第四十四章.道化師再び

 

 

 「トダさーん、お手紙ですよ。」

それは傭兵隊隊長戸田為政が訓練所から帰ってきたところから始まった。

帰ってくるなり兵舎の管理人ウエブスターさんが為政に手紙を渡したのである。

「ありがとうございます。」

為政は礼を言うと手紙を受け取った。

差出人の名前は書かれていない。

しかしその上等な封筒からすぐに差出人の見当はついた。

おそらくプリシラであろう。

為政はそのまま手紙を持って自分の部屋へと帰っていった。

 

 「おかえり、為政。」

部屋に戻った為政をピコが出迎えてくれた。

「おう、ただいま。」

為政はそう言うとコートやマフラーを脱いでハンガーに掛けた。

そしてドッカとベッドに腰を下ろすと手紙を開封した。

そこには以下のような文章が書かれていた。

 

『明日2月8日、私の部屋で私的にお茶会を催したく思います。

よって夕方5時30分頃、誰にも見つからないようにやってくること。

その際、例え発見されても当方としては一切フォローしないのでそのつもりで。

それでは成功を期待し貴殿の来訪をお待ち申し上げます。

                                   プリシラ・ドルファンより   』

 

 「・・・・・・」

手紙を読み終えた為政はただ黙りこくっているだけであった。

この手紙、招待状という風にはなっているが単なる遊びのネタではないだろうか。

そんなことを為政が考えているとピコが封筒の中のもう一枚の何かに気付いた。

「ねえ、もう一枚何か入っているよ。」

そこで為政は封筒の中身を確認してみた。

するとそこには何かの地図が一枚、同封されていた。

「これは・・・城の非常用脱出路か?」

「どれどれ。」

ピコも一緒になって地図を見てみた。

それはどこからどう見ても秘密通路としか思えなかったのだ。

「ここを通って来いということかな?」

「多分そうじゃないかな。でなければこんな地図、一緒に送ってなんかこないでしょ。」

「そうだよなぁ。」

というわけで為政の明日の予定は決した。

 

 

 翌日、昼間はボケーッと過ごした為政は約束の時間に間に合うよう兵舎を出た。

そのままプラプラとお城の方へと歩いていこうとする。

するとピコが為政を呼び止めた。

「ちょっと為政、もしかしてこのままプリシラの所に行くつもり?」

「そのつもりだが何か拙いか?」

為政がそう言うとピコは呆れたような表情を浮かべた。

「あのねー。お茶会に参加するのに手ぶらはないんじゃないの、手ぶらは。」

「そう言うものなのか?」

為政が聞き返すとピコは溜息をついた。

「こういうお茶会の場合、普通は花束だのお菓子だのなんだのって持っていくもんなんだよ。」

「そうか、ならそうするか。」

為政はキャラウエイ通りに寄って花を買うと再びお城へと向かった。

 

 「ふむ、ここか。」

為政が立ち止まった所はドルファン城から十分ほど歩いたところにある人気の少ない石碑の前

であった。

プリシラからの地図によればここに城からの非常用通路の出口があるはずなのだ。

為政は手紙に書かれている通り石碑の文字をなぞった。

すると石碑は音もなくスライドし、ぽっかりとお城への道が開けた。

「ここなんだね。」

ピコがそう言葉を洩らしたので為政は頷いた。

そして用意してきたランタンに火をつけると地下通路の中へと足を踏み入れた。

 

 ポターン ポターン ポターン

地下通路は非常に湿っており頭上からは次々と滴がしたたり落ちてくる。

しかも密閉された空間なのでカツーン カツーンと足音が響いて心臓に悪いこと悪いこと。

さすがに軍人として活動期間が長い為政は幽霊なんかよりも生きた人間の方が怖いのであるが

ピコはてきめんに怯えていた。

「ねぇ、為政・・・・本当にここでいいの?」

と頼りなさげに為政に尋ねてくる。

そこで為政は

「間違いない」

と断言してやった。

「何で分かるの?」

ピコがしつこく聞いてくるので為政は立ち止まるとその場にしゃがみ込み、言った。

「ここに罠が仕掛けられている。プリシラに渡された地図通りにな。」

「じゃあここで良いんだ。」

「そう言うことになるな。」

そう言うと為政は立ち上がり、再び足を歩み始めた。

 

