ドヴァーフ編

魔法王国ドヴァーフ


 ドヴァーフ-----賢王と謳われる若き王レイドリックが治める魔法王国。

 卓越した魔導力を誇るこの国では独自の魔法文明が発展し、魔法の研究開発が盛んに行われ、魔導士達の聖地として、その名を世界に知らしめている。

 魔法関連の品々が豊富であり、この国でしか扱っていないものも多いことから、世界中の魔導士達にとっては憧れの地であり、それを裏付けるように、王都では多くの魔導士達の姿を目にすることが出来る。

 技術者の国として名高いシャルーフとの間に、世界で唯一の定期航路を結んでいることでも有名である。



*



 ドヴァーフの王都は、これまで訪れてきたどの国のどの街の風景とも一線を画する雰囲気を醸(かも)し出していた。

 背の高い建造物は、屋根がみんなベレー帽のような丸くて平たい形をしていて、真ん中だけメレンゲの角みたいに尖っている。

「わぁ……」

 目の前に広がる独特の街の外観を見渡して、あたしは思わず感嘆の声をもらした。

 あたしの名前は、オーロラ。

 西暦1862年-----マエラという南の国の、とある港町で踊り子として働いていたあたしは、ある日突然、何の因果かローズダウン国の神官達の呪文によって、新暦546年のこの時代に召喚され、今は元の世界へ戻る為、唯一の希望である“大賢者シヴァ”を復活させるべく、三人の仲間と共に旅をしている。

 簡単に、その仲間を紹介するね。

 大振りの剣を背負い、暗灰色の鎧を身に着けている青年が、アキレウス。

 野性的な翠緑玉色(エメラルドグリーン)の瞳に、月光を紡いだような不思議な色-----アマス色の髪。肩からは鮮やかな青い外套(がいとう)を羽織っている。

 有名な魔物(モンスター)ハンターである彼は、あたしに巻き込まれてしまったような形でこの旅に加わっていたんだけど、ローズダウンの誘(いざな)いの洞窟で、伝説の地図に所有者として認められた。所持する大剣ヴァースは伝説の名工と謳われる鍛冶師グレン・カイザーの作品で、元は彼のお父さんに贈られたものなんだそうだ。

 彼は、あたしがこの世界へ来て最初に出会った人物でもある。

 白銀の全身鎧(バトルスーツ)に身を包み、深い赤の外套を纏っている青年は、パトロクロス。

 彼はローズダウン国の王子で、外套を留める金のボタンには、ローズダウン王家の紋章である、四枚の翼を持つ双頭の鷹が刻印されている。腰の剣帯には愛用の長剣イクシオノスが収められ、竜(ドラゴン)の鱗で造られた盾を装備している。

 切れ長の、淡い青(ブルー)の瞳。長めのサラサラの褐色の髪を後ろでひとつにまとめている。

 淡いベージュの長衣(ローブ)に身を包み、優しい色合いの緑(グリーン)の外套を羽織っている少女は、ガーネット。

“波動の杖”と呼ばれる魔法の杖を装備し、腕には“守護の腕輪(ガーディアンブレス)”と呼ばれる状態異常を防ぐ効果のある綺麗な銀細工の腕輪をはめている。

 顎の辺りでそろえられた漆黒の髪に、勝気に輝く茶色(ブラウン)の瞳。

 白魔導士である彼女は、パトロクロスのことが大好き。女性が苦手なパトロクロスは、そんな彼女に少々(?)手を焼かされている。

 あと、一応自分のことも述べておくね。

 あたしは淡いピンクの短衣(チュニック)に、裾に上品なレースの施された黒いレギンスをはき、聖獣と謳われるホワイトウルフの毛皮で作られた白い外套と、おそろいの白のブーツという姿。腰に特殊な銀を用いて造られたという短剣を差し、腕には神の加護が得られるという魔除けのブレスレットをはめている。

 腰の辺りまである長い黄金(きん)の髪に、藍玉色(アクアマリン)の瞳。

 三年前以前の記憶を失っているあたしは、いつかお金を貯めて、本当の自分を探すべく、旅に出たいという夢を持っていたんだけど、そんな折、唐突にこの世界へと召喚されてしまった。

