第二十七章.発作






 

 

 それはテラ河の戦いが終結したばかりの12月半ば過ぎのことであった。

傭兵隊隊長戸田為政はコーキルネイファとの一騎討ちで受けた傷の治療のためにドルファン

国立病院へと通っていた。

コーキルネイファが使用していた特殊ニードルは円錐形の物であり、これは普通の刃で受けた傷

よりも重く、治りにくいのである。

とは言え軽傷であったので一週間ほどですっかり良くなってきていた。

また国立病院には一年ちょっと前に通っていたこともあり、傷が癒えてくると共に顔見知りであった

医師や看護婦たちと親しく会話するようになっていった。

 

 「私、スポーツとかをしているのを見るのが好きなんですよ。」

看護婦のテディーは為政にそう言った。

「そうなんだ。」

「ええ。本当は見るだけじゃなくってやりたいんですけどね。」

「やればいいじゃないか。」

為政がそう言うとテディーは視線を地面に向けた。

「そうなんですがちょっと都合が悪くて・・・。」

「そうか。」

為政はそれ以上、何も言わなかった。

テディーの様子からどうしようもない何かがあると気付いたからだ。

「で、でもこう言うとみんな意外だって言うんですけれど結構私活発なんですよ。

スポーツ観戦だけでなくって格闘技を観戦するのも大好きなんですからね!」

「ほー、たしかにそれは意外だな。」

テディーの意外な言葉に為政は素直に驚いた。

とても格闘技ファンには見えなかったからである。

「でも女一人で格闘技って見に行きにくいんですよ。」

テディーは愚痴をこぼしたがそれは無理もない。

だいたい格闘技見物に訪れるのは男ばかり、たまに女性もいるが大抵男性のエスコート付き。

そんなわけで危険この上ないのだ。

「確かにそうだよな。女性一人では確かに入りにくいよな。」

「はい・・・。」

そう言うとテディーはしょんぼりしてしまったので為政は誘ってみることにした。

「それなら俺と一緒に行くかい?色々とお世話になっていることだしそのお礼と言うことで・・・。」

為政が全てを言い切らないうちにテディーは目を輝かせ叫んだ。

「本当に良いんですか!!」

「あ、ああ・・・。」

テディーの勢いに押されつつ為政は頷いた。

「それじゃあ来月一緒に行きましょう!闘技場で凄いのがあるんです!!」

「わ、分かった。来月だな、予定に入れておくよ。」

「約束ですからね、忘れないで下さいよ。」

「ああ、もちろんだ。」

為政が頷くとテディーは軽い足取りで仕事へと戻っていった。

周囲の視線を全く気にすることなく・・・・。

 

 

 そしてそれから約一ヶ月後の約束の日。

為政が待ち合わせ場所に行くとそこにはテディーがすでに来ていた。

「待たせてしまったかな。」

為政がそう言うとテディーは首を横に振った。

「いいえ、楽しみにしていたら良く眠れなくって・・・。だからつい早く来すぎてしまっていたんです。」

「楽しみなんだね。」

為政がそう聞くとテディーは頷いた。

「はい♪それじゃ行きましょう♪」

そこで為政はテディーと闘技場へと向かった。

 

 そして闘技場への道中、二人の会話は弾んだ。

「しかしこの間のクリスマスの時にテディーの姿を見たときは驚いたよ。」

為政がそう言うとテディーは顔を赤らめた。

「こっちだって驚いたんですよ。トダさんがあんな所にいるなんて思ってもいなかったんですから。

そういえばどうしてセーラさんと一緒にいたんですか?」

そこで為政は事情を話した。

「実はセーラの家庭教師になってね。」

するとテディーは頷いた。

「そうだったんですか。だからあんな恥ずかしい姿をトダさんに見られてしまったんですね。」

そして二人は顔を見合わせると笑い出してしまった。

 

 クリスマスの出来事。

それはセーラにクリスマスパーティーに招待され、ピクシス家の屋敷に行った時にあった出来事

であった。

「あっ、先生来て下さったんですね。どうぞ入って下さい。」

為政がピクシス家に着くとセーラが笑顔で出迎えてくれた。

「やあ、セーラ。今日は招待してくれてありがとう。」

為政が招待のお礼を言うとセーラは顔を赤らめた。

「い、いえそんな・・・。き、気にしないで下さい。それではこちらへ・・・。」

そう言われた為政はセーラの後に続いてとある部屋の中へと入っていった。

そこはいつものセーラの部屋ではなく、為政が初めてピクシス家の屋敷を訪れた際に案内された

応接室であった。

セーラに誘われるままに室内へと入った為政はそのまま椅子に腰掛けた。

「今日は来て下さって本当にありがとうございます、先生。」

セーラの気持ちのこもった言葉に為政は嬉しくなってしまった。

「そう言われると嬉しいね。お城の方を早引けした価値があったというものだよ。」

そう言うとセーラはもの悲しそうな顔をした。

「もしかして・・・ご迷惑でしたか?」

「いいや、迷惑なんかとんでもない。まあ一部の人間には埋め合わせを要求されたけどね。」

プリシラの顔を思い浮かべながら為政は言った。

「それならいいんですけれど・・・、迷惑だったら言って下さいね。」

「平気平気。そんなことは気にしなくていいよ。」

「よかった・・・、私本当はクリスマスって好きじゃないんですけれどパーティーは大勢の方がいな

いと楽しくありませんからね。」

セーラの言葉に為政はおや?と思った。

「クリスマスが好きではないって珍しいね。大抵の人は楽しみにしているのに。」

その言葉を聞いたセーラは顔を曇らせた。

「実は・・・4年前の今日・・・兄様はこの家を・・・、この国を出ていってしまわれたのです。

ですから・・・」

「そうか・・・。」

為政は何とも言えずに黙り込んでしまった。

そんな為政の様子に気付いたのであろう、セーラは笑顔を見せた。

「ごめんなさい、せっかく来て下さったのに私ったら・・・。

そういえば先生、サンタクロースっていると思いますか?」

東洋から来た為政には絶対に居ないと断言できたが大人げないので別の答えを返した。

「心の中にはいるさ。」

それを聞いたセーラはくすくすと笑った。

 