 

 為政が地下通路を通り抜けるとそこはお城の一角であった。

それも王家の人たちが生活している私的な空間であった。

ここならば衛兵たちも殆ど居ないであろう。

しかし念には念を入れて慎重に為政はプリシラの私室に歩いていった。

そしてプリシラの部屋の前に立つと為政はドアをノックした。

トントン トントン

するとすぐに扉が開きプリシラが顔を覗かせた。

「ちゃんと来たわね。さあ、いらっしゃい。衛兵に見つかる前に早く部屋の中へ・・・。」

プリシラに誘われて為政は久しぶりにプリシラの私室に入った。

するとそこにはお茶会の用意がされてあった。

為政の視線に気付いたのかプリシラは笑った。

「今日はメイドは呼べないからね、お茶はセルフサービスよ。」

為政もにやりと笑い、そしてプリシラに買ってきた花束を手渡した。

「まあ、きれい。ユキマサにしてはずいぶん気が利いているのね。」

プリシラは為政から花束を貰ったのがよほど嬉しいのかニコニコしていた。

 

 (良いお茶だなぁ。)

為政はプリシラが入れたお茶を一口飲んでそう思った。

残念ながらプリシラのお茶の入れ方はお世辞にも上手とは言えなかったがお茶っ葉はそんじょ

そこらで帰るような代物ではないらしく非常にいい味を出していた。

それに慣れない手つきで悪戦苦闘しながらお茶を入れるプリシラの姿も新鮮で良かったかも

知れない。

そんなことを為政が考えているとプリシラは今日、お城で披露されたサーカス一味の芸のすごさ

について語っていた。

「それはもうすごかったのよ、空中ブランコとか何だとか・・・・。」

それを為政はただ黙って聞いている。

その時、突然部屋の明かりが消えた。

「あら?一体どうしたのかしら。」

プリシラが怪訝そうにそう言ったので為政は気楽に言った。

「風でも吹き込んできたんじゃないのか?」

為政がそう言うとプリシラは反論した。

「お城ではろうそくは使っていないのよ。それなのに明かりが消えるなんて・・・、変ね。」

その時、急に室内に第三者の気配が浮かび上がり、そして薬品による刺激臭が為政の鼻に

届いた。

「!!!」

為政が警告を発しようとした瞬間、謎の気配の持ち主はプリシラの背後から飛びつくとその口元

に布を押しつけた。

「!!!・・・・」

プリシラはほんの一瞬抵抗したもののすぐに薬によって気を失ってしまった。

「貴様!何者だ!!!」

為政が押し殺した声で詰問すると侵入者はあざけるかのような声で為政を警告した。

「動くな、東洋人よ・・・・。動くと王女の顔に一生残る醜い傷跡が残るぞ。」

「・・・・・」

為政は動けなかった。

こんなヤツの一人や二人、あっという間に無効化することは容易い。

しかしだからといってプリシラの無事という観点が加わるとそれはまた別の事になるからであった。

その時微かに吹き込んできた風によってカーテンがなびいた。

すると窓の外から差し込んできた月の光によって侵入者の姿が浮かび上がった。

それはナイフを手にプリシラを抱きかかえている道化師の姿であったのだ。

この場を譲るわけには行かない、そのまま二人はその場でにらみ合った。

 

