第六十六回:テレビと私


テレビは「見るもの」であって「出るもの」ではない。
テレビは、向こう側に映っている人物や景色をこちら側から眺める窓である。

という辺りが、小市民のテレビに対するスタンスだと思われるのだがいかがだろう。 そして小市民は、突然向こう側に行く機会が勃発すると複雑な思いを抱くのだ。

映っちゃうのである。不特定多数の人間が自分を眺めちゃうのである。 特に楽器演ってるヤツの大多数はそれなりの自己顕示欲を有すると思われるわけで、 なんだかワクワクしてしまう気持ちは隠せない。 しかし小市民は同時にええ格好しいでもある。今更テレビに映るぐらいで 「ひゃっほう、テレビだ!う、映ってんの? もう映ってんの? おーい! おーい! 元気かーっ! オレだ。オレだよぉ! ピースピース」なんて浅ましいマネは 勘弁だぜ、なんてことも考える。いかがですか。小市民の皆さん。当たりでしょう。 え、ハズレ? おれだけなの?

とにもかくにも、Earth, Wind & Fiber がテレビに出演することになった。 きっかけはメンバーの「NHK 主催の『バンド自慢コンサート』ってのが あるらしいぞ。応募してみない?」というメール。今改めて当時のメールを 確認してみると、日付は 5 月 31 日となっている。

その頃の私はってーと、もうすぐ家族が一人増えるぞってんで落ち着かない日々を 送っていた頃だ。「出よう!」「面白そう」というメンバー達のメールを 横目で見ながら、出演日は 9 月かぁ、少しは落ち着いてる頃なんかなぁ、 なんて遠くからぼんやりと眺めているような気持ちだった。

この時点からの一連の出来事に揺れる私の心象を追い、 振幅を定量的に表してみたい、というのが本文章のメイン・テーマである。

審査のために我々の演奏シーン映像を送る必要があり、 当初はちょっと凝ったプロモーション・ビデオを作ろう、 なんてハナシもあったが時間が取れず、結局以前演ったライブを 録画したテープをそのまま送ることになった。そんなナゲヤリな私達に 届いた NHK からのメール。「貴バンドが選ばれました」というシンプルな内容。 合格である。あまりのあっけなさに、 ひょっとして、誰でも出られるんじゃないのか? 合格したのが 13 バンドで、 応募総数が 15 バンドぐらいだったんじゃないのか? と不安になる。 (→マイナス 1 ポイント)

なお、後で分かったことだが、 応募総数は 175 バンドだったらしい。ジャンルに偏りがないように出演バンドを 調整する過程で、70 年代ソウルという枠がたまたま空いていたということなのかも しれない。我々がもし、日本でも大人気の Jeff Beck のコピーバンドだったら、 あまりの激戦にあっさり落選していた可能性が大だ。

次に来たのが「候補曲を二曲出せ」というお達し。我々は 2 パターンのメドレー、 シンプルなものと凝ったものをスタジオに篭って作り上げ提出した。 結果、NHK はシンプルな方を採用すると言ってきた。確かにシンプルな方が安全だし、 September という人気曲をドンと中心に据えているので分かりやすいし、 納得のいく選択ではあるんだけど、凝った方も それなりにアタマ絞って時間かけたんだけどなぁ。(→マイナス 2 ポイント)

NHK の攻撃もじくじくと続く。リハは前日だという。遠地からの参加者も居り、 近郊の方はなるべく前日で、とのこと。まぁ、それはしょうがないよな。 しかしメンバーの数多いし、赤ちゃん持ちメンバーも多いし、なんとかならないのか なぁ、前日はスタジオ入って練習したいよなぁ、と思っていたところに届いた スケジュール表。なんと当日リハになっているではないか。めでたい。と スタジオの予約などしていたところ「間違いだった、やっぱり君らは前日リハ」 そ、そんな…(→マイナス 10 ポイント)

さらに「協賛がヤマハであるため、ヤマハ以外の楽器はまかりならん」だと。 はぁ、それは新しいキーボード買えってコトですか? ンなバカな。 結局、例えばキーボード背面等に「Roland」「Korg」なんて書いてあったら、 それはガムテープで隠す、ということで決着したんだけれど。 (→マイナス 20 ポイント)

演出上の疑問も。「番組エンディングということで、出演者全員で 『明日があるさ』を合唱するので歌詞を覚えておくように」…なんか自分の弱々しい 美意識が崩壊していくような気が…つーかそれ恥ずかしいって!ほんとに! (→マイナス 80 ポイント)

そしてこの段になって初めて見た、本イベントを紹介する WEB サイト。イベントも終了した今、 このサイトがいつまで残っているのかは分かりませんが、取り敢えずリンクは 張っておきます。さて、ここの「演奏曲目例」というページに 「幅広い演奏スタイル求む」なんて書いてあって、その下に

◆オールディーズスタイル
◆ベンチャーズスタイル
◆フォークバンドスタイル
◆ビートルズスタイル
◆GSスタイル
◆ハワイアン
◆タンゴ
◆ジャズ
◆カントリー
◆ラテン
◆ロック系バンド
◆ブルース系スタイル

てなモノが並んでます。あ、あの…ベンチャーズってのはスタイルなんですか? (→マイナス 12 ポイント)

それぞれの項目には簡単な説明が付いていて、例えば「ビートルズスタイル」には

編成はギター、ベースドラムスですが自ら歌い演奏するスタイルでビートルズ、 ローリングストーンズなどのコピーバンドを指します。 Ex.ビートルズ(イエスタディ)、ローリングストーンズ(サティスファクション)

