旅立ち編

任命


 警備隊の中から何人かお供を連れて行くと思ったのに、どうやら王宮へ向かうのはあたし達三人だけのようだった。

「少々急ぎたいのでね。少人数の方が動きやすくて、私的に好ましいんだ」

 パトロクロス王子はそう言ったけど、数多(あまた)の魔物(モンスター)が生息するこの時代、腕に自信がなければ出来ないことだよね。

 アキレウス同様、彼も相当腕に覚えがあるんだろうな。実際、強かったし。

「アキレウス。貴公、クリックルには乗れるか?」
「ええ、大丈夫です」
「よし、ではオーロラを頼む。私の方に荷物をよこせ」
「分かりました」

 アキレウスは王子に荷物を手渡すと、ひらりとクリックルに飛び乗った。

「ほら、オーロラ」

 そう言って手を差し伸べてくれたけど、あたしはちょっとためらってしまった。

 クリックルが大きくて怖かったのもあったんだけど、鐙(あぶみ)から鞍(くら)までの距離がけっこうあって、両脇に深いスリットの入った淡いピンクのワンピース、この格好じゃ思いっきりパンツが見えちゃいそう。

 そんなあたしの様子に気が付いたパトロクロス王子が声をかけてきてくれた。

「あぁ、そうか。服を買った時点で、まさか貴女(あなた)をクリックルに乗せることになるとは思わなかったからな……」
「そっか……じゃ、オーロラ、とりあえず鐙まで登ってみて」

 アキレウスにそう言われ、あたしは素直に鐙まで登った。

「これでいい?」
「オッケー。ちょっとゴメンな」

 アキレウスは身を乗り出すと、左手をあたしの左肩に回し、右手であたしの腰を抱えると、鞍上(あんじょう)まで一気に抱き上げた。

「きゃっ!」

 お姫様抱っこのような状態になって、気が付くと目の前にアキレウスの顔があった。

「あ……」

 目と目が合って、あたしは不覚にも顔が赤くなるのを覚えた。

「あっ、あの……ありがとう。重く、なかった?」

 もごもごとそう言うと、彼はぷっと吹き出した。

「もう、慣れた。初めて会った時に、砂漠の中を担(かつ)いで歩いた仲じゃないか。ルザーでも背負ったし」
「なっ! こ、こういう時は、『重くないよ』とかってサラッと言うのが礼儀ってもんでしょっ。余計なコトまでっ」
「分かった分かった、ほら、いいから下ろすぞ?」

 くそー……なんか一人でドギマギしてしまった自分が恥ずかしいぞ。

 ふくれながらアキレウスの前に腰を下ろすと、パンツこそ見えないものの、スリットの間から、かなりの位置まで太腿が露わになってしまった。

 うわーっ……。

「準備はいいか?」
「あぁ、少し待ってください」

 アキレウスは自分の外套(がいとう)を外すと、あたしの肩にそっと羽織らせてくれた。

「これ羽織ってな。けっこう揺れるから、鞍の握り棒にしっかり掴まってろ。気分が悪くなったりしたらすぐ言うんだぞ」
「うん……」

 彼の外套のおかげで、太腿はほとんど見えなくなった。

 アキレウスって、さりげなく優しいよね……。

 蒼色のそれをきゅっと握りしめ、あたしは口元をほころばせた。

「王子、こっちも準備出来ました!」
「そうか。では、行くぞ!」

 パトロクロス王子の声に、側に控えていた警備隊長以下が敬礼した。

「殿下、どうぞ道中お気をつけて!」
「あぁ!」

 二人が手綱を操ると、二羽のクリックルは勢いよく走り出した。

 う、わっ……速い!

 風に乗って、景色がすごい速さで後ろに流れていく。

「すごい……思ってたより、ずっと早いんだね!」
「気持ちいいだろ?」
「うん!」

 これから何が待ち受けているのか分からないっていうのに……へへ、何だか楽しくなってきた。

「クリックルって、大人しいんだね」
「あぁ。性格が温和な鳥なんだ。頭も良くて、足も速い」
「へぇ……」

 そっと藍色の羽毛に触れてみると、思ったよりもかたくてごわごわしていた。

「ローズダウンのお城まで、どのくらいかかるんですか?」

 隣を並走する王子にそう尋ねると、こんな答えが返ってきた。

「クリックルの足で、一日半というところだな」

 一日半……意外と早く着くんだな。アキレウスと一緒にいられるのも、ちょっと延びただけなんだ。

 う……いかんいかん、せっかくの王子の心遣いなんだから、気持ちをいい方向へ切り替えないと。

 突然別れてしまうより、気持ちの整理が出来て、ずっといい。

 今度は、ちゃんと笑顔でお別れするんだ。ありがとうって、笑顔で伝えるんだ。

 そう心の中で決めてしまったら、気持ちが少し楽になった。

 隣を走っている王子と目が合ったのでちょっと笑うと、彼も少し微笑んだ。

 あたしのこと、心配して見てくれていたのかな。

「ねぇアキレウス、アキレウスはローズダウンのお城に行ったことあるの?」
「まさか。城下町へ行ったことはあるけど、城は遠くから眺めたことがあるだけだよ」
「そうなんだ?」
「恐れ多くて、一般人が近寄れるようなトコじゃないって」

 ふぅーん……。

「コラコラ、オーロラ、あまりすごいモノを想像するなよ。実物を見てガッカリされたら私がショックを受ける」

 想像するなって言われても、難しいよねぇ。王子はこう言っているけれど、きっと素敵なお城なんだろうな。

 甲冑(かっちゅう)に身をかためた騎士や、綺麗なドレスに身を包んだ貴婦人なんかもいて……荘厳(そうごん)で、華やかな雰囲気なんだろうな……。

 ルザーの町を抜け、あたし達は草原の道を進んでいた。

 見慣れない色合いの蝶や、見たこともない花が咲いていたりして、風景を見ているだけでもとても楽しい。

 その時、突然二羽のクリックルが立ち止まった。

「クエッ……」

 不安げに辺りに首を巡らせ、小さく鳴く。

「ど……どうしたの?」

 首の辺りをなでると、普段は緩やかに逆巻いているはずの羽毛が、いっぱいいっぱいに逆立っていた。

「……王子」

 アキレウスが背中の剣に手をかけた。

「あぁ……」

 頷いて、王子も抜刀の構えを取る。

 ぴん、と周りの空気が張りつめた。

 何……?

