第三十六章.パーシルの戦い

 

 

 ドルファン歴28年9月。

傭兵騎士団ヴァルファバラハリアンはドルファン領内への再度の侵攻を開始した。

今回は前の時とは異なり、ダナン近域のテラ北河からではなく、下流域より首都城塞へと迫りつ

つあった。

 

 それに対してドルファン軍は、動員し得る全勢力を投入、これを迎え撃つこととなった。

過去に何度もミーヒルビスの策に落ち、損害を被っていたドルファン軍は大軍にとって有利かつ

策に被りにくい平地での決戦を目指し、首都城塞北方のパーシル平野に布陣。

ヴァルファバラハリアンを待ち受けたのであった。

 

 

 「こうして敵の報告を聞く限りドルファンの連中は見事なものですな。」

参謀にて副団長のキリング・ミーヒルビスの言葉に軍団長デュノス・ヴォルフガリオは不機嫌そ

うな顔をした。

しかしミーヒルビスは気が付かないようで(目が見えないのだから当たり前)話を続けた。

「同じ失敗を決して繰り返しません。

戦力を出し惜しみして敗れたイリハ会戦以降、必ず戦略的条件を整えて出陣してきます。

いくら我々が戦術的勝利を重ねたところで状況を一変させることは不可能でしょうな。」

「勝ち目はないと言うのか。」

ヴォルフガリオは押し殺したような声でうめいた。

「万に一つぐらいならば可能性はありますが・・・」

ミーヒルビスの言葉にヴォルフガリオはがっくりと肩を落とした。

「そんなものしかないのか。」

「はい、残念ながら・・・。」

二人はそのまま黙り込んでしまった。

そのまま陣幕を重い空気で包み込んでしまった。

 

 「何か良い策はないか?」

沈黙を払いのけるかのようにヴォルフガリオはミーヒルビスに尋ねた。

するとミーヒルビスは頷いた。

「一つ奇策がございます。」

その言葉にヴォルフガリオは乗った。

「どんな手だ?」

するとミーヒルビスは気が進まない様子ではあったものの口を開いた。

「デュノス様はお気に入らないと存じますが・・・」

「構わない。手段など選べるような状況ではないからな。」

「では・・・・」

ミーヒルビスはヴォルフガリオの耳元に囁いた。

「成る程。それは・・・・」

「いかが致しましょうか?」

ヴォルフガリオの気の進まない様子にミーヒルビスは決断を促した。

そのままヴォルフガリオは腕を組んで考え込む。

だがやがて渋々といった感じではあったがヴォルフガリオは頷いた。

「構わない。やってみよ。」

「はつ、わかりました。さっそく準備に取りかからせます。」

そう言って陣幕の外に出ようとしたミーヒルビスをヴォルフガリオは留め置いた。

「ミーヒルビス、一つ聞きたいことがある。」

「なんでしょうか?」

外に出かかったままの姿勢のままミーヒルビスは尋ね返した。

「どうやって調達したんだ?」

するとミーヒルビスは笑いながら答えた。

「ちゃんと合法的に入手いたしましたよ、デュノス様。ちゃんと書類も提出済みですが。」

「気が付かなかったが。」

「ですから書類にはしっかりお目をお通しになるようにと言ってきたはずですが。」

ミーヒルビスは笑った。

「ふっ、分かった。後の準備を頼む。」

その言葉を聞いたミーヒルビスは陣幕を後にした。

 

 「私怨で軍を動かす私には天は味方をしないのか!!」

後に残されたヴォルフガリオは陣幕の中で、一人苦悩の声をあげた。

 

 

 その頃傭兵隊では・・・

「今回、我々傭兵隊は第二陣を務めることになった。」

傭兵隊隊長戸田為政は軍の作戦会議で決まった内容を各隊長たちに伝えているところであった。

「先鋒は騎士団の連中か。」

グストン准尉はそう言葉を洩らした。

「しかし変ですな。我々は騎士団の弾避けとして雇われたはずなのに。」

デューム少尉の言葉にロバート中尉は

「我々にこれ以上手柄を立てて欲しくなかったのさ。面子のこだわってな。」

と皮肉げに言い、その言葉を聞いた者全てが頷くしかなかった。

「軍の命令だからな、しかたがないさ。それに戦わなくて良いと言ってくれているんだ、

ありがたく見物させてもらうとするさ、騎士団の活躍っぷりをな。」

為政がそう言うとグイズノーもそれに同意した。

「そうそう。命あっての物種だ。

戦わなくても良いって言ってくれているんだから素直に従おうぜ。」

今度の戦いが初陣の連中は不平不満を漏らしたが、実戦経験が一度でもある連中はグイズノー

の言葉が身にしみて実感できるのであった。

 

