Beside You 3 始まりの魔法都市

07


 全身を苛むあまりの痛みに、目の前が朦朧としてくる。

 カーラに再び結界を打ち破られ深いダメージを負ったフユラは、霞みがかる意識の中で、気だけは失うまいときつく唇を噛みしめ、自らの身体を抱きしめた。

 そこに癒しの力の気配を感じたカーラは瞬時に彼女へと駆け寄り、とどめを刺すべく剣を振るうが、往生際の悪い相手は神がかり的としか思えない執念の動きで、変現(メタモルフォーゼ)している彼女の攻撃を避(よ)けてみせる。

「ちッ」

 苛立ち混じりに放ったカーラの蹴りは、少女の腹部にヒットした。

「ぐっ!!」

 くぐもった声を残して軽量な身体が吹き飛び、大音響を上げておぞましい培養器に激突する。容器を破損させて少女は力なく床に崩れ落ちたが、まだ事切れてはいなかった。

 震える指先が懸命に床を掻き、起き上がろうとする意志を示す―――カーラは不快感に眉をひそめ、今度こそ確実に息の根を止めるべくフユラの元へと足を向けた。

 蹴った時に、わずかだが違和感があった。直撃する寸前、小賢しく防護壁のような術を挟み込んだか。

 ―――ひどく、不愉快だ―――気分が悪い。

 カーラはドロドロとした言いようのない感情が胸に込み上げてくるのを覚え、切れ長の瞳をすがめた。

 苦しまないよう、ひと思いに逝かせてやろうと思ったのに。

 こちらの厚意を無下にして、何故、この娘はこんなにも足掻く。

 絶望的なこの状況で、こんなにも痛い思いをしながら、何故、これほどまでに見苦しく生にしがみつこうとする?

 ああ―――不愉快だ。胸の奥が、気持ち悪い。ざわざわする。

 この少女は人工的に産み出された、異端の命。この世に存在していてはならない、自然の理に還すべき存在。

 フォルセティの理念に異を唱え、カーラの信念を全身で否定し冒涜した、許されざる者―――。

 だがこの少女を見ていると、それだけでは説明のつかない、うねるような苛立ちが彼女を襲う。

 胸の中のドロドロが、ごぷりと音を立てて溢れかける。

 ―――この負に満ちたおぞましい感情は、いったい何だ。

 自問するカーラの前で、彼女の気配を察したフユラが残された力を振り絞るようにして顔を上げた。

 血反吐を吐いたのか、口の周りを赤く染めた彼女の容貌は薄汚れて、満身創痍の肉体も、その身に纏う装備も憐れなくらいボロボロだった。

 少女がもはや多少の回復では追いつかないダメージを負っていることは明らかだ。

 だが、強い輝きを放つすみれ色の瞳はここへ来てもまだ、己の生を諦めていない。

 深く傷つきながらも生きようと必死に足掻くその姿は、思い出したくもないものをカーラに思い出させた。

 ―――私の心をざわつかせていたものは、これか。

 込み上げてくる不快感の正体に不本意ながら思い至って、カーラは心の奥底で独り歯噛みした。

 不快感の正体、それは幼い頃の彼女自身の記憶―――まだ非情な現実を知らず、純粋に生きようと頑張っていた、全てを諦める前の自分の姿だった。これが目の前のフユラの姿と重なって、彼女の心をざわつかせていたのだ。

 あるがままの自分で生きたいと当たり前のように願い、居場所を欲して、周りに受け入れてもらおうと頑張るだけ頑張って、もがいて、足掻いて―――必死で努力はしたけれど、望んだものはどうしても手に入れられなくて、半魔として生まれ落ちた自分には「普通の生活」などというものは所詮手が届かないものだったのだと、無力感に苛まれながら気が付いたのは、いつだったのか。

 それからは期待や希望を捨て、余分な感情を押し殺し、淡々とした表情を貼り付けて、人間社会の片隅で息を潜めるように生活してきた。居場所を求めて気が遠くなる年月を彷徨い、世界各地を渡り歩いた末、行きついたのがフォルセティだった。

