ドガッシャ───────

最上階サブコントロールルームを目指す、名雪の一号機にも暴走したレイバーが襲いかかっていた。
弾き飛ばされ壁にたたきつけられる一号機。
ヘラクレス21が、ボクサーが、無人のレイバー達が暗闇に怪しく目を光らせながら接近してくる。
その姿はまるでゾンビか何かのようだ。

「名雪!聞こえるか!予想よりも早く暴走が始まりやがった。全力で目標へむかえ!以上だ!!」

一方的に言い放って一方的に無線を切った祐一にため息をつきながらも
向かってくる暴走レイバーにリボルバーカノンを全弾たたき込むと、上層へ向かうエレベーターに
転がり込んだ。
エレベーターの中で空になった薬莢を捨てると、シリンダーに弾丸を込めるべくいったんKanonから降りる。
リボルバーカノンのシリンダーに、予備の弾丸を装填する名雪の手元に水滴がポタポタと落ちてくる。
上を見上げた名雪には真っ暗で先の見えないエレベーターのシャフトと、心なしか大きくなっていく風の音が
聞こえるのみだった。

そうしてる間にもエレベーターは最上階に到着した。
ハッチが開きKanonが到着したのは、台風の強風が吹き荒れる方舟の屋上だった。
風が吹き荒れる暗闇の中にそびえ立つ塔──────サブコントロールルーム。
名雪は、意を決しって一号機を降りるとショットガンのみを携え、タワーの中へと入っていった。
永遠に続くとも思える螺旋の階段を登り、サブコントロールルームに入った名雪は息をのんだ。
そこには所狭しと鳥たちが羽を休めていた。

「とっ、鳥さん・・・。」(キャプテンハーロックのトリさんではありません。)

コンソールパネルはもとより、天井をはい回るパイプなどおよそ鳥が足で掴める場所には鳥がとまっている。
見れば窓ガラスの一部が割れている、恐らくそこから台風から逃れるために入ってきたのだろう。
突然、一羽の鳥が唖然として立ちつくす名雪の背後で羽音を立てた。
ビクッとして振り向きショットガンを構えた名雪が見たのは、足に帆場のIDプレートをつけたカラスの姿だった。





方舟の外では、さらに波が高くなり方舟に打ち付けている。
強風がこだまし、さながら地獄からの呼び声のようだ。
そしてその様子は、祐一や栞のいる制御室でも捉えられていた。

