もったいない!
22


 阿久里さんとあたしは、これまで直接言葉を交わしたことも、こうして向き合ったこともない。彼女とこんなふうに顔を突き合わせて関わりを持つのは、これが初めてのことだ。

 それは、紬にとっても同じことで。

 その紬に腕を掴まれ、あたし達に囲まれるような形になった阿久里さんは、清楚な面差しをわずかに強張らせながら、助けを求めるような視線をあたしの後ろの蓮人くんへと向けた。

「蓮人くん、これ、どういう状況……!? この人達、突然何なの……!?」
「阿久里さん……その、オレもまだちょっと混乱していて、頭が追いついていない状況なんだけど―――」

 困惑の残る表情でそう言いながら一度口を結んだ蓮人くんは、ひと呼吸置いてから、意を決したように阿久里さんに尋ねた。

「もし違っていたらごめん。小柴くんにオレが岩本さんのことを迷惑に思っているっていう話を阿久里さんがしたっていうのは、本当?」

 すると阿久里さんは驚いたように、綺麗な目をいっぱいに見開いて、ふるふるとかぶりを振りながらそれを否定した。

「ええっ……!? 待ってよ、どうしてあたしがそんな―――」
「―――はぁ!? てめぇマジふざけんな!」

 その様子を見た小柴が大声で詰め寄ると、阿久里さんは小さく悲鳴を上げて、紬に掴まれていない方の手で自分の頭をかばうようにしながら後退(あとずさ)った。

「バカ、やめなって小柴」

 紬が制止し、いきり立つ小柴を友人達が押しとどめる。

「だってコイツ、あんな意味深なこと言ってオレのこと煽りやがったクセに!」
「はぁ!? 知らないわよ! あんたとなんか話したことないし……! 変な言いがかりつけないで!」

 紬に掴まれていた腕を振り払いながら叫ぶ阿久里さんに、顔を真っ赤にした小柴が怒鳴り返す。

「ああ!? お前の方からオレに話しかけてきたんだろうが! 喜多川が岩本に付きまとわれてて迷惑してるって! それを本人に言えなくて困ってるんだって!」
「さっきから何なの……!? だいたい、“例えもしそうだったとしても”、何であたしがあんたにそんなこと……! 何か勘違いしてんじゃないの?」
「はぁ!?」
「“蓮人くんは自分が迷惑して困っているからって、そんなことを人に言いふらしたりするような人じゃない”し、ましてやあたしが何の接点もないあんたに、どうしてそんなことを話す流れになるのよ!?」

 阿久里さんは怒りと困惑を顔に刻みながら、ちょいちょい蓮人くんがあたしに迷惑している説を匂わせてくる。

 その様子にあたしと紬は確信した。

 ―――やっぱコレ、絶対コイツじゃん! 

「おっま……!」

 怒りで肩をわななかせる小柴を見やった阿久里さんは、不意に何かを察したような顔になった。

「―――ふーん……あー……、何か分かったかも」
「……!?」
「あんた、あれでしょ。多分あたしが友達に話しているの、盗み聞きしてたんでしょ」
「……は!?」

 愕然と目を見開く小柴に向ける強気な態度とは裏腹に、阿久里さんはきゅるんとしたあざとい表情を作り出すと、潤んだ瞳を蓮人くんへと向けた。

「ごめんね、蓮人くん。あたし、分かっちゃったかも」
「阿久里さん……!?」
「蓮人くんと岩本さんが急に親しくなった頃、蓮人くんがちょっとお疲れモードになっていた時があったよね? あの時心配して声をかけたあたしに、蓮人くん言ってたよね。『ちょっと人の相談に乗っていて、その件で色々考えることがあって、少し寝不足になってるだけだから気にしないで』って」
「それは……」

