Fire.03
とある休日の朝。
「今度こそ大発明だぉ〜!!」
いつものように大声で叫びながらラボから飛び出てくる科学者相沢(旧姓水瀬)名雪。
しかし朝食中の祐一・若菜・祐喜の三人は冷たい視線を名雪に向けただけ。
そんな家族三人のいつもの視線に名雪はくじけることなく胸を張った。
「見てみて〜♪IOD−063なんだよ〜♪」
名雪の言葉に一瞬に青ざめる三人。
なぜならば・・・IODシリーズに書ける名雪の情熱と、そしてその裏返しである実験の失敗を数多く見てきたからだ。
ちなみにIODはイチゴ(I) 大きくなれ(O) ドリンク(D)の省略だ(笑)。
「・・・名雪、頼むからそのIODシリーズの開発は凍結してくれ」
懇願するように言う祐一。
だが名雪はそんな夫の懇願を一蹴した。
「絶対にやだもん。そもそも祐一にそんなこと言われる覚えはないよ、誰にも迷惑かけていないのに!」
「「「迷惑かけているだろうが!!!」」」
親子三人ピッタリ息のあったつっこみ。
日頃つっこみ役の若菜はいざ知らず、ボケ役の祐一からは考えられない見事なつっこみである。
だが名雪(祐一以上のボケ)はそんなことは気にせずに反論した。
「酷いよ、みんな〜。お母さん、そんなに迷惑かけていないよね?」
「いつも迷惑かけっぱなし」
「同感。というか母さんに世話して貰った覚えないな」
若菜と祐喜のとげのある言葉にその場に崩れ落ちる名雪。
さすがにかわいそうと思った祐一は名雪にやさしく(若菜と祐喜に比べてだが)文句を言った。
「まあそのなんだな、やっぱり迷惑かな」
その祐一の言葉が名雪にとどめを刺した。
まあ誰だってやさしく、気遣った状態で文句を言われればそれは真実であるとしか見なせないからである。
「うぅ〜、IODシリーズがみんなにどんな迷惑をかけたっていうんだぉ〜」
涙をぽろぽろ流しながら逆ギレして反論する名雪。
そこで祐一は仕方がなく若菜と祐喜は嬉々として)反論した。
若菜:「庭の温室破壊したよね」
名雪:「うぅ〜、あれはイレギュラーなんだぉ〜」
若菜:「科学者ならバイオハザードぐらいは予想しておくものだと思うけど」
名雪:「うぅ〜、反論できないんだぉ〜」
祐喜:「実験の度に後始末やらされるんだよね」
名雪:「うぅ〜、悪いとは思っているけど実験に失敗は付き物だし・・・」
祐喜:「おかげでそのたびに勉強が止まっちゃうんだよね。来年は受験だというのにさ。
母さんは自分の欲望と自分の息子の将来、どっちが大事なの?」
名雪:「そ、それは・・・・」
祐喜:「・・・即答してくれないんだね・・・」
名雪:「祐一なら分かってくれるよね!」
祐一:「・・・すまんが俺も祐喜と同じ考えだ。実験の後始末ぐらい自分でしてくれ。
ご近所に謝って回るのは俺なんだ・・・」
名雪:「・・・祐一まで・・・」
かくして孤立無援になってしまった名雪。
だが名雪は名雪だった。
「うぅ〜、みんなして酷いよ〜。でもいいもん」
そして名雪は突然飛び上がると窓を開ける。
そして置いてあったサンダルを履くと一目さんにイチゴが栽培中の温室へ向かう。
「やばい!!名雪のやつ実験するつもりだ!!」
「そうはさせないんだからね、母さん!!」
「させはせん、させはせんのだよ!!!」
慌てて追いかける三人。
しかしほんのわずかではあるが遅かった。
三人が温室に着いたとき、そこには空瓶を片手に満面の笑みで勝ち誇ったようにしている名雪の姿があったからである。
「残念でした。もう実験は始めちゃったもんね♪」
うれしそうな名雪。
そんな名雪に反してがっかりする祐一達。
だが起こってしまったことは仕方がない、祐一は沈んだ気分を奮い起こさせつつ名雪に尋ねた。
「今度のIOD−063はどんなだ?」
すると名雪は科学者の常であろうか、胸を張って言った。
「今度のIOD−063はね、今までとは開発コンセプトが違うんだよ〜。
今までは大きなイチゴを作ることを目指していたんだけどね。
今度のは普通のサイズのを沢山出来るようにしたんだよ」
「なるほど、少しは考えたんだな」
かなり失礼なことを言った祐一であるが名雪は気がつかなかった。
「もちろんだよ♪私だっていつまでも同じ失敗を繰り返したりしないんだからね♪」
だが前回披露したのはIOD−018で今回はIOD−063。
間には44もの失敗作があるはずなのだが・・・。
