第六十七回:テレビと私(放映編)


16 日はみんなで集まってテレビを見ることになった。

我々は皆貧しく、限られた一部の人間が所有するテレビジョンを見るために 人は集まり、力道山のチョップに熱狂する。

てな理由ではなくてですね、ちょっとそこの人あっさり信じないで下さいってば、 我々 Earth, Wind & Fiber がテレビに出る日だったのですよ。そうです。 あの「全国バンド自慢コンサート 2001」の放映日で あります。

残念ながら私はその日用事があり、皆と一緒に見ることはできなかったのだが、 用事を済ませて自宅に到着し、そういえばとテレビを点けると、をを、 やってるやってる。ブラウン管の中ではハワイアンバンドが熱演中。 こうして客観的に見ると結構ヘンな番組かもしれぬ。

集合場所であるベーシスト O 君宅に電話を入れてみる。ねぇねぇ、おれ達もう 出ちゃったの?どうだった?

「我々の演奏は終わった。ところでビデオは録っているな?」

やっぱ終わっちゃったのか。うん、録ってるよ。

「覚悟しておくがよい。ガチャッ。ツーツーツー」

って何よ? 何なのよ? その場で録画をストップして巻き戻したいという衝動を 押さえつつ、番組終了の 14:30 をじりじりと待つ。そして思い出される収録当日。

あの日、我々が演奏したのは、「In The Stone (のイントロのみ)」〜「ツナギ」〜 「September」、というメドレーであった。徳田アナウンサーの 「それではアース・ウィンド・アンド・ファイバーの皆さんです。 曲はセプテンバー!」という紹介に乗ってスタートするのが In The Stone という、 なんだか妙なことになっていたのだが、その辺 NHK はどう解決するつもりなのだ。

ちなみに上記の「ツナギ」の部分。今回私が派手なフィル・インを叩いたのは ここだけである。唯一の見せ場である。一世一代の晴れ舞台である。 男子一生の本懐である。いやそんな大袈裟なもんじゃないですけど。

と書くと、私を知る人からは「演奏時間たった三分の中でまた演ったんかいっ」との お叱りを受けそうだが、えーと、その、ボクが悪いんじゃないんですよ。 このツナギ、間にブレイクを挟みながら半音ずつ転調していって September に つながるというモノなんですが、そのブレイクを何で埋めるかということに なってですね。「ハデなドラムのフィルで埋めれば」ということに…いえですから、 それはボクの提案じゃないんです。信じてください。本当はボク地味な性格 なんです。こんなところで目立とうなんてユメユメ。くう。なんか言えば言うほど 嘘臭くなるのは何故?とほほ。

テープが巻き戻される。プレイボタン。そして 3 バンド目、ついに我々が登場する。

嗚呼。
これが NHK の解決法なのか。

「続いての登場はアース・ウィンド・アンド・ファイバー!」軽妙な 紹介に合せて、我らがヴォーカリスト M 君のメイクシーンなど舞台裏の様子が 流れる。そのバックで。

演奏始まってるじゃん!

「この衣装、このメイク。気合は充分!華やかなステージが期待出来そうだ!」 ってな紹介の後ろで、ところでやっぱりおれ達の印象って衣装とメイクだよね、 なんか複雑、てなコトを考えている間に演奏はどんどん進む。 In the Stone 終わっちゃうよ。 あっ、ようやくステージの画面になったぞ。そして問題のツナギだ。 お、おれ、おれひょっとしてアップ? どきどき。ドーラン綺麗に映るかなっ? その前に演奏内容を心配しろよ。

…ってなんで画面真っ暗なの? 唯一の見所なんですけど! 男子一生の本懐なんですけど! ををっ、ばっと明るくなった! 忽然と現れたのは最大限に引いたショット。 メンバー全員豆粒。最後方のドラムなんて舞台セットの一部にしか見えんぞ。

誰に注目されることもなく、それは風のように通り過ぎていく派手なドラムフレーズ。

そして September 開始と同時に、一番目立つリフを弾くキーボード K 氏の アップ。そうですね。これなら「September」というテロップでもおかしくないですね。 ま、そんなもんですよね。あは。あははは。

演奏者の表情は楽しそうである。お客様に楽しさを伝えるとという、我々の目標の 一つは達成できているかもしれぬ。しかし肝心の演奏内容は…荒い。 O 君が言っていた「覚悟」とはこれのことか。 今一つ噛み合わない、もどかしい演奏が、衛星を通じて日本中に広がって行く。 電波事情の良くない離島や山間部等を含め隅々まで染み渡っていく。 この年末年始休みに小笠原辺りに遊びに行くと、地元の子供達に「あー、カツラ かぶって顔塗ってたヘンなおっちゃんだー、リズム甘いー」とか言われてしまうのだぞ メンバーよ。言われねぇよ。

つか、視聴率ってどのくらいなんでしょうね。番組内容も然る事ながら BS だし、 まぁほとんどないんでしょう。と自分に言い聞かせるおれ。ちなみに 会社の同僚は見損なったという。いや、「そんなヤツだったのか!見損なったぞ!」 じゃなくて、番組を見ることに失敗したという意味ね。日本語は難しい。 「りおさん、のど自慢の直後に放送って言ったじゃないですか!」 いや、おれ嘘ついてないよ。BS だけどね。 「…」 よほど会社関係者には見られたくなかったらしい。

巻き戻してもう一度見てみる。横には嫁と娘。「ほらー、お父さんだよー」って これが私だと認識されたらどうするのだっ。やめれやめれ。 黒塗りアフロのインパクトというのは想像以上に強いのだ。ヴォーカル M 君の 愛娘はテレビで黒人を見ると「あ、お父さんみたい」と言うらしい。恐ろしいことだ。

また、知人女性ヴォーカリストの息子さんは赤ちゃん時代に黒塗りのカツラ男に 脅され、って男は脅したわけでもなんでもなくて、 その日の彼の役割がスティーヴィー・ワンダーだった だけなんだけど、でもだからってそこまでメイクしなくてもいーんじゃないの? っていう出来栄えで、とにかく驚いて大泣きしてしまったのだ。 そして母曰く「なんかね、幼児向け英語教室とかで、黒い人みると泣いて、白人だと にこにこしてるのよ。これって人種差別?」嗚呼。なんということだ。 人種差別問題にまで発展しているのだ。いったいどうすればいいのだ。 えーと、何について語ってたんでしたっけ。私は。

「そんなにヒドくないじゃん。上手くはないけど」という、 さらりとキツい一言で傷つき倒れながらぷつりと電源を切れば、 そこは普段通りの日曜日。静かな午後。時折シジュウカラの声。

日本茶を啜りながら思う。みんなで見れば、盛り上がって楽しかったのかな。

一人静かに、自分の出演しているテレビ番組を見る。
それはなかなかに、侘び寂びの世界。


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