入浴を済ませ、同室のエレオラとしばらく語らった後、喉の渇きを覚えた私は厨房から水をもらってこようと部屋を出て、廊下の角を曲がったところで反対側からやって来たスレンツェとバッタリ鉢合わせて、足を止めた。
―――あ……。
前身頃を合わせるタイプの宿の簡素な寝間着に着替えた彼はいつもとは印象が違って、衿の合わせ目から覗いた鎖骨や前腕に浮き出た男らしい筋がどことなく色っぽく見えた。
無意識のうちにスレンツェの唇に目が行きそうになって、私はやや不自然に瞳を逸らしながら、当たり障りのない言葉をかけた。
「……部屋へ戻るところ?」
「……。ああ」
カルロ達と対峙する前夜、テラハ領の別荘での出来事が脳裏に甦る。
あれから幾日が過ぎたのだろう。カルロ達と対峙後も慌ただしい日々が続いた私達は、あれから二人きりになることもなく、私はそれに少し救われながら、なるべくあの夜を意識しないようにして過ごしていた。
『ユーファ。この件が片付いたら、お前に伝えたいことがある。だから、後で時間を作ってくれないか。オレはそれを伝える為に、必ず生きてお前の元へ戻ってくる』
今思い出しても身体が火照ってしまうような情熱的なキスの後、スレンツェは私にそう言って、その約束通り彼は無事に戦場から戻ってきてくれた。
スレンツェは多分、帝都へ戻って少し落ち着いた頃を見計らって、この話を切り出そうと考えているんだと思う。
相変わらず定まらない私の心はゆらゆらと揺らめいて、けれど彼の熱情は確かに私の深いところに刻まれていて、常に頭の片隅にあった。
「……アーク様をお願いね。あなたが早めにストップをかけてくれたから、大丈夫だとは思うけど」
フラムアークと同室のスレンツェにそう言うと、彼は少し頬を緩めた。
「見るからに高揚感を抑えきれていなかったからな。まあ、あの様子なら問題ないだろう」
それからひと呼吸おいて何か言いかけた彼は、どこかためらうように一度口をつぐんだ後、周りを憚りながらこう尋ねてきた。
「ところで……エレオラの傷の具合なんだが―――どうだ? あれから、ひどくなったりはしていないんだろうか」
その意外な質問に、私は軽く目を瞠った。
「え? ええ……化膿はしていないし腫れも引いてきているから、問題ないわ。徐々に良くなってきていると思う」
私の回答にスレンツェはそうか、と呟いて、少し聞きにくそうにこう続けた。
「傷は―――残らずに済むだろうか?」
「えっ?」
驚く私にスレンツェは苦しげな面持ちになって、そう尋ねるに至った理由を説明した。
「彼女のあれは―――オレをかばって負った傷なんだ」
「えっ―――、そうだったの?」
知らなかった―――。
「申し訳なくてな……オレはあいつに本当に助けられてばかりで―――これからもそれを返せるあてなどないのに、もしかしたら消えない傷まで負わせてしまったんじゃないかと思うと、どうにも……心苦しくて」
自責の念に駆られるスレンツェはまたひとつ不要な罪悪感を背負いこんでしまいそうで、そう捉えるのは違う、と感じた私は、彼に対して客観的な意見を突きつけた。
「エレオラはそんなこと、望む人じゃないわ。彼女はあなたを助けたいと思ったから助けたのであって、それに対する見返りなんて求めていないはずよ。それはあなたも感じているでしょう? 心を痛めるあなたの気持ちも分かるけれど、そんなふうに考えるのはエレオラに対して失礼だと思う。あなたが彼女に抱くべき感情は『申し訳ない』より『ありがとう』であるべきじゃない?」