 それはほんの一瞬の出来事であったであろう。

しかし為政には途方もなく長い時間のように思われて仕方がなかった。

「コトッ」

プリシラの部屋の外で何か物音がしたのだ。

何かと思い為政はほんの一瞬、意識を道化師からそらしてしまった。

しかし道化師はその一瞬の隙を見逃さなかった。

そのままガラスをぶち破るとプリシラを抱きかかえたまま室外へとダイブした。

「くそっー!!」

あわてて為政が割れた窓に近寄ったときには道化師は窓の外から垂らしてあったロープを伝っ

て庭へと降りていたのであった。

為政もそのロープを伝って道化師を追おうと思ったが道化師はロープに火を放ったのでそこから

追いかけるのは不可能であった。

「ピコ!後を追え!!」

為政がそう言うとピコは親指を立てて

「OK!!」

と叫ぶと道化師のあとを追いかけていった。

そして為政はプリシラの部屋を出て犯人を追おうとした。

その時、扉が開き室内に光が立ちこめた。

「クッ!」

まぶしい光に為政が目を細めて見てみるとそこにはランプを手にしたプリムが立っていた。

「プリム・・・か。」

「貴方は・・・・」

どうやらプリムも為政が今日、プリシラの部屋に来ていることを知らなかったらしい。

思いっきり驚いている。

しかし今はそんな時ではない、為政はプリムに頼んだ。

「プリシラ王女がさらわれた!!衛兵にそのことを伝えて置いてくれ!!!」

為政の言葉にプリムは驚きの表情を隠せない様子であった。

しかしすぐに気を取り直すと聞き返してきた。

「一体だれにですか?」

「知らん!!ただ道化師の格好をした男だった!」

「分かりました。」

プリムは一礼してその場を走り去ろうとしたので為政は慌てて引き留めた。

「ちょっと待ってくれ!」

「何ですか?」

プリムが訝しげに尋ねてきたので為政は一言付け足した。

「おれの事は黙っていてくれよ。」

「・・・はい!」

プリムが走り去ったのを見た為政は来たときと同じ非常用通路を使って城の外へと出た。

 

 城の外に出た為政は犯人が逃走したと思われる方向へと急いだ。

それは城の西側方面である。

為政が道化師が走り去った方角がそうだったからである。

その時、為政は一人の老人にばったり出会した。

ピクシス家執事のグスタフだ。

為政が怪しい者を見なかったか?と聞こうとしたらグスタフが先に口を開いた。

「これはトダ殿、丁度良かった。カルノー様を止めて下され。」

その一言で為政は今回の件に関する真相が分かったような気がした。

あの道化師はセーラの兄カルノー・ピクシスだったのだ。

為政はグスタフの言葉に頷き、続きを促した。

「実は今日、この間の道化師・・・、いやカルノー様と道端でばったり出会しまして・・・、

その時のご様子が尋常では無かったものですから後を付けていたら・・・。」

「王女様を誘拐した、というわけか。」

「トダ殿!!なぜそのことを・・・」

「俺も現場に居合わせたからな。」

「そうでしたか・・・。」」

グスタフは溜息をもらした。

「事情を知っているのなら話は早い。トダ殿、助太刀をお願いいたします。」

「分かった!」

為政はグスタフと合流するとその案内で道化師のあとを追った。

 

 

  「ここです・・・。」

グスタフが為政を連れてきた所はサーカスのテントであった。

今は夜も更けており人気が全くしない。

そこへピコも現れた。

「あれ?なんでここが分かったの?」

ピコが尋ねてきたので為政はグスタフがいることをピコに知らせた。

それを聞いたピコうんうんと頷いた。

どうやらピコも道化師の正体がカルノーであることに気付いたのであろう。

「トダ殿・・・」

ピコと小声で会話しているとグスタフが話しかけてきた。

「私は裏からまわります。トダ殿は正面をよろしく・・・。」

「分かった。正面だな。」

突入の打ち合わせが済むとグスタフは老人とは思えない足取りで音もなく暗闇の中に消えた。

「行くか・・・」

為政も姿勢を低くするとテントの中へと静かに潜入開始した。

 

