第四十二章.クラシスの花

 

 

 その日、傭兵隊隊長戸田為政はピクシス家へと足を進めていた。

今はすでに一月の半ば過ぎ。

セーラがバルコニーから落下してから既に二ヶ月が経過しようとしていた。

あの日、あれだけあれだけ半狂半乱の状態であったセーラも今はすっかり落ち着きを取り戻し、

元の大人しい少女へと戻っていた。

 

 「あ・・・、こんにちは先生。」

為政がセーラの部屋に入ると彼女は窓辺の椅子に座って本を読んでいた。

そのたたずまいはいかにも儚げな感じのする文学少女そのものであった。

(うーん、セーラにはこういうのはよく似合うよなー。)

心の中でそう思った為政ではあったがそんなことはおくびにも出さずに声を掛けた。

「こんにちは、セーラ。何の本を読んでいるのかな?」

「この本ですか?これは世界中の伝説について書かれた本なんですよ。」

セーラはにっこり微笑んで言った。

「ほほう、そうなのか。面白そうだね。」

為政がそう感想を洩らすとセーラはさらに詳しく本の内容を話し始めた。

「そうなんですよ。実に色々な話が書かれていまして例えば・・・・」

為政の一言は文学少女の堰を切ってしまったようであった。

日頃のセーラとは思えない勢いでペラペラとお喋りし始めた。

 

 「ところで先生、クラシスの花ってご存じですか?」

話が一段落したところでセーラが為政にそう尋ねてきた。

「クラシスの花?」

聞いたことのない単語に為政は聞き返した。

「ええ、そうです、クラシスの花。ご存じ有りませんか?」

そこで為政は首を横に振った。

「そのクラシスの花がどうかしたのかい?」

「ええ、この本によるとクラシスの花からは様々な難病に効くという秘薬を作れるらしいんです。

こんな薬があれば私の病気も治るんじゃないかって思って。」

「そうだね。」

為政は頷いた。

そんな便利な薬があればどれだけの人間の病が癒せることか。

「でもこのクラシスの花、滅多に咲かなくって伝説によれば72年に一度、それも一日しか咲かな

いんだとか。」

そう言ったセーラの顔はとても寂しそうであった。

さっきまでの明るくて生き生きとした表情を見ていた為政としてはその表情は見るに耐えないもの

であった。

そこで為政はセーラを慰めるべく声を掛けた。

「そのクラシスの花、捜してみようか?」

それを聞いたセーラは表情を変えた。

「えっ!?先生、この花の事知っているんですか?」

さっき知らないと言ったことも忘れてセーラは為政に聞き返してきた。

「俺は知らないが植物に詳しい知り合いがいる。

クラシスの花が実在しているのならそいつならば知っているかも知れない。」

それを聞いたセーラは為政に詰め寄ってきた。

「本当ですか!!是非お願いします!!私元気になりたいんです!!

みんなと同じ・・・普通の生活がしたいんです。だからクラシスの花を・・・」

そこまで言ったセーラは胸を押さえた。

「どうしたんだ?」

セーラの様子がおかしくなったのに気付いた為政はそう声を掛けた。

するとセーラは苦しそうに言葉を絞り出した。

「だ、大丈夫・・・・、ただの発作です・・・。」

そう言うとセーラは手元にあったベルを鳴らした。

するとそのベルが鳴り終わらないうちにグスタフが室内に飛び込んできた。

「セーラ様!!大丈夫ですか!!」

グスタフの言葉にセーラは気丈にも応えた。

「・・・ありがとう、グスタフ。・・・大丈夫、いつもの・・・発作だから・・・」

「さあお薬をどうぞ。」

グスタフはセーラに薬を飲ませた。

「さあ、お休みになって下さい、セーラ様。」

「そうさせて貰います・・・」

セーラはグスタフに連れられて寝室へと入っていった。

 

 セーラの部屋を出た為政はグスタフに声を掛けた。

「セーラは大丈夫なのか?」

するとグスタフは頷いた。

「ええ。今日の発作は軽いものですから。」

「あれで軽いのか?」

為政は驚いた。

前にテディーがおこした発作と同じかちょっと重いように感じていたからである。

「トダ殿、せっかく来ていただいて申し訳ないのですが今日の所はお引き取りを・・・。」

「わかっている。それよりセーラが目覚めたらお大事にと言っていたと伝えておいてくれ。」

「分かりました、そう伝えておきましょう。」

グスタフの返事を聞いた為政はピクシス家の屋敷を後にした。

 

