Fire.02
「新発明だぉ〜!!」
いつものように笑顔で研究室を飛び出してきた科学者相沢(旧姓水瀬)名雪(37歳)。
そんな名雪をいつものようにあきれ顔で見つめる夫の相沢祐一(38歳)。
冷ややかな視線の娘相沢若菜(13歳)。
もはや無関心の息子相沢祐喜(11歳)。
そんな家族三人の視線に名雪は思わずいじけた。
「うぅ〜、祐一嫌い。若菜嫌い。祐喜嫌い」
それにしても子供が二人いる、四捨五入すれば40歳の女性のとる態度ではない。
しかし慣れている三人は気にもとめずに反撃した。
「じゃあ離婚するか、名雪?」
「親子の縁切る、お母さん?」
「一生口きかなくてもいいけど」
そのあまりの言葉に名雪は思わず涙ぐんだ。
「うぅ〜、みんな意地悪だぉ!!」
さすがにいつまでもからかっているのは名雪がかわいそうなので祐一は尋ねた。
「はいはい、それじゃあ今度の新発明は一体何なんだ?」
すると名雪は胸を張って威張った。
「これだぉ〜!!」
ドラエモンのアイテムのように白衣の中から名雪は一本の瓶を取りだした。
とは言っても前の抗猫アレルギー薬CCA−856よりはかなり大きい。
修羅場御用達のスタミナドリンクぐらいの大きさだ(笑)。
「それは一体何なんだ?」
すると名雪は心底嬉しそうな笑顔を浮かべた。
「うふふふ〜、これはね。植物を大きく生長させる栄養剤IOD−018なんだぉ〜!」
「おお、それは確かにすごいな」
祐一は名雪の発明品に対して珍しく感心した。
若菜と祐喜も感心している。
しかしその感心も長くは続かなかった。
「つまりこれを使えば世界の食糧危機も解決という訳か?」
だが名雪は首を横に振った。
「そこまですごい発明じゃないよ〜。だってイチゴにしか対応していないもん」
「「「イチゴ!?」」」
祐一・若菜・祐喜は思わず聞き返す。
しかし名雪は気にせずに嬉しそうに叫んだ。
「これで大きいイチゴが食べ放題になるんだぉ〜♪」
名雪のその一言に三人はまた一斉に冷たい視線を向けた。
「・・・大きいイチゴが食べ放題?」
祐一が聞き返すと名雪は満面の笑顔で頷いた。
「そうだよ♪嬉しいよね♪」
確かに嬉しいだろう、名雪は。
しかし何という利己的な発明だろう。
前回は猫、今回はイチゴ。名雪の発明の発想はきわめて単純だ。
自分の好きなものしかやらないらしい。しかしそれも名雪の人生だ。
そこで祐一は名雪に言った。
「実験はしなくて良いのか?」
すると名雪は言い切った。
「もちろんするに決まっているよ〜♪」
そして名雪は窓を開けるとサンダルをつっかけた。
そして庭にあるビニールハウスの中に入る。
その中には一面のイチゴ畑が広がっている。
まさに名雪にとっては理想的な環境だろう(笑)。
浮かれ気分の名雪は畑の一角にしゃがみ込むと瓶のふたを開けた。
そして瓶をひっくり返すとイチゴの苗の根元に一滴垂らした。
するとその苗なっていたイチゴの実が一瞬で二回りほど大きくなった。
「成功だよ〜♪」
気をよくした名雪は瓶に残った全部をその根元に注ぎ込んだ。
「お母さんには本当呆れるよ」
これは名雪を見送った若菜の言葉だ。
「名雪も昔はあんなじゃなかったけどな」
祐一が昔を思い出しながら言うと祐喜が尋ねてきた。
「そう言えば母さんの昔ってどうだったの?」
「名雪の昔か・・・。
そうだな、朝は寝坊してイチゴジャムのたっぷり塗ったトーストを食べて。
遅刻を免れるために毎朝ジョギング。猫を見かければ理性を飛ばして猫を襲う。
昼はイチゴムースがデザートのAランチに、夕飯はイチゴがつく」
「今と全然変っていないじゃない」
若菜のつっこみに祐一は一瞬考え込んだ後、ポンと手を叩いた。
「おお、そういえばそうだな。そう言われると確かにそうだ」
「「はぁ〜」」
祐一の言葉に若菜と祐喜は大きなため息をついた。
「・・・やっぱりお父さんも変だよ」
「同感」
娘と息子の言葉に祐一は反論しようとした。
その時庭からものすごい轟音が響いてきた。
「な、何だ〜!?」
「一体何事なの!?」
「ば、爆弾テロ!?」
慌てて家を飛び出し庭に下りる三人。
そこで三人が見た風景・・・・それはビニールハウスを木っ端みじんにぶっ壊した巨大なイチゴの実が十数個・・・庭いっぱいになっていた。
