第四十六章.決着

 

 

 ドルファン歴29年3月8日。

傭兵隊隊長戸田為政はドルファンを出る準備を整えていた。

レッドゲートを巡る戦いから一週間。

軍団長を失い、その持ちうる戦力の大半を消耗しきっていたヴァルファバラハリアンは数日前に

騎士団に投降。

ドルファン国もこれを了承し、戦争終結宣言が発表されていた。

これによってなんら問題もなくなった王室会議および議会は外国人排斥法は審議を開始。

一両日中にも法案は可決、即座に施行されるだろうともっぱらの噂になっていたからである。

そこで為政は傭兵一人一人に身の回りを整理しておくように命じた。

当然の事ながらぶつくさ文句を言うヤツもいたがおおむねの傭兵たちは従ったのであった。

 

 「よっこいしょ。」

為政はベッドをずらすとその下を箒で掃き始めた。

三年分の埃はさすがに多くあっという間に部屋中が埃まみれになってしまう。

あわてて為政は扉を開くとそこにはウエブスターさんが立っていた。

「どうしたんですか?」

「手紙ですよ。いつもの方とは違うようですけれどね。」

為政はウエブスターさんから手紙を受け取った。

すると封筒の紙質等が確かに違い、この手紙の送り主が誰だか分からなかった。

ウエブスターさんが立ち去った後、為政は手紙を開封すると手紙を取り出した。

するとそこには考えだにしていなかった文面が出てきた。

「・・・果たし状って書いてあるね。」

手紙を覗き込んだピコの言葉に為政は黙って頷き、さらに手紙に目を通した。

そこには次のように記されていた。

 

『我はヴァルファバラハリアンの恨みをはらす者なり。

仲間の仇のため、貴殿を共同墓地にて待つ。     〜隠密のサリシュアン』

 

 その手紙に書かれていた内容は短いが、それゆえに送り主の決意がひしひしと伝わってくる。

為政は溜息をつくと立ち上がった。

「何処へ行くの、為政?」

ピコが尋ねてきたので為政は言った。

「共同墓地に行って来る。大人しく待っていてくれ。」

その言葉を聞いたピコは為政を止めに掛かった。

「どうして?戦争も終わったといういうのに何故果たし合いなんかしなくちゃいけないの?」

それに対して為政はにやりと笑い、何も答えなかった。

そして訓練所から持ち出していた鎧兜を身につけると共同墓地へと一人で向かった。

 

 街は平和そのものであった。

もともと戦争中も首都城塞内では戦争の緊張感など欠片もなかったが・・・。

そんな訳で戦争も終わり、平和になったということになっている状況下で武装して街中を歩いて

いる為政に好奇の視線が集まった。

いや好奇の視線ではなかったかもしれない。

それは異邦者、別の世界の生き物を見ているかのごとくであった。

(・・・、俺には関係ないな。もうじきこの国を出ていく俺にはな。)

為政はそのまま歩き続けた。

 

 

 為政が共同墓地に着いたとき、そこには誰一人の人影も見あたらなかった。

為政は立ち止まると辺りを見渡した。

すでにこの場に来ているのではないか、そんな気がしたからだ。

しかしやはり人影はどこにもない。

冷たい潮風だけが為政の周りを包み込む。

為政は気を取り直すと再び果たし合いの場所に指定された箇所へと急いだ。

 

 為政が果たし合いの場へと突いたとき、やはりまだ誰もいなかった。

そこはこの間、レッドゲートを巡る戦いで戦死した傭兵隊とヴァルファバラハリアンの面々が眠っ

ている。

為政はハァーと大きく息をつくと頬をおもいっきり叩いた。

「うっしゃ!!」

気合いも充分。

為政はこれからおこる戦いへの覚悟を決めた。

その時ようやく墓石の間からちらちら見え隠れし始めた。

そのだんだん近づいてくる人影は非常に華奢で小柄であった。

(やはりそうなのか・・・)

