もったいない!
06


「―――え!? 男!?」

 ひと騒動あったカフェから逃げるようにして駅前広場のベンチに移動した後、あたしからノラオとの一連のやりとりを聞いた喜多川くんは、あたし同様、その事実にかなりの衝撃を受けたようだった。

「いや、でもそういえば確かに一度、自分のことを『オレ』って言っていたな……言われてみれば口調や立ち居振る舞いもそれっぽかったし―――そうか、岩本さんに取り憑いているのは男の人の霊なんだ」
「ね、ビックリだよね。喜多川くんと間違えてる時点でエージが女ってことはないから、あれだよね、ゲイってやつだよね」
「そうだね。いわゆる性的マイノリティに該当する人なんだと思う」

 最近は映画やドラマでも同性愛を扱った作品は珍しくないし、あたし自身知識としてそういう人達がいることは知っている。周囲の理解や認知度も進んできているとは思うけれど、これまで身近に実際にそういう人がいなかったから、何だか少し戸惑っているというのが正直なところだ。

「見た目は二十代半ばかなって感じだった。髪は色素の薄い茶色の猫っ毛で、顔は割と整っていたけど目付きがキツくて人懐きの悪そうな感じで、体格的には細身で―――何ていうか、全体的に野良猫っぽい印象。赤系の長袖タータンチェックのシャツの下に白Tシャツ、それにGパン、スニーカーって格好だった」
「えっ、二十代半ば!? 話している印象としてはもっと幼い感じだったけど。正直、年下かと……」

 あ―それはあたしも思った。あの泣き方とか容赦なかったしね。

「彼的には目覚めて間もないことで、実際の年齢より精神的に逆行してしまっているのかな? 昨日と今日でだいぶ話し方も印象も違ったし、もしかしたら明日はまた少し違ってくるかもしれないね」

 それは充分有り得そうだと思ったあたしは、それを想像して頭を痛めた。

「あ、明日も乗っ取られるのかなー? あたし」

 出来ればそれは遠慮願いたい、切実に。

「彼的には岩本さんと入れ替わる時、何かスイッチするキッカケみたいなものがあるようなことを匂わせていたけれど―――岩本さんの方はそれについて何か心当たりはない?」

 キッカケ……? そんなもの、あった?

 あたしは眉を寄せて考えてみたけれど、特にそれっぽいものが思いつかない。

「うーん……どっちも喜多川くんと話してる最中だったってことくらいしか思いつかない……」
「それだと学校とか昨日のファストフード店、それに今とかも該当しちゃうもんね。多分もっと違う要素が関わってくると思うんだけど……ちなみに今、彼がどうしているかは分かるの?」
「分かんないけど……多分、眠っているんだと思う。戻る時、泣き疲れて寝てる感じのノラオの姿が一瞬だけ見えたから……」
「ノラオ?」
「野良猫みたいな印象の男だから。呼び名ないと、不便だし」
「それでノラオか」

 喜多川くんは納得したように頷いて、ちょっと笑った。

「岩本さんが言う彼の格好から察するに、少なくとも昭和半ば以降の人だよね。話し言葉からしてもそうだし」
「ああ、『サテン』? あと『ナウい』とか? 確かにテレビとかで昔の特集する時に聞いたことあるような言葉だよね。そうするとうちらのおじいちゃんとかおばあちゃんの世代かな」
「うん。近いものはあるんじゃないかな」
「じゃあ喜多川くん、おじいちゃんか高齢の親戚にエージって人いない?」

 喜多川くんとエージはそっくりみたいだし、可能性としてはあるんじゃないかな?

「それが父方と母方、どっちの祖父もエージって名前じゃないんだ。祖父母の兄弟とかになっちゃうとオレも分からないから、今日帰ったら親に聞いてみるよ」
「ありがとう!」
「オレもノラオの顔が分かったらいいんだけど……岩本さんって絵は得意な方?」
「うーん。あんまし得意とは言えないけど、描いてみよっか?」

 あたしがノートに描いたノラオ像を見た喜多川くんは、微妙な表情で言葉を濁した。

「……。何ていうか……大胆かつ、抽象的な画風だね」

 うぐふぅっ! いっそのこと下手クソって言って! 微妙な優しさ、逆にエグるから! 

「苦手なこと頼んでごめんね」
「いや……芸術的センス壊滅しててゴメンナサイ」

 ああ〜、自分の中にスマホが持ち込めたら、写真を撮ってそれを喜多川くんに見せれるのに!