 辺りにはさほど背の高い草もなく、クリックルの背に乗っているあたし達からは周囲が一望できた。

 二羽のクリックルの背を合わせるようにして、360度に視界をこらす。

 緊張で、しっとりと掌が湿ってきた。

 ……何も、見えないみたい、だけど。

 唐突に、衝撃は下から、来た。

「きゃあッ!」

 突き上げるようなそれに、あたしは慌てて鞍の握り棒に掴まった。

「クエエエーッ!」

 恐慌状態に陥りかける二羽のクリックルをアキレウスとパトロクロス王子は見事な手綱さばきで御すると、全速力で走り出した。

「キラーモウか!?」
「おそらく!」

 逃げるあたし達を追って、地面が不自然な盛り上がりを見せ迫ってくる。

 なっ……何なの、あれ!?

「オーロラ、しっかり掴まってろよ!」
「う、うん!」

 喋ると舌をかんじゃいそうだ。

 追いかけてくる土の線が一本、二本と増え、次に振り返った時には、その数が五本にまで増えていた。

 は、速い……クリックルも速いけど、あれもかなり速い!

「なっ……何なの、あれ!?」
「多分、キラーモウ……モグラの魔物(モンスター)さ!」
「モグラ!?」

 あたしは、自分の耳を疑った。

 追ってくる土の線の太さは、クリックルより遥かに大きい。

 モグラって、あのモグラ!?

「ヤツらは通常、単独では行動しない。仲間を呼び合い、地中に獲物を引きずりこんで食べるんだ……数が増えると、ちょっとやっかいだな」

 アキレウスがそう説明する間にも、土の線が更に一本加わった。

「ちっ……しつこそうだな」

 パトロクロス王子は後ろを見やると、軽く舌打ちした。

「万が一、オーロラがクリックルから落ちでもしたら大変だ……ここは私が食い止めるから、少し先で待っていてくれ」
「おっ、おいっ、王子……」
「案ずるな。剣の腕では貴公に引けを取らんつもりだ」

 不敵にそう笑うと、王子はクリックルの足を緩めた。

 えっ、ちょ、ちょっと……そんな、一人で大丈夫なの!?

「しょうがないな」

 アキレウスは軽く溜め息をつくと、少し先でクリックルを止めた。

 オフホワイトの外套を羽織った王子の背中が、遠くに見える。その眼前に、土煙が上がるのが見えた。

 王子が白刃を抜き放つ!

 瞬間、ドッ、と大地が割れ、巨大な魔物がその姿を現した。

 -----大きい!

 その巨大さに、あたしは息を飲んだ。

 それは、姿形こそあたしの見知った生物だったけれど、その大きさは、まるで別次元のものだった。

 三メートルはあろうかという巨大な体躯(たいく)は、頑丈そうな茶色い体毛で覆われており、短い手足の先には、、鋭く光る黒い鉤爪がある。

 目は、ない。ひくひくと動く鼻の下で、大きな赤い口ががっぱりと開いた。

「ギュオオオッ!」

 キラーモウが咆哮する。

 仲間も次々と大地を割って出現し、単身剣を構えるパトロクロス王子へ襲いかかった!

 きゃ……!

「-----地裂斬(ちれつざん)!」

 青ざめるあたしの前で、王子が剣を振るった。一瞬だった。

 凄まじい剣圧が大地を割ってキラーモウに襲いかかり、硬い毛皮に覆われたその胴体を斬り裂く!

「ギュオオォーッ!!」

 ズタズタに身体を切断された魔物の悲鳴が交錯し、ある者は地響きを立てて大地に沈み、ある者は猛り狂って、手練(てだ)れの獲物に襲いかかった。

 あっ、危ないっ!

 そんなあたしの心配は、無用だった。

 パトロクロス王子がもう一度剣を振るうと、次の瞬間には、血煙の漂うその場所に、動く魔物の姿はなくなっていた。

 う、嘘……。

 スゴすぎる……。

「言うだけのことはありますね、王子」

 アキレウスがクリックルで駆け寄ると、彼は魔物の血のついた剣を軽く振り払い、鞘に収めた。

「まぁ、こんなものだ。……オーロラ、大丈夫だったかい?」
「は、はい……」

 あたしは呆然とした面持ちで、息も乱さず微笑みかける王子と、その背後に山のように折り重なったキラーモウの死体とを見比べた。

 大地に刻まれた剣圧の跡が、その破壊力を物語っている。

 あたしの中の常識では有り得ない、超人ぶりだった。

 アキレウスが平然としているところを見ると、これはきっと、この世界では、常識の範囲内の出来事なんだろう。

 時代は違えど、同じ『地球』という星に存在するヒトでありながら、その資質はあたしの知っているヒトの範囲を遥かに凌駕している。

 こくん、と息を飲んで、あたしは一見スラリとして見えるパトロクロス王子を見やった。

 この身体のいったいどこに、あんな力があるんだろう。

「さぁ、行こう。ぐすぐすしていると血の臭いに誘われて別の魔物がやってくる」

 げっ。

 王子の言葉に青ざめたあたしを見て、アキレウスがいたずらっぽく笑った。

「まぁそれも一興かもしれないけど。色々な魔物が見れて、オーロラの勉強にもなるだろうし」
「じょ、冗談じゃないよ!」
「オレ達がキチンと守ってやるから安心しろ」
「そういう問題じゃないって!」
「あまりイジめるなよ」