…す、ストーンズの立場は…(→マイナス 25 ポイント)

そして「ロック系バンド」には

ピンクフロイド、イーグルスから日本のグレイ、SASまでの幅広いロック系バンド

…イーグルスのオリジナルメンバーってドン・ヘンリー(Ds, Vo)、グレン・フライ (G, P, Vo)、バーニー・リードン(G, Vo, バンジョー)、ランディ・マイズナー (B, Vo)だよね? あなたがたの定義する「ビートルズスタイル」との差は? (→マイナス 50 ポイント)

そして私を打ちのめす「ブルース系スタイル」のこの一文。

エリッククラプトンなどのブルース系バンド。 Ex.エリッククラプトン(レイラ)

………(→マイナス二億五千八百万光年) ←あまりのことに単位も分からなくなってます (筆者注:私のエリック・クラプトン嫌いを知らない方には分かり難い部分ですが、 一応笑う所です。という注釈もどうかと思うが)。

この時点で私のマイナスポイントは 200 + 二億五千八百光年。 心理的状況は「疑惑」「イマイチやる気出ない」を遥かに通り越して「後悔」に 近い。しかしこういう時こそ前向きに取り組まなければならない。 ポジティヴ・シンキング。そこに光は見出される。

そして前日、9 月 15 日。リハーサル。 複雑な思いを胸に恵比寿ガーデンホールのステージセットを眺める。 掲げられた「2001 全国バンド自慢コンテスト」という看板。 「バンド」を「のど」に変えるだけで 20 年ほどタイムスリップできそうな その舞台。(→マイナス 5 ポイント)

いやいや、マイナスポイントはここまでだ。 普段ライブハウスに出演する時とは大きく異なる状況に驚くことになる。 ここから反撃だ。

まずバンドの扱いが違う。ホール入口では 「バンドの方ですか? 会場は三階です。今係の者がご案内致します」 「お荷物はすべて係の者がお運びします」である。(プラス 10 ポイント) 当日は豪華なお弁当も出て交通費も全額支給だ。(プラス 20 ポイント) キーボードの Candy 氏などはその待遇に対して曰く、 「うんうん、僕らがいなけりゃ番組は成立しないわけだしねぇ がっはっは」。すっかり勘違いしている。

そして、スタッフの多さ。手際の良さ。「入れ替え時間三分でドラム調整するの 大変ですよねぇ?」「それが仕事ですから。任せてください」うーむ。 プロって感じです。(プラス 70 ポイント)

ついに当日 9 月 16 日。スタッフの仕切りも的確で余計な心配もなく、 モニタや楽器の状態等演奏に関わる部分も快適で、本番も気持ち良く叩けた。 ここ恵比寿に来るまではネガティヴな気持ちになったことも あった。けれども結局は貴重な経験をまた一つ積むことが出来た。本当に ありがたいことだ。イエィ!(プラス 100 ポイント)

この時点でのポイント数は、二億五千八百万光年を置いておけば -5 ポイント。 いける。調子は上向きだ。最終的にはプラスで終われる。 前向きな姿勢万歳。ポジティヴ・シンキング万歳。

そこに落とし穴がぽっかりと口をあけて私を待ち受けていようとは。

バンドが演奏する横にはゲスト・コメンテーターが座っている。 前田憲男氏(作曲家、編曲家)、井上堯之氏(作曲家、ギタリスト)、 山瀬まみ氏(タレント)の三人だ。演奏終了後、彼らのコメント。 山瀬氏「すっごく楽しそうでした。でも近くに来ると恐い」、前田氏 「ホーンが良い出来だった」と概ね好意的な感想だったが、井上氏が。 元スパイダーズのギタリストであり、「太陽にほえろ」や「傷だらけの天使」等の 演奏で有名な井上堯之バンドを率いていた、あの井上氏が。

「ボクはね、ちょっと惜しいなと思ったところもいくつかあってね。 ビートのことなんだけどね。えーとドラムの人いるかな。 こう、バスドラムがどーん、と鳴るわけでしょ。このドッ!っていう、その一発ね、そのインパクトが、こうリズムが転がっていくね、いやこれは友情で、良かれと思って 言ってるんだけど」

…す、すみません。井上さん。何を言いたいのか良く分かりません。 おっしゃった言葉を思い出しつつ意見の要旨をまとめようとしているのですが、 さっぱりキーボードが進まず、それでも無理をして書いたら上記のように なってしまいました。 それでもなんとか自分なりに咀嚼してみますとつまり、

バスドラいっぱい踏むんじゃねーよバカ

つーことではないかと思いますが誤っておりますでしょうかコンチクショウ。 いやはや。ご指摘ごもっとも。ワタクシ、気持ちが足に出てしまう タイプなのでございます。嬉しいと足数が増え、怒ってると足数が増え。 ってどう転んでも増えてますが。 嗚呼。私のドラムスタイルを知る連中が聞いたら腹を抱えて笑いそうな コメントであります。メンバーが 17 人も居て私だけ名指しってところがなんとも。 それだけ目立ってたってコトですか? てへっ☆ とか考えちゃうからいつまで経っても こうなんだよな。とほほほ。(マリアナ海溝より深くマイナス)

楽しくもほろ苦い TV 初出演。
放映予定は BS2 にて 12 月頃だそうだ。
私の駄目バスドラを、キミもその目その耳でチェキラ!

あ、いやその。チェキラしなくていいです。すごすご。


▲ 音楽と私 に戻る

▲ INDEX Page に戻る