為政は暗澹たる思いのまま人影がこの場に現れるのを待った。

 

 「約束通り来たのね。」

為政の目の前に現れた人間はそう言った。

『隠密のサリシュアン』の通り名を持つ八騎将を名乗っているだけのことはあり真紅の鎧を着込

んでいる。

為政はそれに答えた。

「当然だ。それにしてもこういう事になるとは思ってもいなかったよ、ライズ。」

為政の言葉にライズは頷いた。

「まったくその通りね。私も初めて貴方にあった時、こんなことになるなんて思ってもいなかった。

ヴァルファも八騎将も、みんな貴方にやられるなんてね。」

ライズは自嘲げに笑い、そして続けた。

「わかっていると思うけれど私が隠密のサリシュアン・・・よ。

今や最後の八騎将になってしまったけどね。」

ライズの言葉を聞いていた為政はライズに尋ねた。

「よく無事釈放されたものだな。」

するとライズは遠くを見るかのような目つきをした。

「・・・昨日恩赦が下ったのよ、デュラン国王のね。

しかも私に養女にならないかなんて提案までしてきたわ、兄の遺児だからってね。

でも私は断った。」

為政は黙ったまま聞き続けた。

「あの男は父が言っていたような男ではなかったのは分かった。

でも父が生涯恨み続けていたのは間違いないんですもの。

そんな男の養女になんかなりたくはない。だから私はスィーズランドに帰る。」

ライズは一呼吸開けたあと、為政の顔を見つめながら言った。

「しかしその前に私は父の仇をうたなければならない。」

そして腰の細剣(レイピア)を引き抜いた。

「本気でやるつもりか?」

為政がライズの決断を確認するとライズは頷いた。

「これは私なりのけじめなのよ。私がヴァルファバラハリアンからの決別のためのね。」

ライズの決意を知った為政は野太刀を引き抜き、そして構えた。

「準備はいいぞ。」

為政の言葉にライズは笑った。

それはどこまでも深い、悲しみに満ちた笑いであった。

「行くわよ。」

ライズは細剣を手に為政に斬りかかってきた。

 

 為政はライズの鋭い一撃を籠手で受けると足を刈るべく野太刀を横殴りに払った。

その為政の攻撃をライズは跳んで避けると再び鋭い突きを放った。

そのライズの攻撃は為政の固い鎧の守りにはじき返された。

「・・・・・。」

ライズは無言のまま下がるとまた突きの姿勢をとった。

(これならば絶対に負けることはないな。)

為政はライズとのほんの数合の斬り合いでそう結論づけた。

たしかにライズの剣技は芸術的であった。

流れるように次々と急所を襲いかかってくる鋭い一撃。

しかし為政にはそれはなんら驚異でもなかった。

どんなに芸術的で鋭い一撃でもそれが非力な女によるものでは全く意味がなかった。

なんせ身体の急所という急所はすべて鎧で身を守っているのだから。

それゆえにライズの攻撃は為政になんら致命傷を与えることが出来なかったのだ。

これが実戦豊富な者ならば幾つか別の手があったかもしれない。

しかしライズの剣技はお手本通りで実戦経験が全くないことが分かった。

現にライズは息も荒く、顔面蒼白であったのだ。

これは極度の緊張によって体調を崩し始めている証拠であった。

「もう止めたらどうだ?」

為政がライズにそう声を掛けるとライズは首を横に振ってまた襲いかかってきた。

そこで為政はライズの手にした細剣を狙った。

為政が振り回した野太刀はライズが突いてきた細剣を完全なタイミングで捕らえた。

そのまま大きな金属音を立てて細剣の刃は崖の下、海へと落ちていった。

「もうあきらめろ、実力差が有りすぎる。」

為政はそう言ったがライズは決して耳を貸そうとはしなかった。

そのまま腰に差してあった短剣(ダガー)を引き抜くと腰だめ状態のまま為政に突っ込んできた。

そこで為政はライズの短剣をかわしながら左に回り込みつつ足を刈りながら投げ飛ばした。

「きゃあ!!」

ライズは投げ飛ばされた際に短剣を取り落としてしまった。

為政は倒れ込んでいるライズに近づくと足下に転がっていた短剣を拾い上げ、崖下へと放り

投げた。

短剣は放物線を描きつつ、水の中へと沈んだ。

 