 フォルセティの活動理念は“自然との共生”―――神が創り出したこの世界に不必要なものはなく、また足りないものもないという持論を持つ彼らは、半魔であるカーラの存在を初めて丸ごと受け入れてくれた場所だった。

 ありのままの自分であることが許される世界。半魔としての自分を隠さずに生きれる、これまで得ることが出来なかった安寧の場所―――自分のような特殊な生まれの者にはこういう場所こそが必要なのだとカーラは痛感し、フォルセティの理念がこの世界に広がっていくよう、その活動に尽力することを決意したのだ。

 フォルセティはカーラの全てだ。

 フォルセティこそがカーラの存在意義なのだ。

 そのフォルセティの理念に、目の前の少女―――フユラの存在は、反する。

 あの頃の自分に重なるものがあったとしても、自分と彼女とでは根本的な部分が違うのだ。

 だから、看過することなど出来ない―――出来はしないのだ。

 ―――なのに。

 カーラは剣を握る手にぐっと力を込め、自らに問いかける。

 なのに何故、私は畳みかけて殺さない? 何をためらう……?

 その時だった。

 遥か上方から微かな音が届いたような気がして、彼女はハッと顔を上げ、細長く先端の尖った耳をそば立てた。

 気のせいではない。その音は徐々に大きさを増し、波紋を描くように広がって、地下深くにある施設全体を打ち鳴らし始めた。

「何だ……?」

 異変に全神経を研ぎ澄ませ状況を注視するカーラの視線の先で、重々しい響きに天井が揺れ、塵埃(じんあい)がパラパラと舞い落ちる。

 カーラ同様それを感じたフユラは始め、受けたダメージのせいで自分の視界が揺れているのだと思った。

 だが、すぐに違うと気付く。左手首の呪印も、そんな彼女の直感を肯定する。

 それは、彼女が待ち焦がれていた希望の到来を報せる号音だった。

「ガラルド……!」

 涙ぐむフユラが見つめるその先で、外部から受けた強い圧で天井の一部がひび割れて突出し、次の瞬間、とどめの轟音と共に崩落した。地響きを上げて施設全体が打ち震え、なだれこむ土砂と塵埃に包まれる中、土煙をかいくぐって二つの人影が現れた。

「フユラ!」

 視界を覆う砂塵の中から彼女の名を呼び姿を見せたのは、大振りの剣を手にした保護者の青年と、青ざめた表情で彼の背にしがみつく、護衛対象の少年だった。



*



 ガラルドが異変に気付いたのは、レイオールの強襲からほどなくしてのことだった。

 あれほどの騒ぎがあったのにも関わらず、ウォルシュはおろか警備責任者であるカーラが姿を見せない。そして―――何よりも、こんな騒ぎがあればすぐにでも飛んできそうなフユラが未だ、その姿を見せていない。

 ウォルシュの方でも何かあったのか?

 その可能性もなくはなかったが、少なくともガラルドにはそういう気配は感じられなかったし、カーラが傍についていながら人間相手に失態を犯すとも思えない。

 ―――まさか。

 ひんやりとした予感が胸をかすめてフユラの気配を探ってみると、屋敷内にその気配が感じられない。その瞬間、ガラルドは自身の身がざわっと総毛立つのを覚えた。

「レイオール、来い」

 護衛対象の少年と共に現場検証やら後片付けやらで騒がしい襲撃現場を抜け出してウォルシュの自室へと案内させると、そこに主の姿はなかった。

「あれ? もしかして行き違いになったかな?」

 そう推測するレイオールにガラルドは間髪入れず問い返す。

「他にウォルシュが行きそうなところは?」
「ええと、今の状況なら普通、オレの部屋へ様子を見に行くと思うんですけど」
「それはない。他の場所だ」
「ええ……それ、オレの立場的に結構ショックなんですけど……。いったいどうしたんですか、ガラルドさん?」