「……あのさ、岩本さんとノラオの方に何か接点があったりはしないかな?」
「えっ? あたしとノラオに?」

 そっちを考えてもみなかったあたしは、喜多川くんにそう言われて驚いた。

「岩本さんに取り憑いた理由をノラオに聞いた時、彼、岩本さんをひと目見た瞬間に吸い込まれるみたいに引き寄せられた―――って言っていたんだよね。何の関係もない人にそんなふうに引き寄せられたりするものかなって、ちょっと引っ掛かって」

 確かに―――そう言われてみたらそうかも。

「じゃああたしも親に聞いてみる。親戚とか、近しい間柄で若くして死んじゃった人がいないかって」
「うん」
「……何か喜多川くんってスゴいね」

 あたしはしみじみそう思って、隣に座る彼を見やった。

「幽霊のノラオを前にしてもあんなに落ち着き払って、色々大事なことをしっかり聞いてくれたし、あんな注目浴びるような恥ずかしい目に遭っても、逃げ出さないでちゃんと向かい合ってくれてたし―――あ、ハンカチ今回もゴメンね? これもちゃんと洗って返すから」

 まさか二日連続で喜多川くんのハンカチを汚してしまうことになるとは……まあ今回汚したのはあたしじゃなくてノラオなんだけど。

「今もこうしてあたしが気付かないようなことに気が付いてくれてさ―――本当に感謝しかないっていうか。ありがとう、親身になって付き合ってくれて。喜多川くんがこうして一緒に考えてくれてスゴく心強いし、スゴく助かってる」
「そんな……オレは別に特別なことは何も。ノラオに向かい合っている時は内心スゴく緊張していて心臓の音ヤバかったし、あんなふうに泣き出された時は正直あせって、どうしたらいいか分からなくて、もうテンパってた」

 喜多川くんは特別なことじゃないって言うけれど、戸惑いながらもそうやって他人と真摯に向き合って関わってくれることは、普通はなかなか出来ない「特別なこと」だと思う。

「ふふ。あの泣き方はヤバかったよねぇ。……あたしさ、ノラオに取り憑かれて本当に迷惑してるし、頭に来てるし、マジ勘弁してよって感じなんだけど、でも、何ていうかあの時―――ノラオのこと、心から憎めないなーって思っちゃったんだよね……。エージに会えない悲しみとかツラさとか後悔の大きさとか、そういうのが全部ダイレクトに伝わってきちゃって……本気で苦しんで悲しんでいるのが伝わってきて、何かこう、胸が切なくなっちゃって……」

 伏し目がちにそう言ってしまってから、あたしはハッとして言い繕った。

「あ! ゴメンね、喜多川くんを巻き込んでおきながらこんな話……」
「ううん。岩本さんはノラオと繋がってるわけだし……人としてそう感じるのは、ごく自然なことなんじゃないかって思うけど」

 無神経なことを言ってしまったとあせったけど、喜多川くんの表情は穏やかで、心からそう思っているふうだった。

 本当にいい人だなぁ……彼の立場になった時、あたしだったら、それまであまり話したことのなかった同級生の為に、こんなふうにしてあげられたかな?

 何かもう、喜多川くんが色々尊過ぎて神に感じてしまう。

「ノラオはエージに会えなかったのが自分の後悔だったって言っていたから、エージさんを探し出してノラオに会わせることが出来れば、ノラオの無念は晴れて、成仏出来るのかもしれないね」
「! そうだね!」
「エージさんが健在だといいんだけど」
「! ……。そうだね……」

 そうか。そういう可能性もあるのか……。もしエージが既に亡くなってしまっていたら、こじらせたノラオはもしかしてこのまま―――? あたしはずっと、取り憑かれ続けたまま!?

 そっ、それは絶対にイヤー!!! 

「もし仮にエージさんが亡くなっていたとしても、ノラオがそれを知って、受け止めて納得することが出来ればいいんじゃないかな? お墓はきっとあるだろうから……」

 うーん……あいつ、それで納得してくれるかな!?

 あのギャン泣きを見た後だと、ただただ不安でしかない。

「もし、納得してくれなかったら……?」
「……。それはまた、その時考えようか」

 あああああ、不安! ものっっスゴい不安だけど、まあ―――それを今考えても仕方がないかぁ。

 あたしは肩の力を抜いて、隣の喜多川くんをチラッと見た。

 「それはまたその時考えよう」って、そう言ってくれた。

 そっか……その時はまた、一緒に考えてくれるんだ……。

 そう思ったら不安が少し和らいで、自然と口角が上がった。

「ノラオとエージはどんな関係だったんだろうね? 友達? 恋人? それか幼馴染とか?」
「学校や会社の先輩後輩、同級生や同僚なんかも考えられるよね」
「うーん、可能性があり過ぎて絞りきれないね。友達だったとしたら、好きな気持ちをずっと隠して友達として付き合ってきたけれど、色々こじれて疎遠になっちゃったのか、恋人だったけど別れることになって、でもノラオはずっと好きで、その想いを引きずっていたとか……?」
「オレ達には計り知れないね。ノラオがその辺りを徐々に思い出してくれるといいんだけど」

 だねー。あたしとしても知りたいところだし、そうなってくれることを切実に祈りたい。

「その間、こっちはこっちで調べられる範囲のことを調べておこう」

 うん!

 不安な気持ちは残りつつも、こうして喜多川くんと話しているとまぁ何とかなるかなと思えてきて、心に少し余裕が出来る。

 喜多川くんのおかげで、不安を覚えつつも胸に温かな気持ちが入り混じったあたしは、前向きにこの問題に取り組んでいこうと考えることが出来たのだった。
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