第四十五章.首都城塞攻防戦

 

 

 ドルファン歴29年二月初頭。

姿を現した傭兵騎士団ヴァルファバラハリアンは再びダナンを奪った。

しかもダナンの領主ゼノス・ペルシス卿はヴァルファバラハリアンに荷担、ドルファンに対して

宣戦布告を布告、交戦状態に入った。

これを重く見た王室会議および議会はダナン攻略を再決議、騎士団を派遣することが決定した。

その動員戦力は騎士団のほぼ全ての七個大隊。

さらにプロキアと協力してダナンの輸送路を完全に遮断、兵糧責めに入った。

そして様々な小競り合いを続けつつ、ドルファンは城塞都市ダナンを完全に包囲、そのまま月日

が流れた。

 

 

 雷鳴はとどろき強風が窓をガタガタと震わせる。

更に横殴りのものすごい豪雨が窓ガラスにものすごい勢いでたたきつけている。

今、外はハリケーンの影響ですさまじい天気である。

そんな天気に影響されたのか二人の男たちは気分が沈んでいた。

「もうどうしようもないところまで来ているのは皆分かっていますよ。」

傭兵隊隊長戸田意政の言葉にマデューカス少佐は溜息をついた。

「・・・そうか。どうしようもないか・・・」

「ええ・・・」

二人の間には重い空気しか無かった。

 

 そもそも二人の気が滅入っていたのには理由があった。

それは外国人排斥法の提案とその議決に関してであった。

 

 もともとここドルファンでは外国人に対する国民感情は決して高いものではなかった。

しかし二月始めに起こったシベリアの特殊部隊スペッツナズによるプリシラ王女誘拐騒動と

外国人労働者および傭兵による凶悪犯罪の増加がそれに拍車を付けたのである。

まず市民の間に外国人排斥運動が広まり、それに乗じて勢力を拡大しようとした政治家たち

の思惑が一致、外国人排斥法が提案され審議が開始、今やその可決は目前であった。

 

 「すまないな。ドルファンの人間として謝らなければならんな。」

マデューカス少佐の言葉に為政は首を横に振った。

「いいんですよ、もともと我々傭兵のやったことが付けとして帰ってきたんですから。

それよりも傭兵隊解散後、少佐はどうなされるんですか?」

為政が尋ねると少佐は自嘲気味に笑い、言った。

「退役だそうだ。傭兵隊に関わった連中は一人残らずな。」

「・・・・」

為政は少佐に掛ける言葉が思い浮かばなかった。

あれほど騎士団を左遷されたことを残念がり、必死に復帰しようといろいろと工作していたのを

知っていたからである。

しかし少佐はもはやそんなことはどうでも良いようであった。

「まあ今更騎士団には未練もなにもない。辞めさせて貰えて嬉しいぐらいだ。」

「・・・良いんですか?」

「ああ、・・・傭兵たちに上手くこのことを伝えておいてくれ。ショックを与えんようにな。」

それを聞いた為政は笑った。

「こんなことでショックを受けるような柔なヤツはうちにはいませんよ。」 

「それもそうだな。」

二人で笑った後、少佐は手を振った。

「それじゃあ下がってかまわんよ。こんな天気に呼び出して済まなかったな。」

そう言われた為政は執務室を後にした。

 

 マデューカス少佐の元を辞した為政はそのまま訓練所を後にはせずに訓練所内にある、

とある一室へと向かった。

そこは日頃傭兵たちが訓練のために学んでいる場所であった。

為政はその部屋の前に立つとノックもせずにガラガラと扉を開けた。

するとそこには4.50人ぐらいであろうか、傭兵隊の幹部の面々が揃っていた。

為政は無言のまま室内に入ると黒板の前にある壇上にあがった。

そして口を開いた。

 