 それ自体は本当のことだったんだろう、何か言いかけた蓮人くんは、その先の言葉を詰まらせた。

 あたし達が親しくなった当初のことだというなら、それはあたしがノラオに取り憑かれたばかりで、ひどく混乱していた時期。

 きっと蓮人くんに、たくさんの迷惑と負担をかけてしまっていた時期。

「蓮人くんは誰の相談に乗っているとは言わなかったけど、あたしは多分岩本さんのことなんだろうなって思いながら聞いていた。蓮人くんが『それが解決するまでのことだし、心配しないで』って言ってたから、これはその相談が解決するまでの間だけなんだなって、これからも続くわけじゃないんだなって思ったし、それなら二人が急に一緒にいるようになった理由も理解出来るなって、そう思ったから。そっかー、期間限定の関係なんだなって」

 ―――期間限定の関係。

「なのに、それから結構経っているのに未だに二人の関係は続いているし、むしろ、岩本さんがより蓮人くんに距離を詰めてきた感じになってるっていうか、気が付いたら呼び方も名前呼びに変わっているし、蓮人くんは一貫して岩本さんを名字で呼んでいるのに、そこの空気が読めないのかな、距離感近くて迷惑かけてるって気付かないのかな、蓮人くんはそれでしんどくないのかな、って心配になっちゃって―――それをこの間、友達にポロッと漏らしちゃったんだよね。それを多分、その人はどこかで聞いていたんじゃないかなぁって思うんだけど」
「―――んだとぉ!?」

 堪(こら)えながら聞いていた小柴が憤り、蓮人くんが何か言おうと口を開きかける中、あたしは大きな声でハッキリと阿久里さんの言葉を否定した。

「それは、阿久里さんが間違ってるよ!」

 突然のあたしの大声に阿久里さんがビクッと肩を跳ね上げ、おそるおそるといった様子でこっちに視線を向ける。初めて真正面から目が合い、あたしは彼女の整った顔を真っ直ぐに見据えながらこう言った。

「小柴はバカだけど嘘をついて人をおとしめたりするようなヤツじゃないし、今の話は結局全部、阿久里さんの推測だよね」
「なっ……! あたしはちゃんと、蓮人くんに話を聞いて……!」
「阿久里さんが蓮人くんから聞いた言葉っていうのは、その通りなんだろうなって思うよ。でも、その他のことは全部、阿久里さんが蓮人くんの言葉から勝手に憶測したことばかりじゃん。蓮人くん自身に何ひとつ確認していないことばかりじゃん」
「……っ! だって、そんなにズケズケと聞けることじゃないでしょう!? みんながみんな、あなたみたいにデリカシーのない人間じゃないのよ!?」
「そういう阿久里さんはどうなの?」
「は!?」
「阿久里さんとあたしは、こうやって話をするの初めてだよね? 今まで喋ったことってないよね?」
「そうだけど、それが何!?」
「阿久里さんはどうしてあたしを害悪扱いしているのかなって思って。ちゃんと話したこともないし、あたしがどういう人間なのか知りもしないのに、どうして蓮人くんにとってあたしが害悪になってるみたいな言い方をするのかなって、そう思って。それこそデリカシーのないことしているんじゃないのかなって、そう思うんだけど」
「―――!」

 指摘されて初めてそれに気が付いたのか、カッ、と阿久里さんの白い肌が赤く染まった。

「ねえ、それってあたしと蓮人くんのタイプが違うから? だからそう思ったのかな? 阿久里さんの中では、タイプが違うと仲良くしちゃいけないの? それって何で? 趣味も話も合わなさそうだから?」

 あたしの言葉にハッ、と小柴が肩を揺らす。

「阿久里さんの中では、あたしみたいなタイプは蓮人くんみたいなタイプにとって害にしかならない印象なのかな? だから、あたしのことをよく知りもしないのに、見た目の印象だけで害悪になるって、そう判断したってことかな?」
「……ッ」
「だとしたらそんな考え方、もったいないよ。自分で自分の世界を狭くしちゃっているよ。スゴく仲良く出来るはずの大切な人を、見逃しちゃっているかもしれないよ」
「……!」