 何が何だか、といった様子の少年に、ガラルドは端的に言葉を返した。

「お前の父親にフユラがさらわれたかもしれねぇ」
「はい?」

 レイオールはその内容に耳を疑ったが、ガラルドの表情は剣呑そのもので、とても冗談を言っているふうには見えない。

「え……父さんが、フユラを? まさかそんな……いったい何の意味があって?」
「詳しく説明している暇はねぇが、フユラにはそういう要素があるんだ」

 突然そう打ち明けられたレイオールは、とっさに二の句が継げなかった。

「……。書斎が、こっちに」

 どうにか口を動かしてガラルドの案内に立った彼の頭の中は混乱の極みに達していた。

 にわかには信じがたいが、もしガラルドの言っていることが事実なら―――この混乱に乗じて父親がそのような行動に及んだのだとしたら―――先程自分が襲われたあの状況は―――……。

 突き詰めて考えることを防衛本能が拒絶する。自分達が円満な親子関係に程遠いことは分かっているが、それでも、いくらなんでも、そんなこと―――。

 だが、父親の書斎でレイオールは無情な現実に直面する。

 セキュリティが解かれたままの無人の室内には見たことのない秘密の入口が出現しており、その先にあった小部屋の床の上には淡い輝きを纏い湧き立つ紋様が暗い室内で煌々と光を放っていた。

 書斎には何度か入ったことがあるが、こんな秘密があるとは知らなかった。

「これは……転移の魔法陣か?」

 呟いたガラルドがその上に足を踏み入れてみるが、何の反応も起こらない。

「……。ち……文言か何か、組み合わせるものが必要らしいな」

 舌打ち混じりに言い捨てると、ガラルドはおもむろに瞳を閉じ、精神を集中させ始めた。

「ガラルドさん……?」
「黙ってろ」

 物言いたげなレイオールを有無を言わせず押し黙らせて、半魔の青年は運命を繋がれた少女の気配を探っていく。

 表情の変化こそ乏しいものの、ガラルドは見た目ほど落ち着いているわけではなかった。

 転移の魔法陣らしき紋様を見て、そのあせりは色濃さを増している。

 こんな状況になるまで自分がウォルシュの動きに気付かなかったということは、フユラは無理やり連れ去られたわけではなく、おそらくは言葉巧みに誘われて自らの意思でついて行ったのだろう。

 この街にいてくれればいい、それなら恐らく探し出せる。だが転移先がどこか遠くの地だった場合は―――試したことがないから何とも言えないが、その居場所を探り出せるかどうかも怪しくなってくる。

 ―――冗談じゃねぇぞ。

 きつく奥歯を噛みしめながら逸る心を抑えつけて、左足首の呪印と繋がる少女の気配を範囲を広げながら探っていったガラルドは、ややして微かな反応を感じ取り、そこに意識を集中させた。

 ―――いた。

 場所はそう遠くない。とりあえずその事実にホッと胸をなで下ろすが、何かに阻まれているのか、感じられる少女の気配はこれまでにないくらい微弱だ。

 ―――地下、か?

 場所はウォルシュ家の敷地内のようだが、地表のかなり下の方に彼女の反応はある。

 間違いない、フユラは地下深くにいる。それも、かなりの深さの場所に。

「レイオール、ここの敷地内に地下施設はあるのか?」
「え? 地下室なら普通にありますけど……」
「地下室とかそういうレベルじゃない、多分普通の方法じゃ行けねぇような、もっとずっと深い場所にある大仰なヤツだ」
「……いえ、少なくともオレは知らないです。聞いたことがない……」

 青ざめた顔で答えるレイオールにガラルドは頷きを返した。

「そうか。じゃあついて来い」

 言いざま、レイオールを肩に担ぎ上げるようにしてガラルドは走り出した。

「わあっ!? ちょ……ガラルドさん!?」
「黙って担がれてろ、急いでんだ!」
「え……ええっ!?」

 戸惑うレイオールをそう一喝すると、ガラルドは開け放った書斎の窓から屋外へと降り立ち、少年を担いでいるとは思えないスピードで道なき道を縦断して屋敷の外を目指していく。担がれたレイオールはただただ息を飲んで、人間離れした脚力を発揮するガラルドにしがみつき、流れていく景色を見ているより他になかった。

