「ふふーん♪」
傭兵隊隊長戸田為政は鼻歌を歌いながら鏡の前に立ち、髪の毛に櫛を入れていた。
それもいつもよりも念入りにである。
「何だかご機嫌だね、為政。」
部屋に転がっていたリンゴをかじりながらピコは言った。
ちなみにピコとリンゴは同じくらいの大きさである。
「そうか?今日はただ家庭教師に行くだけだぞ。」
為政がそう言うとピコは大げさに肩を下ろしながら言った。
「セーラに会えるからじゃないの?」
それを聞いた為政はふむふむと頷いた。
「成る程、それもあるかもしれないな。
セーラに先生と呼ばれるのはなかなかいい感じのものがあるからな。」
「変態」
ピコはボソッとそう言うと為政に軽蔑の視線を向けた。
「失礼な。
男なら誰だって、とまでは言わないが可愛い女の子に先生と呼ばれるのはとても萌えるんだぞ。」
それを聞いたピコは今度は呆れたような表情を浮かべた。
「私には分かんないよ。」
「当たり前だ。こいつは男のロマンなんだからな。分かってたまるものか。」
その時、駅の方から時計の鐘が鳴り響く音が聞こえてきた。
「おっと時間だ。もう行かないとな。」
為政は兵舎を出るとピクシス家へと向かった。
(確かにセーラみたいに可愛くて素直な子ばかりだったら先生という職業も悪くはないよなー。)
そんなことを考えながらキャラウェイ通りを歩いていると為政はクレアさんとばったり出会した。
「トダ君じゃない。お久しぶりね。」
クレアさんは為政にそう声を掛けてきた。
買い物中らしくその手には買い物袋をさげている。
「こんにちわ、クレアさん。お元気ですか?」
そのまま二人は立ち話を始めたのであった。
「そう言えばトダ君、何処へ行くのかしら?」
それなりにお喋りをして一息ついたところでクレアさんが為政に尋ねてきた。
いつもよりもぴしっとした格好をしていたことに気付いたからであろう。
そこで為政は素直に真実(おおげさ)を話した。
「実はバイトなんですよ、家庭教師のね。」
それを聞いたクレアさんは凄く驚いた。
「凄いわー。貴方は頭が良いようね。」
それを聞いた為政は頭をポリポリかいて照れた。
「そんな大層なものではないんですが・・・」
それを聞いたクレアさんは笑った。
「うっふふふ。それじゃあお仕事頑張ってね、トダ君。」
クレアさんはそう言うと買い物を再開すべくその場を去った。
そこで為政も
「よしゃー!今日もお仕事頑張るかー!!」
気合いを入れるとピクシス家の屋敷へと急いだ。
(おかしいな?)
為政はピクシス家の屋敷の門の所で立ち往生していた。
呼び鈴を何度押しても誰も出てこないのだ。
今までにこんな事は一度もなかったのである。
不審に思った為政はドアノブをゆっくりと回してみた。
するとよく手入れされた重いドアは音も立てずに開いた。
「ごめんくださーい!!」
為政は大声でそう言うとピクシス家の玄関を潜った。
それでもやっぱり人は誰も出てこない。
まちがいなく屋敷内から人の気配が感じられると言うのにだ。
為政はいぶかしりながらもセーラの部屋へとおそるおそる歩いていった。
(おや?)
為政がセーラの部屋の前に来るとそこにはピクシス家に仕えている使用人たちがたむろしていた。
しかも皆、ドアに耳を当てて室内の様子をうかがっている。
何事かと思った為政は使用人たちに声を掛けてみた。
「こんにちわ!何をしているんですか?」
すると使用人たちは一瞬驚いたもののすぐに顔を輝かせた。
「これはトダ様。良いところに参られました。」
そう言うと使用人たちはグイグイと為政を引きずっていく。
「一体何事なんです?」
為政は尋ねるが使用人たちは説明する時間も惜しいらしい。
一言も説明せずに為政をセーラの部屋へと押し込んだ。
(一体何なんだ?)
