第23日目 7月28日(土) 晴れ
4時10分起床。朝から雲ひとつない真青の空、そして遠く国後まで続く海。いよいよ今日は岬だ。
5時35分お世話になった三浦さんに別れをつげ僕たちは歩き始めた。
”ペキンノ鼻”の手前では、草むらの中に野バラがあり、体中に傷をつくりながら進んだ。
また、その先の岩場では、苦労した。潮の引き時間がずれたため、仕方がなく山越えをはじめたのだが足場が悪く岩を越えることができなくなった。そのため海に入る覚悟で、隠顕岩の上を飛ぶように歩いた。僕はうまくいきくるぶしくらいの水で渡り切ったのだが、大学生の1人は岩ですべり腰まで水に漬かってしまった。
その後も小さな岬を幾つか越えて、僕らは最奥に位置する知床の岬を目ざした。
出発して3時間半、9時に”夫婦滝”まで進んだ。ここは”男滝”、”女滝”の2つの滝が2〜300mの間隔で並び、断崖から落ちるところで、それは素晴らしい眺めだった。
9時45分、僕らは難所といわれている”念仏岩”に差し掛かった。名前からも想像できる場所だ。僕らは落石を気遣いながら慎重に岩場を登っていった。やっとの思いで登りつめたが下りのルートがないのだ。そう僕らはルートを問違えていたのだ。仕方がなく下ることになったのだが、岩場というのは何とか上ることはできても下るは容易でない。
大学生の中のひとりは恐怖心からくる疲労のため動けなくなってしまった。僕らは非常食のチョコレー卜を食ベながら岩場の上で体を休めることにしたのだが、足場が悪いため、恐怖心が先立ち少しも気が安まらないのだ。
そして岩場を下ることになったが大学生のうち2人はザックを背負ったままの下りは危険と判断し、ザックを藪に放り投げ身軽にした上でガレ岩を下ったほどだった。
その後は、すぐに正しいルートが見つかり、この難所といわれる”念仏岩”を何とか越えることができた。結局ルートを間違えたために、このひとつの岩を越えるだけで1時間45分もかかってしまったのだ。僕らは恐怖心のために疲労が頂点に達 していたので、岩場を越え海岸に出たところで40分ほど休息をとった。
12時40分、僕たちは最大の難所といわれる”カブト岩”に挑んだ。この岩場さえ越えてしまえばあとは岬まで単調な海岸歩き、さっきの”念仏岩”での教訓を生かし、より慎重にルートの確認をした。
ここはさっきの岩場登りとは違い、完全な藪漕ぎだ。自分の背丈ほどもある藪の中を、最奥の尾根を目指し進んだ。
途中足を踏み外したら落ちて死ぬようなヤセ尾根歩きもあった。
藪の中を進むこと30分、遂に僕らは峠に出た。海面からかなりの標高だ。目の前には岬の一部が台地状となって見えている。振り返えると今まで歩いてきた藪の下に幾つもの小さな岬が続いている。青空の中に真白の雲がポツンと浮かんでいた。しばし茫然とあたりを眺めていた。ここから草分け道を下るわけなのだが、ロープがあるわけでもなく、ただ周りに生れている草をつかんで下りて行くのだ。いつ草が抜けて落ちるかしれないので、ひとりづつ慎重に下った。
2時15分”赤岩”に着く。ここから岬までは1時間半くらい、あとは波打ち際をトレースするだけだ。平らな浜辺が岬まで弧をえがいて続いている。いつしか恐怖心が消え、足どりも軽くなった。
3時10分最後の小さな岬を回ったところで目の前に灯台が表れた。その時無意識で「やったぞー」と叫んでいる自分に気がついた。
3時30分海岸線から草分け道を登りきると目の前が一気に開けた。ついに僕らは岬に着いたのだ。
緑の草原が一面に広がり、草花がやさしく風に揺れている。草分け道をさらに進み、39分、『知床岬』と刻まれた碑の前に立つ。
4人で記念写真をとったり、フランスパンを食ベたりして楽しんだ。
知床の岬に ハマナスの咲くころ
思い出しておくれ 俺達のことを
飲んでさわいで 丘にのぽれば
はるかクナシリに 白夜はあける
5時、電波塔のそばの”アブラコ湾”にテントを張った。
単独行ではなかったけれど、何度も死にかけながら、やっとの思いで来ることができたこの地は、まさに”地の涯”に相応しい。
もし、ひとりだったら途中で戻っていたかもしれないし、無理して進んで死んでいたかもしれない。4人で助けたり助けられたりしたからこそここまで来られたのだと僕らは言い合った。
苦労の連続だったが来て良かったし、その価値は十分あった。
命をかけた甲斐があった。自転車に乗っていた時は雨ばかりだったが、歩き出した途端に快晴。この2日間ほんとうに最高だった。
そして今、知床の旅が幕を閉じるように、大きな夕日がオホーツクの海に沈んでいき、素晴らしい夕焼けが空を染めている。この大自然を目のあたりにして、これから先35日にも及ぶだろう僕の旅、何とか頑張れるような気がする。
僕らのテントのそばに、船をチャーターしてキャンプに来たというおじさん達がいる。昨晩の三浦さんと同様、今夜はそのおじさん達から夕食に呼ばれた。3人の大学生はこのおじさん達の船に乗せてもらってウ卜ロ(オホーツク側の街)に行くことが決まった。
僕は自転車があるのでウ卜ロに行くわけには行かないが、昼間、途中の”赤岩”で会った漁師さんに相泊までの船を頼んでおいたので心配はない。
こうして無事に岬にたどり着いて冷静に考えてみると、多くの危険は伴ったけれども、海岸にはたくさんの番屋があり、人がいて、そして今はそばでおじさん達が酒を飲んで騒いでいるので、少々、”地の涯”という感じは薄い。
明日は3人の大学生はここから船で帰るので、僕は”赤岩”までひとりで歩いていかねばならないが、その先は安心だ。
安心したら急に自転車に会いたくなった。
今、知床の”地の涯”で満天の星を仰いでいる。
流石に大自然、人の手が入っていないだけあって公・光害のない空は最高だ。夏の銀河が南の空から天頂を通りオホーツクに流れ落ちている。 消灯11時。
本日の宿泊地 知床岬(アブラコ湾)、本日の歩行距離 10km (累計 走行距離2261km)