 為政がテントに入るとそこは漆黒の闇であった。

厚い布に覆われたテントの中では一切の光源から遮断されているので真っ暗なのである。

それでも慎重に気配を探りながらテントの中を探っていると突然ピコが声を上げた。

「危ない!!」

その声にとっさに反応した為政はその場を速やかに下がった。

すると今まで為政がいた足下に鋭い刃が突き刺さった。

シベリア所属の特殊部隊員スペッツナズが使用している特殊なナイフ、スペッツナズナイフの

ブレードである。

ナイフをかわした為政はすぐに身構えると抜刀の構えをした。

すると突然、為政を光が照らし出した。

そしてあの道化師の声が響いてきた。

「腰の重い近衛でもにしては素早い動きだと思っていたが東洋からの客人とはね・・・、

恐れ入ったよ。」

為政は光源の向こう側にいる道化師、いやカルノーを睨み付けた。

「こいつだよ!プリシラをさらったやつは!!!」

ピコが為政の耳元に囁いてきたので為政は頷いた。

カルノーはブレードを発射して柄だけになったナイフを捨てると腰から刃渡り20cmほどの大型

ナイフを取り出し構えた。

相変わらずプリシラは抱えたままである。

為政はカルノーに叫んだ。

「貴様!!プリシラを放すんだ!!」

しかしカルノーはそうはしようとはせずに為政を睨み付けた。

その時

「う、うぅんー。」

うめき声を上げるとプリシラが気を取り戻した。

「チィ・・・薬が少なかったか。」

目が覚めたプリシラは自分の様子に戸惑っている余であったがすぐに状況に気付いたのか

道化師を怒鳴りつけた。

「貴方はカルノーですね!!たとえ従兄であろうとも王女である私にこのようなことをするとは・・。」

「クックックククク・・・。」

プリシラの言葉をカルノーは嘲笑でうち消した。

「な、何がおかしいのよ、カルノー!!」

「やっと地が出たようだね。嬉しいよ、プリシラ・・・。」

「・・・・・。」

「まあいいさ。君との積もる話は後にまわすとして・・・、まずはこの東洋人を始末ぜせばな。」

それを聞いたプリシラは叫んだ。

「止めて!!」

「ククククク、プリシラはやさしいな。」

カルノーの言葉にプリシラは首を振った。

「違うわよ、カルノー。私は貴方なんかと一緒にいたくはない、ただそれだけよ!!」

「・・・・・」

カルノーは一瞬呆然とした。

「何年も勝手にシベリアに逃げておいて・・・、そんな自分勝手なやつを女がしおらしく待っていると

でも思っていたの!?貴方なんか顔も見たくないわ!!」

その言葉を聞いたカルノーはプリシラの首元にナイフの柄をたたきつけた。

「キャァ。」

プリシラは悲鳴をあげると再び気を失った。

 

 「振られたところをすまんがプリシラは返してもらうぞ。」

為政がカルノーに声を掛けるとカルノーはキッと睨み付け、叫んだ。

「うるさい!!こうなれば貴様もプリシラもあの世に送ってやる!!」

そう叫ぶとカルノーはプリシラを放り出し、ナイフを構えると斬りかかってきた。

為政はその一撃をすかさずかわすと掌底をカルノーの顎にたたきつけた。

そのままカルノーは身体を吹き飛ばされ地面に無様に転がった。

「くそっー」

その時為政とカルノーの背後からグスタフが現れた。

「お止め下さい、カルノー様。」

その姿を見たカルノーは一瞬動きを止めた。

「グスタフ・・・なぜここに・・・」

「今朝方、カルノー様を見たものですから。・・・なぜこのようなセーラ様が悲しむようなことを・・・。」

「うるさい!!」

カルノーは叫んだ。

「ボクはピクシスの家を捨てたんだ。いまさらあの家の者がどうなろうと知った物か!!」

「カルノー様、それは本気のおつもりですか?」

「・・・・・・・。」

「カルノー様がセーラ様を影から見守られていたことはすでに知っています。

それでもそのようなことをおっしゃると?」

「・・・お喋りがすぎたようだな。グスタフ、お前も東洋人もろとも殺してやる!!」

そう言うとカルノーは再び為政に襲いかかってきた。

 