「ユーファ」
少なくとも、彼女はスレンツェにそれを気に病んでなどほしくないはずだ。絶対に。
例え傷痕が残ってしまったとしても、エレオラにとってそれは忌むべきものではなく、大切な人を自身の手で守ることが出来た証のように感じられるんじゃないだろうか。そして、彼女はそれを誇りと捉える人だと思う。
「率直に言うわ。傷痕はうっすらと残ってしまうかもしれない」
「……!」
衝撃を受けた様子のスレンツェに、私は切々と訴えた。
「でもエレオラにとってそれは傷じゃなくて、守りたい人を守ることが出来た勲章のようなものに感じられるんじゃないかって、私は思うの」
「勲章……?」
「そう、例えるなら勲章みたいなもの。守りたい人を守れた証であって、彼女にとっての誇り―――エレオラはそういう捉え方をする人じゃない?」
「……」
難しい顔になって沈黙するスレンツェは、自分はそれに値(あたい)するような人間ではないのに、などと悪い方向へ考えてしまいそうで、彼がそういった思考に陥ることを避けたいと考えた私は、意識的に口角を上げ、悪戯っぽい口調で言った。
「とは言っても私はエレオラじゃないから、気になるのならあなたが彼女自身に聞いてみるのが一番だと思うわよ。そんなことを気に病まないで下さいって、諭されちゃうのがオチだと思うけど」
私には出来ない守り方。深い愛情と広い度量を持って大切な男性(ひと)を支え続ける覚悟を決めた、強くて誇り高い女性(ひと)―――。
そんなエレオラに対する後ろめたさに似た想いも、私の中には少なからずあった。
真っ直ぐな彼女に比べて、私は歪(いびつ)だ。こんなふうに中途半端な気持ちの私がスレンツェを想う資格が、彼に想われる資格があるんだろうか―――?
密かに自己嫌悪に苛まれていると、深い吐息と共にこぼれたスレンツェの声が私を現実へと引き戻した。
「……お前の言葉には、時折ガツンと目を覚まされる思いがする。そうだな……オレは自分の不甲斐なさを嘆くでなく、まずはエレオラに感謝するべきなんだな」
そう言って肩の力を抜いた彼の表情からは翳りが消えて、どことなく穏やかなものになっていた。
「礼を言う、ユーファ。お前はいつも、オレに力をくれるな」
「大袈裟ね。でも、お役に立てたなら良かったわ」
軽く微笑む私を見やり、スレンツェは凛々しい目元を和らげた。
「……。最初に言いそびれたが……お前のそういう姿は新鮮だな。良く似合っている」
彼と同じく宿の寝間着に着替えていた私は、そう言われて何だか気恥ずかしくなってしまった。それは自分が彼のその姿に色気を感じていたせいかもしれない。
「あ……ありがとう。スレンツェこそ、良く似合ってるわ」
赤くなりながら口ごもる私を見つめて、スレンツェは淡く笑んだ。
「可愛いな」
彼の口からそんな言葉が出るとは思っていなかった私は、ビックリして長身の彼を見上げた。
フラムアークならいざ知らず、スレンツェの口からそんな言葉が出てくるなんて!
目をまん丸にする私を見て珍しく照れくさそうな顔になったスレンツェは、うっすら頬を染めたまま視線を逸らして、ぶっきらぼうに呟いた。
「……オレだって、それくらいは言う」
今までにない彼の言動に、私は胸が急激に騒がしくなるのを覚えた。
な、何、その顔……! 自分で言った言葉にそんなふうに照れちゃうなんて、スレンツェの方こそ可愛いんですけど!?
