ローマ |
Rome / Italy |
撮影: 1995/7, 制作: 2015/3, 改訂: 2019/12 |
1995年の欧州旅行で最後に訪れたのは、2,000年の歴史がある永遠の都・ローマです。どのガイドブックを見ても、ローマにトラムがあるとは書かれてなかったので、すばらしい風景の中を走るトラムの姿を発見したときは本当に感動しました。 |
Farini (Termini) ローマの中央駅・テルミニから駅前を一周する狭い通りを抜けたところに、トラムのターミナルがありました。ナポレオーネⅢ世通りの突き当たり、ファリーニという場所です。 ローマのトラムは、軌間1,445mm、運営は公共交通会社・ATACが担当しています。 |
ファリーニで発車を待つ連接車7111号と、左はその車内です。 電停のポールに"CAPOLINEA"(terminal)と書かれています。 系統番号は3桁の[516]になっています。市内をブロックに分けて、ターミナルごとに系統番号を割り振りましたが、覚えにくいため市民の評判が悪く、後年[5]系統に改番されました。 |
Piazza dei Gerani Serie 7000 ファリーニから[516]系統に乗って、市街地の東にある終点のジェラニ広場へ行きました。写真は、この広場を起点とする[19]系統です。市内を半周して西にあるヴァチカンの入口、リソルジメント広場まで走っています。7000型は戦後間もない1949年から53年にかけて、伊パドヴァのスタンガ社で製造されました。まっすぐに伸びたビューゲル(集電装置)が特徴的ですが、Zパンタの車両もあります。 |
Porta Maggiore Serie 8000 (PCC) 古代ローマ時代の水道橋が残るポルタ・マッジョーレです。紀元1世紀に造られた新アニオ水道が、トラムの頭上を今も流れています。 車両の8000型は、1956年にミラノのOM社で造られたPCCカーです。全長14.7mのボギー車で、電気ブレーキとドラムブレーキを併用しています。 |
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Serie 2000 (Officine Meccaniche Meridionli) 当時最古参の2000型が、広場の南にある電停にやって来ました。 2000型は戦前の1930年代に造られた、全長13mのボギー車です。ふとんたたきを連想させるビューゲルが異彩を放っています。年代によって3種類に分類されますが、この2235号は1934年にミラノOM社で造られた最終グループです。 |
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2000型、2241号のサイドビューです。均整の取れた車体に下降式の窓が並んでいます。よく見ると、独立した窓は2つで、残りは2つの窓が1ユニットになっています。 |
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ポルタ・マッジョーレの線路配置図を制作しました。広場には、電停が3ヶ所あります。茶色で示すのが水道橋です。 95年当時、ローマには7本のトラム系統がありましたが、ポルタ・マッジョーレにはそのうちの6本が集まっていました。 さらにラツィオ州パンターノに至る950mmゲージのライトレール・CoTraLが、この広場を横切り、トラムと平面クロスしています(青線)。 |
水道橋の風景に感激して、何枚も写真を撮りました。 ローマでは旧型のトラムの車両番号に、奇数番号だけが使われていました。連接車だけでなく、全ての車両に偶数番号がありません。例えば、1両で走るボギー車の8000型には8001~8039が付与されていますが、トータルの車両数は20両です。 尚、後にご紹介する新車の9000型以降では、偶数番号も使われています。 |
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ローマには、珍しい系統番号がありました。[30/]という系統で、30の上に斜めの赤線が引かれています。これは元々存在した[30]系統の区間系統で、ウィークデーのみに運転されていたものです。本家の[30]系統は廃止されましたが、区間系統の[30/]は存続し、休日も運転される通常の系統になりました。 ※現在、[30/]系統は、[3]系統に改番されています。 |
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Serie 2000 (Carminati & Toselli) ポルタ・マッジョーレの西側の電停です。画面の奥がテルミニ方面になります。 車両は、2000型の2181号、1930年にミラノのCT社で造られました。この会社は1935年に解散しています。 |
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Piazza del Colosseo ところ変わって、ここは有名な円形闘技場・コロッセオの南側です。通常、観光客は北側の正門から入りますので 、コロッセオの横をトラムが走っていることはほとんど知られてません。冒頭の写真もここで撮影しました。 |
Parco Celio コロッセオの南にあるチェリオ公園です。ローマのトラム線路は基本的に道路上に敷設されていますが、この区間は専用敷になっています。 周辺には「真実の口」や「サン・クレメンテ教会」など、多くの観光スポットがあります。 |
Pz. A. Mancini ここは、テベレ川の東岸にあるマンチーニ広場です。ヴァチカン方面へ向かう[19]系統から北へ分岐している線で、1983年に造られました。開業時は[19]系統の終点になっていましたが、FIFAワールドカップが開催された1990年から、観客輸送のために設定された[225]系統に変わっています。 ※現在は[2]系統に改番されています。 |
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Serie 9000 [225]系統は全便が新車の9000型で運用されていました。1990年にミラノのSOCIMI社で造られた全長21m、135人乗りの連接車で、空調を装備しています。最大の特徴は、両運転台であることと、車体の70%が低床構造になっていることです。 |
9000型の車内です。上掲の写真と併せてご覧下さい。運転台を含む車両の両端だけが高くなっていて、小さな階段が設けられています。中央部にある4ヶ所の出入口部分はフラットな床で、幅広の4枚折戸を通って車椅子やベビーカーが段差無く出入りできます。 このタイプの低床車は世界初の試みで、その後発展した超低床トラムの先駆けとなるものです。 SOCIMI社は元々トロリーバスのメーカーで、この車両の開発を足がかりに、トラム業界での発展が期待されていました。しかし残念なことに、1994年、贈賄スキャンダルが原因で倒産してしまいました。 ※前回の「ミラノ その2」の中で、SOCIMI社のトロリーバスを紹介しています。 |
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マンチーニ広場から出発する9000型を見送りました。この路線は、上りと下りが並行する別々の道路を走っていますので、一見すると単線のように見えます。 |
Termini IVECO Cityturbo 480 最後にテルミニの駅前で撮影したバスの写真を1枚。 1980年代の後半から90年代の前半にかけてIVECOで造られた「シティーターボ480」です。ローマやミラノの市内で活躍した代表的な型式で、FIATのターボエンジンを搭載しています。全長12mの車体に4枚折戸を4つ配置した、洗練されたデザインが印象に残っています。 |
References: |
http://www.atac.roma.it/ |
http://www.nycsubway.org/wiki/Rome,_Italy_Trams |
http://www.simplonpc.co.uk/T_Rome.html#anchor54387 |
http://it.wikipedia.org/wiki/Officine_Meccaniche_della_Stanga |
http://it.wikipedia.org/wiki/Rete_tranviaria_di_Roma |
http://www.ilmondodeitreni.it/RomaTram/ |
http://it.wikipedia.org/wiki/Socimi |