そしてその前では一人名雪が・・・歓喜(狂喜)の声を上げ、踊り狂っていた。
「名雪が壊れた・・・・」
「お母さん・・・アレ、精神病院行き?」
「・・・アレが我が母とは何とも情けない」
祐一・若菜・祐喜の三人がそんな感想を漏らすぐらいのこわれっぷりだったのだ。
しかしやがて名雪は落ち着きを取り戻した。
そして祐一達に振り返り、満面の笑みを浮かべて威張った。
「どう?わたしの科学力は世界一〜なんだよ♪」
「はいはい、良かったな。それより庭の邪魔になるからそのイチゴ、さっさと食べろよ」
「うん、わかったよ♪」
祐一のお墨付きを貰った名雪は満面の笑みのままイチゴにかぶりついた。
そしてその笑顔が凍った。
「うっ・・・・」
「どうした名雪?」
祐一の言葉に何とも情けない顔で振り返った名雪。
そして思わずその場に泣き崩れた。
「ダメだったよ・・・・」
「何が?」
若菜の鋭いつっこみ、しかし名雪は気にせずに続けた。
「わたし、もう笑えないよ・・・・」
「・・・良かったね」
息子もきわめて冷たい口調だ。
「・・・・わたし笑えなくなっちゃったよ・・・・」
まるで昔秋子さんが事故にあって生死をさまよった時のようだ。
こういう状態の名雪に何を言っても通用しないのは長年の付き合いで分かっている。
そこで祐一はデンと庭を占領している巨大なイチゴの一つにかぶりつき、やはり固まった。
「お父さん?」
「親父?」
若菜と祐喜の言葉にようやく復活した祐一は口の中身をはき出すと頷いた。
「名雪がこの状態に久しぶりになった理由がよく分かった」
「「何で?」」
うっすら察しているだろうに聞く二人。
どうやら父親の口から直接話を聞きたいらしい。
だがただ単純に教えるのも嫌なので祐一は言った。
「このイチゴを食べれば分かる。お前らも食べて見ろ」
「「却下!!」」
秋子さんの1秒了承を思わせる1秒却下だ(笑)。
だてに秋子さんの血を引いているわけではないようである。
「何で?」
しかし祐一は不満なようだ。
しかし若菜と祐喜、だてに十数年間親子をやっているわけではなかった。
「お父さんがそういう時ってろくなことじゃないから」
「そうそう。おばあちゃんのオレンジ色の悪夢の時だって」
すっかり子供達に見透かされてしまっている。
そこでやもなく祐一は二人に話した。
「このイチゴ、味がない」
「「味が?」」
二人の言葉に祐一はうなずいた。
「ああ、おもいっきり大味だ。しかもこれを見ろ」
そう言って祐一が差し出したのは黒いかたまり。
「・・・これ何?ダチョウの卵・・・じゃないわよね」
若菜の言葉に祐一は胸を張って応えた。
「これはイチゴの種?だ!!!」
その言葉に思わず絶句してしまう若菜と祐喜。
「もしかして実が大きくなるだけじゃなくて種?も一緒に?」
「そのようだな。どうやら本当にただ大きくなっただけらしい。
きっとイチゴの味も小さな一個がこの大きさになったことによってスカスカになってしまったんだろう」
祐一の解説に若菜と祐喜は泣き崩れている母親に視線をやった。
「・・・つまりまた失敗と言うこと?」
「そうらしい」
若菜の言葉に頷く祐一。
そして祐喜がとんでもないことに気が付いてくれた。
「・・・このイチゴどうするの?母さん、いくら何でもこれは食べられないよね」
「「・・・どうしよう?」」
イチゴの後始末に困った相沢一家。
そこで祐一は秋子さんに相談することにした。
「お義母さん、かくがくしがじかこういうわけで・・・」
祐一の言葉に秋子さんは微笑んだ。
「了承です。娘の不始末、わたしが何とかしましょう。ところで祐一さん」
「何です?」
「お義母さんというのは止めていただけませんか?昔みたいに秋子さんって呼んで欲しいんですけど」
「・・・善処します」
後日、相沢家に秋子さん謹製のイチゴジャムが多量に届けられたのであった。
本日の実験失敗?それとも成功?
あとがき
第2エピソードお届けです。
というわけで後のこり2エピソードです。
まあ1月中には公開できそう。
ところでこれオリキャラで良いのかな?
どうなんだろう?
2001.01.06