意外な一面に思わず心の中で悶えながら、何て言葉を返したらいいのか分からなくて、二の句が継げずに押し黙ってしまう。
ぎこちない沈黙に包まれた私達は互いに頬を赤らめたまま、しばし無言で向かい合った。
「……こんなところでする話じゃないな。宮廷に戻ったらゆっくり話そう」
スレンツェがそう切り出して耐え難い空気を打ち破り、ホッとしながら「そうね」と相槌を打った私は、続く彼の言葉に先程とは違う意味でドキッとした。
「あの時の話の続きも、その時にしよう」
「……。ええ」
ふわふわした気持ちから一転、現実に立ち返るのを覚えながら、私は静かな覚悟を固めた。
その時が来たら、きちんと言おう。
あなたとフラムアーク、どちらにも惹かれていて、ずっとどっちつかずでいる私の気持ちを正直に。
軽蔑されてしまうかもしれないけれど、包み隠さずそれを伝えることが、あなたに対して誠実に向き合うことであると思うから―――……。
*
ユーファを見る度に湧き起こる甘い気持ちとは裏腹に、スレンツェの心には絶えず苦い自問が渦巻いている。
宿の寝間着姿になった、いつもと違う雰囲気の彼女に目を奪われる一方で、頭の片隅にいるどこか冷静な自分がカルロらのことを思い、そんなことにうつつを抜かしている場合なのか、そんなことが許されると思うのかと常に反問しているのだ。
こんなオレに、彼女を想う資格などあるのか。
人を愛し愛されたいと願う資格など、あるのか。
人としての幸せを望む資格など、このオレに―――。
数え切れない人々の骸(むくろ)の上に立ち、彼らの犠牲をもって生き永らえているこの自分に、そんな資格など―――……。
その思いはカルロ達と対峙後、急速に膨れ上がって、密かにスレンツェの精神を圧迫し続けていた。
そしてそれは夢という形を取って、毎晩のように彼を深い闇の底へと誘(いざな)うようになっていたのだ。
そして、今夜もまた―――……。
底冷えするような闇がまとわりつく気配を感じ、深層意識の底で瞼を開いたスレンツェの目に映ったのは、赤と黒と白の三色で構成された世界―――またか―――という諦念にも似た思いを精神世界でなぞらえながら、独りその地に降り立ったスレンツェは、覚えのある風景を眺めやった。
崩れた城壁から折れて垂れさがる国旗と吹き上がる炎、それに煽られて舞う戦塵―――累々と横たわる戦士達の亡骸が生々しい、荒涼とした戦場跡に一人佇む自身の足元を覗けば、踏みしめたおびただしい数の髑髏(どくろ)の山が見えた。
その髑髏達の眼窩から無数の白い腕が伸びてきて、髑髏の山の上に立つスレンツェの足に腰に、腕に肩に絡みつく。まるで植物の蔓のように、逃すまいと言うように彼の身体を絡め取ったその節々からぼこぼこと、不気味に浮き出て膨らんだつぼみのようなものが人の顔をかたどると、やがてそれは見知った人物のものへと変貌して次々に咲き狂い、歪んだ口から悲鳴にも似た呪詛を吐いた。
『苦シイ、痛イ……血ガ、血ガァ―――!』
『何故、オ前ダケガ生キテイル―――』
『殺セ、帝国ノ皇子達ヲ殺セ!』
『ドウカ、我ラノ仇ヲ……アズール王国ノ再興ヲ―――』
『帝国人ヲ皆殺シニセヨ!』
精神に直接響くような亡者達の怨嗟の声が無念を纏う狂焔(きょうえん)となって、がんじがらめにされ身動きの取れないスレンツェの魂を灼いていく。
「―――……!」
表現しようのない苦痛に、天を仰いで声にならない声を迸(ほとばし)らせながら、逃れることも膝を折ることも許されないスレンツェは、ただひたすらに永劫にも思える時を耐えるしかなかった。
祖国を失い帝国へと下った後、繰り返し繰り返し、毎夜のようにこの夢を見た。
毎晩うなされて起きては嘔吐し、眠れぬ夜を長いこと過ごした。あの頃は生きながらにして死んでいた。
その悪夢を今、また見ている。
フラムアークと出会い、ユーファと出会って、少しずつ悪夢を見る頻度が減り、ここ最近はめっきり見ることも少なくなっていたのだが、カルロ達の一件が契機となり、再びそれが繰り返されるようになってしまった。
これは自分の心象風景だ。分かっている。だが、彼らがこのような無念の下で死んでいったことも知っている。
絶えることのない亡者の合唱―――拘束され耳を塞ぎたくても塞げないスレンツェの前に忽然と現れたカルロが、血の涙を流しながら叫んだ。