 どうにかして元の世界へ戻りたいんだけど、時空を超える魔法は非常に難しいらしく、世界でそれを唯一叶えられそうなのが、大賢者と謳(うた)われるシヴァ。

 何とあたしと同じ西暦の生まれであるという彼は、自己を封印することによって、千年もの時を生き続け、現在、深い眠りの中で目覚めの時を待っているのだという。

 彼の記した“予言の書”により、“聖女”を召喚すべく行われた儀式で呼び出されたのが、何故かあたし。

 “聖女”が求められたのは、今この地を脅かしつつある“邪悪な気配”に危機感を抱いた各国の上層部がシヴァの“予言の書”に白羽の矢を立てた為-----そしてあたしに、『大賢者復活』の任命が下ったのだ。

 勝手に異世界へ召喚された挙句、貧乏くじを引いたような格好になってしまったあたしだったけど、シヴァに会わないことには、元の世界へ戻れない。『目的の一致』と言ったらおかしいかもしれないけど、あたしはその任命を請け負うことにした。

 様々な出来事のあったアストレアでは、あたしが召喚されるきっかけとなった“邪悪な気配”がついに動き出し、人類に対する宣戦布告が下された。これは、一般の人々にはまだ知らされていない。

 未だにその正体が掴めない暗い影-----その存在を知るごく一部の者達の間では、それは『暗黒の王子』という仮称で呼ばれ、各国の上層部が今この時も早急な対策を模索している。

 そんな中、アストレアとドヴァーフの国境にある町ルイメンで、ガーネットの幼なじみであるフリードという青年からシャルーフ陥落の噂を聞いたあたし達は、シヴァ復活の任命もさることながら、その事実も併せて確かめるべく、急ぎドヴァーフへと向かい、そしてようやく、その王都にたどり着いたところだった。

「ついに来たわねー、魔導士達の聖地! 感激だわ〜」

 長旅の疲れもどこへやら、ガーネットはそう言って瞳をキラキラさせながら、憧れの聖地を見渡した。

 街を歩いている人達は長衣(ローヴ)を着ている人が多く、通りに軒を連ねる店の多くは魔法関連の商品を扱っていて、魔法王国と呼ばれるドヴァーフならでは、という感じがする。

 不思議な印象を受けたのが、この街の雰囲気。これだけの人がいて賑わっているのに、ざわついた感じがしないんだよね。

 活気がないわけじゃなくって、喧騒(けんそう)が聞こえない、って言った方がいいのかな。

 この間までいたアストレアとは、対照的な雰囲気だ。

「帰ってきたな……」

 あたしの隣のアキレウスがポツリとそう呟(つぶや)いた。

 そう、ドヴァーフは-----その王都は、彼の故郷でもあるんだ。

「まずは王城を目指そう」

 パトロクロスのその言葉に頷いて、あたし達はクリックルの手綱を引きつつ、街の最奥、断崖絶壁を背後にそびえ立つ、巨大な建造物を目指して歩き始めた。

 重厚で壮麗な、まるで神話の中から抜け出してきたかのような雰囲気を纏う、魔法王国ドヴァーフの王城。

 スゴいな……文化の違いもあるんだろうけど、今まで目にしてきたお城とはまた違って、神秘的なイメージが強い。

「素敵なお城ね……」
「ねー、魔法王国の呼び名にふさわしいカンジだね」

 城門の前、パトロクロスが門番に身分を提示し国王への取次ぎを伝えている傍らで、あたしとガーネットはこれから足を踏み入れることになるその王城を見つめ、そんな話をしていた。

 その少し後ろで、アキレウスは空高くそびえ立つその城壁を見上げ、微かに翠緑玉色(エメラルドグリーン)の瞳を細めた。

 青空の下(もと)、ドヴァーフの紋章である、両翼を広げた白竜(ホワイトドラゴン)の旗が、風を受けて緩やかにはためいている。

「まさか、もう一度ここに来ることになるとは……な」

 空気に溶け込むようにして消えた彼のその呟きは、あたし達の耳に届くことはなかった。

 しばらくして現れた長衣(ローヴ)を纏った士官に案内されて謁見(えっけん)の間へ通されたあたし達を待っていたのは、魔法王国ドヴァーフを治める若き王、レイドリック・フォン・ドヴァーフその人だった。

 うわ、若ーい!

 彼を見て、あたしは目を丸くした。

 パトロクロスからドヴァーフの王様は若いって聞いてはいたけど、まさかこんなに若いとは思わなかった!