 「うぅ・・・うぅぅぅ・・・。」

地面の上でライズは嗚咽しながら泣き崩れた。

「・・・ライズ・・・」

そんないつもとは違うライズに為政は何もいってやることもできない。

というか今、ライズを慰めることは逆効果であると判断した為政はそのまま黙り込んでいた。

するとライズは絶望したかのように呟いた。

「わ、私は何もかも失ってしまった・・・父も・・・八騎将としての名誉すら・・・」

そこまで言った所でライズはハッとしたように顔を上げると為政をジッとみた。

そして懇願するように叫んだ。

「私を殺して!!もうこれ以上生きていたくないのよ・・・。」

そんなライズの言葉を聞いた為政は溜息をつくと首を横に振り言った。

「死ぬなら自分で始末をつけろ。」

それを聞いたライズはうつろな瞳で頷いた。

「そうか・・・、そうよね・・・、人様に迷惑をかけてはいけない・・・。」

そのあまりに変わり果てたライズの様子は見るに耐えないものであった。

 

 そこで為政はライズを怒鳴りつけた。

「いい加減にしろ!!!」

その言葉を聞いたライズはびくんと驚いた。

「うじうじしているんじゃない!!だいたいお前は親父さんの遺言をわすれたのか!!!」

「お、お父様の遺言・・・。」

ライズは呟いた。

「そうだ、遺言だ。お前の親父さんが死の際に残した言葉は『自分の人生を自分のために使え。』

だったはずだぞ!」

「じ、自分のために人生を生きろ・・・?」

ライズは少しだけ生気が戻ったようであった。

そこで為政は追い打ちをかけた。

「『普通の女として生きろ』はどうするんだ!!」

「普通の女として?」

ライズは呟いた。

「私に出来るというの?普通の女としての生活が・・・」

再びライズは黙り込んでしまった。

ただ時間だけが過ぎていく。

 

 そろそろ日が沈み出す。

そんな時間になってようやくライズは顔を上げた。

その眼差しはまだ涙で潤んでいたがだいぶいつものライズらしくなっていた。

「今日は済まなかったわね・・・。」

ライズはそう言うと立ち上がった。

「大丈夫か?」

為政がそう声を掛けるとライズは笑った。

「少しだけどね・・・。」

そういうとライズは為政に背を向けて歩き出した。

「お、おい・・・。」

心配した為政がライズに声を掛けるとライズは振り返り、そして言った。

「大丈夫・・・心配しないで・・・。もう一人でも大丈夫。決して逃げたりはしないから・・・。」

ライズはそのまま来たときと同じように墓石の中へと消えていった。

「・・・・・。」

そんなライズを為政はただ黙って見ていることしか出来なかった・・・。

 

 そしてこの日、外国人排斥法が可決された。

 

 

 

あとがき

 これでヴァルファバラハリアンとの決着はおしまいです。

というわけででもう戦争シーンはありません。

まあ後一回しか残っていないですが。

  さて今回の話を読んでライズ弱すぎと思った方がいるかも知れません。

しかしそれは決して勘違いではありません。

 実際のところ、私はライズをかなり弱めに設定していますから。

(理由はみつナイ考察を参考にしてね。)

というわけで勘弁して下さいね。

 

 さて次回はいよいよ最終章です。

タイトルは終章「終わり、そして始まり」です。

というわけでお楽しみに。

 

 

平成12年12月29日

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