『何故、我々を裏切ったのだ! 貴方のせいでまた死んだ、アズール王国を守ろうとする同胞達がまた死んだ! 我らをどれほど落胆させ失望させたら気が済むのだ、貴方は!?』
これは現実のカルロではない。分かっている。だが、自分は確かに彼の期待を手酷く裏切り、多くの同胞らを落胆させた。これに間違いはない。死者が出たこともまた事実だ。
その事実が、スレンツェを苦しめる。
重い。重い。身も、心も。
尽きることのない悔恨の海へと沈んでいく。
苦しい。息が継げない。何度も何度も、心折れそうになる。いっそ、折れてしまえたら楽なのだろう。
だが、折れることは許されない。ただ独り生き残った王族として、どれほど苦しくとも立ち続けねばならない。
それが唯一、無念の中で死んでいった彼らに報いる道だからだ。
そしてそれが、他者の屍の上に立って生き永らえている、自分という人間に課された贖罪なのだから―――……。
*
深夜、苦し気な息遣いにふと目を覚ましたフラムアークは、隣のベッドで眠るスレンツェの異変に気が付いた。
悪い夢でも見ているのだろうか、上掛けを握りしめたスレンツェの精悍な顔には大粒の汗が滲み、その眉は苦悶にひそめられている。
「……っ」
時折身じろぎして辛そうにしているその様子に、フラムアークは彼の肩を掴んでゆすり起こした。
「スレンツェ……スレンツェ!」
何度目かの呼びかけで、ハッ、と身体を震わせて覚醒したスレンツェは、こちらを心配そうに覗き込むフラムアークの顔を視界に捉えてから、状況を把握するまでにしばしの時間を要したようだった。やがて緩慢な動作で上体を起こした彼は、じっとりと汗の滲む自身の額に手をあてがって、深い吐息をついた。
「……悪い。うなされていたか」
その様子から、フラムアークはこれがスレンツェにとって珍しくない出来事なのだと悟った。これまでは寝室を共にする機会がなかったから気が付かなかったが、彼はこんなふうに人知れず度々うなされていたのだろうか。
「悪夢か? ……よく見るのか?」
心配するフラムアークにスレンツェはおざなりにかぶりを振った。
「それほどじゃあない」
窓から差し込む月明りでは判別しづらかったが、スレンツェの顔色は悪く、その表情はひどく辛そうに見えた。
「……カルロ達に関する夢か?」
フラムアークは少し踏み込んで尋ねてみた。スレンツェが悪夢を見るきっかけになりそうな心当たりといえば、目下のところ思い浮かぶのは彼らのことだった。
「……。それもある。だが、それだけじゃない」
スレンツェは言葉を濁した。これ以上は詮索されたくなさそうだと察したフラムアークは、それ以上踏み込むことを避けた。
「……そうか。だいぶ辛そうだったけど、大丈夫か? ユーファから安定剤か何かもらってこようか」
「今はいい。心配するな、大丈夫だ……」
傍目にはとても大丈夫そうには見えなかったが、フラムアークはスレンツェを慮(おもんばか)って頷いた。
「そうか。でも、こんな状態が続くようだと身体に障るから、明日になったらユーファにキチンと相談して、何かしらの対処をした方がいい」
「……。そうだな」
スレンツェ自身、この状況が続くことでこの先の仕事に支障が出てはまずいという自覚はあった。だから素直に頷いたのだが、その返答を聞いたフラムアークは不服そうに眉根を寄せた。
「スレンツェさ、今、仕事に差し障りがあったら困るからって思っただろ。違うからね。オレは第一にスレンツェの身体を心配して言っているんだよ」
「フラムアーク」
「ユーファに薬を処方してもらっても状況が改善しないようなら、少し休みを取った方がいい。今までが働き過ぎだったんだから、そうするべきだ」
「バカな……状況はそれどころじゃないだろう」
「スレンツェに倒れられた方が目も当てられないよ。仕事なんていざとなれば調整して“他の皇子達(暇な連中)”に回せばいいし、大抵のことはどうにか出来るけれど、スレンツェの方はそうはいかないんだからね。スレンツェの代わりはいないんだから」
「それはそうだが……」
「よし、この話はこれで終わり。まだ真夜中だし、少しでも寝て身体を休めよう。また悪夢を見ないように、今夜のところはオレが添い寝してやるから」
