第三十一回:LP と私


年を取るということは周りに若者が増えるということで、 若者というのは情け容赦のない質問を屈託のない笑顔で繰り出してきやがるので 気絶するほど悩ましい存在なのである。運動した翌々日に筋肉痛になったり するんですかぁ? って悪かったな。

先日街を歩いていて、

「最近はあーゆーカラフルなジーンズが流行ってるんかなー」
「そーみたいね。ハデなの好きでしょ。買ったら?」
「いやーなんか流行ってるモノを身につけるのってなんか恥ずかしいぢゃん。 人と違うのは構わんのだけれど」
「それはおやぢだよ…」
「え、そ、そうなの?」

流行っているものを身につけるのは恥ずかしく、人と違うことをするのが好きだった 私は、例えば小学生の時に赤いランドセルを欲しがったり(結局黒だったけど)、 みんなが長ズボンに傾いていく中真冬も半ズボンで通したりしていたのであるが、 つまりその頃からおやぢだったということであるのか。衝撃。

先日若者から受けた攻撃、いや質問は

「えーっ、LP から CD に切り替わっていった時代を知ってるんですかぁ?」

知ってるも何も真っ只中ではないか。だいたい LP なんてついこの間まで ハイファイソースの王者だったではないか。

CD プレイヤー一号機が発売されたのが 1982 年。その後数年間、CD と LP の死闘が 繰り広げられるわけだが、私が大学生の頃、もうすっかり決着は付いていたと 思われるこの時期に、私はまだ LP を買い漁っていたのである。 CD プレイヤーを入手したのは大学生も随分後半の頃だった。

今も思い出す。あの中古盤屋のカビ臭い香り。1000 円前後、うまくすれば 500 円程度で LP を一枚入手できた。輸入盤は 1,500 円以下ぐらいか。 銀座のハンターや渋谷のタワーなど、学校帰りにしょっちゅう立ち寄っていた あの頃。美しき青春の日々。っていうかただの貧乏。 中古盤でも、輸入盤の中古と国内盤の中古では値段が違い、大抵は国内盤の方が 高かった。ライナーノーツやカラーポスターが入ってたりして、 本当は国内盤が欲しいってこともあったよなぁ。 輸入盤と国内盤両方あった時にこっそりライナーノーツを 輸入盤の方に入れて安い値段で…はっ。いやいやなんでもありません。

ハイファイソースの王者であるからして、 オーディオ雑誌を見てもレコードプレイヤーというのは花形なわけです。 各社充実のラインナップ。競い合われる新技術。 値段もリーズナブルなものから車より高いものまで。 怪しげで楽しい周辺機器も百花繚乱。レコードを空気の力で吸い付けてしまう ターンテーブルシートとか、自分で勝手にぐるぐる走るレコードクリーナーとか。 それからカートリッジもいろんなメーカーがあって選び放題。 ちょっとオーディオに凝った人は複数のカートリッジを所有して 付け替えて音の違いを楽しんだりしていたわけです。 カートリッジを取り付ける際には針圧だ、インサイド・フォース・キャンセラーだ、 トーンアームの高さだ、と色々調整したりしてなかなかこれが面倒で。

思えば思うほど、本当に面倒だった。

毎回レコードをかける度に、外袋を取って、ジャケットから出して、 傷や指紋を付けないようにそっとショーレックス(内袋)から出して、 ターンテーブルにセットして、静電気防止のために盤面には〜っと息を吹きかけながら ベルベットのクリーナーでクリーニングして、息を詰めて針を落として、 かけ終わったらまた息を詰めて針を上げて、いや、この針の上げ下げは自動だったのが 壊れてただけなんだけどそれはさておき、針を落としたらダストカバーを閉めて、 やっと座って聴き始め、 しかし 20 分(どこが Long Playing だ)経ったら A 面が終わるので立ち上がって盤をひっくり返し、 また盤面をクリーニングして針を落として、 B 面の演奏が終わったら針先の掃除をして、盤をショーレックスに入れて、 向きを気にしながらジャケットに入れて、 また向きを気にしながら外袋に入れてやっとこさ終わり。