「洋上の風速が40mを突破しました。もうこれ以上待てません!!」

モニターで外の状況を見ていた栞が、泣き声を上げる。
一方の祐一はサブコントロールに向かった名雪の報告を待ていた。

『・・・カラスの足にプレートが・・・・。』

しかし、名雪の声は震えていて聞き取りずらかった。
思わず声が大きくなる祐一。

「名雪!結論だけ報告しろ!そこに誰かいるのか?」

名雪の返事は悲痛な絶叫だった。

『いないよ!!ここには人間なんて一人もいないよ!!』

と、その時制御室のメインモニターにBABEL≠フ文字が流れ始め、制御室が真っ赤に染め上げられる。
あわててキーボードを叩く祐一だったが、何も起こらなかった。

「入力不能・・・・。」

「メインコンピュターまで汚染されてたなんて・・・・。」

予想外の事態に呆然となる二人。
さらに制御室の外で踏ん張っている佐祐里さんやあゆからも無線が入る。

「ふぇ〜。制御室〜。こちら佐祐里です。暴走レイバーなお増加中です!」

「うぐぅ〜。パージを、パージを急いで〜!!」

だが、祐一と栞はBABEL≠フ文字が乱舞するメインモニターの前で立ちつくしていた。
パージしたくてもできないのだ。

「何か・・・。まだ何か手があるはず・・・。」

必死に頭をフル回転させる祐一。
やらないで後悔するぐらいなら、やった方がマシというものだ。

「コンピュータを経由しないで、結合ブロックの火薬に直接点火するバックアップの集中点火線があったはずだ。」

「!? あぁ〜!!」

錯乱状態に陥りかけていた栞も祐一の言葉に思い出す。
すぐさま持ってきた携帯パソコンでデータを洗い出す。
表示されたデータは果たして・・・・。

「メインシャフト頭頂部。サブコントロールの真下です!」

思わず祐一の顔をのぞき込む栞。
祐一はニヤリと笑ってみせる。

「やっぱ、警官は人命尊重を貫いておくもんだ。ドタン場で大正解。名雪の足の下だ!」



制御室の外では、真琴の2号機と美汐の3号機が暴走レイバー相手に圧倒的に不利な闘いを繰り広げていた。
既にリボルバーカノンもライアットガンも弾丸が切れ、接近戦で闘っていた。
アンテナは折れ、回転灯も砕け、シールドも吹っ飛び、全身に傷を負っても闘っていた。
フロアに転がる暴走レイバーのなれの果て・・・。
レイバーの残骸が山をなす中、真琴の2号機がスタンスティックを手に躍りかかる。
スティックを突き立てられスパークが走ると、ゆっくりと膝を折る暴走レイバー。
その背後から別の暴走レイバーがゆらりと襲いかかってくる。

「この〜〜〜〜!!いいかげんくたばりなさいよ!!」

振り向きざまに、スティックを突き立てようとする真琴だが、ボキッっと鈍い音をたててへし折れてしまった。

「あぅ〜〜〜。ど〜しよ〜〜。」

武器の無くなった2号機をウイルスに操られたレイバーが取り囲む。
ヘラクレスが、タイラントが、ボクサーにアスカ96大将が。
既にズタボロの2号機にゾンビのごとく近づいていた暴走レイバーが、急に前のめりに倒れる。
暴走レイバーの背後から、3号機が脚部のみを目標にコンバットナイフを手に突進していく。
瞬く間に5台のレイバーが床に転がり、行動不能になっていた。

「大丈夫ですか?真琴。」

そう聞く美汐の3号機も無傷ではない、2号機ほどではないにせよ満身創痍には違いなかった。
また別のレイバーが襲いかかってくる、倒しても倒してもキリがない。
転がっていたレイバーのマニュピレーターを武器に殴りかかる真琴。

「どりゃ〜〜〜〜〜。」

ヘルダイバーのナイフを構え直し切り込んでいく美汐。

「行きます!!」

しかしいかに高性能であろうが、パイロットが優れていようが消耗戦を永遠に続けることはKanonといえども
不可能である。
2機のKanonが暴走レイバーに囲まれ動けなくなるまでにそう時間は掛からなかった。

「もう何も残ってない!自爆装置でもあれば後の半分ぐらいは掃除できるのにー!!」

ぐるりと何十台もの暴走レイバーに取り囲まれ、真琴が怒鳴り散らす。
またどこかのマンガか何かから仕入れた台詞なのだろう、自爆の意味が判っているのか怪しいが・・・。
だが、パトレイバーに自爆装置など付いているはずもなかった。

「真琴。自爆するって事は自分も吹っ飛ぶ事ですよ。」

律儀に指摘する美汐だったが、現状を打開する術は思い浮かばなかい。
ジリジリと包囲を縮めてくる暴走レイバー、浮かび上がるライトの光がともすれば愛嬌のあるレイバーを
余計に不気味にしていた。

と、突然、激しい音が響きバラバラと砕け散ったレイバーの部品が降り注いだ。
振り返り、二人のKanonパイロットと暴走レイバーが見たものは、片手で次々とレイバーを破壊していく
零式という名のパトレイバーだった。
瞬く間に2機のKanonを取り囲んでいた何十台ものレイバーが、スクラップと化していく。
FRP製の装甲を苦もなく突き破り、必殺の貫手が内部のメカニズムごと粉砕する。
舞が乗っているはずの零式の、圧倒的な戦闘能力に息をのむ二人。

「すごい・・・・・。」

思わず声が漏れる。
軍事用レイバーにも引けを取らない、その能力をフル開放し格闘戦を展開する零式。
暴走レイバーが1機、また1機と、零式に貫かれ力を失って倒れ込んでいく。
そしてあらかた倒し終え、美汐と真琴の方に向き直った零式のレーザーセンサーが怪しく赤く輝いた。

『舞さん、美汐さん、真琴ちゃん、これから全フロアのパージを実行します。制御室に戻ってください。』

しかし二人とも栞からの無線も、眼前に迫るレイバーの駆動音より耳に入らなくなっていた。




サブコントロールから降りてきた名雪の目の前で、轟音を上げサブコントロール下の床が開き、
結合ブロックの集中点火線が現れる。
すぐに駆け寄り備え付けの信号銃に信号弾を装填する名雪。
祐一からの無線が入る。