 年の頃は二十代後半……多分、三十にはいっていないんじゃないかな。

 少し長めの灰色(グレイ)の髪に、同色の涼しげな瞳。整った知的な顔立ちで、落ち着いた佇まいの中に、凛としたオーラを併せ持っている。

 白を基調とした法衣に身を包み、額には、美術品としての価値を窺わせるサークレット。造りもさることながら、使われている宝石達は魔的な輝きを放っていて、それがただの宝飾品ではないことを知らしめている。

 右手に霊威(れいい)を放つ錫杖(しゃくじょう)を持ち、玉座に深々と腰を下ろしたその姿は、今まで見てきた他の国の王様達とはずいぶん違った印象を受けた。

「お久し振りです、レイドリック王」
「待っていたぞ、パトロクロス王子。そろそろ其方(そなた)達が来る頃だと思っていた」

 にこやかにそう言って立ち上がると、レイドリック王はゆっくりとした足取りであたし達の前に歩み寄って来た。

「しばらく会わぬうちに立派な青年になったな……以前会った時は、まだ少年らしい面影を残していたように感じたが。いつの間にやら、背丈を抜かれてしまったようだ」

 そう苦笑する王の身長は、パトロクロスより少し低いくらいだった。それでも、180近くはあるんじゃないかな。

「ありがとうございます。いずれは中身でもレイドリック王に迫りたいと思っておりますが……お会いする度にその距離を感じてなりません」
「はは、こればかりは其方に抜かれるわけにはいかん」

 愉快そうに笑って、レイドリック王はパトロクロスの肩を叩いた。

 歳がそう離れていないせいもあるんだろうけど、この二人、仲がいいみたい。

 レイドリック王は側に控えるあたし達に目を向けて呟いた。

「この者達が……」
「はい。私の自慢の“従者”達です」

 あたし達がシヴァ復活の為に旅をしているのは、各国の上層部のごく一部の人達しか知らない極秘事項になっている。この時謁見の間には、そういったことを知らされていないだろう士官や従者達もいたから、パトロクロスはあたし達を自分の従者として紹介したんだ。

「……そうか。噂にたがわぬ者達のようだ。魔物(モンスター)の横行著(いちじる)しいこの時に、たった三人で其方を守りこのドヴァーフまでたどり着くとは」
「もったいなきお言葉……ですがその折、不吉な噂を耳に致しました。今日はその件も併せて伺いたく参ったのです」
「……どのような件だ」

 レイドリック王は静かにパトロクロスを見つめ返した。

「シャルーフが陥落した、という噂は誠ですか?」

 静かなその問いかけに、そこに居合わせたドヴァーフの臣下達の間からざわめきがもれた。

 レイドリック王は軽く右手を上げてそれを制すると、その灰色(グレイ)の瞳にいささかの感情も見せず、事実のみを告げた。

「誠だ」
「!!!」

 ある程度覚悟していたこととはいえ、その衝撃の大きさに、あたし達は息を飲んだ。

 そんな……! フリードから聞いたあの噂は、本当だったんだ。

「何てことなの……」

 あたしの隣でガーネットが唇をかむ。

「どこでその噂を耳にした?」

 静かな声で、レイドリック王はパトロクロスに問いかけた。

「ルイメンです」
「そうか……では今頃は、アストレアのかなり広い範囲まで伝わっていることだろうな」

 淡々と述べ、ドヴァーフの若き王は事のあらましを語り始めた。

「あの血文字のメッセージが流れたその当日のことだ。“敵”の急襲を受け、わずかひと晩でシャルーフは陥落した。シャルーフが受けた攻撃の凄まじさは、この国にいながらにしてその片鱗を感じたほどだ。この城からも、遠く夜の海原を赤く染め上げるシャルーフの灯(ひ)が微かに確認出来た。それほど激烈なものだったのだ……」
「あの日に……たったのひと晩で……」

 茫然と呟くパトロクロス。

「メッセージが脅しではない、ということを我らに示す為の見せしめだったのだろう。シャルーフは完膚なきまでに叩きのめされた。この事実を国民にはまだ公表していないが、其方達の耳にも入った通り、すでに噂として広まってしまっている……。いつまでも隠しておけるものではないが、国民に与える衝撃を考えると、公表するには熟慮が必要だ。アストレアのフォード王から五ヶ国王会議……いや、今となっては四ヶ国王会議と呼ぶべきか。至急の“国王会議(サミット)”の提案が出ている。私としても早急に“四ヶ国王会議(サミット)”を催し、今後の対策を講じたい考えだ。今の情勢を思うと、一刻の猶予もならぬ」
「-----我がドヴァーフは大丈夫ですよ」