 「・・・・・・。」

為政の状況説明を聞いた傭兵たちは無言のままであった。

みんなここ2.3週間における街の人間たちからの視線で薄々感づいていたことであろう。

また字の読める傭兵ならば新聞等で世論の流れを知っていたはずだからだ。

それでも傭兵たちは幾分ショックを受けているようであった。

まあ自分たちの存在の必要性を否定されたのだから無理もない。

しかしこれは動かしようのない事実であり現実でもあるのだから。

「これからどうしたらいいんでしょうね?」

アスベル少尉が気弱そうにそう言うとグストン准尉が叫んだ。

「そんなことは手前で考えろ!!」

「うんうん、そうするべきじゃの。若者だから迷いは有ろうが決断は自分でせねばな。」

ギュンター爺さんがもっともらしくそう言ったが爺さんはそれほど大層なことは考えていまい。

「まあとにかくよく考えておくことだな。ヴァルファの連中の最後ももうすぐだろう。

そうなれば我々がお払い箱になるのは目に見えているからな。」

為政はその場をそう言って締めると室外へ出ようとした。

その時、突然ものすごい勢いで訓練所の扉が開け放たれると何者かが飛び込んできた。

「な、何事だ!?」

驚いた傭兵たちは慌てて廊下に飛び出した。

すると全身ずぶ濡れの上、鎧のあちこちに矢が突き刺さった兵士がマデューカス少佐に非常

事態を告げているところであった。

「大変です!!ヴァルファバラハリアンがレッドゲートに姿を現しました!!!」

その報告に傭兵たちはおろか少佐も驚愕した。

「そんな馬鹿な!!奴らは今、ダナンに包囲されているはずだぞ!!!」

しかし傷だらけの兵士は退かなかった。

「しかし間違いなく敵はヴァルファバラハリアンの連中です。しかも敵の軍団長までいます!!」

「敵の軍団長は捕らえたと報告を受けているぞ!!」

少佐の言葉は今の混乱状況をよく表していた。

実際、数日前のことだがたしかにそういう情報が軍内部に広まっていたのだ。

しかし為政はまぎれもなく事実であると感じた。

たしかにハリケーンんみ紛れて敵の本拠地を襲うなど最低の下策である。

しかし今、この状況ならばほんの百騎ほどの部隊でも首都城塞を攻略することは可能なはず

だからである。

為政は黙って武器防具貯蔵庫の鍵を開けると自分の鎧を引っぱり出してきて身につけ始めた。

「お、おいユキマサ。まさか行くつもりなのか?」

グイズノーがそう尋ねてきたので為政は黙って頷いた。

するとグイズノーは溜息をつき、そして言った。

「いまさらこの国の連中のためになんぞ戦ってやる義理はないだろ。

俺たちを追い出そうとしているんだぜ。」

他の連中もグイズノーの意見と同感らしく動こうとはしていない。

しかたがないので為政は言った。

「もしこのままヴァルファバラハリアンが首都城塞を落としたらオレらの未払いの給料、間違えなく

貰えないだろうな。契約違反の違約金を含めてな。」

為政のその言葉を聞いた傭兵たちは一気にやる気になった。

「ぐずぐずしてんじゃねぇ!!さっさと鎧を身につけろ!!」

「おい、なにぼやぼやしているんだ。さっさと準備をしろ!!」

・・・いままでのどの戦いよりも傭兵たちは気合いが入っていた。

そう、イリハ会戦時におけるネクセラリア隊との交戦よりも。

多少、自分たちの部隊に所属している傭兵たちの心意気にくじけそうになった為政ではあったが、

気を取り直すとマデューカス少佐の前に立ち、申告した。

「これより傭兵隊は出陣します。よろしいでしょうか?」

すると少佐は笑い、そして叫んだ。

「傭兵隊、出陣せよ!!!」

 

 

 そのころレッドゲート近辺では激戦が繰り広げられていた。

いまだハリケーンは去っていないがすでに雨はやんでいる。

ただものすごい強風が剪除を駆け抜けるのみであった。

 

 ドルファン首都城塞にハリケーンに紛れて襲いかかったのはおよそ120騎ほどの騎兵たち。

かれらは全てヴァルファバラハリアン軍団長デュノス・ヴォルフガリオ直衛の親衛隊であり、

その実力はヴァルファバラハリアン一を誇っていた。

であるから圧倒的大軍のはずの首都城塞の留守を守る騎士団は一方的に蹂躙されていた。

その戦いの状況はヴァルファバラハリアンの兵一人を倒すのに騎士団は15.6人近くを消耗

しつつあったのだ。

ましてやダナン攻略の留守部隊のこと、現在再編中で実戦経験が乏しく志気は低下する一方、

レッドゲートが撃ち破られるのももはや時間の問題であった。

「ひるむな!敵城はもはや目の前だぞ!!一気に駆け抜けろ!!!」

ヴォルフガリオの言葉にヴァルファバラハリアンの勢いは増した。

そしてとうとう城門が撃ち破られた。

 

 

