魔眼 カンタネルラ

07


 オレにとっての『カンタネルラ』は、彼女そのものだ。

 視線ひとつ、表情ひとつ、声色ひとつで、いとも簡単にオレの理性を翻弄する、愛しい女性―――。

 今回の作戦を決行するにあたっては、間違っても理性が振り切れることのないよう、重々心構えをしてきたはずだった。

 だが―――実際彼女に「施術」を行い、その肌に触れ、その反応を見、その声を聞いた時―――自分がずいぶんと分の悪い賭けに出ていることに気付かされた。

 平静さを装うのは至難の業だった。

 初めて目にした魅惑的な美尻は視覚的にヤバく、恥ずかしがる彼女の様子と相まって、掌から伝わるなめらかで弾力のある質感はオレをたまらない気持ちにさせた。

 胸の施術に至っては興奮のあまりやり過ぎた。

 初めて直に触れた張りのあるまろやかな双丘の感触に、水着の下から存在を主張する尖りきった愛らしい頂に、艶(なま)めかしい彼女の反応に―――オレの理性はたやすく揺らぎ、もっともっと喘がせたく、乱れさせたくなり、その欲求を抑えきれなかった。

 結果、彼女の肉体には過剰なスイッチが入ってしまったらしく、やり過ぎたと思いながらも、その異変をオレに悟られまいと必死に声を押し殺し、いじらしく快感を堪える彼女の姿が可愛らしすぎて―――素知らぬふりをしながら悪戯にその性感を煽り、最後には半分泣かせてしまった。

 陥落してからの彼女はたまらない甘い声でひっきりなしに喘ぎ、今度はオレがそれに耐えねばならない番だった。彼女がひと声啼(な)く度、なけなしの理性を引き剥がされていく気がして、自分の中の荒ぶる本能に飲み込まれないよう、歯を食いしばった。

 オレ自身は絶対にしないと決めていたが、こんなところでリルムを抱いてしまったアレクシスの気持ちも分からなくはなかった。

 好きな女性が自分の手で乱れる姿には―――魂を揺さぶられるほどの興奮を覚える。本当に、たまらない。

 施術前は理性が振り切れてしまう恐れを懸念して、施術以外のことはしないと心に決めていたはずが―――気が付けば彼女を組み敷き、息が出来ないほど激しく唇を重ねていた。

 フレイア―――フレイア。

 あなたが欲しくて欲しくて、たまらない。愛しすぎて、荒れ狂うこの衝動をこれ以上どう制御したらいいのか分からない。

「―――オレを、お持ち帰りしてくれますか?」

 熱情を注ぐようなキスの後、そう尋ねたオレに、彼女は頬を紅潮させ、こう即答してくれた。

「そんなの、お持ち帰りするに決まってる! あんたがわたし以外の人にあんなふうに触れるなんて、嫌だ!」

 思ってもみなかった強い口調でそう言い切られ、

「い、言っとくけど……わたし、かなり、あんたのこと―――好きだから」

 頬を染めて恥ずかしそうにしながら、それでもひたむきな視線をこちらに向けてそう伝えられ―――オレはもう、我慢の限界を踏み越える寸前だった。

「フレイア」

 上体を起こしてベッドの上に座り、両手を広げて、彼女を自分の元へと導く。素直にこちらへ寄って来た彼女を自分の大腿の上へと乗せるようにして正面から抱きしめ、凛とした茶色の瞳を仰ぎ見て尋ねた。

「あなたが欲しい。今夜―――抱かせてくれますか?」

 ストレートな問いかけにフレイアは小さく息を飲んでオレを見つめ―――それから艶のある面映ゆそうな表情になって、頷いた。

「わたしも―――あんたに、抱かれたい……」

 震えるかすれた声でそう告げられ、胸が熱くなる。

 目の前にあるなめらかな彼女の肌に咲いた、赤い花のような痕。心臓の真上に咲いたその痕にゆっくり口づけると、フレイアの口から微かな吐息が漏れた。

「あ……」

 高鳴る彼女の鼓動が伝わってくる―――尖らせた舌先を伸ばしその痕を丹念にたどると、フレイアは吐息を弾ませ、わずかに身じろぎした。

 色を帯びた彼女の反応に出来心で自らの昂りを押しつけるようにすると、下腹部に押しつけられたそれが何であるのか悟った彼女は真っ赤になって、どうしたら良いか分からない様子で瞳を彷徨わせた。

