第22日目 7月27日(金) 晴れ
3時55分起床。
夜中2時に変な夢を見て、小便がしたくなりハッとして目を覚ました。
外に出てみるとビックリ、第二の奇跡が起こった。何と一面の星空! カシオペア座を通る秋の銀河が、とても美しく流れていた。それで安心してまた眠ってしまった。
5時10分、僕たち4人は高松さんに見送られて、出発した。誠に信じがたいことだが、僕らの歩いてゆく目の前から朝霧がどんどん消えてゆき、今までに見たこともない、この世のものとは思えないような景色が次第に顔を出し、僕らはしばし立ち止まり見とれ、それぞれため息をついた。僕はやっぱり来てよかったと心の中で思った。(他の3人もきっと同様の気持だったに違いない。)僕らは足どりも軽く、歌を歌いながら先に進んだ。
歩き出して1時間、崩浜付近。
海岸のわずかに開けた浜辺にはポツンポツンと小屋が立ち並ぶ。これはコンブ取りの漁民が、夏のシーズンだけ住む番屋なのだ。このような番屋が岬までの海岸線にところどころ立っているらしい。人気のないところかと思っていたら、かなりの人が仕事をしている。その人達にあいさつをしながら先へと進む。取りたてのこんぶが浜一面に干されているので踏まないように注意して一歩一歩、歩いてゆく。
ここ知床の海岸線にさえ、流木が散乱し、空缶や空ビンが転がる。些か落胆し、しかし、逆に安心もするのだ。
7時5分、観音岩に差し掛かった時、遠く霧の中に夕ケノコの形そっくりの“タケノコ岩”が見えてきた。
海岸は大小さまざまの岩が散らばりたいへん歩きにくい。海岸線とは言っても本州で見るような砂浜とはほど遠い地形だ。断崖がすぐに海に落ちているのだから浜辺はせまい。
ウナキベツ川を渡るためには、ひとつの岩場を登らなくてはならない。高さは5mくらいだが、岩場は切り立ち角度は直角だ。僕は今まで山といったら尾瀬ぐらいしか行ったことがなかったので、岩場を登った経験などあるはずがない。
一本のロープだけが頼りだ。僕は2番目に登ることになった。背中のザックが重くバランスを失う... と、その時、岩から足が離れ、手でロープを握ったままぷらりと振られ宙づりになった。この瞬間死にかけたが、何とかよじ登ることができた。そん な苦労をして登ったところに、テントが2張、岬からの帰りで昨夜ここで野宿をしたという2人の大学生がいた。
時にはフィヨルドを思わせるような入り江の続く海岸線もあり、岩に沿ってカニ歩きをすることもある。落ちたらかなり深そうな海が真下にある、海は真青に透きとおっているため底がはっきり見えるのだ。その他にも、海岸線の岩場歩きは、潮の干満に注意が必要だ。そのために羅臼の街で調べておいたデーターと地形図を見比ベながら先に進む。潮が満ちてしまっては先に進むことができない岩場もある。時には潮の引いた隠顕岩の上を歩いたり、膝あたりまで海につかったりして進ん でいく。
“タケノコ岩”を過ぎると、波の浸食でできたと思われるような洞窟“メガネ岩”もあり、ちょっとした探検気分まで味わうことができる。
そして時には海岸線を歩くことが不可能なため、危しい山道を草を払いながら進む、道は全て大人がやっと通れるくらいの幅の草分け道だ。
知床半島に関しては登山等の地図や資料が全くないために、頼りになるのは国土地理院が発行している地形図のみだ。
そして海岸線には標識も看板もなく、川は幾つかあるが川の名前が書かれた看板があるわけでもない。そのため常に周囲の岩場や、海岸線の凹凸をもとに地図の上で現在位置を確認しながら先に進む。一見たいへんなように感じられるこの作業も慣れてくるとおもしろい作業のひとつとなる。
途中危険な岩場も何とか乗り越え、11時30分今夜のテント場に到着する。ここはペキン川のほとりで、2、3軒の番屋がある。番屋の近くを選んだのは、熊の出没を恐れたからなのだ。(とは言っても新潟あたりでは小学校の校庭に出没したという話しも聞くので、単に気安めにすぎない。)
テントを張り、写真をとったりして楽しい時を過ごしていると、岬に行くという名古屋の人が1人で歩いてきた。いろいろ話をしてみると僕と同様、自転車で走っている途中だという。ひとりで来 るとは根性がある。僕はもし予定通りひとりだったら途中で戻っていたかもしれない。でもその人は地図も持たずあまりにも無謀であるように感じられた。僕にとって自転車は慣れているものの歩くことについては全く素人だ、加えてこの海岸線は歩くというより、岩の上をピョンピョン飛ぶといったほうが的確だ。そのためすぐに足首が痛くなってしまう。半日しか歩いていないのに僕にとってはとてもつらい道だった。明日はいよいよ岬だ、今日のように天気になればいいな、この素晴らしい景色は、ここに来て、しかも晴れた者にしか見ることのできないものだから。
ここからは遥か沖には“国後”がくっきり見えて素晴らしい眺めだ。しばし4人で海を見ながら北方領土問題を話し合った。
夕方、ペキン川のほとりの三浦さんという漁師さんに声をかけられ、夕食に呼ぱれた。
取りたての魚とウィスキーを腹一杯ごちそうになり、土産に自家製の干物を頂いた。そして三浦さんの好意により、コンブの乾燥室で寝させてもらうことになったのだ。これでヒグマの心配はなくなりゆっくり休めそうだ。 消灯8時30分
本日の宿泊地 ペキン川、本日の歩行距離 10数km (累計 走行距離2261km)