白い日差しが、燦々と降り注いでいる。
「…………」
まばたきをしたガラルドの視界に、溢れるような光の化身が現れた。
光、と言ってもそれは、目に見える輝きではない。人の肉体に内包された、魂の煌めき-----溢れ出るような、生命力の波動、とでも言い表せばいいだろうか。
「ガラルド……」
その光の化身は、涙声で彼の名を呼んだ。
緩いくせのある、ふわふわの長い銀色の髪。燃え立つような輝きを放つ、澄み切ったすみれ色の瞳。
「フユ、ラ……」
茫然とその名を呼び、半身を起こしたガラルドに、しゃくりを上げながらフユラが抱きついてきた。
「ガラルド……ガラルドぉぉ!」
震えるその小さな身体を抱きとめたガラルドは、自身の傷がほとんど癒えていることに気が付いた。変現(メタモルフォーゼ)も解け、元の姿に戻っている。
「お前、その姿は……。自力で、呪印を解いたのか? これは……お前、が-----?」
信じられない、という響きがこもったその声に、ぐすぐすと鼻を鳴らしながらフユラが頷く。
「そうか……サンキュ」
ふんわりした銀色の髪をなで、そう言うと、ガラルドは混乱の残る頭で立ち上がった。
深い森を二つに分けるようにして、そこには巨大な更地が広がっていた。
夢ではない。昨夜から今朝にかけて、紛れもなく自分はここで信じられないような戦闘を繰り広げていたのだ。
そして、そこには-----ハルヒと名乗った、未来のフユラがいた。
激戦の跡を目の当たりにして、それが確かに現実のものであったことを、改めてかみしめる。
あの悪夢のような状況の中、よくも二人とも生き残れたものだ。
それが間違いなく現実であるということは頭では理解できたが、どうにも感情の方がついていかない。
あのハルヒが、フユラだったということは-----……。
額を押さえ、難しい顔でガラルドは首を振った。
有り得ない。
フユラは確かに、自分の中でいつの間にか大切な存在となっていたようだ。だが、しかし。
ガラルドに家族の思い出はないが、それはおそらく、家族というか、どちらかというとペットに抱くものに近い感情なのであって、異性に抱くような感情では、決してない。
自分は絶対に、ロリコンなどではない。そんな感情に発展することは、未来永劫、有り得ない。
そもそも、このフユラとあのハルヒでは、性格があまりにも違いすぎる。何かの、間違いではないのだろうか。いや、間違いでないはずがない。絶対に間違いに決まっている。
自分にそう言い聞かせたガラルドは、ひとつ深呼吸して、本来の姿を取り戻したフユラを振り返った。彼女の左の手首には、自分の運命と繋がる呪紋(じゅもん)が刻印されている。
自分と彼女を繋ぐ呪術は、まだ生きている。アヴェリアを目指す旅は、まだ続くのだ。
そして-----……。
「……もっと、強くならねぇとな」
そう呟いて、ガラルドは自らの拳をきつく握りしめた。
最後にセラフィスに一撃を浴びせたあの時-----あれは……あの力は、いったい何だったのだろう。
体表の呪紋(じゅもん)が輝いて起こる、あんな現象は初めてだった。
人間と魔人(ディーヴァ)の混血である、半魔特有の印-----もしかしたら、あれは……自分の中に流れる、もう半分の血……人間の血が引き起こしたものなのだろうか。
その時、一陣の風が吹いた。
物思いに耽っていたガラルドの視界の片隅に、きらきらと輝くモノが揺らめいて映る。何気なくそれを確認した彼は、目にした事実に言葉を失った。
フユラの胸元にかかっている、キンキラの安物のペンダント。金メッキの鎖に太陽を模したペンダントトップというデザインだったはずのそれは、メッキが取れ、太陽の光冠が捻じ曲がってひしゃげ、鈍色(にびいろ)の、全く違うペンダントへと変貌していたのだ。
しばし茫然として、ガラルドはそれを凝視した。そのデザインに見覚えがあったからだ。
そう、それはハルヒが身に着けていたペンダントと全く同じものだった。
「-----……お前、本当にあんな性格になっちまうのか……?」
ガラルドのその言葉を、ぽかんとした表情でフユラが受け止める。
真実が分かるのは、もう少し先の話。
二人の長い旅路の果てに待ち受けている、未来の話-----……。
*
そこから遠く離れた時空-----。
遠い時を隔てた場所で、固く抱き合う二人の男女の姿があった。
一人は、青年。体表に深緑の紋様の浮き出た、半魔の青年。
もう一人は、少女。ふんわりとした顎の辺りまである銀色の髪に、澄み切ったすみれ色の瞳が印象的な、人間の少女。
「-----お前をこの腕に抱くまで、生きた心地がしなかった……」
銀色の髪に頬を埋め、そう呟く青年に、少女が涙声で答える。
「会いたかった……。絶対に、分かってくれるって信じていた……」
ひとしきりそう再会を喜び合った後、
「でも、」
と少女が付け加えた。
「でも、あたしに対してひっどい態度だったんだからね! ねぇちょっと、何を言ったか覚えている?」
そう問われた青年は、新しく生まれた記憶に、苦虫をかみつぶしたような顔になった。
「……あの頃のオレにンなこと言われてもしょーがねーだろ。お前が誰か分かっただけでも大したモンだぜ」
「それはそうだけどさー……でもさっ」
頬をふくらませる少女を困ったように見やり、青年は溜め息をついた。
「どーすりゃご機嫌直んだよ?」
今回の件について責任を感じているらしい彼は、珍しく殊勝な態度を見せた。
チャンス、とばかりに目を輝かせ、頬を染めながら少女が呟く。
「……あのね、謝罪の言葉と、あと『愛してる』って言ってほしい」
「あ……!?」
絶句する青年を見つめ、少女は生真面目な顔で言い募った。
「だって、そう言ってくれたことないんだもん」
「-----……っ……」
非常に抵抗のある素振りを見せた青年だったが、真っ赤な顔で一歩も引かない少女を前に、覚悟を決めたらしい。
ひとつ息をつくと、その頬を引き寄せ、耳元でこう囁いた。
「迷惑かけて悪かった……愛している」
少女の顔から、太陽のような笑顔がこぼれた。
「うん……あたしも愛している!」
赤く染まった頬を見せないようにするためか、青年がきつく少女を抱きしめた。少女も瞳を閉じ、その腕を青年の背中に回す。
それは、遥かな時空を隔てた一幕。
かけがえのない存在に巡り合えた、一組の男女の物語-----。
完