(もう手加減は出来ないな。)

為政はカルノーの攻撃をかわしながらそう思った。

さっきの一撃は油断していたのかたいしたものでは無かったが今はどうやら本気であるらしい。

格下とはいえさすがに手加減はしていられそうもない。

為政は小太刀を抜刀するとそのままカルノーの足を斬りつけた。

「グワァー!!」

カルノーは悲鳴をあげるとその場に倒れ込んだ。

足の付け根からはおびただしい血液が噴き出してる。

どうやら動脈を一撃でしとめたようだ。

あの場所では止血は不可能だからカルノーは間違いなく死ぬ。

為政は小太刀の血を拭き取ると抜き身のままカルノーに近づいた。

当然の事ながらグスタフもである。

その時突然静寂を轟音がうち消した。

ズガァーン ズガァーン ズガァーン

「こ、この音はズィーガー砲!?・・・まさか船に気付いたのか?」

苦悶しながらもカルノーは驚きの声をあげた。

「船だと?」

為政がカルノーの襟元を掴んで詰問するとカルノーは自嘲げに笑いながら言った。

「ああ、ボクや仲間たちのシベリアに戻るための船がな。

・・・もっともこの様子では仲間たちもみな捕らわれてしまったようだがな!!」

その時カルノーは懐から何かを取り出すとその場で爆発させた。

閃光音響弾―光と音を発するノン・リーサルウエポン(非致死性武器)である。

一瞬、為政の目がくらんでいるうちにカルノーは多量の血痕を残しながらその場を消えた。

「ボクは捕まるわけにはいかない・・・セーラを、妹を悲しませたくはないんでね。」

と一言残して・・・。

 

 「トダ殿、プリシラ様をよろしくお願いします。」

グスタフそう言ってはカルノーを追いかけようとしたので為政は呼び止めた。

「グスタフさん・・・、死ぬなよ。」

それを聞いたグスタフは笑い、そして言った。

「・・・私にはまだセーラ様という仕えるべき主人がおりますから。」

そして暗闇の中に消えた。

為政はとりあえずプリシラを抱きかかえるとサーカスのテントを出た。

すると城の方角から数カ所火の手が上がっているのが目に付いた。

どうやらシベリアの連中はプリシラを狙うだけではなく、同時多発テロを目論んでいたらしい。

そんな光景を目にしているとプリシラは為政の腕の中で気を取り戻した。

「う、うぅん・・・。はぁっ!?こ、ここは・・・・?」

二度も気絶させられたら記憶が混乱しているのも無理はない。

為政はやさしく声を掛けた。

「大丈夫かい?」

するとようやく気を取り直したのかプリシラは顔を赤らめた。

「助けてくれた野は嬉しいんだけど・・・離してくれないかしら?」

為政はプリシラを抱きかかえたままだったのに気付き、その腕をゆるめた。

するとプリシラは立ち上がると城の方角を眺めた。

まだ火の手は上がっているもののすでに鎮火しつつあるようであった。

「・・・カルノーはどうしたの?」

不意にプリシラがそう言ったので為政は一瞬戸惑ったもののすぐに答えた。

「逃げたよ、君を置いてね。」

「そう・・・・。」

そのまま二人は黙り込んでしまった。

冷たい二月の風が吹き抜けていく。

 

 

 その時、再びすぐ間近で爆発するような音が響いた。

何事かと音のした方角に目をやるとサーカスのテントの中から火の手が上がっていた。

その勢いは強く、とても消し止められそうにない。

「カルノー・・・まさか・・・」

プリシラが呆然としたように呟いた。

為政もただ黙って炎の中を見つめ続けるだけであった。

その時、馬の蹄の音とともに近衛兵団の面々が到着した。

先頭には近衛兵団の指揮官、メッセニ中佐がいる。

 

