第二十九章.魔女の森

 

 

 二月中頃のとある日。

傭兵隊隊長戸田為政は人気の少ないカミツレ地区を歩いていた。

その手には中ぐらいほどの箱が抱えられている。

普段は全く来ることのないカミツレ地区に為政はなぜ来たのか?

それはつい先ほどの失言が祟っていた。

 

 

 「やあ、テディーじゃないか。」

たまたま早く訓練が終了した為政はちょっとした用事のために薬局へとやって来た。

するとそこでせわしなく働いていた看護婦の中にテディーがいたのである。

そこで為政はそう声を掛けたのであった。

「トダさん、お久しぶりです。先日はどうもありがとうございました。」

先月の出来事以来顔を見ていなかったのででテディーは約一ヶ月ぶりの再開ということになる。

すっかり調子も戻っているらしくいつもの明るい笑顔である。

「あれから発作は大丈夫?」

為政が尋ねるとテディーは笑って答えた。

「ええ。あれからずっと順調です。それよりトダさん、どんなご用件ですか?」

「湿布が欲しくってね。」

為政は用件を伝えた。

するとテディーは心配そうな表情を浮かべた。

「どうかなさったんですか?」

そこで為政は手を横にパタパタと振った。

「違う、違う。単なる筋肉痛なんだよ。傭兵隊の訓練はハードだから筋肉痛は付き物だからね。

湿布は必需品なんだよ。」

「そうだったんですか。知らなかったです。」

為政とテディーは顔を合わせると笑った。

 

 それから1.2分無駄話をしていて為政はふと思ったことをテディーに尋ねてみた。

「そういえばなんでテディーが薬局にいるんだ?」

するとテディーな何でもないことであるかのように平然と言った。

「実は看護婦を首にされてしまいまして・・・」

「本当か!?」

為政が驚いて尋ねるとテディーは指を横に振りながら言った。

「う・そ・で・す・よ。」

「・・・、おい。」

「ごめんなさい、たまにはトダさんをからかおうと思って。実はこの薬局、国立病院の付属なんです。

ですから病院で使う薬はここで処方されるものです。」

「ほほう、そうだったのか。」

為政は素直に驚いた。

自分も過去に利用していたのにそんなことは全くしらなかったからである。

だがそんなことはもはやどうでもいいことであった。

「あの・・・湿布頼むよ。」

「あっ、はい。ちょっと待っていて下さいね。」

そう言うとテディーは奥に消えた。

 

 「湿布ですね。はい、どうぞ。」

奥から出てきたテディーはそう言うと為政に湿布の入った袋を手渡した。

「えーと、トダさんは傭兵だから請求書は国に出しておきますね。」

「おう、そうしておいてくれ。」

用件も済んだことなので為政は帰ろうとした。

そこで別れの挨拶の際に発した言葉が墓穴を掘ったのであった。

「それじゃあ帰るよ。

ところで何か困ったことがあったら言ってくれよ。手助けするからさ。」

するとテディーは嬉しそうな表情を浮かべた。

「本当ですか?」

「・・・ああ・・・。」

嫌な予感を感じながら為政は答えた。

するとテディーは

「それでしたらすいんません。お願いしたいことがあるんです。

じつはこれを届けて欲しいんですけれど。」

と言いながらカウンターの上に中ぐらいの箱を置いた。

「うっ、こ、これは・・・」

「至急持ってきてくれって頼まれたんですけれど仕事が忙しくて持っていけない物ですから。

お願いできますか?」

そういうとテディーは為政の目をじっと見つめた。

(うっ・・・、適当に言っただけだったのに・・・。)

やる気のない為政ではあったがついさっき言ったばかりの言葉を撤回する気にはどうしてもなれ

なかった。

「わかった。場所は何処だ?」

と言うのが関の山であった。

 

 

 「俺って馬鹿だよな。」

為政は独り言を呟いた。

結局、テディーに届け先の住所を聞き、こうして荷物を届けようとしているのだから。

口は災いの元とはよく言ったものである。

しかも人が殆ど住んでいないカミツレ地区行きの馬車は殆ど存在していないので、筋肉痛の身

でありながらハイキング状態になってしまったのだから。

それでも頼まれたことを放棄することは出来ない為政は確実に届け先へと近づきつつあった。

 

 「ここか。」

為政は森の中の一軒家の前で立ち止まった。

その家は魔女の森と呼ばれている森の中にあった。

いや、逆かもしれない。この家があるから魔女の森と呼ばれているのだから。

しかし為政には関係のないことであった。

荷物を抱えたままドアを数回ノックした。

しかし主はいないのかなかなか出てこない。

荷物を置いて帰ろうと考え始めた頃、ようやくとドアが細く開いた。

「何か用かね?」

ドアの隙間から顔を覗かせていたのは年齢不詳の暗色のローブを着て眼鏡を掛けている不機

嫌そうな女性であった。

(こいつが噂の科学者か。)