 長い黒髪を揺らして、ぐっと唇を噛みしめる阿久里さんは、悔しさと恥ずかしさが入り混じったようなそんな顔をしていて、それでもやっぱり、傍目には清楚な美人だった。

 背が高くてスラリとしてて、うらやむ人も多そうな恵まれた容姿をしているのに、せっかくの綺麗な顔をこんなことでこんなふうに歪めているなんてもったいない―――何故かふと、そんなことを思った。

「……もったいないよ。せっかくこんなに綺麗なのに、こんなことで苦しいような、思い詰めたような顔をしているなんて」
「……!?」
「阿久里さんと仲良くしてみたいって思っているタイプの違う人達が、きっといるよ。余計なことかもしれないけど、視野を変えて自分の周りを見てみるのも、大事なんじゃないのかな」

 耳を疑うような表情をしてあたしの言葉を聞いていた阿久里さんは、最後に長い睫毛に縁取られた瞳をまん丸に見開いた。

 そこへ、小柴の罵詈雑言が炸裂した。

「岩本! こんな女にそんなこと言ってやる必要ねぇよ! こんなウソつきの性格最悪女、どんだけ喜多川がお人好しの人格者だろうが、今日限りで目が覚めるわ! この内面ドブス電柱女が! てめぇこそが害悪だ!!」
「―――……っ!」

 赤くなった阿久里さんの目にみるみる涙が浮かび上がり、いたたまれなくなったように背を翻(ひるがえ)す彼女へ、蓮人くんが手を伸ばした。

「! 阿久里さん!」

 駆け出した彼女の後を追いかけようとした蓮人くんは一度足を止めてあたしを振り返ると、真っ直ぐにあたしの目を見てこう言った。

「岩本さん、ごめん。今は……! 後で必ず連絡するから!」
「……うん!」

 あたしが頷いたのを見届けてから、蓮人くんは阿久里さんの後を追いかけていった。

「―――小柴、気持ちは分かるけど言い過ぎ! 電柱とか、背が高い女子には禁句だって。あれ多分、絶対言われたくなかった言葉だわ」

 たしなめる紬に、気の収まらない小柴が口を尖らせてがなっている。

「知らねぇよ! あいつの方が何倍もオレにひでぇこと言ってただろ!? むしろざまぁだわ」
「つーか空気読みなよ、もしかしたら丸く収まるところだったかもしれないのに」
「はぁ!? 知らねぇし!」
「あんたねー、そういうトコ! スキルを積めって言ってんの!」

 やれやれと深い溜め息を吐き出した紬は、あたしに気遣わしげな声をかけた。

「陽葵(ひま)ー、大丈夫?」
「うん。とりあえず言いたかったことは言ってやれたし」
「はは。何勝手に害悪扱いしてんだって、あの切り返しは良かったね。……喜多川もさ、面倒見良過ぎるっていうか何ていうか、あんなの後回しにして、まずは大事な相手の方見てやれよって思うけど」

 ちょっと腹立たしげに呟く紬に、あたしは苦笑を返した。

「いいんだ。後でちゃんと連絡くれるって言ってたし。きっと蓮人くんのことだから、キチンと阿久里さんと向き合って全部解決してから、それから話し合おうとしてくれているんだと思う」

 そう言うと紬は微笑んで、あたしの腰の辺りを軽く叩いた。

「……そっか。あんたがそうやって納得してんなら、あたしはまぁいいんだけどさ」
「ふふ。紬、ありがとね。さすがのダッシュだったよ。でも、よく阿久里さんに気が付いたね?」
「あー、ああいう性格の女は、自分が張った罠の現場を見に来るって相場が決まってるからね。最初から絶対どっかにいると思って、ずっとアンテナ張ってた」
「さすが紬ー、頼りになるー!」
「褒めろ褒めろ、でもホレるなよー?」

 あたしは感謝の気持ちを込めて、ぎゅーっと紬に抱きついた。

 ありがとう、紬―――大好きだよ。

 あたしは友達に恵まれている―――そう思った。 
Copyright© 2007- Aki Fujiwara All rights reserved.  designed by flower&clover