為政が心の中で悪態をついていると突然声が掛けられた。
「これはトダ殿ではありませんか。」
その声はここピクシス家の執事であるグスタフさんの声であった。
「グスタフさん、丁度よかった。
この騒ぎは一体何なんです?屋敷内の様子がすごく変なんですが。」
するとグスタフは声を潜めて話し始めた。
今、屋敷内の様子がおかしい訳を・・・。
「つまりセーラのお兄さんが飼っていたインコが死んでしまったと。」
グスタフの話を聞いた為政はそう確かめた。
それに対してグスタフは沈痛な面もちで頷いた。
「そうです。それでセーラ様はすっかり動揺されてしまって・・・」
「生きとし生けるものは全て必ず死ぬってこの家では教えていなかったのか?」
セーラがまだ小等部に通っているような子供ならまだしも、すでに17.8才になろうとしている
のだ。
それでそんな寝ぼけたようなことを言っていると知った為政はそう言わざるを得なかった。
するとグスタフはキッと為政の顔を見ると言った。
「それくらいはセーラ様とて当然ご承知です。
ただ・・・メビウス・・・インコをカルノー様のお姿と重ねているようでして・・・。」
その言葉を聞いた為政は大きく溜息をつくと頷いた。
「成る程。いつまでたっても帰ってこない。もしや死んでしまったのでは・・・、そういうことか。」
「はい、そのようで。」
グスタフも大きな溜息をついた。
しかし大の大人が二人、向かい合って溜息ばかりついているわけにはいかない。
為政とグスタフの二人はセーラを落ち尽かせることにした。
そこで二人は一番奥の寝室へと入っていった。
するとセーラはそこにはいない。
どこかと目をやるとセーラは部屋の外、バルコニーにいた。
そこで為政とグスタフの二人がセーラに近づこうとするとセーラはヒステリックに叫んだ。
「近づかないで!!!」
その剣幕に驚いた為政とグスタフは立ち止まった。
そしてセーラはバルコニーの手すりをまたぐと、その狭いスペースに体を預けた。
「お嬢様!!危険ですからお止め下さい!!」
グスタフがそう叫んだのを聞いた為政も気を取り直し、セーラを説得すべく声を掛けた。
「危ないからやめるんだ。怪我をするぞ。」
それを聞いたセーラはさらに逆上した。
「来ないでって言っているでしょ!!私は死ぬのよ!メビウスと一緒に!!!」
「気持ちはわかる。だから落ち着いて話し合おう。」
為政がそう声を掛けるとセーラは叫んだ。
「先生なんかに私の気持ちがわかるもんですか!!!」
そう叫んだセーラはそのまま体のバランスを崩した。
セーラ本人とて本当に飛び降りる気などなかったであろう。
いくら大きい屋敷の二階とはいえ下が芝草では死ぬには高さが足りなさすぎるのだ。
しかし万有引力の法則は本人の考えなどお構いなしにセーラを大地へと引きずり落とした。
「きゃー!!!」
セーラは悲鳴をあげるとそのままバルコニーから庭へと落下した。
「セーラ!?」
「お嬢様!?」
慌ててバルコニーに駆け寄って為政とグスタフが庭を見下ろすと、そこには落下したセーラを
抱きかかえたサーカスのピエロが片膝を付いているところであった。
為政とグスタフは部屋を出ると急いで階段を駆け下り、バルコニーの下へと急いだ。
その後には他の使用人たちも慌てて追いかけてきている。
しかし現役の傭兵と元特殊部隊の精鋭の足には勝てなかったのだ。
というわけで真っ先にセーラの元に駆け寄ったのはやはり為政とグスタフであった。
「セーラ!!」
「お嬢様!!」
二人がバルコニーの下についた時、そこにはすでにピエロの姿はなく、気を失ったセーラが地面
にその身体を横たえているだけであった。
為政と使用人たちは慌ててセーラの元へと駆け寄ったがグスタフは少し離れた所で呆然として
いる。
「まさか・・・あの道化師は・・・・」
為政はグスタフが何かを呟いたのには気付いたがそんなことを気にしている場合ではなかった。
「どうしたんです?グスタフさん。」
為政は呆然としているグスタフにそう声を掛けた。
するとグスタフはいつもの才覚豊かな執事へと戻った。
「おや、これはとんだ失礼を。実はあの道化師の方、どこへ行ってしまわれたのかと思いまして。」
そう言われた為政は確かにと頷いた。
「黙って消えることなんてないのになぁ。」
「ええ、そうですね・・・」
それからおよそ一時間後。
為政はセーラに何一つ教えることなくピクシス家の屋敷を後にしようとしていた。
「今日はなにかとご迷惑をおかけいたしました。」
グスタフが頭を下げながらそう言ったので為政は慌てた。
「いいえ、こちらこそあまり役に立てなくて申し訳ない。」
為政も頭を下げた。
実際、今日の為政は何一つ役に立っていなかったのだから。
するとグスタフは首を横に振った。
「いいのですよ、セーラ様はご無事だったのですから。
それよりもまた今度、家庭教師の方をお願いいたしますね。」
「ああ、分かった。」
為政は自分にも出来ることを頼まれたため、即座に頷いた。
「それではお気をつけてお帰りくださいね。」
グスタフに見送られた為政はピクシス家を後にした。
時はドルファン歴28年11月。
すでに秋も去り、そろそろ冬にさしかかろうというそんな日の出来事はこうして幕を閉じたので
あった。
あとがき
セーラの自殺未遂をメインテーマにしたお話。
実はその昔、私が初めて書いたSSはこれと全く同じテーマです。
ストーリーは全然違うんですけれどね・
もしよろしかったら読み比べてみて下さい。
当ホームページからもリンクしている「Dolphan Station」に「命の価値とは」というタイトルで書いてありますんで。
なおHNは204という昔の状態ですけれどね。
さて次回は第四十一章「ホワイトクリスマス」です。
ドルファン歴28年最後のお話、よって後少しでラストにさしかかります。
そんなわけで最後までお付き合いの程をよろしくお願いしますね。
平成12年12月16日