フラムアークのこの発言にスレンツェは耳を疑った。
「な、ん?」
「人肌には安眠効果があるって言うから。せっかく寝てもまた悪夢を見てうなされちゃったら元も子もないし、ものは試し、それで安眠出来たらラッキーだろう?」
「何をバカな……デカい男が二人で寝れるような広さじゃないだろうが。大体にしてそんな気色悪い真似はごめんだ」
正気を疑う様子のスレンツェに対し、フラムアークはいたって大まじめに回答する。
「スレンツェ、偏った見方はしちゃいけない。男の肌だってれっきとした人肌だ、温もりもあるし鼓動だって聞こえる、いわゆる安眠用件は満たすはずだぞ」
「いや、そういう問題じゃなくてだな」
「確かに二人で寝るとなるとこのベッドじゃ狭いかもしれないけど、悪夢を見るよりはマシじゃないか?」
「オレが今問題にしているのはそこじゃない」
冷静に否定するスレンツェにフラムアークは軽く小首を傾げてみせた。
「ちゃんと入浴は済ませたし、臭くはないぞ?」
「だからそういう問題じゃない、もっと根本的な問題だ! 純粋な厚意からと分かってはいても、柔らかさの欠片もないデカい男とひとつのベッドで同衾(どうきん)すること自体が、オレには生理的に無理だと言っているんだ!」
「そう言われても、オレに柔らかさを求めるのは無理だよ」
天然なフラムアークに頭痛を覚えつつ、スレンツェはキッパリと断った。
「論点がずれている! 気持ちだけで充分だとさっきから断っているんだ」
ハッキリと断られてしまったフラムアークは、少なからぬダメージを受けたようだった。
「ええ……そんなにオレと添い寝するのが嫌なのか? スゴくショックなんだけど」
「お前と、というわけじゃなく、男と添い寝すること自体が無理だという話だ」
「うーん……気持ちは分からなくもないけど、オレはスレンツェが相手ならあまり抵抗感がないから、そうやって拒絶されてしまうとかなり悲しいな。オレと寝るくらいなら悪夢を見た方がマシっていうことが……」
見るからにしょんぼりと気落ちしてしまったフラムアークに、スレンツェはばつが悪そうな顔になった。
「そんな言い方をするな。別にお前が嫌いなわけじゃないし、厚意を無下にしたことは悪いと思っている……だが、無理なものは無理なんだ」
「うん……。役に立てなくてゴメン……」
ますますしゅん、とうなだれてしまったフラムアークはまるで耳を伏せた大型犬のような佇まいだ。
その様子にいたたまれなくなったスレンツェは、普段言わない本音を口にした。
「お前が役に立たないなんてことは断じてない。断りはしたが、今のこのやり取りだって充分オレの気持ちを救ってくれているんだ。お前がオレを心から案じてくれているのは分かっているし、伝わっている。そうやってお前が無償の親愛を示してくれるから、オレも偽りのない自分の気持ちをありのままに返せているんだ。
お前がいるから、オレはオレでいられている。何だかんだ、頼りにさせてもらっているんだよ」
「スレンツェ……」
落ち込んでいたフラムアークの表情がみるみる輝きを取り戻した。
「そうなのか? だとしたら、スゴく嬉しい。オレがスレンツェのことを大切に思っているように、スレンツェもオレのことをそう思ってくれているんだな。多分そうだろうと感じてはいても、きちんと言葉にして言われると全然違うものだね。何ていうか……心に力が漲(みなぎ)ってくる気がする。改めて、思いを言葉にするのって大事なんだなって分かったよ。ありがとう、スレンツェ。オレはスレンツェが大好きだ」
直視するのが眩しいような笑顔で、何の照れもなく真っ直ぐな思いを伝えてくるフラムアークに、そういう性質(たち)ではないスレンツェはかなりの気力を振り絞って応えた。
「あ、ああ。オレもだ。人としてな」
「うん! オレも人として、スレンツェのことが大好きだ。もしまたうなされていたら起こしてあげるし、気が変わって添い寝を望むようなら協力するから、いつでも言ってくれ」
「……分かった」
添い寝を望むことは絶対にないが、とこれは心の中で呟いて、スレンツェは頷いた。
思いがけぬ照れ臭いやり取りを交わすことになってしまったが、そのおかげか、この夜、彼は再び悪夢を見ることなく朝まで眠りにつくことが出来たのである―――。