 笑いながら、王子がクリックルを走らせ始めた。アキレウスもすぐにそれに続く。

「……それにしても、これほど町の近くまでキラーモウが現れるとは-----」

 ぽつり、と呟(つぶや)いた王子に、アキレウスが答えを返した。

「最近じゃ珍しくない話ですよ」
「そうなのか? 魔物が増えている、とは耳にしていたが……」
「増えているだけじゃなく、ちょっと様子がおかしくなってきているように感じます。夜行性の魔物が昼間に徘徊していたり、妙に攻撃的になっていたり-----」
「そうか……国民に大きな被害が出る前に、各町村の警備体制を見直さねばな」
「頼みます」
「しかし、こう魔物が多くては……アキレウス、貴公は商売繁盛で手が回らない忙しさだろう」
「まったく……ゆっくり休む間もないですね」

 ふーん……聞けば聞くほど、物騒な世の中だなぁ。

 この後、まったくもってその通りだということを、あたしは身をもって経験することとなった。

 平原で、森で、山道で。ことごとく、あたし達は魔物と遭遇した。

 その度に、アキレウスとパトロクロス王子が超人的な強さで打破してくれたけど、驚きと恐怖の連続で、あたしは頭がどうにかなってしまいそうだった。

 日もとっぷりと暮れ、森の中で夜営のキャンプを張る頃には、極度の疲労で、あたしはぐったりとしてしまっていた。

 目の前で、夜の闇を照らす焚き火の炎が乱舞している。

「ほら、オーロラ」

 アキレウスがお椀に入ったスープを手渡してくれた。

「あぁ、ありがとう」
「今日は疲れただろう。大丈夫か?」
「うん……まぁ、何とか。アキレウスは?」
「オレは慣れているから全然平気。王子もどうやら温室育ちじゃないらしいな。自炊する王族を、オレは初めて見た」
「私はこの方が性に合っていてね」

 そう言ったパトロクロス王子は、手慣れた手つきで肉と野菜を携帯用の鍋に入れ、調味料で味を調(ととの)えているところだった。

「あの……あたし、本当に何も手伝わなくていいの?」
「いいって。少し休んでろ」
「もうすぐ出来るよ。私の料理はけっこうイケるぞ」

 二人が旅慣れていない自分を気遣ってくれているのを感じて、あたしはちょっと微笑んだ。

 本当に……色々あって、目が回るような一日だった。

 偽王子に絡まれて……アキレウス、大ケガして。パトロクロス王子に助けられて、ガーネットに助けられて、今は、ローズダウンの王宮を目指して旅をしている。

 アキレウス……午前中はひどいケガしていたんだよね。今はもうピンピンしているけど。

 あたしなんか、助けられてクリックルに乗っているだけで、もうへろへろなのに……。

 無意識のうちに、深い溜め息がこぼれた。

 あたしをこの世界に呼び寄せたのは、ローズダウン国の上層部の人々らしい。

 明日になったら、あたしの疑問は解消されているのかな。海辺の小さな田舎町に、帰ることが出来ているのかな……。

「出来たぞー」

 王子があつあつの鍋を運んできた。

「わぁっ、美味しそー!」
「おぉっ、うまそー!」
「ふふ、まずはご賞味あれ。その後でうんちくをたれよう」

 楽しい食事になった。

 王子の料理はホントに美味しくて、スープと一緒に、疲れた胃に優しくしみ渡っていった。話も盛り上がって、疲れていたけど、このままずっと話していたい気分になった。

 この世界に来てから、こんなに笑ったのは初めてだったから。

 でも、疲れ果てた身体は正直で、あたしは間もなく強烈な睡魔に襲われることとなってしまったのだった。

「オレと王子が交代で寝ずの番するから、安心して眠っとけ」
「えぇ、まだ大丈夫だよ……」
「目が半分なくなってるぞ」
「うそ…まだ、大丈夫だもん……」

 もっと喋っていたいよ。時間が、もったいない。

 かぶりを振ってだだをこねたけど、アキレウスには通じなかった。

「寝・ろ!」

 ちぇっ……。

 結局あたしは、唇をとがらせつつ、先に休ませてもらうことになった。

 毛布代わりの外套を掛けながら夜空を見上げると、生い繁る木々の枝葉の間から、満天の星空が目に入った。

 夜の森は生物達の気配だけを残して、ひっそりと静まり返っている。

 近くの木に繋がれた二羽のクリックルが時折動く気配と、炎の爆ぜる音-----アキレウス達の話し声を聞きながら、あたしはゆっくりと瞼を閉じた。

 明日は……アキレウスとお別れなんだなぁ。

 最後だもん……もっと……もっと、話したかったのに。身体が……言うことを、利かな……い……。



*



 翌朝-----早くにキャンプをたたみ、あたし達は再びクリックルを走らせた。

 森を抜け、山を越え、平原をひた走り----……日が沈み、月が昇り始めた頃、ようやく目的地の側までたどりついた。

「ここまで来れば、もうすぐだ」

 パトロクロス王子がそう言って、あたし達を振り返った。

 小高い丘の上から、眼下に広がるローズダウンの王都が一望できた。

「-----あれが、ローズダウン城だ」

 宵闇に染まる景色の中、ひと際白く浮かび上がる、美しく壮大な建造物-----堅固な城壁に守られた、優美な城塞。

「あれが……」

 ローズダウン城。

 きゅっ、と身が引き締まるのをあたしは感じた。

 これからの、あたしの運命を左右する場所-----。



*



「父上、ただいま戻りました」

 パトロクロス王子の声が、静まり返った広い空間の中に響き渡った。

 ここは、謁見(えっけん)の間になるんだろうか。

 美しい石造りの部屋の中央に豪奢(ごうしゃ)な絨毯(じゅうたん)がひかれ、その両脇に、重臣らしい人達がずらりと並んで立っている。その後ろには白い長衣(ローブ)を身に纏った人達が控え、絨毯の続く最奥に、ラウド・ジオ・ローズダウン王がいた。