 

 「という訳なんだがクラシスの花って知らないか?」

兵舎の自室に戻った為政は部屋でのんびりしていたピコに事情を話すとクラシスの花について

尋ねてみた。

「クラシスの花?」

「そうだ、クラシスの花。ないのか?」

為政が念を押すとピコは大きく頷いた。

「あるにはあるよ。学名アンジェリスニフケレイン。生態はまだはっきりしていない研究中の花。」

「それだそれ。どこにあるんだ?」

為政が尋ねるとピコは呆れたような表情を浮かべた。

「あのねー。本来この花は高地とか涼しい所に咲くんだからドルファンでは咲かないんだよ。」

「ないのか。」

ピコの言葉を聞いた為政は落胆した。

セーラの為に役立ちたかったからである。

「何でそんな安請け合いしちゃったの?」

ピコがそう尋ねてきたので為政は認識の訂正を行った。

「安請け合いとは心外だな。

ちゃんと知っているかも知れない知り合いがいるってセーラには言ってあるぞ。」

「ずっけー。」

為政の言葉を聞いたピコはそううなったがすぐに続けた。

「まあいいや、人助けだもんね。行こ!!」

ピコがそう言ったので為政は喜び勇んで尋ねた。

「あるのか?」

「ドルファン城にならね。それじゃあレッツ ゴー!」

為政はピコに連れられてドルファン城へと向かった。

 

 「そんで城のどこにあるんだ?」

ドルファン城に着いた為政は城門の前でピコに尋ねた。

「うーんとねぇ、空中庭園だよ。」

「空中庭園!?」

為政は驚いた。

空中庭園のことは前にプリシラから話しを聞いていたからである。

「そこは一般人は立入禁止じゃないのか?」

為政が尋ねるとピコも驚いた。

「そうなの?私はよく遊びに入っていたよ。」

それを聞いた為政は溜息をついた。

「お前は空を飛んで庭園に入れて、しかも人には見られないだろうが。」

為政がそう言うとピコは舌をぺろっとだした。

「いけない、忘れていたよ。それじゃあどうする?」

そこで為政は腕を組むと考えこんだ。

 

 そして三分後。

「よし、駄目で元々だ。王族に頼んでみよう。」

為政が言うとピコも頷いた。

「プリシラに頼んでみるんだね。良い考えだと思うよ。」

「よし、行くぞ。」

為政はプリシラへの謁見を申し込みに向かった。

 

 「大丈夫かな?」

ピコの問いかけに為政は素直に

「わからん。」

そう答えた。

今為政とピコの二人がいる場所はお城の謁見の間の待合室。

今頃は身分不相応な傭兵の謁見の申し込みにどのような態度をとるのか会議しているところ

なのであろう。

(駄目だったらキャロルに頼むかな。それともプリムという手もあるな、貸しが一つあるし。)

「おい、東洋人!!」

そんなことを考えているとメッセニ中佐が現れ為政に言った。

「何です、中佐。」

為政がそう言うとメッセニ中佐は肩をすくめると言った。

「プリシラ王女様が特別に貴様にお会いになるそうだ。無礼のないようにな。」

そこで為政とメッセニ中佐には見えないピコは謁見の間へと足を進めた。

 

 「トダ殿、何か私に用があるそうですね。」

公務中のため、いつもの気楽な口調とは違いいかにも王女様らしい言い方でプリシラは為政に

話しかけてきた。

そこで為政は事情を話した。

「そうですか、ピクシス家のご令嬢のために・・・。

分かりました、特別に空中庭園への入園許可を出しましょう。」

プリシラのその言葉を聞いたメッセニ中佐は慌てた。

「おそれながらあそこには天然記念物や各国から寄贈された貴重で珍しい植物が・・・」

「お黙りなさい!!」

メッセニ中佐の進言はプリシラのその一言でうち消された。

「王女である私が許可したのですよ。それに貴方の意見など私は必要とはしておりません。」

「し、失礼いたしました。さしでがましいことを・・・」

プリシラの一喝を食らったメッセニ中佐は慌てて意見を撤回した。

「分かれば良いのです。さあトダ殿、私が案内致しましょう。空中庭園はこちらです。」

「プリシラ様、私も・・・

職務に忠実なメッセニ中佐はプリシラのお供をしようとしたがプリシラはこれを拒否した。

「他の者は退がっていなさい。私一人で充分です。」

「し、しかし・・・」

「しかしもお菓子もありません!