 その時、突然応接室の窓ががらがらと勢い良く開いた。

「良い子のみんなー!!元気にしていたかなー。」

慌てて窓の方に目をやるとサンタクロースの格好をしたテディーが窓から入ってくるところであった。

「・・・・・・」

「・・・・・・」

為政とセーラの二人が呆然として見ているとテディーは担いだ袋の中からプレゼントを取り出すと

セーラに手渡した。

「それでは良いクリスマスを!!」

そう言うとテディーは風のように去っていった。

「今の・・・テディーさんでしたよね・・・。」

セーラは呆気にとられたようであったがやがて笑い出した。

「おや?楽しそうですな、セーラ様。」

そこへグスタフがのんびりと室内へと入ってきた。

 

 

 「あの時のテディーの姿を思い出すと笑いが止まらないよ。」

為政がそう言うとテディーは頬を膨らませた。

「ひどーい。私は真剣がったんですよ。」

「ごめんごめん。おっともう着いたよ。」

「そうですね。入りましょう。」

為政とテディーの二人は開始時間の迫った闘技場へと入っていた。

 

 

 「きゃっ、すごい!!そこよ、行けぇー!!あっ、ダメェー!!」

為政はテディーの応援の熱の入れ方に圧倒されていた。

テディーはリング内で戦っている選手たちに盛んに声援を送っている。

その姿は病院内で働いている看護婦姿からは全く想像出来ない有様であった。

 

 「ごめんなさい、私だけ盛り上がっちゃって・・・」

試合終了後、闘技場を出たテディーは為政に申し訳なさそうに謝った。

それに対して為政は

「いいよ、気にしなくて。俺も結構楽しんだしね。」

と言った。

実際の所、為政もそれなりに楽しんだのだ。

去年、ライズと一緒に来た時には名前に欺かれて妙に期待しすぎてしまい失望したが実態が

分かっていれば期待しすぎることはない。

見せ物としては充分に楽しめる物だったのだ。

それに脇からいつもとは違うテディーの表情を見ているのも面白かったのだ。

「そう言って貰えると嬉しいです。・・・そうだ、この後私が食事を奢りますよ。」

「なんか悪いな。」

テディーの言葉に為政がそう反応するとテディーは首を横に振った。

「いいえ、気にしないで下さい。それではさっそく行きましょう!」

そういうとテディーは歩き始めた。

ところが2.3歩歩いただけでテディーはふらふらっとして壁に手をついた。

「どうしたんだ?」

そう言うと為政はテディーの顔を覗き込んだ。

すると心なしか顔色が悪い。

「ご、ごめんなさい・・・ちょっと気分が・・・。」

テディーはそのまま地面にしゃがみ込んでしまった。

「だ、大丈夫か!」

為政はテディーを抱きかかえるとすぐ近くのベンチの上に横たえさせた。

そしてそのまま人を呼びに行こうとした。

するとテディーは弱々しい手で為政を引き留めた。

「だ、大丈夫ですから・・・。」

テディーはそう言ったが為政の目にはとてもそうは見えなかった。

「本当に大丈夫なのか?」

するとテディーはぽつりぽつりと自分の身の上を話し始めた。

 

 「私・・・生まれつき心臓が悪くて・・・。

心房中隔欠損症・・・心房中隔の一部が先天的に欠損している病気なんです・・・。

私のは・・・軽度だから・・・時々・・・こうした発作を・・・おこすだけなんです・・・。

このまま大人しくしていれば・・・収まりますから・・・先に・・・帰っていて下さい・・・。」

テディーはそうは言ったが為政は頷かなかった。

「何を言っているんだ。病人を放って帰れるわけないだろ。発作が収まるまで側にいるよ。」

その言葉を聞いたテディーは嬉しそうに頷き、言った。

「ありがとう・・・ございます・・・。」

 

 それから数時間後。

すでに辺りは完全に闇に包まれており空には満天の星星が輝いている。

ようやく発作も収まったのであろう、テディーはベンチから起きあがった。

「ごめんなさい、ご迷惑をかけてしまって。」

「気にすることはないさ。それよりも平気?」

為政がテディーに尋ねるとテディーは頷いた。

「はい、大丈夫です。発作はもう収まりましたから。」

「そうか、そいつは良かった。家までおくるよ。」

為政がそう言うとテディーは首を横に振った。

「ありがとうございます。でも大丈夫、一人で帰れますよ。」

「しかし・・・」

「私が住んでいるのは看護婦寮なんです。男性と一緒に帰ったら噂になってしまいますよ。」

とテディーは笑顔で言った。

「分かった。それじゃあ途中まで送るよ。それなら構わないだろう。」

「・・・そうですね。それでは途中までお願いしますね。」

為政とテディーの二人は暗い夜道の中を歩いてゆっくりと帰っていった。

 

 

あとがき

いよいよドルファン歴28年に突入の章になりましたね。

あと1年とちょっとでこの話もお終いということになりますね。

まあ頑張ってばしばし更新していこうとおもいます。

 

なお次回は第二十八章「火器と軍隊」です。

お楽しみに!!

 

平成12年11月28日

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