 意匠の凝らされた立派な玉座に深々と腰を下ろし、あたし達を見つめている。

「よくぞ無事で戻った、パトロクロス」

 その口から、低い威厳のある声がもれた。

 パトロクロス王子のお父さんだから、もっと庶民的な王様をあたしは勝手に想像していたんだけど、とんでもなかった。

 鷹のように鋭い眼光を湛える淡い青(ブルー)の瞳に、灰色(グレイ)の髪、同色の整えられた顎ひげ。威風堂々としていて、圧倒的な存在感がある。

 その迫力と、この空間のひどく張りつめた空気に気圧(けお)され、あたしはすっかり萎縮してしまっていた。

「伝令より伝えられし情報は、真実(まこと)か?」
「はい」
「ふむ……その者は?」

 たくわえた灰色(グレイ)の顎ひげをなでながら王が誰何(すいか)する。その声を受けて、アキレウスが素早く膝を折った。慌ててあたしもそれにならう。

「アキレウスと申します、ラウド王」
「アキレウス……聞き覚えのある名だ。その髪の色……もしや、“ダウスダコマの魔竜”を討ち取った魔物(モンスター)ハンターか」
「はっ……私一人の力ではありませんでしたが」

 ス、スゴいアキレウス……王子様どころか、王様にまで名が知れ渡っているなんて……。あたし、もしかしてスゴい人に助けられたのかなぁ……。

「噂には聞いておる。獅子奮迅の活躍であったとか……相当、腕が立つらしいの。その魔物ハンターが、何故(なにゆえ)ここに……?」
「彼が、『聖女』の発見者です」

 パトロクロス王子が口を開いた。

 せ、聖女って……。

 緊張で胸が苦しくなってきた。冷や汗で、掌がしっとりと湿ってくる。

 そんな大層な呼び方をされることがふさわしくないのは、自分が一番良く分かっている。

「それでは、そちらの女人(にょにん)が……」
「オ、オーロラと申します」

 思わず声がうわずった。心臓が壊れそうなくらい、激しく脈打っている。

 自分がこんな場所にいるのは大変な場違いじゃないのか、今更そんな気がしてきた。

「はい。このオーロラが、我々の召喚した『聖女』であると思われます」
「ふむ。……ではオーロラよ、まずは其方(そなた)がこの地へ来ることとなった経緯(いきさつ)を話してもらおう」
「は、はい」

 あたしは顔を上げ、ラウド王の顔を見た。

 元の世界へ戻れるかどうか、この人があたしの鍵を握っているのかもしれない。

 緊張したけれど、自分の身に起こったことを、なるべく細かく話そうと思った。

「私は……西暦1856年の、マエラという南の国で、暮らしていました。小さな酒場で、踊り子として働いていたんです。四日前のあの時も……酒場のステージで踊っていました」

 震える声で、あたしは続けた。

「急に……凄まじい揺れに襲われ、酒場中のランプが、全て吹き飛びました。次の瞬間……暗黒の気流が渦巻いて、私に襲いかかってきたんです。いったい何が起こったのか……まるで分からず、とても怖かった……。いつの間にか、私の身体は足元から闇の中に飲み込まれ、私は気を失いました。そして、気が付くと、砂漠の真ん中に一人で倒れていました。そこで、彼……アキレウスに出会ったんです」

 あたしは隣のアキレウスをチラリと見た。

「彼に会って、ここが、新暦546年のローズダウンという国であることを知りました。……ここは、私にとって過去か、未来か……どこにあたるんでしょうか? 私……私は、マエラに……元いた場所に、戻ることが出来るんでしょうか!?」
「……あい分かった」

 ラウド王は短く頷くと、脇に控えた側近に何事か囁いた。それを受けて、側近は、奥に控えていた従者に合図を送った。

 な、何……?

「オーロラよ、其方の質問には後ほど答えよう。様々な疑問もあろうが、まずは我々の話を聞いてもらいたい」
「……はい」
「-----これへ」

 王の命を受け、従者が宝飾の施された小さな箱をうやうやしく運んできた。彼は王の御前で深々と一礼した後、あたしの前で一礼して、ゆっくりとその蓋を開けた。

 中には、あたしの拳くらいの大きさの石が入っていた。不思議な輝きを放つ石で、その色自体も、白くなったり半透明になったり、ひどく不可思議な印象を与える。

 何だろう、これ……。水晶……じゃないよね。

 何かの宝石なんだろうか……。

「これは我がローズダウン王家に代々伝わる宝玉で、『賢者の石』という。これに触れた者の潜在能力を見極め、光の色で具現化する神器だ」

 え……。ま、まさか。

「手に取ってみるがよい、オーロラ」

 ひぇーっ、やっぱり!