まあそんなことはおいておいてIOD−063はその能力をフルに生かしつつあった。
ポン
「「「何の音(だ)?」」」
温室内にていきなり発生した音に思わずビックリする祐一・若菜・祐喜。
だが名雪一人は満面の笑みを浮かべている。
その間にも
ポンポンポンポンポンポンポンポンポンポンポンポンポンポンポンポンポンポンポンポンポンポンポンポンポンポンポンポンポンポンポンポンポンポンポンポンポンポンポンポンポンポンポンポンポンポンポンポンポンポンポンポンポンポンポンポンポンポンポンポン
と音を立てる。
そして・・・一面の緑色のイチゴの中に赤い実が次々と現れる。
「やった〜、成功だぉ〜♪」
うれしそうに叫ぶ名雪の言葉にようやくと祐一・若菜・祐喜は我に返った。
たしかにきちんと多量のイチゴの実がなっている。
だがまだ味は保証されていない。
そこで祐一は名雪に言った。
「おい、味は確かめないのか?」
すると名雪は首を振った。
「確かめないわけないよ♪遠慮無く食べるんだから♪」
そして名雪はしゃがみ込んだ。
そして緑色のヘタを取ると真っ赤に売れた果実を口の中に放り込む。
「・・・・・・・・・・」
無言の名雪。
そこで祐一はおそるおそる妻を慰めた。
「名雪、さっき自分でも言ったように実験には」
「大成功だぉ〜!!!」
突然叫んだ名雪の言葉に祐一の慰めはかき消される。
「うぅ〜、イチゴ甘酸っぱくておいしいんだぉ〜!!」
そして祐一・若菜・祐喜を無視して夢中になってイチゴをむさぼりはじめた。
あっという間に減り始める真っ赤なイチゴ。
「「「・・・・・・」」」
呆然として見守る三人。
だがふと我に返ると大きなため息をついた。
「いちおう成功したみたいだしほっておくか」
「そうだね。ああなったお母さんは誰にも止められないし」
「勉強しようっと」
そして三人はそれぞれ家の中へと入っていった。
そして数時間後・・・。
「昼ご飯出来たよ〜!」
今や相沢家の炊事を名雪に代わって一手に引き受ける若菜の言葉に集まる祐一と祐喜。
しかし名雪は一人現れない。
「名雪は一体どうしたんだ?」
祐一の言葉に首を横に振る若菜と祐喜。
「また実験にでも入ったんじゃないの?」
「そうそう、今回の成功に気をよくして何か作っているんじゃない?」
だが祐一は首を横に振った。
「いや、それはないな」
「「何で?」」
子供達の素朴な問いかけに祐一はきっぱり言い切った。
「なぜならばラボには現在鍵がかかっていない。つまり名雪はラボ内にはいないということだ」
「それじゃあお母さんはどこに?」
若菜の言葉に改めて考え込む一同。
そしてはたと気が付いた。
「ま、まさかまだ温室の中・・・?」
「あれから数時間経つけど・・・ありえそうね」
「間違いない、母さんは温室の中だ!」
そこで・・・
「お父さん、お母さんのお迎えよろしく」
「そうだよな、家事は全くダメなんだしこれ位はやってもらわないと」
という二人の子供達の言葉に見送られ、祐一は温室へとやって来た。
相沢家での立場はきわめて弱い祐一であった(笑)。
「おい、名雪。入るぞ」
一声かけて温室に入る祐一。
そこで見た光景は信じられないものであった。
何と温室が緑色と赤色・・・すなわちイチゴが大発生していたのだ。
それも実だけではない、イチゴの草?も多量発生中。
その中に名雪が埋もれている。
「うにゅ〜、祐一助けてよ〜!!」
どうやら実験は大失敗のようである。
とりあえず祐一は妻を助けることにして温室の中に入り込む。
そこへ次々と草が絡まってくるが所詮は草?男の力ではどうという事はない。
なんとか名雪を温室の中から救出することに成功する。
その間にもイチゴの草はグングン生長し、温室の開いた扉から庭へと勢力を拡大する。
「名雪!!何とかしろ!!!」
慌てて叫ぶ祐一に名雪は首を横に振った。
「無理だよ〜。こんな事態想定していないもん」
「だよもん言っているんじゃない。こうなったら根こそぎ引っこ抜くぞ!!」
「わかったよ!!」
慌ててイチゴを引っこ抜き始める祐一と名雪。
しかしそれ以上にイチゴの生育の方が早い。
二人では無理と判断した祐一は家の中にいる子供達に叫んだ。
「若菜に祐喜!!庭に出ろ!!!」
するとバタバタという家の中を走ってくる音共に若菜と祐喜が姿を現した。
そして温室と庭で繰り広げられている光景に一瞬絶句し、そして叫ぶ。
「ちょ、ちょっとこれ何よ!?」
「また失敗したな!」
.