『点火して30秒で、全フロアが連続的にパージされるはずだ。一挙に重量を失った方舟がどうなるか
 見当もつかない。点火後もその場を一歩も動くな!いいな!!』

祐一の指示に答えず、名雪は開きっぱなしにした扉の方をちらりと見やる。

『復唱しろ!名雪!!』

「了解だよ・・・。点火!」

そして信号銃のトリガーを引いた。
集中点火線に火が点き、火薬の燃えた煙が上がる。

「点火確認。」

そう言う否や、信号銃を放りだし、名雪はためらうことなく扉の外へ走り出した。
強風に流されながら走っていくその先には、Kanon1号機がパイロットを待っていた。




ドガッシャ────────


突然、制御室の壁をぶち破り、頭の取れたレイバーが倒れ込んできた。

「えぅ〜。こんなコトする人嫌いです。」

思わず声を上げる栞だが、倒れ込んできたのは2号機だった。
次に佐祐里さんとあゆが、後ずさりしながら入ってきた。

「うぐぅ〜〜〜。舞さんが〜〜〜〜〜〜〜〜!」

「舞!舞ーーーーーー!!返事して!!」

壁をさらに破壊し、背中に取り付いた3号機を引きずるように零式が部屋に入ってきた。
そのマニピュレーターには2号機の頭部が握られていた。

『私が零式を押さえてるうちに、早く真琴を連れて逃げてください!!』

そう言っている間にも、接合ブロックに点火したフロアが次々に海へ落下していく。
ブロックが切り離され、レイバー達も海へ沈んでいく。
制御室にも激しく振動が伝わり大混乱に陥ってくる。
床が落ち込み、モニターが砕け散り、天井からは崩れたパイプが落下し、祐一達を襲った。
2号機から懸命に気絶している真琴をかつぎだすあゆと栞。
さしもの零式も崩れてきた建材の重量には絶えきれず、押しつぶされるように倒れ込んでいく。
祐一達も必死の思いで3号機のもとにあつまった。

やがて全ブロックがパージされ、バランスの均衡を失った方舟のメインシャフトが傾きだした。
サブコントロールからは鳥たちが一斉に飛び立っていく。
制御室も次第に傾き、ついにシャフトの根本が負荷に絶えきれずスパークしながら折れた。
そして凄まじい轟音と波しぶきを上げて海面に着水したのだった。

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁ───────────────────」

祐一達の絶叫も飲み込まれていった。








どのぐらい時間が経ったのだろう、名雪は1号機のコクピットの中で目を覚ました。
気絶していたらしく、目の前のモニターにはバッテリーチェックの文字が出ていた。
1号機を駆って壊滅した方舟の残骸の上に立つ名雪。
すでに台風の風も雨もやんでいる。
動くものは1号機のみ、聞こえるのは駆動音だけ。
たまらずコクピットから顔を出して仲間たちのの名を呼ぶ。

「祐一!!栞ちゃん!美汐ちゃん!川澄先輩!倉田先輩!あゆちゃん!真琴!誰か返事をしてよー!!」

それに答えるかのように、背後の瓦礫の下から98式によく似たシルエットが立ち上がった。

「美汐ちゃん?真琴?」

だが、立ち上がったのは零式だった。
フェイスカバーが開き、中のレンズアイが赤く輝く。
名雪が息をのんでいる間に、すばやく抜き手を繰り出してくる。
方舟崩壊の余波で左のマニュピレーターを失っていても、驚異的な機動性で攻撃してくる。
とっさに避ける名雪だが、避けきれず左の肩アーマーを弾き飛ばされてしまった。
それでも一歩さがるとリボルバーカノンを抜いた。

その傍らでまた瓦礫が崩れ、下から3号機に守られた祐一達が出てきた。

「イテテ。全くヒデーめに・・・・。」

はいずり出てきた祐一が見たのは、零式と対峙する98式の姿だった。

ジリジリと近寄ってくる零式に、リボルバーカノンを構える名雪の耳に祐一からの無線が飛び込んでくる。

「止めろ名雪!!そいつには舞が乗ってるんだ!!」

祐一の無事を喜ぶ間もなく、構えを解いた1号機を見逃す零式ではなかった。
リボルバーカノンを弾き飛ばし、さらに詰め寄ってくる。

次第に追いつめられ、比較的広く残ったヘリポート上で対峙する2体のパトレイバー。
次第に空がしらみはじめ、水平線の彼方からは朝日が昇ろうとしていた。

「川澄先輩!先輩!!答えて川澄先輩!!」

名雪の呼びかけに零式のコクピットで気絶していた舞が目を覚ました。

「・・・機体を捨てて逃げて、格闘ではコレに敵わない。」

「起動用ディスクは?」

名雪の問いかけに答える舞。

「・・・抜いた。抜いてリセットしてもまだ動く。たぶんパターン学習用のSラムに潜り込んだウイルスが
 プログラムを修復している。」

「その位置は?」

「98式と同じ首の後ろ。」

そこまで言って、嫌な予感を感じる舞。
案の定、名雪は1号機を零式に真っ正面から突っ込ませてきた。
すかさず迎撃してきた零式の右腕を抱え込むと、ガッチリと固定した。