 この状況がいったいどこまで続くのか、頼むからこのまま街へは出ないでほしいと心の中で祈っていたレイオールは、ウォルシュ家の門と屋敷の間に広がる広大な庭園の一角でガラルドの足が止まったことに安堵の息をついた。

「―――ここか」

 息ひとつ乱さず呟くガラルドの焦燥感は先程より募っている。

 フユラの左手首と繋がる左足首の呪印が疼き、急激に逼迫(ひっぱく)感が増していた。この危機的な感覚―――間違いない、フユラに危険が迫っているのだ。

「え? ここ……?」

 瞬きをするレイオールを肩から乱暴に下ろしたガラルドは背中から大振りの剣を抜くと、今度は彼に自らの背におぶさるように伝えた。

「はい!?」
「とっとと言う通りにしろ。今からこの下へ行く」
「この下、っ!? で、でも……見ての通りここはただの庭園で、地下への入口らしきところ、見当たらないんですけど」
「何の為に剣を抜いたと思ってんだ。ここをブチ抜いていくんだよ」
「ブチ、抜……!? ほ、本気で言ってます!?」
「フユラはこの下にいる。正攻法の行き方が分からねぇ以上、直(ちょく)で行くしかねぇだろ」

 口を挟みたいことは山程あれど、不穏な光を帯びたガラルドの暗い緋色の瞳が恐ろし過ぎて、レイオールは様々な疑問を飲み込むしかなかった。

 大人しく指示に従う少年を見やった青年は、彼に拒否権なしの一方的な覚悟を求める。

「お前には強制的に巻き込まれてもらう。この先に何があるか、その目で全てを見届けるんだな」

 口には出さなかったが、ガラルドは場合によってはレイオールを人質にすることも考えていた。

 だが、これまでのウォルシュの態度を見る限り、レイオールが人質として有用であるかどうかは怪しいと言わざるを得ない。彼には気の毒な話ではあるが。

 こうして否応なしに父のツケを支払うことを課されてしまったレイオールは、彼の常識を凌駕するガラルドの力技によって、地下深くにある研究施設へと到達するに至ったのだった。

 土砂や塵埃がもうもうと煙のように立ちこめる中、秘密の研究施設へと降り立ったガラルドは咳込むレイオールを背に乗せたまま、迷うことなく一点を目指して進んでいく。

「フユラ!」

 土煙が割れた先には、ガラルドが言っていた通り本当にフユラの姿があった。レイオールは驚くと同時に、床に這いつくばるようにしたままどうにか顔だけを上げている彼女の変わり果てた様子を目にして、言葉を失う。

「ガラルド……!」

 弱々しい声で青年の名を呼ぶ少女の顔にはいつもの太陽のような輝きはなく、身体中傷だらけで、今にも儚く散ってしまいそうなほど、生気の色が薄かった。

 整った容貌は血で薄汚れ、傍目にも相当なダメージを負っていることが窺える。

「ごめ……ん、あたし……」
「喋るな。よく持ちこたえた」

 涙ぐむフユラの傍らに膝をついて彼女の状態を確かめたガラルドは、少女の首に嵌められた金属製のチョーカーとリストバンドが外れ剥き出しになった左手首の呪印を見て、おおよその状況を把握した。

「ここからはオレが引き受ける。お前は回復に努めろ……魔力はまだ残ってるな?」
「ん……」

 フユラの頭にガラルドの大きな手が置かれ、労わるようにやんわりと撫でる。言葉少なに見つめ合う彼らの向こうで、薄らぎ始めた土煙を斬り裂いて、凶刃が襲いかかったのは刹那のことだった!

 ガキィンッ!