しかし文句を言っている場合ではない。
ブウブウ文句を言いながらも二人もイチゴ刈り(笑)に参加する。
しかし2人が4人になってもイチゴの生育はとどまるところを知らなかった。
あっという間に庭は一面イチゴだらけ。
さらに生育量も増え、後ちょっとすれば塀をも乗り越え、隣家にまで進入するのは間違いない。
そこで祐一は
「名雪に若菜!!物置に除草剤があるから持ってこい!!!」
と叫ぶ。
すると名雪が祐一にかみついた。
「ダメだよ祐一!!そんなことしたらイチゴ食べられなくなっちゃうよ〜!!!」
この期に及んでのこの台詞。
祐一はため息をつくと若菜に言った。
「戯れ言は無視してやれ」
「わかっているよ」
すかさず物置に飛び込む若菜。
そして一升瓶ぐらいの大きさの除草剤の原液を運び出してくる。
「え〜っと100分の1に薄めて・・・・」
手早く準備した若菜は機械に摘めて辺りに散布する。
しかし効き目はない、というか元々除草剤というのは即効性があるものではない。
バンバンイチゴは生育し続ける。
「若菜!!原液をぶちまけろ!!!」
かなり無茶なことを言う祐一。
しかしもはやそれしか手はなさそうである。
自分にかからないように注意しながら温室内に除草剤をぶちまける若菜。
しかし効果は薄かった。
たしかにある程度は枯れた。
しかしそれ以上にイチゴが生育するのだからたまらない。
もはや相沢家の面々には手の撃ちようがなかった。
「どうしよう!?もう止めようがないよ!!」
除草剤をもものともせずにグングン生育するイチゴ。
もはやIOD−063の開発者である名雪にもどうしようもない。
そんな状況で祐一はあることに気が付いた。
「秋子さんに連絡しろ!!何とかなるかもしれない!!!」
「わかった!!」
慌てて家の中に飛び込んだ祐喜
そしてすぐに庭に戻ってきた。
「おばあちゃん、『了承』だって!!!」
「「「本当(か)!?」」」
祐一・名雪・若菜の言葉が思わずハモる。
さすが家族だ。
すると
「本当ですよ」
と秋子さんが現れた。
その突然の出現に相沢家四人はビックリする。
なんせ電話してからわずか1分ほど、そしてここから水瀬家までは徒歩十分ぐらいはかかるのにである。
しかし現状はそんなことを問いただしている時ではない。
すぐに秋子さんに頼み込んだ。
「お義母さん!!何とかしてください!!!」
「了承です」
1秒了承とともに秋子さんは微笑んだ。
そしてポケットから瓶を取り出す。
その瓶を見た祐一たちは思わず引いてしまった。
なんせその中身はオレンジ色の特製ジャムだったからである。
だが秋子さんは気にしない。
優雅な足取りで温室の中にはいると、そのまま瓶を逆さまにする。
するとボトッという音共にジャムが地面に落ちた。
そしてたちまちイチゴは真っ茶色に枯れた。
それこそ瞬きをする間に・・・・。
その光景を目にした祐一たちは驚愕した。
なんせ人体にきわめて有害な除草剤さえ退けたイチゴ。
それがわずか一瞬のうちに謎ジャムによって枯れ果てたのだから。
(・・・お母さん・・・あんなのを私たちに食べさせようとしていたの!?)
(・・・よくアレを食べて死ななかったな・・・)
(もう絶対に食べない・・・)
(・・・一体あれの成分はなんなんだぉ〜!?)
そんなことを考えている四人に秋子さんは振り返り、にっこり微笑んだ。
そして秋子さんは口を開く。
「名雪、これは一体どういう事なのかしらね?」
(だ、だぉ〜)
心の中で叫んだ、名雪。
助け船を出して貰おうと周囲を見渡すも今庭には名雪と秋子さんの二人きりしかいなかった。
この後起こるであろう惨事を予想した祐一・若菜・祐喜はすかさず逃げてしまったのだ。そしてこの予想は外れなかった。
「謎ジャム怖い、謎ジャム怖い、謎ジャム怖い・・・」
数日間にわたって名雪は悪夢を見続けたという。
そして悪夢から目覚めた名雪はもう二度とIODシリーズのことを口にはしなかったとか。
本日の実験、大失敗!!
あとがき
こんなに長くなるとは思っていませんでした。
予定ではこの半分くらいの長さだったんだけどどう予定が狂ったのやら?
とにかくこのSSのストックは後1話分。
頑張って書きますっと。
2001.01.14 成人の日に