 悪い予感が的中して、あたしは青ざめた。

 あたしが触ったところで、こんなスゴいモノに変化が起こるとは思えない。チラリとも光らずに、この部屋が重苦しい雰囲気に陥ることを想像して、あたしは眩暈(めまい)を覚えた。

 そんなことになったら…パトロクロス王子の、アキレウスの立場はどうなってしまうんだろう。

「さ、どうした。早く触れてみるがよい」

 ためらうあたしに、ラウド王が催促する。

「大丈夫。怖いことじゃないよ」

 パトロクロス王子は笑って、あたしの前に出された賢者の石を手に取った。

「ほら。ちなみに私が触れると、こうなる」

 賢者の石が、淡い金の光を纏い、きらきらと輝き始めた。光は陽炎(かげろう)のように揺らめいて、天へと昇っていく。

 すごい……。

 あたしは一瞬自分の立場を忘れて、その光景に見入った。

「これは“天子の氣”と称される光。天子とは、天命を受け一国を治める者を指す。……幸いなことに、どうやら私にはその資質があるらしい」
「資質はあるが、それが開花するかどうかはお前の心がけ次第であるぞ、パトロクロス」
「はい。肝に銘じておきます」

 王子は苦笑して、あたしに宝玉を差し出した。

「ほら、別に怖くないだろう?」

 あたしがためらっているのは、そういうことじゃなくって……。

 困ってアキレウスを見ると、彼は神妙な面持ちで頷いた。

 それで、あたしはようやく決心がついた。

 そうだよね……確かめる為に、ここへ来たんだもん。他に道はないんだ……どんな結果が待ち受けているにせよ、前へ進むしか、ない。

 ごくりと生つばを飲みこんで、あたしは王子から賢者の石を受け取った。皆の視線が、痛いほど自分の手元に集まるのが分かる。

 そのまま一秒、二秒----------……。 

 -----ああ、ダメだ。やっぱり、何も起こらない。

 溜め息をついて、あたしは手の中の宝玉を見つめた。同じような溜め息が、部屋のあちこちからいくつももれたのを感じた。

 -----その時だった。

 チカッ、とかすかに石が光ったような気がして、あたしは目を細めた。

 -----次の刹那!

 ドッ、と天を貫くような勢いで黄金の光が吹き出し、次いで、辺りに氾濫したのだ!

「きゃあぁぁーッ!?」
「うあぁぁーッ!?」
「うぉっ……な、何だこの光はッ!?」

 広間は騒然となった。

 光は、黄金一色ではなかった。白銀と、漆黒-----三色の光が稲光のようになって広間を駆け巡り、怒涛の如く荒れ狂う!

「何と……!」

 ガタン、と王が立ち上がった。

「これは……この光は、何を暗示しておるのだ、大神官!?」
「ぞ……存じませぬ! このような光の種類は、記憶にございません!」

 こ、怖い……! 何-----!?

 光の奔流の源で、あたしは茫然とその光景を見つめていた。

 手の中にある賢者の石が、ひどく熱い。それを取り落とさないようにするのが精一杯だった。

 どうしたらいいの!?

「オーロラ!」

 今にも泣き出しそうになったあたしの耳に、アキレウスの声が飛びこんできた。

「アキレウス!」
「その石をオレに渡せ! そうすればきっと、光が収まる!」
「う、うん!」

 賢者の石を渡す為に、あたしとアキレウスの手が一瞬重なった。

 その、瞬間!

 光は、白色の閃光へと姿を変え、辺り一面を包みこんだのだ!

 カッ!

「ああああっ!」
「……!」

 そのあまりの眩(まばゆ)さに、あたしも、アキレウスも、一瞬視力を奪われた。おそらく、この場にいるほとんどの人がそうだったんじゃないかと思う。

「おおっ……これは、この光は-----!」

 驚嘆する誰かの声が、遠くに聞こえた。

 ピキッ……。

 金属的な音に反応して、あたしはうっすらと目を開けた。

「うっ……」

 視力がまだ、完全には戻っていない。アキレウスも薄目を開け、重なった手の中にある発光体を見つめていた。

 ピキ、ピキッ……。

 まるで、光の負荷に耐えきれなくなったかのように、賢者の石の中心部にヒビが入り、亀裂が深まっていく様子が、ぼんやりと見えた。

 どうすることも出来ず、ただ息を飲んで見守るあたし達の前で、ついに賢者の石は砕け散り、それと同時に光も消え、辺りに静寂が訪れたのだった。

「オーロラ、アキレウス、大丈夫か!?」

 パトロクロス王子が目の辺りを手で押さえながら歩み寄ってきた。

「あっ、はい……」
「オレは大丈夫……王子こそ、大丈夫ですか」
「あぁ……少し、目をやられただけだ」

 周りも徐々にざわついてきた。先程の現象について、審議の声が囁かれる。

 足元に散らばった賢者の石の欠片(カケラ)を、アキレウスがそっと拾い上げた。

「-----今のはまさか、神竜の光」

 こんな声が広間に響き渡った。

 ラウド王が大神官と呼んだ、深い紫色の長衣(ローブ)を纏った人物の口から発せられたものだった。

 神竜の光……?

「間違いない……神竜の、光だ」

 彼の目は、賢者の石の欠片を持ったアキレウスの手に注がれていた。

 破片は、淡い白色の光をゆらゆらと放っている。

「神竜の光……予言の書に記された、あれか」

 ラウド王が重々しく呟き、傍らの大神官を見た。

「御意……私(わたくし)も、実物を見たのは初めてですが、間違いありますまい」
「むう……」
「賢者の石は、そのあまりのチカラに耐えきれず、砕け散ってしまった……。あの少女……オーロラの光は、何を意味するものであったのか、私にも分かりませぬ……。予言の書には、記されておらぬ光でした。この青年……アキレウスの光は、これだけでは神竜の光とは呼べぬ……“神竜の氣”といったところか……。しかし、二人の手が重なった瞬間、『神竜の光』は生まれた……。オーロラは、我々の召喚した“聖女”に間違いないでしょう。そして、彼女を発見したアキレウスは“神竜の氣”の持ち主……その二人から生まれた、『神竜の光』。何やら運命的なものを、私は感じずにはおられませぬ……」

 あたしとアキレウスは、お互いの顔を見合わせた。

 ……何か、スゴいコトになってきてない?

