえる”筑波山”が見えた。このとき僕の心の中で今日まで49日間の様々な苦しみが一気 に思い出に変わっていった。
2時50分、今、テント場にする渡良瀬川の川原に着いた。
ここがこの旅最後の記念すべき場だ。カ セットを聞き、日光浴をしながら日記を書いている。日暮れまではたっぷり時間があるので昼寝も できそうだ。
川面がキラキラと夏の日を浴びて輝いている。僕もこの夏、この川面のようにはたし て輝いていたのだろうか。少なくとも自然の中で生きることの素晴らしさを感じ取ったことは事実 だ。先程、古河駅に行ったときは、家まで60km、3時間の距離なので帰ろうと思ったのだが、思 い切ってもう一泊することにした。これから帰っても夕方には着けるのだが帰るのが惜しくなった。
そんな理由でこの旅最後の夜をこの川原で迎えることになったわけだ。ここまで来れぱもう着い たも同然、あとは事故のないように走るだけである。
今日は一日中追い風だったため、昨日までの苦しみがウソのようで、あまりコガずに古河に着いた。
今までの旅の途中でこうして日光浴をした り以前の日記を読み返したりしてのんぴりしたことがかつてあったろうか? ちょっとハードに走 り過ぎたかもしれない。
今日まで教えきれないほどのペダリングのために、いつしか足の裏の皮が 厚く固くなってしまった。明日は水海道の駅で、2ヶ月間伸ばし続けた髭を剃る。もったいない ような気がするが母との約束を破る訳にはいかない。
明日は昼には帰れそうなので洗濯をしたり、 シャワーを浴ぴたり片付け物ができるだろう。
前回の福島のツーリングの時は、ナイトランで夜中 の1時に帰ったためにとても慌ただしかったのだ。
しかし、帰宅しても家にだれも居ないだろうか ら少し残念だ。だから逆に母が帰ってきたら元気に「おかえりなさい」と言いたい。
2ヶ月ぶりに 家族全員で食事をすることができるだろう。土産物を渡すのも楽しみのひとつだ。そして今度は必 死で勉強に励もう。今までの苦しかったことを心の支えにして精一杯頑張らなければ。
”人間 やってやれないことはない”僕はこの旅で何事も勇気をもってあたっていけるような自信が付いた ように思える。僕はこれから先の人生において何事にも全力で臨むことのできるような人間になろ うと決意した。そして今までの親不孝をとり戻すような気持ちで親孝行をしよう。
今、やっと6時 になり、最後のテントを張った。ありったけの食料を使い最高に贅沢な夕食を済ませた。今ま での疲労が一気に吹き飛ぶような甘いおしること、みそしる、そしてさんまの缶詰を腹一杯食 ベた。
こうしてテントの中で落ち着いてしまうと、家まで60km、3時間の距離とはいえ、帰る気持 は全くなくなる。フロントバックの地図には、もう家が見えている...
今夜のテント場は静かな川原で最高に落ち着く。
外では虫が大合唱、今夜はそれほどの暑さも感じず、とてもいい雰囲気だ。
べたつく背中や肩が痒い。つめを立ててかこうとすると、日に焼けた皮と黒いアカが落ちてきて 決して気持ちのいいものではないが、これが旅の人間臭さではないだろうか?
札幌以後このとこ ろほとんどお金を使っていないので、まだ財布に1万円くらい残っている。現在までに土産代など 全てを含めても10万円くらいの支出だ。一日平均2000円の勘定だ。帰ったら走行距離やら、金銭 やらのデータの整理が楽しみだ。日記もこうして結構書いているので原稿用紙にしても相当の量に なるだろう。何とか自費出版をして、みんなに僕がこの旅で得た数々の出来事を伝えたいものだ。
写真の整理も楽しみだし、やることがたくさんあっていい。特に知床の写真が何よりも楽しみ だ。果たして上手に写っているだろうか? 夜が明けずにこのひと時が続いてほしいと思う半面、 早く明日になり家に帰りたいとも思う。やはり最後の夜ともなると複雑な気持ちだ。
信州乗鞍のこ とを考えると... 暗くなってしまうが、これだけでもよく走ったと思う。そしてさまざまなトラブ ルはあったにせよ、ここまでずっと走り続けてくれた良き伴侶”自転車”に頭が下がる。この2ヶ月 間の僕と自転車の関係は、自転車が単にひとつの機械ということではなしに、時には励まし、または、 励まされることもあったひとりの人間とのつき合いのようなものだった。情が移るとはきっとこ ういうことを言うのであろう。
とても寝てしまうのが惜しい夜であるが、それは決して信州乗鞍に 行かなかったからではないと思う。予定通り行ったにしても、どこかで最後の夜を迎えたときにき っと今夜と同じ気持ちになったに違いない。
とてもいい旅であったように思う。明日は旅の無事帰 宅を記念に、帰宅前に郵便局で10万円くらいの定額貯金を作ろうと思っている。記念すベき84年8 月24日の日付け入りの...
今まで付けていたローソクの火を消したらとても寂しくなった。それ はきっと単に暗くなったということではないし、ローソクの持っている独特の暖かさのせいだろう。 今まで様々な思い出とともに最後の夜、そろそろ眠る。目覚めれぱもう明日、いよいよ帰 宅だ。 消灯9時50分。
本日の宿泊地 古河、本日の走行距離 77km (累計 4896km)