 

 翌日。

夜が明けるのと同時に両軍は衝突した。

その瞬間、両軍を包み隠すほどの埃が立ち上った。

その埃の中、両軍の兵たちは死闘を繰り広げた。

騎士たちは従兵を従えて右手にはランス(馬上槍)を、左手には盾を持って飛び交う矢を防ぎな

がら突進する。

それに対してヴァルファバラハリアンはクロスボウ(弩)を次々と応射、突破する騎士たちを多人

数で取り囲み槍で突き殺す。

両軍共に戦術レベルではほぼ互角であったものの数で勝るドルファン軍は確実にヴァルファバラ

ハリアンを撃退しつつあった。

 

 目の前で繰り広げられる騎士団の攻勢にヴァルファバラハリアンは退却しつつあった。

そして一方的に騎士団が追撃していく。

「どうやら出番はないようですね。」

副隊長ハウザー中尉の言葉に為政は首を横に振った。

「いや、ヴァルファの連中何かをたくらんでいるな。」

「ほほう、それはどうして?」

中尉が興味深げに尋ねてきたので為政は戦況を説明した。

「奴らの後退は敗走ではなく撤退だからだ。

まだ充分に戦力を残している以上、反撃は充分可能だ。」

「そう言われてみればそうですね。」

ハウザー中尉が相づちを入れた時、不意に戦場に轟音が鳴り響いた。

そして追撃していた騎士団がばたばたと崩れていく。

「鉄砲か・・・」

そう、いままで南欧では使用されることがなかった鉄砲が、今まさに戦場に出現した瞬間であった。

 

 「放てー!!」

指揮官の号令と共に数百挺の鉄砲が火をふいた。

するとその前面にいたドルファン軍はバタバタと倒れていく。

そして浮き足だった騎士団は一斉に後退し始めた。

実際のところ、たかだか百人ほどが撃たれただけなのである。

しかし心理的影響は大きく、ドルファン側は下がり始めてしまったのであった。

 

 なぜこれほど鉄砲がドルファン側に心理的影響を与えたのか。

それはまず第一にドルファン側では鉄砲に慣れていなかったことがあげられる。

そして第二にヴァルファの銃兵たちが塹壕に潜んでいたことがあげられる。

ヴァルファバラハリアンは昨夜の内に陣地の後背に塹壕を掘り巡らしていたのである。

そんなことは知らなかったドルファン軍は鉄砲によるキルゾーンへと入り込んでしまい、大打撃?

を被ったのであった。

 

 「へへー!!思い知ったか!ウスノロ騎士どもめ!!!」

マスケット銃(ライフリングの存在しない滑腔銃の総称。当然前装式)を手にしたヴァルファバラハ

リアンの銃兵は叫んだ。

 

 

 「第二陣、出撃せよ!!」

軍本部からの指示により騎士団と傭兵隊は一斉に動き出した。

とはいえ騎兵が主力の騎士団とは違って歩卒兵が主力傭兵隊とでは進軍スピードが違う。

傭兵隊が敵の第一線にたどり着いた頃には騎士団はヴァルファの陣地に突撃、猛烈な銃火を浴び

ていた。

 

 「くたばれ!!ドルファンの犬どもめ!!!」

銃兵は目の前にいた騎士に向かって引き金を絞った。

すると着火用の火打ち石が火花を散らし弾丸が発射される。

鋭い銃声とともに発射された弾丸は騎士の盾を貫通すると胸板にぶちあたった。

「ぐわっー!!」

弾丸は鎧こそ貫通しなかったものの騎士は衝撃で馬上から転がり落ちた。

すると一斉にヴァルファの傭兵たちは騎士に群がり槍や剣を騎士の体に突き立てた。

それを横目に見ていた銃兵は早合の口をかみ切るとすばやく銃口から装填、火打ち石をおこす

と次の標的に目星をつけ始めた。

 

 「今はチャンスだ。敵の目は騎士団の方に向いているぞ!」

現在の戦況を見た為政はそう叫んだ。

その意見に対してグイズノーやハウザー中尉は肯いた。

「何でなんでしょうか?」

切り込み的役割を担当するガミル少尉がそう尋ねたので為政は説明した。

「鉄砲はそう何発も連射できない、素人には装填時間がかかるし、銃身が加熱してしまったりす

るからな。だから進軍スピードの速い騎士どもを重視したんだろうさ。」

「なるほど。」

傭兵たちは頷いた。

「それでは突っ込むぞ。姿勢を低くして駆け抜けろ!!」

為政の号令で傭兵隊は突撃を開始した。

 