為政はロバート少尉から聞いた話を思い出しながらも本来の用件を伝えた。

「荷物を届けに来たんだが。」

それを聞いた科学者はドアを大きく開け払った。

「そいつはご苦労さんだったね。待っていたんだよ。」

さっきまでの不機嫌そうな顔は何処へ行ったのやら科学者はにんまりと笑った。

「すまないが荷物、家のなかまで運んでくれないかね。」

そうは言うものの科学者は既に運んで貰う気であったらしい。

為政の返事を聞くことなくどんどんと自分の家に入っていく。

そこで為政も荷物を持って家の中へと入っていった。

 

 家の中にはいるとそこは様々な実験機材が所狭しと並べられていた。

いまもこぽこぽと何かの薬剤がビーカーの中へとしたたり落ちている。

滅多に目にすることが出来ない光景に為政が目を奪われていると科学者は言った。

「あんた、科学に興味があるのかい?」

「よくは知らないがなんだか面白そうだな。」

為政がそう言うと科学者はうんうんと頷いた。

「良かったら科学についての話をしてやろうか?」

それを聞いた為政は頷いた。

滅多にないチャンス、逃す手はないというわけである。

「ならちょっと待っていてくれ。片づけないことが一つあるんでね。

その辺にころって退屈しのぎでもしておいてくれ。」

そういうと科学者は奥の方にあるなんだか訳の分からない機械へと歩いていった。

そこで為政は散らかった部屋の片隅に腰を落ち着かせるとほったらかしになっていた本を一冊

手にとって読み出した。

 

 「おやおや感心。本を読んでいたのかい。」

為政が本を読んでいると科学者が声を掛けてきた。

「私の名はメネシス。あんたは何て言うんだい?」

そこで為政は名前を名乗ったがメネシスという科学者は興味を抱かなかったようであった。

どうやら為政のことを知らなかったらしい。

為政がそんなことを考えているとメネシスはなにやら為政を誉めていた。

「おや、部屋を勝手に片づけようとしなかったんだね。立派、立派。

よく何も知らない馬鹿が勝手にかだつけようとするんだがアンタは違っていて嬉しいよ。

まあ、こんな所で長話もなんだし外へ出ようや。」

そこで為政とメネシスは散らかったメネシスの家を後にして、外の森へと出ていった。

 

 新林道から少し離れた森は何かの薬物のような物体をかけられた形跡が残っており、大変

荒れ果てていた。

その為政の視線に気付いたのであろう、メネシスは事情を話した。

「こいつはね、あたしの実験で使用した薬液の事後処理の痕跡なのさ。

土に任せておけば自然に返してくれるからね。」

「そうなんだ。」

為政は素っ気なくそう言った。

他になんと言えばいいのだ?

非難の言葉などみんなが言っているはず、しかし彼女は止めようとはしない。

ならば今更、為政一人が何かを言ったところでそれを思い止めることなど無いのだから。

そうこうしている内に為政の言葉に気を良くしたのかメネシスは愚痴をこぼし始めた。

「この森の別名、アンタ知っている?魔女の森だってさ。

科学の恩恵を被っているくせに馬鹿どもはさ・・・。」

「たまに物好きなカップルがここにデートしに来るのさ。何考えているんだろうね?」

一通り愚痴をこぼしたメネシスはポッツリ呟いた。

「でもガリレア先生の顔に泥を塗ったあいつ・・・、ミハエル・ゼールビスにだけは絶対負けられ

ない・・・。」

その目はいつになく(それほど知ってはいなかったけど)真剣なものであった。

それ故に為政はメネシスに声を掛けることが出来なかった。

すると真剣な顔のメネシスが素早い動作で動いた!!

「へへへへー、やった!活きのいいトカゲ。」

その手には普通のよりも一回りほど大きい元気なトカゲがいた。

その顔は大変嬉しそうで、既に先ほどの真剣そうな表情はなかった。

「これで新しい実験できるわ。トダ、じゃあね。」

そう言うとメネシスはラボへと戻っていった。

 

 「俺に科学の話をしてくれるんじゃ・・・。」

しかしすでにメネシスはラボに戻っていていない。

荒れ果てた森の中に為政が一人残されたのであった。

 

 

あとがき

掲示板にも書き込みましたが今回から種本が尽きてしまいました。

正確には大雑把な話は書いてあるんですけどね。

でもそのままでは使えないレベルなんですが。

そんな訳で安定して当SSの定期的な更新は不可能になると思われます。

ご了承ください。

 

それでは当SSの種本についての状況を説明します。

 

第一稿〜このSSの基本です。

    しかしイリハ会戦ぐらいまでしか書いていません。

第二稿〜全40章、いちおう最後まで書かれたこの話のベースです。

    でもいまいちの部分もあちこちに見受けられそのままでは使えません。

第三稿〜第二稿をベースに改良したもので添削・添付を施しています。

    第二十八章まで存在し、掲載したSSのベースになっています。

第四稿〜第三稿をパソコンに打ち込んだものです。

    表現上拙いネタを削除、あちこち追加しています。

 

そんなわけで次回はタイトルが未定です。

打ち込んでいるときに適当なタイトルをつけるのでお楽しみにしてくださいね。

 

平成12年12月2日

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