第二十八章.ズィーガー砲群

 

 

 それはそろそろ暖かくなってくる二月の始めのことであった。

その日、傭兵隊隊長戸田為政はドルファン港にいた。

交易を終えてドルファンに戻ってきたある商人と取引をするためである。

とは言ってもそれほど高額な物ではない。

ごく普通の味噌と醤油である。

故郷を出て早数年、たまたま耳にした話の中に味噌と醤油を持ち帰った者が居ると聞き買い求め

に来たのであった。

 

 目当ての貿易商を見付けた為政は早速交渉を開始した。

為政が事情を話すと貿易商は格安で(相場に比べての話。やっぱり高い)手に入れることが

出来た。

予定を終えた為政は早速、兵舎の戻って味噌と醤油を味わおうとドルファン港を後にした。

するとその場でばったりとライズに出会した。

 

 「やあ、ライズ。久しぶりだな。」

為政はドルファン海軍所属の軍艦の前にたたずむライズに声を掛けた。

「あら、あなただったのね。」

為政に気付いたライズは素っ気ない素振りで言った。

「・・・、何を見ているんだ?」

「船をちょっとね。」

確かに港は船を見るには絶好のロケーションである。

「こういった物に興味があるのかい?」

為政が尋ねるとライズは頷いた。

「私の父は軍人だったからこういった物は幼い頃から良く見せて貰っていたから。」

「成る程。」

為政が頷くとライズはそのまま黙り込んみ、船を再び見始めた。

そこで為政もライズの隣に立ったまま船を見物することにした。

 

 「あなた暇なの?」

しばらく黙ったまま船を見ているとライズがそう声を掛けてきた。

「ああ、よくわかったな。」

為政がそう言うとライズは馬鹿にしたような表情を浮かべた。

「こんな所でぼーっと船を眺めている人が忙しいわけ無いのだと思うのだけど。」

「・・・、確かにその通りだな。ところで何か用があるのか?」

為政がそう言うとライズは頷いた。

「ズィーガー砲群に連れていってくれないかしら。」

「ズィーガー砲群!?」

「ええ、駄目かしら。」

「いや、そんなことはないけれど。何かあるのか?」

するとライズは少し考え込んだ後、口を開いた。

「前から一度、あそこの放題を見物してみたいと思っていたの。

でも警備の都合上、一般人は立ち入ることが出来ないから。

そうしたら軍人が同伴していれば見物させて貰える聞いたのだけれど私には軍人の知り合いは

いないから。
でも傭兵のあなたならその資格があるんじゃないかって思って。」

為政はちょとだけ考え込んだ。

たしかにライズの言うとおり傭兵は正規の軍人と同じ権限を持っている。

当然のことではあるが一般人の立ち入ることの出来ない区域にも足を踏み入れることが出来る

のだ。

「そりゃあ構わないがまたどうしてだ?」

為政が尋ねるとライズは言った。

「さっきも言ったけど私、軍事関係に興味があるの。」

「そうか、それなら別にいいぞ。」

そこで為政は買ったばかりの味噌と醤油の入った袋を持ったままライズと共にズィーガー砲群へと

向かった。

 

 ズィーガー砲群〜それはドルファン港に隣接する砲台のことである。

レンガとベトンによって作られた堅固な陣地に数十門に及ぶズィーガー砲を設定、その砲門は海上

に向けられやがて来襲するであろう敵艦隊にそなえられていた。

しかし未だかって実戦に使用されたことはなく、バラの日に花火を打ち上げるだけであった。

 

「銃火器の類を否定するわりにはこういう施設が整っているのね。」

ズィーガー砲群に足を踏み入れて早々ライズはそう言い放った。

「仕方がないさ。これも時代の流れでね、古い物は新しい物に取って代わられる運命にあるのさ。」

「それにしても一貫性がないわ。」

「銃火器を否定しているのは騎士団だ。しかしこの砲台を管理しているのは海軍と海兵隊だぞ。」

「・・・一貫性は有るというのね。」

そのまま砲台を見て歩いているとやがて見晴らしの良い砲台へとたどり着いた。

するとライズはそのもっとも見晴らしの良い場所、大砲の側へと歩いていきそこに腰掛けた。

「眺めはどうかね。」

為政が尋ねるとライズはきょとんとした表情を浮かべた。

「何の事なの?」

「へ?だってここの眺めを見たかったんじゃ・・・。」

するとライズは首を横に振った。

「私が見ているのはこの大砲よ。」

そう言うとライズは大砲の表面を手袋をはめたまま撫でた。

「これは青銅製なのね。さすがに交易で潤っているだのことはあるわね。」

「鉄製の大砲じゃないからかね。」

ライズの言葉に為政がそう言うとライズは驚きの表情を浮かべた。

「ええ、そうよ。それにしてもあなた、良く知っていたわね、大砲のこと・・・。」

そこで為政はネタ晴らしをした。

「実は二ヶ月ほど前に海軍の軍艦に乗る機会があってね、そのとき教わったのさ、

大砲や軍艦のことをね。」

「そうだったの。ところで軍艦の大砲も青銅製?」

「ああ。値段は張るらしいが鉄製に比べれば青銅製の大砲は軽くて丈夫で射程距離が

長いらしいいからな。」

「そうらしいわね。」

そのまま二人は所々に歩哨に立っている海兵隊員を横目に砲台見学を続けたのであった。

 

 「今日は楽しかったわ。ありがとう。」

夕方になったためズィーガー砲群を出たライズは為政にそう言った。

「そう言ってもらえると嬉しいがね、本当にこんな所で良かったのかい?」

「ええ。こういった所は滅多に来られないから。

普通に人が楽しめるような所はどんな年にでもあるでしょ。」

「それもそうか。まあライズが良いのなら問題ないか。」

「そうよ。」

そして二人は家路へとついたのであった。

 

 

あとがき

いやー、今回は短かったですね、今までで一番短い章じゃないかな。

そんなわけで打ち込むのが大変楽で良かったです。

 

話の中で出てくる大砲についての蘊蓄について。

これは15.6世紀ごろのお話で、私が大学で借りた本に書いてあったんです。

時代的にちょうどいいかなと思ってライズと絡めてみました。

いかがだったでしょう?Sについて連想できる出来映えだといいんですけどね。

 

なお章名が予告と変わってしまったことをお詫び申し上げます。

 

なお次回は第二十九章「魔女の森」の予定です。

 

平成12年11月30日

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