 

 鉄砲の射程距離は200m。

有効射程はせいぜいその半分の100mほど。

完全武装の歩兵でさえ30秒もあれば充分に届く距離である。

しかも鉄砲の大半は騎士団に向けられており傭兵隊にはほとんど撃ってこない。

散発的に銃弾が飛んでくるだけである。

しかし照準が甘いのか傭兵たちの頭上を飛び越えていく。

傭兵隊はほとんど障害もなく敵の塹壕へとたどり着いた。

慌てふためいて銃兵以外の傭兵が槍や弓矢で応戦してくるが傭兵隊の勢いには勝てなかった。

あっという間に傭兵隊は戦線を突破すると塹壕に潜んでいる敵を倒し始めた。

騎兵は塹壕の背後に回り込むと短弓を馬上から放ち、敵を倒していく。

歩兵は長槍を放棄すると塹壕に潜り込み、短剣等を使って白兵戦を始めた。

工兵隊は自家製爆弾を敵の潜んでいる塹壕に放り込むと、敵兵ごと塹壕をクリアしていく。

それを見た騎士団も勢いづき、一斉に襲いかかってくる。

もはや戦況は誰の目にも明らかな有様であった。

 

 「どうやらこの戦、我々の負けのようですな。」

ミーヒルビスの言葉にヴォルフガリオは

「すまないな、キリング。

お前にはこの三十数年間、迷惑をかけてばかりであったな・・・。許せ。」

と呟いた。

それに対してミーヒルビスは何でもないことであるかのように言った。

「勿体ないお言葉でございます、デュノス様。

どうかお気になさらないでください。それが私のほこりであり選んだ道なのですから。」

「キリング・・・」

ミーヒルビスの言葉にヴォルフガリオは鼻をすすった。

「デュノス様、ここはどうかお引きを。そして時を待って下さい。お願いします。」

ヴォルフガリオは頷いた。

「・・・わかった。キリング、後は頼むぞ。」

そう言うとヴォルフガリオは陣幕を出ると直属の精鋭を引き連れて戦場を後にした。

 

 「デュノス様・・・。どうぞご無事で・・・・。」

ヴォルフガリオの撤退を見届けた?ミーヒルビスは撤退を援護すべく、直属の部下を引き連れて

動き出した。

目標はもっとも勢い良く追撃してくる敵兵集団。

そのまま我が身も省みずにミーヒルビスの指揮する部隊は追撃隊に突入した。

 

 「隊長!!敵の一部が逃げ出しました!!」

戦況の不利を悟ったのか敵の大将と思しき一行が戦場を離脱しつつあったのだ。

部下の報告に為政はでかい声で怒鳴った。

「分かっている!!敵を追撃するぞ!!!」

傭兵隊は為政の号令で逃走する敵を追撃に移った。

しかしそれは長くはなかった。

先行していた騎士団を殲滅させたミーヒルビス隊が傭兵隊にも襲いかかってきたのだ。

たちまち両軍は衝突した。

 

 剣戟の響く中、為政は傍らにいたハウザー中尉に怒鳴った。

「ハウザー!!この場の指揮は任せる!!」

するとハウザー中尉も怒鳴り返してきた。

「隊長はどうするんです!!」

そこで為政は次に取ろうとしていた行動を手早く説明した。

「お前がこの場を指揮している間に敵の大将を追いかける!!」

「そうは参りません!!」

為政たちの目の前に現れた老人がそう叫んだ。

真紅の鎧に手にした大鎌、そして決して開くことのない目。

「さては幽鬼のミーヒルビスが!!」

為政は目の前の敵の正体に気づき、そう叫んだ。

「その通り。私の名はキリング・ミーヒルビス。ここから先には一歩の進めさせませんよ。」

そう言うとミーヒルビスは大鎌を構えた。

それに対して為政も野太刀を構えると叫んだ。

「いいだろう。俺が相手にしてやる。」

するとミーヒルビスはニヤッと笑った。

「この老いぼれの鎌に立ち向かう若者は何というのですかな。」

名乗りをあげるのを忘れていた為政は謝罪すると名乗った。

「これは失礼をした。我が名は戸田為政。傭兵隊の隊長だ。」

それを聞いたミーヒルビスは満足げに頷いた。

「ほほー、貴方が他の八騎将を討ち取った・・・・。

私の最後の相手としては申し分なにですな。行きますよ。」

そう言うとミーヒルビスは大鎌を振るって為政に斬りかかってきた。

 

