灰色(グレイ)の瞳に複雑な光を宿し、その青年は一通の書状を見つめていた。
傍らの解封済みの封筒には、蝋(ろう)で固められた、四枚の翼を持つ双頭の鷹の割印の跡がある。
封を切ってから何度も目を通しているはずのその書面に、またしばし目を落としていた彼は、ややしてから瞳を伏せ、ゆっくりと立ち上がった。
高級だが華美ではない、品の良い調度品に囲まれた広い執務室-----白い法衣を身に纏ったその青年は窓の近くに歩み寄ると、それを開け放ち、眼下に広がる風景を見下ろした。
建物の最上階に位置するその部屋からは、窓の向く方角の全てが一望出来た。
吹きこんでくるやや強めの風が瞳と同色の若干長めの髪を揺らし、美術品としての価値を窺わせる、額のきらびやかなサークレットをなでていく。
そんな彼の様子に気が付いたのは、それぞれ離れた位置にいた、一人の若い女性と一人の屈強な青年だった。
淡い緑色(グリーン)の長衣(ローヴ)に白い外套(がいとう)という姿の女性は、庭園を望む吹き抜けの回廊を歩いていてそれに気が付いた。
メタリックホワイトの全身鎧(バトルスーツ)に濃い緑色(グリーン)の外套を纏った青年は、演習中に騎乗していた愛馬の背からふと顔を上げた時にそれに気が付いた。
建物の最上階から、憂いを含んだ眼差しで地上を見下ろす青年の姿-----それを遠くから見つめる、異なる位置にいる二人の胸に去来した想いは、奇(く)しくも同じものだった。
やや長めの灰色(グレイ)の髪を風になびかせながら、青年は過去の出来事に思いを馳せる。
『本当のことを言え!』
真っ直ぐな怒りを宿した、一点の曇りもない翠緑玉色(エメラルドグリーン)の瞳が、揺るぎない道を進むと覚悟を決めた過去の自分を、射抜くように見据えていた。
あれから-----十年。
炎のような瞳をしたあの少年は、どのような青年へと変貌を遂げたのだろうか。
吹きつける風が、勢いを増す。
白い法衣を風になぶられながら、青年は瞳を閉ざして、その只中に身を置いた。
吹きすさぶその勢いを受けて、眼下に立ち上る幾つもの旗が翻(ひるがえ)り、その紋章を万人に示す。
それは、意匠の凝らされた、両翼を広げた白竜(ホワイトドラゴン)の紋章。
世界に魔導士達の聖地と言わしめる、魔法王国ドヴァーフの紋章であった。