あんまり面倒だったし、かけると段々擦り減って悪くなってしまうこともあり、 カセットにダビングして、普段はそっちを聴いたりしてはいたのだが、 反面この面倒な作業が楽しかったりするマニアってのは妙な人種である。 いや、私はそんなに「マニア」ではなかったし今もないのだが。 十分マニアぢゃんか、と思ったあなたはホンモノのマニアの恐ろしさを知らないのだ。 ぶるぶる。

ふつーのヒトはそこまで気を使っていたわけではない、 というのはかなり最近知ったことで、 うちの嫁は、ショーレックスやジャケットがどういう向きに 入ってようが知ったことではないし盤のクリーニングなんて知らん、レコードと いうのはパチパチ音がするもんだ、そういえば反っちゃったレコードは セロテープでターンテーブルに貼り付けて聴いてた、 ところで針圧の調整って何のことだ、などと発言している。 当然、即刻プレイヤー使用禁止、触れば江戸所払いの刑に処することが決定された。

しかし CD というのは便利だし、どんどん値段は下がるし、 対して アナログは LP もカートリッジも入手しにくくなってくるし、 というわけで私もあっさり乗り換えちゃったのである。 気に入っていたレコードはわざわざ CD を買い直したりもした。 それでもまだ、手元には少々 LP レコードが残っている。200 枚とかそのぐらい だろうか。そしてこいつらは何年も顧みられることなく ダンボールの中でじっと最期を待っていたのである。

が、しかし。

なんかさー。その、気になりだしちゃったんだよねー。

最近ちょっとオーディオに傾いてるし、 ジャズ喫茶ってーとやっぱアナログだしさー。

なんか気付いたらカートリッジの情報とか収集しちゃってて。知らないうちに 機種とか決めちゃったりしてて。無意識のうちにオーディオ雑誌の広告ページを 頼りに片っ端から在庫がないか電話してたりして。覚えてないんだけどあざみ野まで 電車乗って行っちゃって、今ふと見るとああっどうしたことだっ 手元に Shure M97xE が。 そんなわけで本人の与り知らぬうちに再びアナログレコードと関わっている。 人生とは不思議なものである。いやまったく。こん、ずずずー(←ししおどしを 聞きながら茶をすする音)。

カートリッジ装着の顛末を 書いていると長くなりそうなのでそれは別の機会に 譲ることにするが、まぁいろいろあった後、今、Shure M97xE のダイヤモンド楕円針が 音溝の中を走っているのである。

CD と LP 両方で持っているソースがいくつかあるので聴き比べてみると、 正直、私のシステムでは、 レンジの広さにしろ分離にしろ大概 CD の方が良いのだが、なんというか、 例えばパーカッシブな音が直接肌に触れてくる感じとか、 うまく言えないんだけれど心地よさはあって、アナログにこだわる人の気持ちも 分かる気がする。片面 20 分という時間や、新たに B 面が始まる感じも 意外に良いものだ。パチパチノイズが落ち着くとか(でも、わざとアナログ風の スクラッチノイズを入れてある CD って時々あるよね)、 CD には入ってない 22KHz 以上の音があるから良いとか、 そんなことは言わないし思わないけれど、LP、悪くない。趣味性が快感だ。 もちろん依然としてメインソースは圧倒的に CD なのだけれど。

「知らないの? ついこの間までその辺で売ってたぢゃんかよ。今も入手可能だし」
「知りませんよぅ。若いもん」

と来たもんだ。若者。

でもさー、本当に若い奴は自分が若いかどうかなんて意識しないだろ。 えっ、負け惜しみ? まぁ、そうだけどさ。こん、ずずずー(←石を蹴りながら 鼻をすする音)。


▲ 音楽と私 に戻る

▲ INDEX Page に戻る