 「プリシラ様!!ご無事でなによりでした!!」

メッセニ中佐は馬から下りるとプリシラの元に駆け寄り、そう叫んだ。

それに対してプリシラはいつもよりは曇っていたが笑顔で応えた。

それを見たメッセニ中佐はほっと胸をなで下ろしたようであった。

「プリシラ様・・・、よくぞご無事で・・・。

そうそう、城を騒がせたテロリストどもは一人残らず処置しました。ですからもう安心です。

救護班!!ぼやっとしてないでプリシラ様を早く暖かい所へお連れしろ!!」

メッセニ中佐のその一言に慌てて救護班の兵が駆け寄ってくるとプリシラを馬車へと案内しようと

した。

すると馬車に乗り込もうとしていたプリシラが振り返り、為政に微笑みながら言った。

「ユキマサ、今日はありがとう。」

そのまま馬車の扉が閉められるとプリシラは近衛兵団の騎士たちに守られて城へと戻っていった。

 

 「認めたくはないが貴様が一番手柄だったようだな。」

プリシラが城へ帰っていくなりメッセニ中佐は言った。

「しかしどうやって姫がさらわれたことを知ったんだ?それにこの場所も・・・?」

「・・・・・」

為政はメッセニ中佐の問いかけに答えなかった。

メッセニ中佐がいくら物わかりが良くても今回の話を聞いたら不問にするわけにはいくまい。

またプリシラとピクシス家の・・・、いやセーラの名誉にかけてもだ。

為政が黙ったままでいるとメッセニ中佐は溜息をついた。

「だんまりか、まあいいだろう。それにしても世も末だよ。

子供たちに夢を与えるはずのサーカスがテロリストどもの隠れ蓑になっていたんだからな。」

そう言い残すとメッセニ中佐は現場に残った近衛兵団の面々に指揮し始めた。

 

 既に出番の無くなった為政は兵舎へと帰ることにした。

後始末は近衛兵団と衛兵隊のお仕事。

これ以上出しゃばるのは良くないし、また面倒であったからである。

てくてくと無言のまま帰宅の途についた為政とピコの目の前にグスタフが現れた。

いくぶん憔悴しているように見えるが無理もあるまい。

為政は

「どうだった・・・?」

と声のトーンを落として尋ねた。

するとグスタフは首をただ横に振るだけであった。

「そうか・・・・。」

事情を察した為政は黙り込んだ。

分かり切っていた事とはいえこういう話を聞くと気が重くなる。

その時グスタフが口を開いた。

「・・・今日のことはご内密に・・・」

「分かっている。」

為政は頷いた。

するとグスタフは無理をしているようでは会ったが笑った。

「・・・カルノー様が自分の命を捨ててまで守ろうとしたセーラ様の笑顔、けっして無くすわけには

まいりませんから。」

「・・・ああ・・・。」

為政はそう相づちをうつとグスタフと別れると歩き出した。

重い、重い足取りで・・・・・。

 

 

あとがき

 やっとプリシラ誘拐編お届けすることが出来ました。

いやはや大変な難産でした。

日記にも書いたけど途中まで(約6ページ分)を破棄して書き直したものですから。

まあ書き直しは比較的スムーズに行ったんですけどね。

 さてこの話を書いていて思ったことなんですがプリシラとカルノーってどうだったんだろう?

つき合っていたはずですが年齢を考えると相当不自然なことが。

D26年プリシラ16才時にセーラがクリスマスに言った言葉「三年前に家を出た

(4年魔だったかも?)」という台詞。

これだとカルノーとつき合っていたプリシラは12.3才?ということに。

いったいどうだったんでしょうね。

 

さて次回は第四十五章「首都城塞攻防戦」です。

残り三回、最後までのお付き合いの程を。

 

 

平成12年12月26日

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