「こっ、ここじゃイヤだ……」
「分かってます。夜まで―――我慢しますよ」

 可愛らしい反応に男としての本能が疼く。口では我慢すると言いながら角度を変えて、今度は明確に狙いを定め再び彼女に腰を押しつけた。湿った音が立ち、フレイアがビクンと身体を硬直させる。

「あっ……」

 ショーツの上からでもハッキリと分かるほど、彼女のそこはしとどに濡れていた。散々性感を高められておきながら、決定的な刺激は何ひとつ与えられないまま放置された彼女の身体は、生殺しのような状態になっているはずだ。

 このまま夜を迎えて思う様彼女を乱れさせるのもいいと思っていたが、気が変わった。明りを落として行われるだろう今夜の情事は、薄闇の中でしか彼女の表情を見ることが出来ない。明るいところで絶頂を迎える彼女の顔が見てみたい欲求に突き動かされた。

「ここ―――感じます……?」

 これからオレに抱かれるのだと彼女の身体に知らしめるように、頬を紅潮させたまま動きの止まってしまった彼女のそこに、再度腰を押しつける。

「ぅんっ……!」

 吐息を乱し跳ねるしなやかな身体が逃げないよう、両手で彼女の美尻を掴むようにして腰を固定しながら、寸分違わず同じ場所に自分の昂りを先程より強めに押しつけると、卑猥な音がして、縋るようにオレの肩を掴んだフレイアの手に力がこもった。

「ぁ……ぁぁッ……!」
「声、堪えて下さいね……」

 滾りにぶれる声でここの壁の特殊構造を彼女に思い出させながら、オレは既にそれに答える余裕のない彼女の濡れそぼるそこに二度、三度と強く腰を押しつけた。こちらにも快感が伝わって息が熱くなり、腹に力を入れてそれに耐える。

「ふっ……ぁあっ、ぁんっ、あっ、あっ……!」

 均整の取れた肢体が艶めかしくわななき、媚薬のような彼女の甘い声が切迫していく。既に極限状態まで高まっていた彼女の身体は、オレの最後のひと押しであっけなく高みへと追いやられた。