 兵舎を出た傭兵隊はレッドゲートへと急いだ。

その数はおよそ50騎。

いつもならば一個小隊程度の戦力でいかない。

しかしその内容は充実していた。

なんせ士官・下士官の優れ所がそろっていたのだから。

並の相手ならば二個中隊ぐらいは相手にできるであろう。

そうこう走っていると傭兵隊はセリナリバー駅前にさしかかった。

その時、大通りを騎士団ではない騎馬隊が駆け抜けていくのが見えた。

それを見た為政は叫んだ。

「放てぇー!!」

と。

為政の号令とともに50挺のマスケット銃が火を吹いた。

この時使用した銃はパーシルの戦いの際、戦場で鹵獲したものであった。

つまりヴァルファバラハリアンに鉛玉を返してやったわけだ。

銃声が響いた後には落馬した数十人のヴァルファ兵がいた。

「突撃だー!!」

次の為政の号令に傭兵隊は銃を放り出すと一斉に斬りかかった。

 

 傭兵隊が侵入したヴァルファバラハリアンの側面を突いたとき、ヴァルファバラハリアンの連中

は近衛兵団と対峙していた。

なぜ百騎未満(脱落者もいる)の集団に1000騎はいる近衛兵団が手出しできなかったのか。

それはヴォルフガリオの一声が原因であった。

 

 

 レッドゲートを突破したものの再びドルファン軍がヴァルファバラハリアンの行く手を遮った。

メッセニ中佐率いる近衛兵団である。

それを見たヴォルフガリオは叫んだ。

「そこを除けい、近衛のイヌどもめ!!我が名はデュノス・ドルファン!!

あの王城で惰眠をむさぼっている国王デュラン・ドルファンは我が弟よ!

王家の血に背きたくなければそこを退くのだ!!!」

それを聞いた指揮官メッセニ中佐は叫んだ。

「ふざけるな!!デュノス様はとっくにお亡くなりになっているぞ。」

それを聞いたヴォルフガリオは被っていた兜を取った。

「な!?」

その顔を見た近衛兵団の兵たちの間に衝撃が走った。

顔に醜い火傷の跡が残っている物のその顔はまさに国王そっくりだったからである。

「この顔を、見忘れたとは言わせないぞ!!」

近衛の兵たちはヴォルフガリオの言葉に・・・、またその威厳に打たれ動くことが出来なかった。

「ふっ」

ヴォルフガリオはそんな近衛の連中を鼻で笑うと突撃命令を下そうとした。

その時、傭兵隊が側面から襲いかかったのであった。

 

 傭兵隊の攻撃にヴォルフガリオ親衛隊は一溜まりもなかった。

あっという間に次々と切り伏せていく。

なんせい一昼夜以上馬を駆り、しかもすでに騎士団一個大隊を敗走させ、いま近衛兵団と対峙

していたのだから。

いくら協力無比な部隊とはいえ疲労は溜まりに溜まっていたのだ。

為政も野太刀を手に斬りかかっていった。

目の前に現れた敵兵と斬り合い、殴り合い、組み伏せていく。

そうこうしている内に為政の目の前に一人の男が現れた。

その男の前には何人もの傭兵が苦悶しながらうもめいている。

真紅のごっつい大鎧に非常に立派な剣。

為政が一瞬ためらうとその男は叫んだ。

「そこの若いの!冥途の土産に我が名を教えてやる。我が名はデュラン。

破滅のヴォルフガリオよ。」

そこで為政も名乗った。

「俺の名は戸田為政。傭兵隊の隊長だ!!」

それを聞いたヴォルフガリオは嬉しそうに笑った。

「貴様が八騎将たちを次々と討ち果たした・・・。そうか、貴様ならば我が相手、不足はあるまい。

その勇気に敬意を表し、わが最高の技を持って応じよう。」

そう言うとヴォルフガリオは剣を構えた。

 

 為政とヴォルフガリオはじわりじわりと剣を構えながら近づきつつあった。

(・・・・ここだ!)

為政は一瞬に間合いを詰めると野太刀を振り下ろす。

その鋭い一撃は為政にとってまさに会心の一撃であった。

しかしヴォルフガリオはその一撃を剣で食い止めると素早く為政の背後に回り込んだ。

(何っ!?)

為政はとっさに背後に飛びながら野太刀を構えた。

するとヴォルフガリオの強力な一撃が野太刀を襲った。

「くっ!!」

それをなんとか食い止めきるとヴォルフガリオは下がり、剣を再び構えた。

「なかなかやるではないか。

我が剣の一撃をうけとめるとは・・・、腕だけでなく目利きもできるようだな。」

ヴォルフガリオの言葉に為政は返した。

「当たり前だ。この野太刀はドルファン一の鍛冶師の手によるものなのだからな。」

それを聞いたヴォルフガリオは少しばかり驚いたようであった。

「ガルディスの作か・・・。」

それを聞いた為政も思い出した、ガルディス爺さんの言葉を・・・。

「そうか、あんたがガルディスの言っていたひとかどの武将というわけか・・・。」

そして二人は笑い、剣を交えた。

 