 振り返りざまそれを受け止めたガラルドの剣と襲撃者の剣とが蒼白い火花を散らせ、その様相を映し出す。

 強襲したのは、先端が尖った細長い耳と額に二本の角を戴く異形の女剣士だった。顎の辺りでそろえられた前下がりのボブベースの赤茶の髪に、獣のような鋭さを帯びた切れ長の灰色の瞳―――紅い口元からは鋭利な牙が覗き、その体表には深紅の紋様が浮き出ている。

 だが、レイオールはその女の面影に覚えがあった。彼女が身に着けたえんじ色の短衣(チュニック)とその上に纏う鈍色(にびいろ)の金属製の鎧にも見覚えがある。

「え……!?」

 まさか、と息を飲み、レイオールは震える声を絞り出した。

「カ……カーラ? カーラ、なのか……!?」

 半信半疑の色を含んだ声音にカーラは瞳孔の収縮した瞳だけを動かして彼を見やると、再び刃を交えるガラルドへと視線を戻した。

「想定外もいいところだ……まさか、こんなデタラメな力技でここへやってくるとはな……! 何故、ここだと分かった。何故、これほど正確にあの娘の居場所を突き止めることが出来た!?」

 鼻の頭にしわを寄せ、牙を剥いて質(ただ)す同胞に、ガラルドは口元を歪めて返す。

「答えてやる義理はねぇな」
「ならば当ててやろうか……あの御大層に隠されていた呪印だな? あれに関係しているのだろう!?」

 現状、カーラにはそれ以外に思い当たる節がない。だからそれだと当たりをつけた。

「さぁな……!」

 突っぱねるガラルドとカーラの間で刀身が軋む。押し合って一度離れた両者は距離を置いてにらみ合った。

「―――それにしてもぞっとしねぇ場所だな……お前の雇い主、趣味が悪すぎんだろ」

 ガラルドの言葉を聞き初めて周囲を見渡したレイオールは、土煙が治まりクリアになった視界に現れた研究施設の全貌を目の当たりにして、引き攣れた声を上げた。

「ひっ……! な、何だここ……!?」

 おぞましい、そのひと言に尽きる異様な光景が彼の目の前には広がっていた。

「その意見には大いに賛同する。私はな……神を冒涜するこの狂った研究を阻止する為に、何年も前からあの男の元へ潜り込んでいたんだ。この光景をおぞましいと思うのなら、お前も手を貸せ。ここを浄化して狂気に満ちたこの研究を歴史の闇に葬り去るんだ」
「……カーラ、お前がフォルセティの回し者だったんだな」
「ああ、そうだよ」

 あっさりとそれを認めた女剣士にレイオールは息が止まるような衝撃を受けた。

「カーラが……フォルセティの……!?」

 父親が厚い信を置いていたはずの、警備関係の一切を取り仕切る立場にいたカーラが―――ならば始めからウォルシュ家のセキュリティは破綻していたことになる。しかも先程からの彼らの会話を聞く限り、どうやら父親は地下深くに造ったこの施設で秘密裏に、恐ろしい研究に手を染めていたようだ。

「で―――お前の“元”雇い主……ウォルシュはどこにいるんだ。お前がその姿を晒してフユラを殺そうとしていたってことは、ヤツとは決別しているわけだろ」
「ウォルシュは死んだよ。私が殺した」
「えッ……!?」

 カーラの口から淡々と告げられた内容に、レイオールは愕然とした。

 様々なことが立て続けに起こり過ぎて、心身共にバカになったみたいだった。言葉の意味は分かるのに、感情がぐちゃぐちゃになっていて、頭の理解が追いつかない。

「レイオール……」

 そんな彼を心配そうにフユラが見やったが、レイオールは自身を抱きしめるようにして回復に努める彼女に一瞬だけ視線をやるのが精一杯で、再び荒涼とした気配の漂うプラントに佇む二人の男女に視線を戻すと、その動向を食い入るように見守ることしか出来なかった。
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