 横合いから不遜(ふそん)な声が飛び込んできたのはその時だった。

 見ると、小太りの、高級そうな衣服に身を包んだ男の人が、妙に自信たっぷりの表情であたし達に近付いてくるところだった。

 歩き方といい、面構えといい、何だか態度が偉そうな人だなぁ。

 太っていて年齢不詳な感じだけど、お肌のつやからすると、もしかしたらあたし達と同じくらいの歳なのかもしれない。

 小太りのその男の人は心持ち胸を反らせて、ちょっと高めの声で話し始めた。

「シャルーフには気の毒でしたが、いくら急襲を受けたとはいえ、たったひと晩で陥落するとは、国家としてあまりにも自衛の念に欠けていたとしか思えません。あそこは元々、造船技術には長けていましたが、魔法や剣技に関してはからきしだった……。しかし、それを分かっていながら、その弱点(ウィークポイント)を補う努力もしてこなかったのです。言うなれば、自業自得。シャルーフは、落ちるべくして落ちたと言えるでしょう」

 なっ……なーに? この男……死者に鞭打つようなことを言って……。

 思わず鼻白むあたしの隣で、ガーネットも不快そうに眉根を寄せた。

「……アルベルト」

 レイドリック王が目で諫(いさ)めるのにも気付かない様子で、アルベルトと呼ばれた偉そうなその男は、得意げに喋(しゃべ)り続けた。

「それに引き換え我がドヴァーフは、得意とする魔法分野に加え、剣技その他においてもたゆまぬ努力を続け、あらゆる面で発展を遂げてきました。現存する国家で最も安全な国はこのドヴァーフでしょう。我が国での“国王会議(サミット)”の開催を名目にして、各国の王族の方々もこれを機会に避難してこられるとよい」

 なっ……!

 カッチーンとして、あたしはアルベルトをにらみつけた。

 何て失礼なヤツ! パトロクロスを前にして、そういうことを言う!? 普通!

「ちょっと誰よ、あの小デブ?」

 ガーネットがひそひそとパトロクロスに囁く。

「レイドリック王の弟君のアルベルト殿下だ……。我慢しろ、こういう方なんだ」

 えぇっ、弟!?

 あたし達はぎょっとして、レイドリック王とは似ても似つかぬ、ふてぶてしい態度のアルベルトを見やった。

 似てないっ、ビックリするくらい似てないっ!

「無礼であるぞ、アルベルト。国家というものは全てが均一のものではない。気候風土、産物、文化、国民性……それらは国によって大きく異なるものだ。国家とはそれぞれの特色を持ち、足りない部分は互いに補い合い、支えあっていくものなのだ。我が国は決して万能ではない……そのような傲(おご)りは国を滅ぼすぞ」
「そうでしょうか? 私は事実を述べたままですが……実際、この王都には秘術による強力な結界が張られていて、建国以来魔物(モンスター)の侵入を一度たりとも許してはいない……兄上はもう少し自国に自信を持たれても良いのではないですか」

 諭す兄王に対して、不遜(ふそん)な態度の王弟は全く聞く耳を持たない。

「王都だけが我が国ではない。無数の町や村を含めて、ドヴァーフという国家が成り立っているのだ。結界とて完全無欠ではない……過信と自信とを取り違えるな」
「王都さえ残っていれば、いくらでも国家は再建出来ます。トカゲの尻尾のようなものですよ」
「アルベルト-----」