 ガルディスの鍛え上げた二振りの刀剣はその真価を充分に発揮していた。

すでにお互いに何十合も交えているにも関わらず、まったく支障がなかったのだ。

しかし人間はそうも行かなかった。

他のヴァルファバラハリアン兵と同じくヴォルフガリオも一昼夜以上馬を駆っていた。

しかるに為政は昨夜、グッスリ休養を取ることが出来たのだ。

その差が二人の戦いに影響した。

為政が振り下ろした何十回目かの一撃を剣で受け止めたヴォルフガリオは完全に受け止める

ことが出来ずに膝を突いてしまった。

すでに体力も尽きつつあったのであろう。

その瞬間を為政は見逃さなかった。

為政は振り下ろした野太刀を切り替えざま再び振り下ろした。

その充分に勢いの乗った為政の一撃は食い止めようとしたヴォルフガリオの剣を砕くとそのまま

左肩から脇にかけて切り裂いた。

「グッハー!!」

ヴォルフガリオのうめき声と共に剣とヴォルフガリオの左手が地面にゴトリと落ちた。

 

 「我が天運も尽きたか・・・。」

地面に膝を落としたヴォルフガリオはそう言葉を洩らした。

切り落とされた左腕の断面からは血飛沫が飛び出している。

為政が野太刀を肩に担いだままヴォルフガリオに近づくとヴォルフガリオはニヤリと笑い、そして

言った。

「若いの・・・、我が首を取るが良い・・・。」

「待って!!」

その時、若い少女の声が響いた。

何事かと思い声のした方角に目をやるとそこには三つ編みをした少女がいた。

そして戦場のまっただ中に飛び込んでくる。

あまりの出来事に敵も味方も呆然としてしまい戦いが止まった。

「ライズ!?」

為政とヴォルフガリオの声が奇しきも重なった。

そして為政は驚いた。

なぜヴァルファバラハリアンの軍団長が一女子学生のことを知っているのかと。

しかし為政の心情などお構いなしに事態は進んでいった。

ライズは為政とヴォルフガリオの伊田に立つと両手を広げて為政を阻んだ。

「軍団長には指一本触れさせない・・・。」

それを聞いたヴォルフガリオは慌てたようにうなった。

「ば、馬鹿者・・・は、早く逃げるのだ・・・もはやこの戦、我らの負けだ・・・。」

その言葉を聞いたライズは頭を振った。

「いいえ、まだです!まだ終わってはいない・・・。」

ライズの言葉にヴォルフガリオは心からの言葉を発した。

「・・・我が憎悪の念がお前も八騎将も・・・他の将兵たちをも巻き込んでしまったな・・・。

傭兵騎士団ヴァルファバラハリアンは消滅する・・・我が死とともにな・・・。

お前は残りの人生・・・・自分のために使え・・・普通の女としてな・・・。」

「お、お父様・・・」

ライズが泣きそうな声でそう洩らした。

その言葉を聞いたヴォルフガリオは気力を振り絞ると立ち上がり叫んだ。

「者ども聴けー!!我が娘は王家の血を継ぐ者ぞ。手出しすることまかりならん!!!」

そう叫ぶとヴォルフガリオは腰の小剣を抜き放ち、心臓に当てると倒れ込んだ。

「あっ・・・。」

ライズは止めようとしたが間に合わなかった。

ヴォルフガリオの胸には深々と小剣が突き刺さり、もはや息をしていないのは誰の目にも明らか

であった。

「いやー、お父様ー!!」

ライズは泣き叫び、ヴォルフガリオの身体にしゃがりついた。

 

 こうして破滅のヴォルフガリオはその人生に幕を閉じた。

ダナンに立てこもっていたヴァルファバラハリアンの生き残りは軍団長の死の報を聞き、投降。

ダナンの領主ゼノス・ペルシス卿は自らの命を絶った。

 

 かくして長きにわたって繰り広げられた戦争は終わった。

 

 

あとがき

 いやー、よくもまあ二日続けて出来たものです。

書いた自分が正直言って信じられませんです。

今回はぽんぽん打ち込んでいる内にアイデアが沸いてきたもんですから楽でしたね。

  後は第十一章「相棒」からの引きがあります。

覚えていましたかね?

  と言うわけで残り後二回です。

なんとか目標の20世紀中の完成を目指して頑張りたいと思います。

 

次回は第四十六章「決着」です。

お楽しみに。

 

 

平成12年12月27日

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