自分の膝枕で静かな寝息を立てる恋人の顔を見て、わたしは込み上げてくる感情を堪(こら)えるようにきゅっと下唇を噛みしめた。
*
青天の広がる休日の午後。前回の失敗を踏まえたわたし達はとある街の比較的大きな公園を訪れていた。
もちろん、今回は現場の状況を事前にリサーチ済だ。
緑豊かな公園にはそこそこ人もいるはずだけれど広い敷地に分散して、わたし達から見える範囲内にはわたし達の姿しかない。
あー、これだよ! 求めていた理想的な状況だよ! これなら膝枕だって恥ずかしくないぞ!
「ああ、これいいですね。この前と全然違う」
前回は公園選びを間違えて、わたしの脚、力が入りっ放しだったからね。膝枕の寝心地が余程違ったのか、ドルクはそう言って嬉しそうな顔を見せた。
「いいな、これ。あなたを独り占め出来ている感じがしてクセになりそうだ」
あんたはさー、ホントさー、こっちが恥ずかしくなるようなことをサラッと口にするよね。
でも、そう言われて悪い気はしない。
柔らかな木漏れ日の下で互いの温もりを感じながら過ごす時間はゆったりと流れて、日々の忙しなさを忘れさせてくれるみたいだった。
少しくすぐったいけど、こういう過ごし方も悪くないかな。小さな幸せを感じられる。
そんな環境でしばらく会話をしているうちにドルクは眠気を覚えたらしかった。時折吹く緩やかな風に誘われるようにして、小さくあくびをして瞼をこすったりしている。
普段あまり目にすることのない彼のそんな姿に、何だか胸がきゅんとしてしまった。
ドルクはいつも隙がないというかきちんとした印象で、仕事中はもちろん、オフでも崩れた姿ってあんまり見たことがない。
どんなに飲んでも乱れないし、一緒に寝てもだいたい向こうの方が先に起きているし、何かにつけてわたしのことをスマートにリードしてくれる。
そんな彼にこうして無防備な姿を見せられると、母性本能が大いに刺激されてしまうのを感じた。
「……眠くなった?」
そっと頭に手を置いて艶(つや)やかなこげ茶色の髪を撫でながら尋ねると、ドルクは柔らかく微笑み返した。
「……ええ。気持ち良くて」
あんたが寝たら撫で倒すから、というこっちの理由で、彼は今日は整髪料をつけていない。いつも立ち上げている前髪はさらさらと形の良い額の上に下りて、ただでさえ実年齢より幼く見える彼の整った顔立ちをより愛くるしく見せていた。
こうして見ると本当に可愛い顔をしているよなぁ……でも、女の子っぽい顔ではないんだよな。線が細いというわけじゃなくて、ちゃんと男っていう顔なんだけど、子犬っぽい可愛らしさを感じさせる顔というか……。綺麗っていうのとはまた違って、清らかに穢れなく整っているっていうか……。
瞳を閉じたドルクの顔を改めて観察しながら彼の髪を優しく撫で続けていると、やがて、形の良い口からすぅ、と心地好さげな寝息が聞こえ始めた。
おお、本当に寝た……。
わたしは少しびっくりしながら指を止めてまじまじと彼の顔を覗き込んだ。
膝枕してもらいながらうたた寝したいようなことを言ってはいたけれど、まさか本当に寝るとは思っていなかったぞ。
気持ちいいお天気だし、お昼を食べた後でお腹が満たされてたこともあるんだろうけど、何だかんだで日頃の疲れが溜まっていたのかな?
わたし達の生活って結構ハードだし、ドルクの場合は相棒が暴れん坊だからなぁ……。
あ、相棒ってわたしのことじゃないぞ? 魂食い(ソウルイーター)のことね。
眠るドルクの顔をしげしげと見下ろしながら指通りの良いさらさらとした感触の髪を再び撫で始めると、瞼を閉じた彼の顔が心なしか和らいだような気がした。
あ……口、ちょっと開いてる。可愛いな。
気持ち良さそうだな。リラックス出来ているんだな。
わたしに、心を許してくれているんだな。
嬉しいな。
ぎゅっと噛みしめたくなるような、温かな気持ちが胸に溢れていく。
うわあ……何だろう、これ。愛しさが込み上げてくる。
膝枕、恥ずかしいと思っていたけどやっぱり何かいいかも……好きな人の無防備な姿って、特別な感じがしてスゴく幸せな気分になる……。
わたしはこの男(ひと)の特別なんだって実感出来るっていうか……。
ほんのり頬を染めながら、わたしは飽きることなくドルクの髪を梳き続けた。
前にドルクがキューちゃんの話を持ち出した時、同じ哺乳類でも人間は可愛いと思う対象外だって突っぱねたけど―――。
ああくそ、小さくなくても、ふわふわしたのでなくても可愛いよ。
あんたは、特別。
恥ずかしくて絶対に口には出せないけど。
わたし結構、あんたのこと可愛いって思うこと、あるんだからな。
言ったら調子づくのが分かるから絶対、言わないけど。
今までも結構、可愛いって思っていること、あるんだからな―――。
<完>