第三十八章.追憶の絆

 

 

 それはロケットナイトとの戦いからほんの数日の週末の出来事であった。

 

 傭兵隊隊長戸田為政は疲れ果てていた。

空を飛んで逃げたというとんでもない事態を衛兵隊の人間に説明するのは大変苦労のいる事

なのであった。

とは言っても無理はない。

為政とて自分が直接目撃していなければ一笑したことであろう。

ましてや目撃者がどこの馬の骨とも知れない輩なのだから。

しかし自分が目撃し、証言したことを頭ごなしに嘘つき呼ばわれするのは気に入らない。

なんとか別の目撃者(一般市民)が出てきたおかげで無事解放されたもののへとへとであった。

 

 「ユキマサ、この後どうする?」

衛兵隊本部から外へと出たグイズノーは為政に声を掛けた。

すでに日は沈み、真っ暗である。

「そうだな・・・、このまま兵舎に戻るのもなんだし一杯やりに行くか?」

為政がそう言うとグイズノーはOKと頷いた。

そこで為政は背後にいたホーンに声を掛けた。

「ホーン、お前さんはどうする?」

するとホーンは首を横に振った。

「行かないのか。じゃあ他の連中に一杯引っかけて帰るって伝えておいてくれ。」

コクコク。

「じゃあ頼むぞ。」

為政とグイズノーはホーンと別れ、酒場へと向かった。

 

 「しかしホーン、あいつは一体どうしたんだろう?」

酒場へ行く途中でグイズノーは為政に話しかけてきた。

「どうしたっていうのは?」

為政が聞き返すとグイズノーは笑いながら言った。

「尋問だよ、尋問。喋らないのにどうやって証言するんだ?」

「なるほど。」

為政はたしかにどうしたんだろうと思った。

ホーンが何か喋ったことなど一度も耳にしたことがなかったからである。

「ホーンは喋れるんだろ。」

為政がグイズノーに尋ねると頷いた。

「そいつは確かだ。オレは奴から自己紹介を受けているんだから。

・・・『ホーン』っていう言葉だけだけど。」

「何だそれは。じゃあファミリーネームはどうして知ったんだ?」

するとグイズノーは呟いた。

「書類に書き込んだのを覗いたんだよ。傭兵隊に入るときにな。」

そのまま二人は黙り込んでしまった。

じつはホーンのことなど全然分かっていないことに気付いたからである。

 

 黙ったまま歩き続けいたためか二人はすぐに酒場へと到着した。

ここの酒場は雰囲気が良く、多少値が張るものの為政は好んで利用していた。

元々、大酒飲みではなく雰囲気を楽しむ飲み方をする為政には丁度良かったのだ。

為政は重い木の扉を開けると店内へと入った。

すると重厚な落ち着いた雰囲気の曲が流れてくる。

為政とグイズノーはいつものカウンターにつくと酒を注文した。

そして酒が来る間の僅かな時間、為政は酒場をぐるっと見渡した。

音楽を奏でるバンド、見事な手つきで酒の準備をするバーテンダー、静かに酒を飲む客たち。

いつもの見慣れた風景である。

しかしいつもとは違う 光景に為政は気付いた。

「クレアさんはどうしたんだい?」

酒を運んできたバーテンダーに為政が尋ねるとバーテンダーは重い口取りで答えた。

「今は勤務交代中だ。もう帰るはず。」

すると丁度クレアさんが店の奥から顔を出したところであった。

為政の顔を見たクレアさんはあらっという表情を浮かべた。

「あらトダさんじゃないですか。」

「今晩は、クレアさん。」

為政がそう挨拶するとグイズノーも

「初めまして。私はグイズノー・ファルケンと申します。」

そう言うとグイズノーは為政に耳打ちした。

「おい、この女性はだれなんだ?」

そこで為政はグイズノーにこっそりと教えた。

「ヤング中佐の奥さん・・・だよ。」

「・・・そうか・・・」

 

 そうこう言っている内にクレアさんは家に帰ろうとしたので為政は誘ってみた。

「どうです?一杯やりませんか?」

するといつも断っていたクレアさんはちょっと考え込んだ後、為政の隣に腰掛けた。

「そうね。久しぶりだし私もお酒飲もうと。一杯お願い。」

クレアさんはバーテンダーに注文した。

 

