第三十二章.故郷

 

 

 六月最初の日曜日。

傭兵隊隊長戸田為政は酒瓶を片手にカミツレ地区にある神殿跡へとやって来た。

ここは一年前、氷炎のライナノールと死闘を繰り広げた場所である。

またその亡骸が埋められている場所でもあるのであった。

 

 為政がおよそ一年ぶりにその場に立つとライナノールの埋められていたはずの土盛は見あた

らない。

わずか一年余りの風月によってその痕跡を留めておけなかったのであろう。

為政は酒瓶の蓋を開けるとおおよその位置に酒をぶちまけた。

地面にこぼれた酒はどんそん大地が飲み干していく。

 

 しばらく立ちつくしたままの為政ではあったが気を取り直してその場を立ち去ろうとした。

「あら、あなた・・・」

不意に出た声に為政が振り向くとそこにはライズが立っていた。

「やあ、ライズじゃないか。久しぶりだな。」

為政がそう声を掛けるとライズも頷いた。

「そうね、確かに久しぶりだわ。それにしてもどうしてあなたがここにいるのかしら?」

そこで為政は先ほどまでの感情を吹き飛ばすかのように明るい声で言った。

「あれから一年経ったからな。」

それを聞いたライズは複雑な表情を浮かべた。

「相変わらず律儀なのね。」

「性格だからな。大体女を殺したのはあれが初めてだったからな。

男だったら気にも留めないんだがね。」

「女を斬る刀は持っていないということ?」

「ああ。」

為政は頷いた。

「正直言えば女まで戦場に出てきて欲しくはないからな。これ以上、汚れるのは男だけで充分だ。

ところでライズ、君こそ何でこんな所にいるんだ?」

為政が尋ねるとライズは何でも無いかのように言った。

「今日はいい天気だから銀月の塔に上ろうと思って。」

その言葉を聞いた為政はちょっとばかり考え込んだ。

「銀月の塔か・・・、まだ一度も上ったことがないな。俺も行って良いかね。」

「ええ、いいわよ。」

ライズが頷いたため、為政は一緒に銀月の塔へと向かって歩き始めた。

 

  銀月の塔〜それはカミツレ地区にある塔の名称である。

頂上にある展望台からはドルファンの街並みを一望することが出来、特に夜景の美しさは有名で

女の子にも人気のあるデートスポットの一つでもあった。

レリックス遺跡群にある遺跡とほぼ同年代のモノであり、なぜここに建てられたのかは未だに不明

の遺跡なのであった。

 

 「見事なものね。ドルファンの全景が見渡せるわ。」

展望台から景色を一瞥したライズはあまり感動した様子も見せずにそう言った。

実際、銀月の塔からの眺めは素晴らしいものであったからだ。

ドルファン首都城塞のみならず城壁の外も一望出来、北にはプロキアやハンガリアの山並みが、

南にはマルタギニア海や対岸が見ることができたのであった。

「確かにそうだな。天気がいいから遠くまで見渡せるんだろう。」

「そうね。」

ライズはそう言うと黙り込んでしまった。

そのまま沈黙が続く。

その沈黙に耐えられなくなった為政は口を開いた。

「ここから見るとドルファンの街がまるでミニチュアのように見えるよな。」

それを聞いたライズは珍しく少しだけ笑ったように見えた。

「あなたって面白い発想をするのね。街がまるでミニチュアのようだなんて。」

「そうかい?」

「そうよ。」

そう言うとライズは再び口を閉ざしてしまった。

辺りをさわやかな初夏の風が吹き抜けていく。

 

 しばらくしてライズは口を開いた。

「美しい街よね・・・。」

「そうだな。」

為政は相づちをうったがライズは聞いてはいなかった。

「・・・故郷を追われた人間でもこの街を美しいと思うのかしら・・・、

再び故郷を目指す時って憎悪しか持ち合わせていないのかしら。

そんなにしてまで故郷って戻りたいものなのかしら・・・。」

そう言ったライズの横顔は寂しげに見えた。

その憂いに満ちたまなざしがあまりにも美しかったため、為政は思はずつい見とれてしまった。

だから

「あなたはどう思うかしら。」

というライズの問いかけに為政は少し驚いてしまった。

「そ、そうだな・・・」

為政はどもりながらも言った。

「俺も故郷を遠く離れてここドルファンにいるわけだが今はあまり故郷に戻りたいという気持ちは

ないな。」

「そうなの。」

「ああ。まだ若いせいかかもしれないな。

二三十年経ってそれでも同じ事を言える自信はないけどな。」

「正直なのね。」

ライズは為政の言葉を聞いてそう洩らした。

「自分の心を偽っても仕方がないからな。」

「それもそうね。」

ライズは感心したように頷いた。

 

 「ちょっと聞いてもいいかしら。」

銀月の塔を降り、カミツレ高原駅に向かって歩いている途中、ライズが尋ねてきた。

「何かな?」

為政が聞き返すとライズは続けた。

「あなたは何のために戦うの?金のため?それとも名誉?」

その言葉を聞いた為政は考え込み、そして言った。

「一概にはそうとは言えないな。もちろん金にも名誉にも興味はある。人間だからな。

しかしそれだけではないな。」

「何なのかしら?」

「正直に言うと分からないと言わざるを得ないな。

ただ・・・刀で切り開いたその先に・・・何かがみえるんじゃないか、そんな気持ちはあるな。

守りたい、手に入れたい人や物をひっくめてな。」

そこまで言ったところで為政は自分の言葉のくささに照れた。

「一体俺は何を言っているんだろうな。」

するとライズは首を横に振りながら言った。

「そうかしら。良い話と思ったのだけれど。

ただもう少し具体的だと良かったと思うのだけれどね。」

「自分でもよく分かっていないことだからな。人様には上手く伝えられないさ。」

「そのようね。」

為政の言葉にライズは頷いた。

 

 それからすぐに二人はカミツレ高原駅に着いた。

「今日は 楽しかったわ。」

無表情のままライズはそう言った。

「・・・、こっちも楽しかったよ。」

ちょっとばかり苦笑しながら為政はそう言った。

するとライズはほんの少しだけ笑ったように思えた。

そしてそのままライズは馬車に乗り込み、言った。

「今日の話の続き、また聞かせて貰いたいものね。」

「考えがまとまったらな。」

そこまで為政が言ったところでベルが鳴り響いた。

馬車の出発の合図だ。

そこでライズは馬車に深く腰掛けた。

「それじゃあさようなら。」

馬車は走り出すとあっという間にその場を走り去った。

為政はそれを見送ると馬車とは逆の方向へと歩いて行った。

 

 

あとがき

なんかライズとのデートってこんな話ばっかりですね。

やっぱりゲームの影響受けすぎですね。

もう少し表情豊かにしたいんですがそうするとライズじゃなくなっちゃうし。

難しい所です、はい。

 

それでは久しぶりの次回予告を。

次回は第三十三章「幼女誘拐事件」です。

お楽しみに。

 

平成12年12月6日

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