「もらったよ。」

コクピットハッチを強制排除し、ショットガン片手に飛び出そうとする。
しかし、零式がそうはさせなかった。
驚異的なパワーで片腕で1号機を持ち上げると、そのまま1号機の左腕を叩き折ったのだった。
放り投げられヘリポートに叩きつけられる。
さらにもろくなっていた建材が衝撃で崩れ、1号機はヘリポートをぶち抜いてしまった。
むき出しのコクピットから眼下に広がる海を見下ろす形になった名雪。

「逃げろ、名雪!!98式じゃ勝ち目はない!!」

それでも1号機を立ち上がらせた。
とっさに腰のウインチからワイヤーを繰り出すと零式に向かった投げる。
1号機のワイヤーに絡まりながらも、トドメを刺そうと零式が突っ込んできた。
抜き手を繰り出す零式とワイヤーを絡ませる1号機、しかし、足場となるヘリポートはレイバー2体の重量を
支えきれる状態ではなかった。
足下が崩れ、海面へと落下していく。

「名雪───────!!」

廃墟となった方舟に、祐一の絶叫が響く
だがしかし、2体ともかろうじて落下を免れていた。
張り出した鉄骨に引っかかる形で止まった零式に、1号機がワイヤー1本で宙づりになっていた。
さしもの零式も不安定な場所で、レイバー1機分の全重量を持ち上げることは敵わず、静止していた。
名雪はショットガンを背中に担ぐと1号機と零式とを繋ぐワイヤーをつたって、零式の背中に回り込んだ。
Sラムのブロックを開放すると、躊躇せずにトリガーを引き絞った。
ほっとため息をついた名雪だったが、零式はまだ止まっていなかった。
のけぞるようにヘリポート上に登ろうとする。
振り落とされないようアンテナにしがみつきながら、名雪は、ショットガンを全弾たたき込んだ。

「止まれ───────────────────────────────!!」

最後の薬莢が乾いた音をたてて、転がり落ちていった。
そして、零式のセンサーから光が消えた。
コクピットモニターにはNO FILEの表示が出ていた。


零式を停止させ、安心感からへたり込んだ名雪の元に祐一達が駆けつけてくる。

「大丈夫か?名雪。」

「私、やったよ。祐一。」

そう言うや、ぐーーーーっと眠ってしまった。
気絶していた真琴も目を覚まし、舞も零式から出てきた。
空を見上げた先には、ヘリの編隊が方舟に向かってきていた。
先頭のヘリには、秋子さんに由紀子さん、香里に北川も乗っている。
みんなが救援ヘリに向かって手を振るなか、祐一は眠ってしまった名雪を負ぶってやった。
何となく他のメンバーの視線が突き刺さるようだ。

「えぅ〜。名雪さん羨ましいです。」

「真琴も気絶してたんだから!!」

「うぐぅ。ぼく出番があまり無かった・・・。」

「私も3号機に乗ってて、疲れました。」

「あははー。佐祐里も疲れましたよー。」

「・・・私も。」

崩壊したヘリポートの上ではしゃぎまわる一同。
一夜の大作戦が終わり、また朝日が昇った。
かくして、帆場の犯罪は未然に防がれ、東京にいつもの一日が訪れようとしていた。
警視庁特車2課第2小隊の活躍の一幕であった。




END

仁さんへの感想のメールはこちらから


二束三文より
とうとう完結してしまいましたね。いや〜、本当にテンポの良い作品でした。
私のなんかだらだらしているからどうしても長くなっちゃって。最近は短くまとめるのを勉強中です。
まあそれはさておき、あゆの「うぐぅ。ぼく出番があまり無かった・・・。」が一番つぼにはまってしまいました。
あゆらしくて良かったです。

最後に仁さん、すばらしい作品をどうもありがとうございました。


第04話へ  投稿作品へ戻る