 ……だな。

 目と目で会話するあたし達の隣でパトロクロス王子が口を開いた。

「-----父上、話の途中で申し訳ありませんが……先程から大神官の言う『神竜の光』とは何なのですか?」
「賢者の石と共に、古くから我がローズダウン王家に伝わる古い書物がある。それを『シヴァの書』と呼ぶのをお前も知っておろう」
「シヴァ……あの大賢者の」
「そうだ。予言の書とも呼んでおるが……その中に賢者の石について記されている項目があり、そこに『神竜の光』の記述があるのだ。『神竜の光』は天地の理(ことわり)を正し、世を清浄へ導く光とされておる。すなわち、救世の光だ。アキレウスの光は、“神竜の氣”と呼ばれ、革命の資質を持つ者を表す光。我が王家が興って以来、この二つの光が現れたのは今日が初めてだ」

 広がりかけるざわめきを手で制して、王はゆっくりとあたし達に視線を移した。

「思いがけぬ光の出現で、話が中断してしまったが……オーロラ、そしてアキレウスよ、我々の話を聞いてもらいたい」
「-----はい……」

 ごくり、と自分の喉が鳴るのが分かった。

「其方達も知っての通り、現在我々の住む世界には様々な魔物が生息し、人々の生活を脅(おびや)かしている。……脅かすとは言ってもしかし、それは自然摂理的なもので、これまでは危機的というレベルではなかった」

 ラウド王はゆっくりと語り始めた。

「-----が……ここのところ、どうも魔物達の様子がおかしい。数が急激に増えてきていることもそうだが、何やらその生態系が狂ってきているように感じられる……。夜行性のものが昼に徘徊していたり、比較的性格が温和だったものが突然凶暴になったり……それどころか、最近は徒党を組んで町や村を襲うようにさえなってきた。これは、かつてなかったことだ」
「魔物が徒党を組んで……!? まさか……!」

 信じられない、といった面持ちでアキレウスが翠緑玉色(エメラルドグリーン)の瞳を見開く。

「危機的なものを感じた我々は、その原因を究明すべく、密かに調査を進めていた……五カ国で秘密裏に会議を開き、国境の垣根を越え、第一線の学者達によるプロジェクトチームを発足させたのだ。その傍ら、高名な預言者や占い師にも依頼し、事態の究明を図ろうとしたのだが……」

 そこで言葉を区切り、王は軽く頭を振った。

「結果は、無残なものだった。ある者は気が触れ、ある者は失明し-----なまじ能力のある者ほど、大きな代償を被(こうむ)ってしまったようだ。しかも、原因の影に触れることすら出来なかったのだ。何か大きなチカラが意図的に働いていることだけは分かったが、それがいったい何であるのか、依然として判明しなかった。学者達による調査にはまだ時間がかかり、事は急を要した。そのような折-----現在のような事態が予言として記された、一冊の書に白羽の矢が立てられたのだ。それが、先程の『シヴァの書』だ」

『シヴァの書』……。

「シヴァは伝説の大賢者で、そのエピソードは数々の寓話としても伝えられている。この地に住まう者なら、その名を耳にしたことがある者は多いだろう。彼(か)の大賢者が今日(こんにち)の事態を予言し、遺した手段-----それが、“聖女の召喚”」

 王の灰色(グレイ)の瞳が、あたしの藍玉色(アクアマリン)の瞳を射る。

「“聖女は全ての鍵となり、世界を導く。永遠(とこしえ)の眠りにたゆたう我を掬(すく)い、新たなる時代(とき)に誘(いざな)い給え”」

 重く静かなその声に、全身が粟立った。

「-----シヴァは、自らの封印を解けと伝えている」
「え……?」
「シヴァは、今もまだ生きているのだ。自らを封印することによって、千年の時を経て、今なお生き続け、封印の解けるその時を待っておる」

 言っている意味が、良く理解出来なかった。

 大賢者って……人、なんでしょ?

 千年の時を経て……今も、生きている……!?

「オーロラよ……其方には、この世界のどこかに眠る大賢者シヴァを探し出し、その封印を解いてもらいたい。そして、彼(か)の大賢者と共に事態を究明し、世を清浄に導いてもらいたいのだ」

 あまりの話に、言葉が出なかった。

 冗談で……言っているんじゃ、ないんだよね。

「アキレウスよ……其方も、稀有な資質の持ち主。オーロラとの出会いも、偶然とは思えぬ。聖女と共に、我らに力を貸してはもらえまいか。ローズダウンの王たる、私からの直々の依頼だ」
「はっ……あまりに急なお話ゆえ、即答は致しかねますが……」

 アキレウスも戸惑っているようだ。

「……あの」

 勇気を出して、あたしはラウド王に問いかけた。

「うん?」
「お話の主旨は……何となく分かったんですが、その……どうして、私なんでしょうか。あまりにも、壮大なお話で。私には……自分に、そんな力があるとは思えないんです。とても……」
「……正直な話、我々にも分からないのだ」

 王は苦笑した。

「我々は『シヴァの書』に従い、必要とするチカラの持ち主を求め、定められた呪文を唱えた。そして、現れたのが其方だったのだ。賢者の石から放たれた光は、我々の想像の域を遥かに超えたものだった……其方にはきっと、未だ己も知らぬ未知なるチカラが秘められているのだ」
「……呪文……私は、呪文によって召喚されたんですか」
「そうだ」
「では、その呪文で元の世界に帰してもらうことも出来るんですね!?」

 そう言うと、ラウド王は少し難しい顔をした。

「……それは確約しかねる」
「な……何故です!?」

 その意外な返答に、あたしは色を失(な)くした。

「……其方の召喚は、この城の大聖堂の中で、ここにいる十二名の高位の神官によって行われたのだ。それほどの大呪文だった」

 あたしは、重臣達の背後に控える、白いゆったりとした長衣(ローブ)を身に纏った人達をぐるりと見渡した。

 この人達、全員、神官なの!?

