第三回:M氏と私


世の中にはとっつきにくい人種というのがいるものである。

例えば私がドラムスを担当するバンド The Pulse のベーシストのI氏 などは典型だろうか。

私のオーディションと顔合わせを兼ねた最初の練習は横浜のぺんた。バ ンドのオリジナル曲をあらかじめ予習して臨んだスタジオ。最初の曲が 終わる。不思議な沈黙。ボーカリストとギタリストの笑顔。そしてI氏 の第一声はこうだ。

「なんかドラム違うんだよねぇ」

そりゃ前任者と違うのは当たり前じゃないか。それもそんな嫌そうな顔 で。

今はよい友達であるがその時の印象は強く、彼を他の友人に合わせる時 は「とっつきにくい人だから。笑ってなくても怒ってないから。」など と余計な紹介をしたりする。

愛すべきとっつきにくい人種といえば・・・

あれは何年前だろうか。私がメーリング・リストというものを知り、ネ ットワークを介して友人が出来はじめた頃。ネットワークは素晴らしい。 有意義な情報も得られるし、付き合いの輪は広がるし、みんな優しい。 そんな幻想を抱きはじめていた、あの頃。

ひょんなことでギター好き達のためのメーリングリスト、Player's-Jam に加入した私を待っていた、この議論。

「表現手段の習得法としてコピーは有益だと思う。そして楽器持って何 を喋るか。喋るべき内容を持たないヤツの音楽はつまらないのでは。自 己表現という意味でいえば、他人に自分の本意が伝わらないってのはい かんのでしょうね。」

今こうして見てみると、加入後間もないヒヨっ子が無理して濃い話をし ている感もあり、自分でいうのもなんだが微笑ましくも情けない。

もともとこの発言も、どなたかの「コピーは有益なのか?」という意見 に言うならば「噛み付いた」ものであったかもしれない。

しかし上には上がいる。
ここにM氏は登場する。

「いやいや、楽器を手にして何か演ることが『表現』でなきゃいかんな んて、そんなカビの生えたような70年代以前の固定観念が何の足しに なることやら..(原文ノママ)」

カビですよ。70 年代以前の固定観念ですよ。何の足しになることやら ですよ。ウブな私は驚いた。

思い出すのは、さかのぼることさらに一年ほど・・・

そう、私はM氏とは顔を合わせたことがあるのだ。

その頃私は、Fender U.S.A. American Standard Stratocaster を買っ て嬉しがっていた。一生モンと思って買ったんですよね、ところが耳が 肥えたんだかなんだか今度は別のギター欲しくなっちゃったり困ったも んですあははは。

彼は言った。

金さえ出せば欲しいものが手に入るということを身体が覚えてしまった 今、君はもうそこから逃げられないのだよ。堕ちたな。

初対面が、これである。
ML では、カビである。

しかし、この「発言に含まれるトゲや毒を敢えて丸めないままぶつけて 議論を炸裂させる」手法(などというと本人が怒りそうだがM氏としか 言っていないから言い逃れることにしよう)は現在の私の一部に色濃く 影響を残しているように思う。

この影響、上手な方向に受けないとタダの悪役になってしまう、という 見本もどこかで見たような気もするが忘れよう。愛すべき「とっつきに くいやつ」の道は険しい。うむ、やはり愛だろ。愛。トゲの中には美味 しい身が包れている、そう、ウニのような心・・・

ウニはあまり好きではないのでちょっと目指そうという気が起きない。

トゲの中には美味しい実が包れている、クリのような心・・・ううむ・・・

いや別に比喩が大事なわけではないのでこんなことで悩んでいる場合で はない。

なんにせよ、その後、その手法でいろんな方といろんな面白い議論を持 つことができ、そこから得たものは大きい。氏には深く感謝したい。

そういえば、私がネットワーク上で面白いと思う人にはこのタイプが多 いのかもしれない。サックス吹きのS氏とか。ついでにここでまとめて 感謝してしまおう。

などと不精なことをするものだから私には友達が少ないのだ。

* * *

今日も、氏は元気だ。

新規参加者に対して

「あ、こういう発想.私、大嫌い.」

といきなりかましておられる。しかし、その後に

「(と、意識的に答えておきましょう.笑い) 」

などと日和った表現も見られる。丸くなったのだろうか。いやこれから もトゲを投げ続けて欲しいものだ。


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