 レイドリック王が言いかけるよりも先に、怒りを含んだアキレウスの声が広い謁見の間に響き渡った。

「じゃあ、あんたはさしずめトカゲのクソだな」

 その場にいる全員の視線が一斉に彼に集まった。

 アキレウスは見たことがないくらい怖い顔をして、その翠緑玉色(エメラルドグリーン)の瞳をアルベルトに向けていた。

「ク、クソ……。トカゲのクソだと? そ、それはもしかして、この私に言っているのではないだろうな……」

 思いもよらぬ暴言を受けてポカンとしていたアルベルトが、怒りに震えながらアキレウスをにらみつけた。

「あんた以外に誰がいるんだ? 国の基盤が何であるかを知りもせず、もっともらしい言葉で飾り立てて、自分の無能ぶりをこの場で露呈しているあんた以外に!」

 アキレウスは口元を歪めてアルベルトを糾弾した。

「あんたが“王弟殿下”でこの国はラッキーさ! でなきゃ、この国に未来はなかっただろうからな!」
「-----アキレウス、よせ!」

 パトロクロスに制止されながら、アキレウスはなおも叫んだ。

「あんたに人の上に立つ資格はない!!」
「-----きっ、貴様ッ……」

 アルベルトはそのぽっちゃりした顔を怒りのあまり青ざめさせながら、腰の剣に手をかけた。

「たかが従者の分際で、この私に何たる暴言を! ゆっ、許さんぞ!! 斬り捨ててくれる!!」

 わわっ!

 あたし達が身構えかけたその瞬間、パトロクロスの鋭い声が飛んだ。

「お待ち下さい!」

 その声に、あたし達はおろか、アルベルトもビクリとしてその動きを止めた。

「-----っ……な、何だ、パトロクロス王子……」

 パトロクロスは静かに片膝を折ると、アルベルトに向かって一礼し、それからゆっくりと顔を上げて彼を見据えた。

「従者の無礼な振る舞いは、その主たる私の不徳の致すところ-----お腹立ちはごもっともですが、この場はこれにてお収めいただけませんか」
「う……ぬぅっ……」
「彼の行為は許されるものではありませんが、先に侮辱とも取れる発言をされたのは貴方です。どうしても剣を抜かれる-----ということであれば、私にも覚悟があります」

 淡い青(ブルー)の瞳が強い光を湛えて、アルベルトを射た。

「きっ、貴公、私を脅迫する気かっ……」
「いかようにも」

 パトロクロス……。

「…………」

 その様子を見ていたアキレウスは、パトロクロスの斜め後ろに進み出ると、彼と同じように膝を折り、無言で静かに頭(こうべ)を垂れた。

 アキレウス……。

 あたしとガーネットも彼らに倣(なら)って、膝を折り、アルベルトに深く頭を下げた。

 アルベルトの方が絶対に悪いと思うけど、相手はこの国の王様の弟だもんね、仕方がない。

 彼の態度には腹が立ったけど、パトロクロスの毅然とした対応が嬉しくて、それほど暗い気分にはならなかった。

 アキレウスも、パトロクロスのそういった姿勢に感じるものがあったんじゃないかな。

「パトロクロス王子、そしてその従者達よ。どうか、その面(おもて)を上げて立たれるがよい」

 それまで黙ってその様子を見守っていたレイドリック王が口を開いた。

「あっ、兄上!」

 非難がましい声を上げる弟を一瞥(いちべつ)して、彼はこう言った。

「先に無礼を働いたのは其方だ、アルベルト。パトロクロス王子の心遣いに感謝するのだな」
「そ、そんな……! 魔法王国ドヴァーフの王弟たるこの私が、たかが従者に侮辱されたのですよ!? これでは私は、いい恥さらしだ!!」
「恥をかいて覚えることも世の中にはある。国の基盤とは、国民のことだ。彼らという支えがあって、始めて私達の存在意義が生まれる。国民という存在をなくして、私達は、ドヴァーフという国は在りえないのだよ、アルベルト」
「-----っ……不愉快だ……こんな屈辱を受けたのは初めてです……!」

 レイドリック王の言葉は、アルベルトには届かなかったみたい。

 彼は怒りと屈辱に全身を震わせながら、ものすごい目でアキレウスをにらみつけると、足早にそこから出て行ってしまった。

「……入国早々、不愉快な思いをさせてすまなかったな。場所を移そう、ゆっくりと話がしたい」

 レイドリック王はそう言って傍らの士官に指示を出し、あたし達を貴賓室へ移すよう申し付けた。その灰色(グレイ)の瞳は少し物憂げで、深い苦悩を内に秘めているような印象を、ぼんやりとあたしの胸に残した。

 何だか波乱含みの幕開けとなった、魔法王国ドヴァーフの訪問。

 それはまるで、この国でこれから起こる幾多の波乱を予兆しているかのような、そんな幕開けだった。
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