第三十九回:スティーヴィー・ワンダーと私


普通の生活を営む普通の人間はその人生において、 フランク・ザッパと出会う確率よりもスティーヴィー・ワンダーに出会う確率の方が 高いと思われる。

私が中学生だったか、高校生だったか、とにかくつい最近、彼の声はテレビの中から 流れてきた。TDK のコマーシャル。曲は That Girl だったと思う。

最近、気が付いたらスティーヴィー・ワンダーのコピーバンドに参加していた、という ことがあった。バンドの中核メンバーはワンダー教の信者であり、 アルバム "Hotter than July" を聴かないものは人間ではなく、無人島に持って行く 一枚は "Songs in the Key of Life" であり、 しかしそれって二枚組だぞと突っ込むと「なっ、なにを言うかっ。二枚組は組で あって一枚と数えるのだぁっ!」と烈火のごとく怒るという 困った人たちである。

そんなに歳は違わないはずなのだが、彼らは既に That Girl の頃に、スティーヴィーに 心酔していたようである。私はというと、That Girl という曲こそ好きだったが アーティスト本人に入れ込むところまでは行かなかった。

数年前、全く別のバンドでやはりスティーヴィーをコピーしたことがあって、 その時に I wish や You are the sunshine of my life など、メジャーな曲を 改めて聞き直して素晴らしさを再認識し、なんだか損したような気持ちになった ものであった。昔から知ってるはずなのにな。こんなにかっこよかったんだ。

スティーヴィーで、私が思い出すことがもう一つ。それは世紀の天才ギタリスト ジェフ・ベックとのつながりである。ジェフはスティーヴィーの曲を何曲か、 自分のアルバムで取り上げており、またスティーヴィーのアルバム "Talking Book" に 参加したりもしている。Lookin' For Another Pure Love で珍妙な、あ、いやいや、 かっちょいいソロを取っているのがベックだ。ああ。ベック様。はあと (以下陶酔中につき削除)

さて、我々のバンドは、スティーヴィーの本名 Stevland Morris から頂いた "Stevland" というバンド名を引っさげて町田街角ライブへと出演したのである。 この「街角ライブ」という言葉を聞いて、何やらしょぼいイベントを想像した ディスプレイの前のあなた、かなり勘の鋭い方だとお見受けしました。 野外です。駅前の広場です。 目の前にはおじいちゃんおばあちゃんも座ってます。司会が出てきて「はぁい、 すてぃーぶらんどのみなさんでぇーす」とか紹介されちゃったりします。 状況は寒いです。でも 30 度を越す猛暑です。スティーヴィー役のボーカリストは この炎天下の中カツラかぶってドーラン塗ってます。 「スティーヴィー・ワンダーです。デトロイトから来ました。町田、愛してます」 とか MC してます。日本語しゃべってます。馬鹿です。 あっ、かつらが滑り落ちました。

彼のスティーヴィーへの愛は十分すぎるほど伝わってくるのだが、 実際、姿形のコピー具合にバンドメンバー一同感激というか感動というか 心動かされるというか、早い話が爆笑したのだが、 こういう愛の形は如何なものか。人の数だけ愛の形があるということか。深い。 涙を誘う。いや笑い過ぎてってことじゃなくて。ほんと。

我々のこの体たらくを嘲笑うかのごとく、本物が来日するとは思いもよらなかった。 モントルー・ジャズ・フェスティバルという、それって「京都祇園祭 in 千葉」 みたいな無茶なネーミングだと思うんだけど、そういうお祭りの一環で やってくるらしい。

「もう衰えた」
「ヴォーカリストとしての全盛期は 70 年代」
「最近のライブはパッケージ化されすぎてスリルがない」
「まぁそれでもホンモノを見れば感動するだろうけど」
などなど、信者の方々は「スティーヴィーってーのはそんなモンぢゃねーぞっ」的な 熱い意見を吹き込んで下さるのだが、私はただのミーハーであって、 最近のライブアルバム「Natural Wonder」に関しても、彼らの言うスリル云々は 分からないでもないんだけど、ヒット曲集として聞けるので嫌いではないし、 あのスティーヴィーが見られる、ホントに首をゆらゆら振りながら歌うんだろうか、 なんてことを考えて嬉しくなっていたりする。 と言いつつほんとは、全盛期を知らないっていうのは悔しいことなんだけどさ。

まぁ、結局ライブの前評判なんてあまり関係がない。とにかくその瞬間に 心動かされる何かがあれば演奏者の勝ちだ。こちらは「やられちまったぜ ちくしょー感動だーっ」となって軍門に降るわけである。

そういう意味で、今回のスティーヴィーは私に圧勝した。

「ジャズ」フェスティヴァルであることを意識したのかどうかは分からないが、 サテン・ドールやジャイアント・ステップス、イパネマの娘などの ジャズ・スタンダードを織り交ぜた遊びの多いステージで、 その遊びの部分になんというか、音楽を楽しむ術を知り尽くしている様が 伝わってくる。そして怒涛のヒット曲メドレー。ヴォーカリストとしての パフォーマンスももちろん素晴らしく、音域や音程といった、 ヴォーカルを「楽器」として見た時の性能の高さは凄い。 ハーモニカ・プレイも堪能した。

楽しいショーだった。まだまだ有るたくさんの名曲を、あるいはバックバンドの ドラマー、ジェリー・ブラウンの演奏を、もっともっと聴きたいと思った。 もっと聴きたい、と思えるライブは幸せだ。 もっと食いたい、と思えるケーキと同様に。 時々見掛ける「ケーキ食い放題」というのは「もういらない」という状態になって 終わるわけで、そういうのを幸せかというと… 想像してみると結構幸せな気もするがそれはさて置き。

ライブの後、一緒に来ていたワンダー教信者達、上述のコピーバンド Stevland で スティーヴィーを担当したヤツを含むのだが、彼らと飯を食いに行った。 その場で彼らは悩んでいた。無人島の一枚、Key of life というのは一旦取り消しだ、 Hotter Than July も捨て難い、「All I Do」で俺は泣いた、と。 まったく付き合いきれない連中である。まぁ無人島の一枚ってのは誰もが悩む 命題ではあるんだけどさ。

私? 手製の大型ケースにジェフ・ベックのアルバム全てを収納して 「ザ・ジェフ・ベック・ボックスセット」と名付け、それを「1」と数える、と…


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