 「そうだったの。大変だったわね。」

為政とグイズノーの話を聞いたクレアさんは同情してくれた。

ここ数日間の衛兵隊による尋問をである。

「結局俺たちの話は信用してくれなくって市民の証言でOKなんですから。

それなら俺たちに聞くことはないでしょうにね。」

「そうそう。信用してないなら話を聞くなって言うんですよ。」

為政とグイズノーがそう言うとクレアさんはニコニコ笑いながら頷いた。

そして一言

「若い子って元気があっていいわねぇー。」

とのたまわってくれた。

「・・・クレアさん、そう言う問題ではないんですが・・・」

「あら?そうかしら。」

為政とグイズノーは二人仲良く揃って頷いた。

 

 

「あのね、トダ君・・・」

3人で 酒を飲み始めてから一時間余り後、クレアさんは為政に話しかけてきた。

ちなみにグイズノーは女の子と仲良く話しをしている。

「なんです?」

為政が聞き返すとクレアさんはうつむいたまま話した。

「トダ君はなぜ傭兵をやっているの?」

それを聞いた為政は前にも同じようなことを話したことがあるなーと思いつつ、真面目に答えた。

「はっきりとは断言できない。

しかしもっとも単純な答えはそれしか能がなかったからだといえると思う。

国元が平和になっても、戦争しか知らない軍人には他の道が分からなかったんだ。

だから前と同じ軍人としての生き様を傭兵になって続けようと思った・・・と思う。」

「そうなの・・・」

クレアさんは呟いた。

「平和になっても軍人でありたい、ということなの?」

「・・・国元の平和の際、私が所属していた陣営は敗者側だった。

つまり平和になっても生活手段を持ち合わせていなかったんだ。

平和になってしまえば今更軍人なんか必要ないからね、何処も雇ってはくれないし。

だから部下たちには暇を出し、妹たちは他家に嫁いだ。

父は死んでいたし母は妹の婚家が預かってくれた。

となると男一人、家を再興するために手っ取り早い手段は戦功をあげることだったんだ。

しかし国元では当分戦争は起こりそうにない。

だから傭兵になって戦場を渡り歩く決意をしたんだ。」

クレアさんは両手で包み込むようにグラスを持ちながらポッソリと言った。

「主人も・・・そうだったのかしら・・・・」

その言葉に為政は黙り込んでいるだけであった。

「あの時・・・主人の一周忌からずっと考えていたの・・・、主人は私と軍人である立場、

どっちが大切だったのだろうかって。

でも考えても分からなかった・・・、女である私には・・・」

為政は一口酒を口に含み、喉を鳴らせて飲み込むと言った。

「中佐はクレアさんのことを大切に思っていました、それは間違いありませんよ。」

「ありがとう・・・」

クレアさんは為政の言葉に微笑んだ。

それを見た為政は思った、クレアさんは笑顔が一番であると。

 

 

 それから暫くして2人は酒場を出た(グイズノーは酒場にまだ残っていた)。

「送りましょうか?」

為政がクレアさんに尋ねるとクレアさんは首を横に振った。

「大丈夫。それに向きが反対でしょ。」

クレアさんが住んでいるフェンネル地区と兵舎は全く方向が違うのだ。

そう言われた以上為政は押すことは出来なかった。

「それではお休みなさい。」

為政は別れの挨拶を交わすとクレアさんと別れて兵舎に戻ろうとした。

その時クレアさんが背後から声を掛けてきた。

「今日はありがとう、トダさん。おかげで気が楽になったわ。」

為政が振り返るとクレアさんは手を振り、そして暗闇の中へと消えていった。

 

 

あとがき

今回はクレアさんがメインのお話。

第二十一章でクレアさんの出番が増えそうって書いたけど全然実現しそうもなかったんで。

とりあえず『クレアさんありき』というテーマでかいたんだけどこんな話になってしまいました。

なぜなんだろう?

クレアさんを描くと暗いというか大人の話というかそんなのになってしまう・・・。

本当は明るい話を書きたかったんだけどな・・・。

 

なお今回の話でこのSSのめどがたちました。

序章+46章+終章の合計48章構成ですね。

 

次回は第三十九章「Sの暗躍」です。

お楽しみに!

 

 

平成12年12月14日

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