「んんんんんッ……!」

 健気にオレの言いつけを守り、頬を染め唇を噛みしめるようにして四肢をぴんと突っ張らせ、フレイアが絶頂へと達する。

 オレは息を凝らしてその顔に見とれた。切なげに眉をひそめ、肌を上気させて達する彼女は、凄絶な色気と相反する可憐な愛らしさに満ちており、煽情的で美しかった。

 ぞくぞくと腰を突き上げてくるたまらない劣情をどうにか抑えつけ、オレは密かに荒い息を吐きながら獣じみた自分の衝動を戒めた。

 ―――今夜、この女性(ひと)を抱く。

 その確約が取れていなかったら、この場で暴走していたかもしれなかった。それほどの色香を彼女は放っていた。

 逸る心を抑え、呼吸を整えながら、オレは慎重に言葉を紡ぎ出し、自分の腕の中でくったりとする愛しい女性を見つめた。

「たまらなくそそりますね―――あなたの、その顔」

 絶頂の余韻に吐息を弾ませ、瞳を熱く潤ませてオレを見たフレイアは、蕩けるような表情でオレの肩に額を乗せ、長い睫毛を伏せた。

「バカ……、こんなトコ、でっ……!」

 しどけなく息の上がった彼女の背を撫でながら、オレは興奮を抑えきれない口調で囁いた。

「声を抑えなくてもいい場所で早くあなたを抱きたい―――もっともっと感じさせてあげますから……今夜は、可愛い声をたくさん聞かせて下さいね」

 それに答えずぎゅっとオレの首にしがみついてくる彼女の顔がこれ以上ないほど赤らんでいるだろうことは、見なくとも分かった。

 今夜は寝かせない。

 夜が白々と明けてきても、離さない。

 昼夜が分からなくなるくらい抱いて、抱いて、切なく喘ぐ愛らしいその声をいつまでも聞き続けたい―――。



*



 連れ立ってカンタネルラを後にしたわたし達は、ダハールへ来てからずっと根城にしていた宿を清算し、この街の一等地にある富裕層御用達の高級旅宿の前に佇んでいた。

「え? ここ?」

 ドルクに促されるまま彼の後についてきたわたしは、目をまん丸にして傍らの彼を見やった。

「そうです。今夜はここに泊まりましょう?」
「でもここ、この街で一番お高い旅宿だぞ?」

 泊まったことはないけれど、有名な旅宿で料金が高いのは耳にしている。

「たまには稼いだ分を自分達の為に使うのもいいでしょう?」

 そう言って微笑む彼に小さく頷きながら、わたしはもっともな疑問を呈した。

「けど飛び込みで入れるかな? いつも混み合っているって噂……」
「大丈夫ですよ。ちゃんと予約はしてありますから」

 さらりとそう告げられてわたしは大いに驚いた。

 予約!? いつの間に!?

「今回の計画が持ち上がった時に、ここへあなたを連れて来れたらいいな……と期待を込めて取っておきました」

 それを聞かされて、わたしは頬がじわじわ熱を帯びてくるのを覚えずにはいられなかった。

 初めからそれを計算に入れて動いていたのか……。

 ああ、もう何か、ドルクの掌で踊らされている感がスゴいんだけど。

 くそぉ。敵わないなぁ。

 それだけでも驚きだったのに、通された部屋は最上階の特別室で、広い寝室の他にダイニングや真鍮(しんちゅう)の脚が付いた浴槽付きのシャワールーム、紺碧の海を臨む絶景のテラスまで付いていて、わたしは目を瞠ってしまった。

 うわあぁ! 何か景色がキラキラして見える! 特別感がスゴい!

 料金が気にならなくもなかったけど、ドルクが自分達の為にここを予約してくれたのが嬉しくて、高揚した気分の方が先行する。

 うん、たまには自分達にご褒美っていうのもいいな。こういう特別な時くらい……。

 でもドルクの思惑はそれだけにとどまらないようだった。

「普段泊まるような宿と違って、ここなら壁の造りもしっかりしてますし、同じフロアの別の部屋とも距離がありますから、声を気にしなくてすみますよ」
「バ……バカ!」

 思わず頬を赤らめると、至極真面目な顔で返された。

「大事なところでしょう? あなたの特別な声を、オレ以外の人間に聞かせられませんよ」
「うう……も、もう!」

 熱い頬を手で押さえると、瞳を細めて笑われた。

「今からそんなに赤くなってどうするんですか」

 ううう、うるさい! 恥ずかしいものは恥ずかしいんだよ!

「可愛いな、もう」

 ドルクが腕を伸ばして、ぎゅっとわたしを抱きしめた。

 わたしの目腺とほぼ同じ高さにある大きなこげ茶色の双眸がわたしの茶色の瞳を捉え、凄艶な色を帯びる。

 あ……。

 その輝きに囚われてゆっくりと瞼を閉ざしたわたしの唇に、冬の朝の澄んだ空気を纏った温かな唇が静かに重なった。

「今夜は、寝かせませんから……」



*



 その夜、わたしはドルクに抱かれた。

 わたしを慈しむように、時に翻弄するように―――優しく激しく、情熱的に愛されて、わたしは女としての悦びを教えられた。

 これまで絶頂だと思っていたものの先に、まだ深い到達点があって―――それは、衝撃の体験だった。

 自分の肉体(からだ)がこんなに気持ち良くなるものだなんて、知らなかった。女の快感がこんなにも深いものだなんて、思ってもみなかった。

 寝かせない、という宣言通り、ドルクは飽きることなくわたしを抱いて、夜が白々と明けてきてもわたしを離さなかった。

 意識を手放すようにして短い眠りに落ち、目覚めてまた彼に抱かれる。それを繰り返した。太陽の日差しが移り変わり、黄昏色になって、また夜が来る。昼夜が分からなくなるくらい抱かれて、喉が嗄(か)れるほど喘がされた。

 傍らには常にわたしを包む強靭な肉体があって、その熱に包まれて溶かされて、女であることを思い知らさせて、わたしは蕩けるような幸せを味わった。

 ドルク―――ランドルク。

 出会った時は、まさかこんな気持ちになるなんて思わなかったよ。

 指と指を絡め、肌を重ねる相手の体温を感じながら、万感の想いに包まれる。

 あなたに出会えて、わたしは幸せだ。

 愛しい男(ひと)―――これからもその瞳で捕えて、離さないでいて。

 あなたのことを、心から愛している―――。



<完>
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