私の言葉は絶対、私が馬と言ったら鹿であってもそれは馬なのです。さあトダ殿、参りましょう。」

為政はプリシラに連れられて空中庭園へと向かった。

 

 「あー、肩こった。」

プリシラは今までの王女様らしさはどこへ行ったのやら空中庭園につくなり腕をぐるぐる回しなが

らそう言った。

「ご苦労様です。」

為政がそう言うとプリシラはうんうんと頷いた。

「本当よ。どこかの誰かさんが謁見なんか申し込んでこなければこんな堅苦しい格好なんかしな

くて良かったのになー。」

「・・・重ね重ね申し訳有りません。」

為政が素直に謝るとプリシラは笑った。

「別にいいわよ。それにしても為政がお城に来るなんてびっくりしたわよ。それもこんな事情

でなんてね。私もセーラのことは気にしていたのよ、従姉妹だしカルノーのこともあったし・・・。」

「カルノー?」

どこかで聞いた覚えのある言葉に為政が反応するとプリシラは慌ててうち消した。

「な、何でもないわよ。それよりユキマサ、もし私もセーラみたいだったら同じ事してくれたかしら?」

「もちろんだよ。」

為政はすかさず頷いた。

さもなければ死刑台が活躍するのは目に見えていたからである。

「そう言ってくれると嬉しいわね。」

プリシラはにっこり微笑んだ。

「私、他にも公務があるからもう帰るわね。

ユキマサのことは衛兵たちに伝えておくから安心してシクラメンだかの花、見付けて上げてね。」

そう言い残すとプリシラは公務へと戻っていった。

 

 「さーてクラシスの花でも捜すかな。」

為政はピコと共に空中庭園を捜し始めた。

しかし空中庭園は広く、様々な植物が植えられているので為政にはさっぱり分からない。

そこで為政はピコに教えて貰うことにした。

「クラシスの花はどこに咲いているんだ?」

するとピコは空中庭園の片隅へと為政を導くと言った。

「あ、それだよそれ足下のその花がクラシスの花だよ。」

「これがクラシスの花か・・・。」

為政は感慨深げにその花をじっと見つめた。

その花は非常に小さく、花びらは真っ赤であった。

「クラシスの花には72年に一度、しかも一日だけしか咲かないなんていう伝説があるけど本当

は毎年咲いているんだよ。」

「なぜそんな伝説が出来たんだ?」

為政がピコに尋ねるとピコは得意げに説明した。

「数が少ないし花も三日と咲かないから・・・そんな伝説が出来たんじゃないかな?

それよりも為政、目的の物も見付けたことだし次の所へ行こうよ。」

「次のところ?」

為政が聞き返すとピコは頷いた。

「花のままセーラに渡しても意味がないでしょ、薬にしなくちゃ。」

「どこで薬にしてもらえるんだ?」

為政が尋ねるとピコはきっぱり断言した。

「こういうときはメネシスに頼めばOKでしょ。」

そういうわけで為政とピコはクラシスの花を持ってカミツレ地区にあるメネシスの自宅兼ラボ

へと向かった。

 

 「そ、その花は・・・ア、アンジェリスニフケレン!!