 野太刀を構えた為政の横合いから大鎌の刃が迫ってくる。

為政はそれを素早く後退して間合いをとる。

するとそれを追ってミーヒルビスは二度三度と大鎌を振るって為政を追ってくる。

大鎌の長い柄のせいで為政はミーヒルビスの懐に潜り込むことが出来ない。

何度となくミーヒルビスの巧みな技術がそれを阻止してしまい、それが出来ないのだ。

「とても目が見えないとは思えないね。」

為政がそう洩らすとミーヒルビスは嬉しそうに頷いた。

「そう言ってもらえるとは光栄ですね。ですがそろそろ終わりにしましょうか。」

そう言うとミーヒルビスは渾身の力を込めて大鎌を為政に振り下ろした。

その一撃こそが運命を決した。

為政は素早く後退して大鎌をかわすと一気に懐に飛び込み、大鎌の柄を断ち切るとそのまま返

す太刀でミーヒルビスを袈裟懸けに斬った。

身につけた鎧のおかげで即死こそ免れたもののミーヒルビスはそのまま大地に崩れた。

「デュノス様・・・申し訳・・・ございません・・・。

私は・・・最後まで・・・貴方様のお側に・・・お仕えすることが・・・出来ませんでした・・・。」

そう言い残すとミーヒルビスは息を引き取った。

これが傭兵騎士団ヴァルファバラハリアンの知恵袋と称された参謀キリング・ミーヒルビスの最後

であった。

 

 「隊長・・・、追撃を再開しますか?」

ミーヒルビスが息をひきとった直後、ハウザー中尉が尋ねてきた。

そこで為政は顔を上げると戦場の様子を観察した。

すでにヴァルファの残党はほとんどなく、また逃げた敵部隊は騎士団が追撃しているところで

あった。

「もう遅い。いまからではとても追い付けないだろう。」

そう言うと為政は周りの部下たちに聞こえるよう大声で叫んだ。

「傭兵隊はこれから残敵掃討に入る!!」

すると傭兵たちは一斉に辺りでうもめいているヴァルファの負傷兵たちにトドメをさしはじめた。

「グイズノー、ロバート。来い!!」

為政がそう言うと二人が駆け寄ってきたので為政は二人の耳元に囁いた。

「二人とも、これから鉄砲の回収にはいれ。」

為政がそう言うとグイズノー・ロバートの二人は頷いた。

為政はニヤっと笑うと命じた。

「よし!行って来い!!」

すると二人はそれぞれの部下を引き連れて戦場を荒らし始めた。

 

 

 こうしてパーシルの戦いは幕を閉じた。

開戦前からドルファン側が有利とされていたようにドルファン側が勝利し、ヴァルファバラハリアン

は敗走した。

しかしドルファン側も勝利こそ治めたもののミーヒルビスの奇策と我が身を省みない捨て身の攻撃

により全体の三分の一が死傷するという大損害を被ったのであった。

これ以後、ヴァルファバラハリアンはいずこにか姿を消してしまい、その姿を掴むことが出来なくな

ってしまったのであった。

 

 

あとがき

  戦争四回目、無事書き終わりました。

今回はいつもよりも戦争シーンの割には短かったですね。

スイスイとアイデアが浮かんだんですけど何でかな?

 

  さて今回の話の最中、鉄砲が使用されていて「鉄砲はなしなんじゃないの?」と思われた方もいる

のでは?

しかしウィクリートピックスにしっかり目を通していれば分かるんですがヴァルファバラハリアンは

鉄砲を使用しているんですね。

それもパーシルの戦いの数ヶ月前に。

  それとパーシルの戦いについてのウィクリートピックスに記載されていた塹壕。

この二つが結び合った時、今回の話は生まれました。

自分ではなかなかの組み合わせだと思うのですがいかがなものでしょう?

  戦争そのものは戦記物ではない長篠の合戦、および普仏戦争をイメージして書いています。


すなわち鉄砲三段構えという作り話を廃して1500挺の鉄砲と通常の歩兵による掃討。

普仏戦争はそれほど銃弾を使用しない(この戦争の時の弾丸消費量平均は一人7発)をです。

どうでしたでしょうか?

 

  いよいよ物語も佳境に入ってきましたね。

あと半年です。

一日も早く完結出来るよう頑張っていきたいと思います。

 

 

平成12年12月10日  ソフィアの誕生日に

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