 みんなで、あたしを!?

「大変難しい呪文だったが、何とか其方をこの地に呼ぶことには成功した。予定では、召喚を行った大聖堂に其方が出現するするはずであったのだがしかし、時空が捻れ、このようなことになってしまった……。己等(おのれら)のいる場所に、其方を呼び出すことさえ出来なかったのだ……異なる時代の、同じ場所、同じ時に戻すことなど、不可能に近い」
「そん……な……」

 膝から力が抜け、へた、とあたしはその場に座りこんでしまった。

 もう、二度と戻れないの?

 みんなにも……もう、会えない?

 自分の過去を探すことも、もう出来ないの!?

 そんなのって………!

「……我々の力では、な」
「えっ?」
「シヴァなら……其方を召喚する術(すべ)を遺した大賢者シヴァならば、あるいは其方の望みを叶えることが可能やもしれぬ」

 大賢者……シヴァ……。

「シヴァは、其方と同じ西暦の生まれだ」

 その思いがけぬ言葉に、あたしは目を見開いた。

「オーロラよ。其方は先程私に問うたな。この時代は己にとって過去にあたるのか未来にあたるのか、と」
「……はい」
「この時代は、其方にとって未来にあたる」

 未来……!?

「其方の言う“西暦”は、2050年代頃まで続いたと言われている。当時の人類は栄華を極め、現在とは全く異なった文明を築いていたという。『カガク』と呼ばれるチカラを用い、天まで届くほどの塔が世界各地に見受けられたそうだ。果ては、夜空に見える星まで船で飛んで行ったという言い伝えまである」

 あたしのいた時代からは、何だか想像もつかない。わずか二百年ほどの間に、人類はそんなに進歩したんだろうか……。

「そんな人類に、突然破滅の危機が訪れることとなる。我々はそれを、『大破壊(カタストロフ)』と呼んでいる」
「『大破壊(カタストロフ)』……」
「何が起こったのかは分からぬ。記録が一切残っていないのだ……口伝によれば、突然の光と波動がある日世界を包み込んだと言われている。ほとんどの者は、何が起こったのかも分からぬまま死んでいったのであろう。一夜にして文明は滅び、その全ては灰燼(かいじん)と帰(き)してしまったそうだ。ここから、人類が立ち上がり復興していくまでに、数百年の時を要することとなる……この間を『再興期』と呼ぶ。魔物が現れるようになったのは、この頃からだと伝えられている」
「では……彼女……オーロラが言っていたように、『西暦』には、魔物は存在していなかったのですか」

 驚きを隠しきれない様子で、アキレウスはラウド王にそう問いかけた。

「歴史上はそのように伝えられている」
「いったい、何故……」
「さてな。『大破壊(カタストロフ)』と関係があるのだろうが……説明できるものは、誰もおらぬ。シヴァならあるいは、知っておるのやもしれぬが……。一度は絶滅の危機に瀕した人類が、肩を寄せ合い、村を造り、町を築き、今日(こんにち)の王政に至るまでには、長い歳月を要した。現在世界には我がローズダウンを始め、アストレア、ウィルハッタ、ドヴァーフ、シャルーフという、五つの王国が存在している。その五カ国の王が一堂に集い、人類再興の共同声明を掲げた年から、現在の『新暦』は始まった。これにあわせて、西暦は一般に『旧暦』と呼ばれるようになったのだ」

 ……あたしのいた時代から、一千年ほどの膨大な時間の中で、この地球上にいったい何が起こっていたんだろう。

 シヴァという人は、その全てを見続けてきたんだろうか……。

「……他に何か質問はあるか?」
「いいえ……少し、頭が混乱していて……聞きたいことはたくさんあると思うんですが、何を聞きたいのか、自分でも良く分からないんです……」

 あたしはひとつ息をつき、瞳を閉じた。

「……要するに、シヴァという人を探し出さないと、私は元の世界に帰ることが出来ないということなんですね」
「-----そういうことだ……理不尽な頼みであることは重々承知しているが、その上で其方に依頼したい。オーロラよ……我々に、力を貸してはもらえまいか」

 確かに……この上なく、理不尽な話だと思う。あたしは勝手にこの地へ召喚(よば)れ、元の場所に帰るために、この身には重すぎるほどの責任を負わされ、おそらく、危険で困難な道を歩まされようとしているのだ。

 ……でも。

 あたしは、この地に召喚(よば)れてしまった。

 もう、後戻りは出来ない。時の歯車は、回り出してしまった。

 前に進むしか-----道は、ない。

「分かりました。お受けします」

 自分でも意外なくらい、毅然とした声が出た。

 腹を決めてしまったら、不思議と気分が落ち着いてきた。

 こっちに来てから驚くことの連続だったから、変に肝が据わってきちゃったのかもしれないな。

「おぉ、そうか! 恩に着るぞ……アキレウスよ、其方はどうだ?」
「……シヴァの封印を解くことで……理不尽な理由により、愛する者を失う人々は減ると、王はお考えですか」

 ……アキレウス?

「より多くの者達が救われることになると、我々は確信している」
「……」

 アキレウスは片膝をつき、王に向かって静かに頭(こうべ)を垂れた。

「では……お受け致します、ラウド王」

 アキレウス……!