な、なんであんたがそんな花を・・・。よこせ!!!私にその花を寄こすんだ!!!」

クラシスの花を見たメネシスは研究意欲が沸いたのか理性が吹っ飛んだようでものすごい勢い

で為政に噛みついてきた。

とはいえこの花はセーラのために手に入れた物、メネシスにあげるわけにはいかないのだ。

為政はそのことをメネシスに伝えた。

「そうか・・・、そう言う事情じゃ仕方がないか。

つまりあんたは私にこの花を使って薬を作ってくれということだね。」

「ああ、出来るか?」

為政がそう言うとメネシスは胸を張って威張った。

「そりゃあ私のような天才科学者にかかれば薬の一つや二つぐらいちょちょいのちょいで出来

上がるけどね。」

「じゃあ薬を作ってくれよ。」

為政が頼みこむとメネシスはニヤリと笑った。

「調合代は高いわよ・・・。」

そう言ってメネシスが提示した金額は法外な値段であった。

はっきり言って傭兵が一個小隊雇えるぐらいの金額である。

「そ、そんな大金払えるわけないだろうが。」

為政はメネシスを非難したがメネシスはどこ吹く風といった感じで平然としている。

「いやなら別にいいんだよ、帰ってくれてもね。

そのアンジェリスニフケレン、確か咲いてから二三日で萎れちゃうんだよねー。」

「人の弱みにつけこみやがってー。」

「はっはっはっ。ここからはびた一文負かんないからね。耳を揃えて払って頂戴。」

進退窮まった為政がどうしようかと悩み始めたその時、突然ラボの窓が開いた。

「金ならここにある。」

そう言ってサーカスの道化師の姿をした何者かが窓から侵入してきた。

「ちょ、ちょっと勝手にラボに入らないでよ。」

メネシスはそう道化師に文句を言ったが道化師は顔色一つ変えなかった。

(当たり前。お面を被っているのだから。)

「これで足りるはずだ。シベリア金貨ですまないが。」

そう言って革袋をテーブルの上に置いた。

そしてその中身を見たメネシスは驚いた。

「こ、こんなにいっぱいの金貨・・・・、分かった、調合するよ。」

そう言うとメネシスは金貨の詰まった袋を引ったくると金庫に放り込み、怪しげな機材を使って

調合し始めた。

 

 「東洋人・・・、薬はセーラに渡しておいてくれ。」

道化師はそう言うと来たときと同じように窓から出ていこうとした。

「まて!」

為政は叫んだ。

すると道化師は身体を半分窓の外へと出したまま振り返った。

「あんたが薬を届けたらいいんじゃないか?」

すると道化師は首を横に振った。

「それは出来んな。」

「もしやあんたはセーラの・・・」

「それ以上は言うな!!!」

為政の言葉を道化師は遮った。

そして黙り込んでしまった為政に対して続けた。

「薬の件、くれぐれも頼むぞ。」

そして道化師はそのまま窓から出ると森の中に姿を消した。

「ドアから出れば良いのに・・・・。」

為政の呟いた言葉は誰にも届かなかった。

 

 「おや?あの男はどこへ行ったんだい?」

あれから二時間後、調合を終えたメネシスは急に気付いたようにそう言った。

「先に帰ったよ。」

意政がそう言うとメネシスは関心なさそうに頷いた。

「じゃあこの薬はあんたに渡すよ。」

そう言うとメネシスは為政に小さな薬瓶を手渡した。

「念のために言っておくけどその薬、確かに効能は優れている。

けれど全ての病気に効くわけじゃない。心臓病にまで効くかは保証できないよ。」

「そうなのか。」

為政はそういうものなのかと頷いた。

「ああ。私に出来るのはこれくらいだからね。さあさあ実験の邪魔になるから帰った帰った。」

為政はメネシスにラボを追い出されてしまった。

「仕方がない。セーラに届けてくるか。」

為政は今日二度目のピクシス家訪問をすることとなった。

 

 「これがクラシスの花から作った薬なんですか!?先生、ありがとうございます!!」

薬を受け取ったセーラは喜んだ。

まださっきの発作で顔色は悪いものの、ずっと明るく生き生きとし表情である。

「喜んで貰えて嬉しいよ。もっともこの薬は俺一人の力で手に入れた物じゃない。

君のことを心配してくれている人たちの協力があって初めて手に入れることができたんだ。」

為政がそう言うとセーラは涙ぐんだ。

「嬉しいです・・・。私のことを心配して応援してくださる方がそんなにいて。

私、きっと元気になって見せます。自分のためだけでなく心配してくださった方たちのためにも。」

「その意気だ。頑張れよ。」

「はい。」

為政の言葉にセーラは元気良く頷いた。

「もう遅いから帰るよ。お大事にな。」

「先生・・・、今日は本当にありがとうございました。」

セーラは深々と頭を下げた。

「気にしないでくれよ、それじゃあな。」

為政は別れの挨拶を交わすとピクシス家の屋敷を辞した。

 

 「セーラ、良くなるといいね。」

「ああ、そうだな。」

為政とピコは寒風が吹きしかるなか、暗い夜道を歩いて帰った。

 

 

あとがき

セーラのイベント編です。

よって基本的な流れはゲームのまんま。

細かいニュアンスのみを変更しています。

メネシスとか道化師とかね。

 

次回は第四十三章「爆弾テロを阻止せよ!」です。

お楽しみに。

 

平成12年12月18日

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