「おぉ……!」

 その場にいた人々の間から、感嘆の声がもれた。

「うむ……! 感謝するぞ、アキレウス! オーロラ! では、今後のことについてはおって説明する。其方らも本日は疲れたであろう。客間を用意する。今宵はゆるりと休み、疲れを取るとよいだろう」
「……ひとつお願いがあります」
「うん? 申してみよ、アキレウス」

 アキレウスは自分の荷物の中から、重そうな皮袋を取り出した。

「これを……ドヴァーフの、『光の園(ひかりのその)』という孤児院に届けていただけないでしょうか。十万G(ギャラ)あります」

 G(ギャラ)は、この世界のお金の単位。全世界共通の通貨なんだって。

「よかろう。ドヴァーフの『光の園』だな?」
「はい。ラァムという女性に、私からとお伝えいただければ分かると思います」
「あい分かった、そのように伝えよう」

 ラウド王は快諾した。

「それと……其方らに言っておくことがある。本日の話は、一般の民には知らせておらぬ。ここにいる者達と、各国の上層部しか知らぬ機密事項だ……得体の知れぬチカラの正体が判明するまでは、無用の混乱を避けたい。心しておいてくれ」
「分かりました」

 あたし達は静かに、頭(こうべ)を垂れた。

 何だか、妙なことになってきた。

 大きな大きな、運命の輪の片隅に足を踏み入れてしまったことを、この時のあたしはまだ知る由もなかった。

 その輪が、すでに速度を上げて回り出していることも……。



*



 用意された客間は、ゆったりとした造りで上品にまとめられていた。

 クィーンサイズのふかふかなベッドに優美なフォルムのソファー、格調高い調度品の数々……テーブルの上には見慣れない美味しそうなフルーツが乗っていたけれど、それに手を付ける気にはなれず、あたしは窓を開け放って、バルコニーで夜風に当たっていた。

 考えるべきことはたくさんあるのに、何だか考えがまとまらない。

 あたしは自分の掌を見つめた。

 賢者の石から放たれた、三色のあの光……。

 聖女。
 神竜の光。
 得体の知れぬチカラ。
 大賢者シヴァ。
 未来。

 戻りたい……戻れない。

 溜め息ばかりが、もれてくる。

「オーロラ」
「きゃあっ!!」

 突然背後から予期せぬ声をかけられ、あたしは思わず悲鳴を上げた。

「アッ、アキレウス! 驚かさないでよ」
「驚いたのはこっちだっつーの」

 耳を押さえながらアキレウスが言う。

「ノックしても返事がないから、心配になって入ってきたんだよ」
「あ、そ、そうなんだ。ごめん……気が付かなかった」
「……考え事か?」
「うん……ちょっとね。考え事っていっても、何か頭がマヒしちゃってて、何も考えられていないんだけど。スゴいコト引き受けちゃったんだろうなー……って。漠然と」
「オレも」

 そう言って、アキレウスもちょっと笑った。

「あの賢者の石が光った時はビックリしたよ。大神官には『神竜の氣の持ち主』とか言われてさ。まさか、あんな依頼を仰せつかるコトになるとは、思わなかったけど……」
「……何か、アキレウスを巻き込んだ形になっちゃったね」
「オーロラのせいじゃないよ。決めたのは、オレ自身だし-----それに……得体の知れないチカラってヤツが、動き出しているんだとしたら……いずれオレ達一般人の身にも当然降りかかってくる。他人事(ひとごと)じゃない。そうなればまず、弱い者が犠牲になるんだ」

 アキレウスの厳しい横顔を見て、あたしは彼がラウド王に依頼をした場面を思い出した。

 ……この人もまた、色々なものを背負っている人なんだ……きっと。

「あまり難しく考えても仕方ない……気楽にいこうぜ、オーロラ。何とかなるよ」
「うん……そうだね。今考えても、仕方ないし。なるようになる……か」
「あぁ。初めて会った時は、こんなことになるとは思わなかったけど……長い付き合いになりそうだ。ヨロシクな、オーロラ」

 あたしは差し出されたアキレウスの右手を強く握った。

「こちらこそ、アキレウス」

 本当に……こんなことになるなんて、思ってもみなかった。

 でも、アキレウスが一緒っていうのは、あたしにとって心強く、とても嬉しいことだった。

「ノックしても返事がなかったから、正直泣いているかと思ったんだ」
「普段のあたしだったら、絶対泣いているよ。なーんかもう、こっちに来て、ビックリ慣れしちゃったっていうか……前に進むしか道はないわけだし、泣いていてもしょうがないっていうか……」

 アキレウスは、そんなあたしの頭にぽん、と手を置いた。

「偉い。でも、無理はするなよ。何か辛いことがあったら、オレに言うこと。仲間だからな。一人で胸にしまっておくより、ずっと楽になれる」

 大きな手が、優しくあたしの頭をなでる。

「アキレウス……」

 あ……あれ?

 急に涙腺が緩んで、涙が溢れ出した。

「おっ、おい!?」

 アキレウスがぎょっとして、慌ててあたしから手を離す。

「どうした? オレ、何か変なコト言ったか?」
「ち……違……」

 涙が止まらない。

 あたしはしゃくりを上げて泣き出してしまった。

「オーロラ……」

 困ったように、アキレウスがあたしの名前を呼ぶ。

「ごめっ……今日だけ、だか……ら……」

 切れ切れにそれだけ呟くのが精一杯だった。

 自分でも気付かないほどいっぱいいっぱいに張りつめていた気持ちが、彼の温かい言葉と優しい掌の感触で溢れ出してしまったのだ。

「…………」

 アキレウスはためらいがちに手を伸ばすと、そっとあたしを抱き寄せてくれた。

 アキレウス……ごめんね。今日だけ、胸を貸して。

 明日から、強いあたしになるから。

 強いあたしになれるように、努力するから。

 月が、淡い光であたし達の影を映し出す。

 夜風がまるでなぐさめるかのように、泣きじゃくるあたしの肩をそっとなでていった-----。
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